いじめの事件は、担任の先生が話をしてくださり、解決しました。相手のお母さんが子どもと一緒に来て、泣きながらあやまってくださいました。しかし、先生や相手が来られる前に、下の娘はみことばからヨセフを思い出し、「ヨセフもいじめられたが、それゆえ神様の計画がなされ、総理になって福音を伝えた。だから、自分もヨセフのようになっていくんだ」という確信を持つようになっていました。ですから、先生や相手と会う時には、もうすべて大丈夫だと言えるようになっていたのです。そして、かえって、いじめをしたお友達の心のほうが傷ついているだろうから、かわいそうだと思うと私に言いました。
娘のその姿を見て、小さな娘の中に、イエスさまの復活の大きな力が働いて、つらかったことが傷となるのではなく、より大きな器を作りあげているのを見て、主をほめたたえるしかありませんでした。ヨセフより、もっと福音をはっきりと知らせてもらった以上、世界福音化の主役として、確かに用いられることでしょう。 |
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