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 芳松じいちゃんのページ


 八十余年生きてきた証を書き残したいと、三年前から古い日記や資料などを集め

始めて整理し、とにもかくにも書き始めたが、いまだに完結しない。

30年近く文化財保護委員をやっているので歴史に興味があって、自分の生いたち

と直接かかわりがなくても、誕生(1908年)以来世の中がどんなであったかを、

日本史・県史・町史などで調べ、いろいろな事件や政治の変遷などを、わが生涯の

背景として描いた自分の歴史年表を作ることから始めた。

 また父と母のことも詳しく書きたい、父が安政五年、母は慶応三年の生まれだが

共に長生きだったので一緒に暮らした思い出は多い。

父が若いころ米国に渡って働いたと話していたが、保存資料の中に当時の旅券が

ある。

今時の旅券とは違い、一枚(縦17cm、横23cm)の厚い極上質紙で、右上に

てん書風の「日本帝国海外旅券章」が菊花の紋を双龍が抱えている縁どりで方6cm

の角印が朱色に印刷され、主文の終わりに明治27年3月24日、外務大臣陸奥宗光

ちょうど一世紀前の文書で八つに折り畳んで数年持ち歩き、かつ働いたものであろ

う。 方面に汚れと汗の跡が偲ばれる。

 母は父とは反対に引っ込み思案型の昔風で、お歯黒もつけていた。

自分は兄三人、姉一人の末っ子だったのでよく母に甘えていたせいか、どうも母の

性格を受け継いでいるようだ。

九十六歳で世を去った父は、その直前まで矍鑠として達者だったことを考え、もっと

元気を出さねばと思うがもう老境にあり、元来文筆に弱く何事も控えめになりすぎる

のだが、今年米寿の誕生日までには自分史らしきものを綴り了えたいものである。

(おお町文化協会会長 広島県大野町 平成8年3月15日)



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