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漂着物エッセー (2)

アカウミガメの漂着

 1997年3月、浜田市畳ケ浦海岸で、アカウミ
ガメの死骸を見ました。そばにあった1リットル
入りのペットボトルがとても小さく見えるような
個体で、甲羅を上にして、海岸の岩と岩の間に
挟まれるようにして横たわっていました。よく見
ると腹の辺りに大きな穴が開いていて、鳥か何
かが肉をつついたようでした。ウミガメの漂着な
んて私にとっては初めてで、興奮するほど素晴
らしい獲物なのですが、臭いし、大きすぎるし、
そのまま持って帰るわけにはいきません。この
日はしかたなく、写真に撮るだけで帰りました。

アカウミガメの指の骨
(浜田市畳ケ浦 ’97年)

 できることなら、あのカメの骨が欲しいと思い
ました。あんな大きな物を、狭い部屋のどこに
置くのだという問題など些細なことでした。何し

ろまだ頭も肉も、たぶん内蔵もついているのですから。私はこれを白骨にする知識を持っ
ていました。地面に穴を掘って埋め、1〜2年後に掘り出せばいいのです。ただ、カメは岩
場にあり、その場で掘って埋めるわけにはいきません。土のあるところまで運ぶのを誰か
に手伝ってもらうべきですが、臭いし、汚いし、たぶん重労働だし、家族には断られたし、
こればかりは誰にも頼めそうもありません。

 私は次の休日に、とりあえず大きなスコップを持って、再び畳ケ浦へ行ってみました。
もう処分されているのではと心配しましたが、覚えのある肉の腐った臭いが、まだ遠くの
うちから漂着ウミガメの存在を教えてくれました。私は軍手をはめた手で、カメをなんとか
ひっくり返しました。やはりけっこう重いようでした。腹側に大きな穴が幾つかあいていま
したので、それにロープを通して引っ張ろうとしましたが、甲羅の中に手を入れなければ、
うまく通すことはできそうにありませんでした。頭の中で思うのは簡単なのですが、現実
には気味が悪くて、どうしてもできません。私はこの日も、けっきょく何もせずに帰ってし
まいました。

 その頃テレビで、太平洋の島の人達がウミガメの肉を料理している場面がありました。
明るくて、ワイワイと楽しそうで、そのうえ甲羅を苦もなくはずしていました。そうだ、何も
丸ごとでなくていい、背中の甲羅だけでいい、いっそ現場で解体してしまおうと思いつき
ました。肉などもうカチカチに乾いていて、ビーフジャーキーみたいになっているでしょう。
甲羅だけなら運びやすいし、重たいカメを引っ張っていくよりいい考えです。今度はスコッ
プの他に、金ノコギリとノミを持って行きました。カメはまだ処分されずにいて、すごい臭い
を撒き散らしていました。風の向きによっては、広い畳ケ浦のかなり遠くからでもわかる
ほどでした。

 さて、ノコギリで切ろうと思いましたが、現実に目の前にある、醜悪な、爬虫類カメの腐
乱死体は凄まじいものがありました。無残な恨めしそうな顔も気になるし、鼻をつく臭いは、
私の腕から力を奪ってしまい、腕の骨も筋肉もないような、そんな頼りない感じなのです。
なんとか切ってみようと思うのですが、その気で見ると、カメは分厚くて、肉はビーフジャー
キーどころか、まだまだ中の方は水気たっぷりで生々しいようでした。 

 手にノコギリを持ったまま、放心したように座っていたら、男性が犬の散歩をさせに歩い
てきました。犬は興味を持ったらしく、しきりにこちらに来ようとしましたが、飼い主は無理に
引っ張って行ってしまいました。私はノコギリを使おうと思ってカメの体に当てては見るので
すが、情けないことにどうしても手が出せません。しばらくカメを睨みつけて頑張ってみまし
たがダメでした。新聞やテレビで、殺した人間をバラバラにして・・・という事件が報道される
ことがあリますが、あれは凄いことだな・・・と、あたりまえですが思いました。死んだカメで
も、一人ではなかなか切れないのですから。

 ついに私は諦めてノコギリをしまい、少し離れた岩まで歩いて、崩れるように座りました。
なんだかほっとしていました。岩に白く砕け散る波しぶきをぼーっと見ていると、体の力が
戻ってきました。すると、ここまで来ながら、なんで何もしないで帰るのかと、また思えてき
ました。とにかく解体するのだと自分を励まし、私は再びウミガメのいる場所に戻りましたが
今度はすぐに諦めました。強い臭いが、私はカメを切ろうとしたけれども、どうしても切れな
かったのだと、思い出させたからです。ウミガメを見つけてから一ヶ月あまり、私はついに
諦めました。

 ウミガメの死骸は、その後も長い間そのままあり、養分が豊富なのか、岩場とは思えな
いほど、そこだけ特に青々と草が茂ってきたように思えました。骨になっていた指の部分
だけ手に入れて植木鉢に埋めましたが、二ヶ月後に掘り出すと、臭いはきれいにとれてい
ました。今でも私の大切なコレクションになっています。ウミガメ本体の方は、6月に見たの
を最後に、秋になって再び訪れてみると、もう跡形もなくなっていました。

私はウミガメについて何も知らず、このときも種類はわからなかったのですが、その後、
写真を詳しい人に見てもらい、アカウミガメとわかりました。(デジカメ写真でないのが、
このエッセーを書くにあたり、とても残念です) 浜田市の海岸では、2000年の冬にも
アカウミガメの漂着を見ました。こちらは国府海岸の方で砂浜でしたので、がんばれば
なんとかなったかも・・・しれませんが、この頃には私の興味が海岸陶片中心になって
いましたので、舐めるように (^^ゞ 写真に撮るだけで満足して帰りました。

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