kaihyoukutsu

 ’99年の冬、山口県豊浦町の海岸を歩きました。小串駅で
降りて、小さな町中を抜け、しばらく歩くと、やがて笹薮や枯れ
残ったススキの間から、冬らしくないほど明るい海が広がり、
田舎道の穏やかな曲線に沿って、海岸がどこまでも続いてい
ます。
 ところが、海岸の一つへ降りようとして困りました。夏に海水
浴場の入口となる場所には、鉄パイプ製の扉があり、入ること
はできません。少し歩いてみましたが、道が海岸より高い場所
にあり、ちょっとした崖のように感じられます。これは駄目かな

と思いながら、地元の主婦らしい二人連れに出会ったので聞いてみました。すると、
これから自分達も行くので一緒にどうぞと言われ、崖のように思えた場所にある、
一人がやっと通れるくらいの急勾配の坂道を、杭に取り付けられた丈夫な綱を握っ
て降りました。

旧マーク付
カルピスのフタ

 彼女等は大きな袋を持っていて、浜全体にたくさん漂着している、ホンダワラという
茶色の海藻を拾いはじめました。ホンダワラは小さな実のような浮袋を無数につけ
ていて、海に漂い、小魚の隠れ家になったり、磯の生物の餌になったりする海藻で、
ときには砂浜が焦げ茶色に見えるほど漂着します。よく行く浜田市の海岸では拾っ
ているのを見たことがありませんので、不思議に思って聞いてみますと、肥料にする
とのことでした。

 うれしくなるほど広い砂浜で、私も珍しいものを探してうろつきますと、小さな白い
プラスチックのフタが落ちていました。よく見ると、昔のカルピスのマークが入ってい
ました。人種差別が問題になって、今は使われていない、黒人がカルピスを飲んで
いるマークの浮彫りが微かに残っています。お洒落なマークですが、風化したフタの
上で、むしろ稚拙で素朴な味わいを見せています。どれだけの時間、海を漂い、砂
に埋もれて、追放されてからの時を過ごしたのでしょう。

 海岸には他にもホンダワラを拾っている女の人達がい
て、その一人が私に話しかけてきました。私は拾ったば
かりの台湾の羊乳壜を見せました。広島から漂着物を
拾いに来たと言うと呆れていましたが、親切な方で、帰
りの近道を教えてくれました。ゴミを焚くための流木を、
漂着していた取っ手付の大きな缶の中に入れ、ホンダ
ワラの袋と一緒に持って帰るその人の後について、海岸
のそばの墓所を通り、雑草の生い茂った空き地を抜け、
なんと人の家の庭を通らせてもらい、駅に向かう道に出
ました。地元の人ならではの通路です。広い海岸の端ま
で戻り、来た時の坂をよじ登るつもりでしたから、ずいぶ
ん助かりました。漂着物が生活の中で役立っている世界
を見ることができました。

台湾の羊乳壜
「嘉南羊乳」とあり
ます。フジツボ付

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漂着物エッセー (8)

カルピスの海

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