みことばの中で
日々の生活の中で
祈りの手帳や、メッセージから、私個人が受けた恵みを書きつづっています。
祈りの手帳とメッセージのサイトは、参考リンクの中にあります。

         

2006年3月19日〜3月25日は、こちら


2006年4月8日(土)
何も思い煩わず
今週一週間、ずっと腰痛があり、祈っていたのですが、昨日は座っているだけで、ビリビリっと痛みが走るようにもなったので、マッサージをしてもらいに行きました。神様が、健康をずっと持続して、一生、充分に働くことができるように、運動をしなさいと警告してくださっているように思っています。
しかし、ふと、何か病気なのかなぁと心配が生じてきたのですが、メッセージを聞きながら、「何も思い煩わないこと」「心配は、祈りの課題であること」を思い出しました。レムナントとは、最後まで生き残る者だと言われています。どんな状況であっても、最後まで生き残って、すべてを回復する者。神様はそのレムナントを求めておられます。そのために、力を与えて下さるとまで約束してくださったのです(使徒1:8)。だから、「私に神様の力を与えてください。私に会う人に、神様の力を与えて助ける者とさせてください。」と祈ることにしました。

2006年4月7日(金)
神様が神様であると知ること
神様は、救われた神の民のために戦ってくださいます。ともにおられて「恐れるな」と言ってくださり、私のために戦ってくださる方が誰なのかを知れば、(全知全能、誰にも負けることがない神様なので)、何の問題もないことが分かるはずです。イエスをキリストとして信じ受け入れたら、神様が聖霊として私の内側に住んでくださっています。内におられるから、どこに行こうと一緒におられます。
詩篇46:10に「やめよ。わたしこそ神であることを知れ」という言葉が出てきます。英語では‘Be still and know that I am God.’となっています。ともにおられるお方が神様であると知れば、私の力、方法、すべて捨てて、神様にしていただくのが最善だという答えが出てきます。問題は環境や状況ではなく、神様がともにおられることを忘れることが問題だということです。いつもともにおられる方が神様であると、忘れないようにさせてくださいと祈ります。

2006年4月6日(木)
神様に呼び出された者:教会
今日から、子ども達の学校が始まり、新学年になります。だれと同じクラスになって、担任はだれかと楽しみに出ていきました。
教会とは、神様が暗やみの勢力に覆われている世の中、のろいと運命に縛られ苦しんでいる中から「呼び出された」という意味があります。たとえ、世の中に生きていても、神様がともにおられる神の国の者として存在していることをいつも忘れず、神様の導きを求めていれば、必ず周りの人を生かし、助ける人生を送ることができます。そのような身分に変えられたからです。
子ども達が学校でも、この霊的な事実を思い出して、新しい人の出会いを楽しめるように祈ります。

2006年4月5日(水)
神様にはおできになる
神様はできるとおっしゃったのに、モーセはできないと言いました。神様は、モーセが出エジプトをリードするように、最初から人生を準備され、ずっと導いて来られたのに、いざ、その使命を語られたら、モーセ本人が「できない」と言ったのです。確かに、モーセにはできません。だから、神様自らがなさると言われました。
私の人生を今まで導かれた神様は、私を通して神様の計画をなさろうとしています。確かに、私にはできません。でも、神様はおできになります。私自身の考え方を、みことばで言われたから、神様にはなさることができるという考えに変えることができますように。

2006年4月4日(火)
神様の子ども
滅びと苦しみの中にいた私を、神様は一方的に神様側から手をのばして、キリストによって救い出してくださいました。キリストは、神様に会う道(預言者)、罪を赦す方(祭司)、敵にうち勝つ方(王)です。だから、私はすでに神様とともにいて、どんな罪も瞬時に赦され、敵の頭は完全に踏み砕かれているので、勝利するしかありません。この事実を与えられた神様の子どもであることを心から感謝します。
環境や状況を見て悩んだり、心配する必要はないと言われました。目の前の問題を解決できないほど、ともにおられる方が弱いのか?と問われます。自分がしたことがいけなかったと落ち込む必要もないと言われます。それを赦すための十字架だからです。サタンの攻撃や邪魔があるとがっかりする必要はありません。そのサタンの頭を踏み砕かれた方がともにおられるからです。
これはすごい事実だと、改めて感謝しているところです。

2006年4月3日(月)
レムナントとは
しばらく家を離れていたので、帰ってきてからあれこれ忙しくしていました。気がつくと、もう月曜の夕方です。まぐまぐから連絡が来ていて、メルマガの発行が許可されました。感謝しています。
レムナントとは何ですか?という質問をする人がいました。レムナントとは、イザヤ6:13にある切り株のことで、福音が薄くなった時代、暗やみが強くなり、人々がほとんど苦しみに陥った時に、神様がキリストによって人間の根本問題を解決してくださったということを信じ、祈っている人々のことです。そして、その福音を次の世代、また、その次の世代に伝えていかなければならないので、特に若い世代をレムナントと呼んでいます。
特に日本には、福音を伝える教会が少ないので、だれも知らない福音を伝えるために、残された切り株(レムナント)に希望があるのです。

2006年3月29日(水)
記念碑を残す
次の世代に、まことにイエスはキリストだという記念碑を残してから、この世を去ることができますように。それが神様の願いなので、私の生きる歩みを通して、神様が着実になさることを感謝します。(本日より、日本レムナント大会に参加するため、4月1日まで更新できません)

2006年3月28日(火)
エリコを倒すのは神様の計画
私の考えのエリコを倒さなければなりません。しかし、私には体質として染み込んでいるから、どうしても昔の考えに戻ってしまいます。
感謝なことに、そのエリコを倒すことは、神様の計画なので、絶対に倒されて当然だということです。次の世代に純粋な福音を伝えることは、必然的なことです。また、世界の福音化は絶対になるしかないことです。だったら、当然、私の考えのエリコは崩され、主の栄光がほめたたえられるしかないでしょう。
次の世代の中に隠されている弟子を見つけ、そして、その弟子を育てることができるように。そのことを切に願います。

2006年3月27日(月)
一人でも
たった一人でも、教会や地域を生かすことができると言われています。たった一人であっても、内に聖霊がおられれば、その神様の力によって、周りの暗やみを砕いていくことができるのです。その契約を握る一人によって、地域が生かされ、国が生かされます。
霊的な戦いをすべきなのは、キリストによって与えられたこの祝福を逃すようにサタンが働くからです。そのように私の考えに働くサタンをキリストの御名によって縛り、キリストによって与えられた祝福だから、しっかりとその契約を握ることが大切です。神様がくださったのですから、絶対にだまされずに、大胆に、主の前でその祝福を味わいたいと願います。

2006年3月26日(日)
ヤコブのように
ヤコブは、いろいろな苦難を通りました。しかし、契約を持っていたから、それらはすべて祝福の土台になりました。私自身、いろいろなことがあります。しかし、契約ゆえにそれらが、祝福の土台になり、次の世代(ヨセフのような人)を育てることができるのです。なんと感謝なことでしょうか。
神様は、すべての問題をキリストによって解決して、祝福を注いでくださっています。このものすごい祝福を受けていることを、本当に聖霊に酔うほどに満たされて味わっていく一週間になることを願います。