平和な、朝の目覚めに、その事件は起こった。

 頭蓋牽引をして、かれこれ1カ月以上たった、ある日曜日の朝。7時過ぎに目が覚めた。天気は晴れで、気持ちのいい朝日が部屋に差し込んでいた。病室も重病人の部屋から4人部屋に移っていた。遠い記憶が正しければ、今城さん、星野さん、佐藤さんと私だった。部屋の人はよく入れ替わるので、覚えているのはこの人達が一緒にいたときだ。今城さんは、自動車のブレーキを作る仕事をしていた。ある日、お酒を飲んでカブを運転して帰る途中コーナーを曲がりきれず、崖に激突し側溝の中に落ちた人だ、首の頸椎損傷で両手が麻痺し、しびれていたが手は動くには動いていた。頭に鉄骨を組み、首を固定していた。星野さんは建築会社の大工さんで、仕事中に屋根から落ちて肩の複雑骨折をしていた。佐藤さんは、遅れてこの部屋に来たが、水道工事のパイプを埋める仕事をしていて自動車が、掘った穴に突っ込んで落下し、車の下敷きになったが軽傷だった。近くの部屋には、難波君といって20代の若者が椎間板ヘルニアで腰を痛め入院していた。

 そんなある日、日曜日だった。まぶしい朝の光に、思いっきり背伸びをした、その瞬間。「ミシッ」と鈍い音が頭でしたと同時に、あまりの痛さに悲鳴があがった。「いてーぇ!!いてーーーーーっ、いてーーーぇっ」何が起こったのかは、すぐに分かった。この痛みは頭蓋牽引の頭蓋骨に固定していたボルトが、頭蓋骨を突き破り脳まで刺さった痛みだ。ベットの看護婦さんを呼ぶボタンにも痛みで手が伸ばせない。10キロのオモリがボルトにかかり、頭蓋骨を突き破ったのだ。必死に10キロの重りのロープを手で握り、これ以上ボルトに重さがかからないようにして耐えた。「あああああっーーーーっ。」大きな悲鳴に、部屋の人が異状に気がついて看護婦さんを呼んでくれた。「どうしたんですか」と言う看護婦さんに「突き抜けたあーーーー。」と訴える。「どこが。」「ボルトが....。」「どういう風に、突き抜けたの?」必死に説明するが、なかなか分かってくれない。ようやく事の重大さを感じた看護婦さんが医者に指示を聞きに行った。その間中、悲鳴を上げて耐える。その日は、日曜日担当医どころか医者はほとんどいなかった。宿直の医者が駆けつける「どうなってるの?」「突き抜けてる......って。」「ごめんな、俺な眼科なんだよ。」「うっそーーーっ」担当医と電話がつながったらしく看護婦が来て、「頭蓋牽引の重り、外してもいいって。担当の医師は、家から駆けつけてくれるそうです。」とりあえず眼科の医師と看護婦で、10キロの重りをガチャガチャと外してくれた。これで痛みは絶叫レベルから、どうにか耐えれる痛みになった。「ボルト脳まで刺さってるよ、ぼく、どうなるの。」「............。もうすぐ、先生が来るから、聞いて。」「ちよっとさ、そこの引き出しにプラスチックの物差しが、あるから取ってよ。」「どうして?」「何センチ、ボルトが入っているか計るから。」物差しを取ってくれたので測ってみた「こっちは、2.2cmボルトが出ているよ。こっちは、根もとまでボルト刺さってるじゃん。2.2cmが脳に刺さってるよお。抜いてよ、助けてよ。」「担当の医師が来てからです。」「それまでに、死んだらどうするの。」「死には、しません。」「何で、わかるのよぉー。」そうなのだ、看護婦さんは、いかに死にそうな患者がいても医師の指示なくしては何もしない、けれど抜いてほしい。15分以上かかって担当の医者がやって来た。私「ボルト脳まで、いってるでしょう」担当医「大丈夫、脳まで3センチはあるから。」私「うそお、頭蓋骨から数ミリで脳が、あるはず。」医師「よう知っとるなあ。まあ、外すわ。レントゲン持ってきて、技士の人も連れてきて、脳外科の先生連れてきて。」看護婦さんが、走り始めた。

 

外周が頭蓋骨で、内側が脳

 ガチャガチャ、ガチャガチャ牽引の器具を、いじくって外していく。ボルトが入ったままレントゲンを撮る。脳外科の先生もやって来た。担当医「頭にボルトが、2センチちょっと入っているのですが、大丈夫ですか。」脳外科医「うそっ、脳まで完全に届いてるよ。出血は..?患者の意識はあるかね。」担当医「あります。このボルトを抜いても大丈夫でしょうか。」脳外科医「うーーーーん。君、きみ、どんなようすだね。」私「むちゃくちゃ、痛いです。」脳外科医「意識は、はっきりしとるなあ。この指、見える何本。」私「3本....いたい....。」脳外科「意識は、正常だ」私「正常だから、早く抜いてよ。2.2センチ中に入ってるからさあ、どう考えても1.5センチ以上は脳に刺さってるよお。脳を傷つけたら死ぬよう。」脳外科医「詳しいなあ」私「さっき、測ったから。」脳外科医「確かに、脳までは達している。」担当医「それで、大丈夫なんですか?」私「大丈夫じゃ、ないっていってるじゃん。いたたた。」

 脳外科医「結論を言えばボルトは、脳まで達しているでしょう。ただ、急激でなく多少ゆっくりボルトが、頭蓋骨を突き抜けたので、脳膜が破れなかったのでしょう。脳膜はゴムのように伸びるから、ボルトが脳膜を突き破らなかった。」担当医「でも、脳はどうなるの損傷するでしょう。」私「そうだ、そうだ脳が損傷しているんだ。」脳外科医「脳を突き破ったら大出血するから、突き破ってはないと思う。脳も弾力があってボルトの分だけ、凹だんじゃないかと考えられる。それに脳には神経ないから傷つけても痛くないよ。」担当医「でも、それだけ、脳をボルトで押さえつけたら、どこかに障害が出ませんか。」私「そうだあ、死んでしまう。」脳外科医「これだけ、しゃべっていたら大丈夫だと思うんだけどなあ。」私「大丈夫じゃ、ないよお。」とにかく頭に刺さったボルトは、抜いてもいいとなったので、抜いてくれた。まあ、下の図のようになっていたらしい。

 しかし、頭蓋牽引って命がけなんじやないの。これが外れて生活はずいぶんと楽になった。担当医「もう一回、穴開けて、引っ張ろうか。」私「それだけは、勘弁して。あのさ、お願いだから整形外科部長さんのS先生に、相談してくれない。もう、こりごりだから。」数日間、私は頭蓋牽引なしの生活が続いた。起きあがることは許されなかったが、起きあがってみた。頭がやっぱり重くのしかかり、一ヶ月半以上、横になっていたので平衡感覚が麻痺し、目が回るようで、起きていると気分が悪くなった。


 以来、私の担当は、担当医と整形外科部長のS先生があたるようになった


BACK