みことばの中で
日々の生活の中で
祈りの手帳や、メッセージから、私個人が受けた恵みを書きつづっています。
祈りの手帳とメッセージのサイトは、参考リンクの中にあります。

         

2006年2月27日〜3月4日は、こちら


2006年3月11日(土)
神様がともにおられる
私がどんな状況にいても、どんなことをしていても、神様がともにおられるんですね。ともにおられる方が、どんなにすばらしい方なのかを考えながら、今朝、目を覚ましましました。今、体調は最低で、花粉症と風邪とが一挙に押し寄せた感じです。しかし、そんなこと関係なく、キリスト・イエスによって、私はすばらしい神様の子どもであり、すべての根源である神様が内に住んでおられるんだと感謝しました。内側を強くする、霊的な力を受けるという日曜のメッセージが、今週成就する中で、私の中で神様の存在が大きくなった感じがします。

2006年3月10日(金)
キリストによって
福音に根をおろすほど、聖霊充満を受け、最高の座に留まることができます。キリストによって私に与えられた祝福を本当に味わいたいと願います。神様がともにおられるようになりました。それがどれほど完ぺきな祝福なのかを黙想してみます。
創造された時の人間は、何の問題もなく世界を征服する祝福が与えられていましたが、神様から離れて、その祝福をすべて失っていたのです。しかし、今、キリストによって神様がまたともにおられるようになりました。祝福が回復したのです。「それだけで充分なのですね」と祈っています。
福音を伝えようとして、良い関係を持っていた人が、急に理由無く、機嫌を悪くして離れて行きました。悲しくなったのですが、神様が私とともにおられる祝福を祈っていたら、また、何の理由無く、以前のように戻ってきました。福音化は私がすることではなく、神様の祝福なのだと、改めて確認しているところです。

2006年3月9日(木)
ヨルダン川を渡る
神様がともにおられるようになりました。それで、もう充分な祝福と完ぺきな解放が与えられたのです。それを私が信じないので、何かに引っかかっているのだと思わされています。
聖霊充満。それだけで、充分なんだよと神様から言われているような気がします。根源なる方、神様が、すでにともにおられます。本当に、それで充分なのです。

2006年3月8日(水)
人生計画
伝道神学院開講セミナーがありました。人生計画を立てようと言われました。
神様が私をこの世に置かれた理由、選ばれた理由があります。祝福の根源である神様がともにいて、私を通してなさりたいのは、世界の福音化です。その中で、私が具体的に人生を計画していくのです。計画の成就は、神様がなさいます。じっくり祈りながら考えてみようと思いながら帰ってきました。

2006年3月7日(火)
神様の奇跡の時刻表
全体的に暗く、重い雰囲気になることが続きました。それでなくても、体調がすぐれないのに・・・
もう一度、日曜のメッセージを確認しました。「私の内なる人が強くなれば良い」他のことはまったく関係なく、私が状況によって押されるほど弱いだけなのだと。私の内におられる神様は、天地万物を造り、世界の福音化をいつも変わらず成し遂げておられる方です。
また、人の救いは私の何かに関わるのではなく、神様によって成されるのだから、私が何かをしたら影響するという心配を捨てれば良いと気づかされました。神様は、私の思いや考えを越えて働くことのできるお方です。「これから後もわたしは神だ。わたしの手から救い出せる者はなく、わたしが事を行なえば、だれがそれをとどめることができよう。」(イザヤ43:13)

2006年3月6日(月)
準備された祝福
花粉症と低血圧のため、急に暖かくなる季節は苦手で、数日、頭痛が続いています。
体の調子が悪いことと、霊的なことは全く関係なく、肉なる私は弱くても、キリストによってその私が死に、内におられるいのちである聖霊が満たしてくださるように祈っています。サタンの攻撃は肉の部分だけですから、霊的な勝利を握れば、必ず勝てます。
どのような状況でも、主にある救いを喜んで、神様がともにおられることを世に示す次の世代、レムナントが立つことが神様の願いであり、その次の世代を育てる者として、土台となるべきだと知らされました。それを知らされたこと自体が、恵みであり祝福だと感謝します。

2006年3月5日(日)
エリシャのように
エリシャのように霊的な力を受けることを願う者とさせてください。
そうして、内なる人が強くなった時に、私とともに神様がおられることを他の人も知ることができます。「私にあるものをあなたにあげよう」と、キリストの御名をあげることができるほど、キリストを深く味わい、霊的な力で満たされるよう、今週一週間、定刻の祈りで聖霊充満を求めることができますように。
私は弱いです。弱い私が出るのではなく、内なる強い神様が出るように、私が完全に消えるほど、聖霊で満たしてください。