第 3 章 


1. 整形外科の1病棟に入院して、歩いて帰ったは人いない?

 レントゲンを撮り終わると、病院内の散髪屋さんに行って来いと言われた。首の骨を折った緊急時に入院するのに髪型をチェックされるのかと考えながら、重い頭を抱えて散髪屋さんに行く。ここにも医者から連絡があったらしく、入ったとたん「ちょっと、頭の毛そりますからね。」と言われた。「ちょっとですか?」「はあ、まあ.....」とか言われながら散髪が始まった。ちょっとにしては大胆に髪の毛を落としていく。いまの私を知る人はこの頃、私に髪の毛がたくさんあったとは信じられないかも知れないが、髪の毛はたくさんあった。年に1〜2回ぐらいしか髪を切らないので、肩に掛かるほど結構長かった。だから大学生の頃より理髪店でなく近所の美容院で髪を切ってもらっていた。なのに、なぜこんなにビシバシ髪を切られないといけないの。勝手に髪を切ってこいと言うのは人権侵害である。そんなことを考えているうちに、バリカンが出てきた。「おじさん、ちょっと、これ丸坊主ぢゃ〜ん」と叫んでeるうちに、今度はカミソリが出てきた。ひげを剃るのじゃなく、ひげを剃るごとく頭にのこった数ミリの毛をそり始めた。「オッちゃん、そこまでしなくても、いい〜ぢゃん」と訴えると、「お医者さんの指示でやってます。」と言う。だんだんと頭は一休さんのようにピカピカになっていく。「おきゃくさん、まだ、マシですよ〜。ここの整形外科の1病棟のお客さん見てごらんなさいよ。頸椎損傷でみんな寝たっきりだったり、全身麻痺だったり、よくて半身麻痺で、車椅子に乗って退院できたらいい方です。歩いて帰った人なんていませんからね。たとえ退院しても、寝たっきりで床ずれをつくってすぐに病院に帰ってきてますよ。1病棟に入ると言われたら、もう治らないと言うことで、みんな家族の人も泣いてますよ。それに比べたらお客さん、元気なほうですよ。大丈夫ですよ。」といった。それを聞いてもっとびっくり、「おじさん、ぼくが入院するところ確か...1病棟って聞きましたけど...。」「えっ、お客さん、どこが悪くて入院するんだい。」「首の骨が折れてるって、言われたけど......。」「首の骨?ウソでしょう?」「ううん、ホント。」「ええ、ホントかなあ...」といいながらも、それ以降、確実におじさんは無口になっていった。さいごに、ひとこと「おだいじに......」といってくれた。


2. これって、ほんとに簡単な手術なの? 「頭蓋牽引の恐怖」


 ヒゲ剃り後のようなテカテカの頭をなでながら思った。「こんな頭人に見せられないよなあ.....。」なんだかスースーする。その後すぐ「簡単な手術」をするというので、なぜか裸になって手術着を着せられストレッチャー(寝たまま患者を運ぶコマ付きの台車)に乗せられ、何重にも扉をくぐり手術室に行く。なんかこれ、まるで「解剖室」と思うような手術室へ運ばれる。緊張がピークに達する「なんか、殺されそうな気がするなあ」と思った瞬間、真上の大きなライトがバッとつく。ベテランのY医師と、この病院で修行中のN医師がやって来た。

「頭だけ、麻酔するから」

 といって頭の頭蓋骨あたりに何回か注射を打った。局部麻酔なので、手術室の様子と会話はすべて理解できる。そして油性マジックらしき物で頭に2ヶ所、印を付ける。

Y「ここですね。」

N「ここですか。」

Y「そのへん。まあ、やってみなさい。」

 といって取り出したのは、ホームセンターにでも売っているような手動のドリルである。「ちょ、ちょ、ちょっ待って!! ひょっとして、それで僕の頭に穴あけるの.....。」

「うん、まあ突き抜けないから、大丈夫よ。ちゃんと消毒してるしね。」

「そういう問題じゃなくて、そのままゴリゴリすると頭から血が出るでしょう。血が。」

「あんまりでないから大丈夫。さびない金属ドリルの刃、使ってるし...。」

Y「さあ、あんたやってみなさい」

N「はい、こんなもんですか?」

Y「そんな感じですね。」

 私って、ひよっとして練習台なの。なんか、頭からどろっと生ぬるいもんが伝わり落ちる。

「血、血、ちが出てるじゃないですかあ。」

Y「大丈夫だって。」

N「深さ、どんなもんですかね、これぐらいですか。」

Y「もうちょいかな」

 ドリルで、頭蓋骨に穴をあける音がガリガリ聞こえて、頭中に響く。

Y「OK、そんなもんでしょう。次にここへ、もう一つ開けて」

N「ここですか、こっちも深さこんなもんですかねえ」

Y「突き抜けないように気をつけてね。」

 といった瞬間、ボコッと音がして

「アッ」という声。N「突き抜けました!!」

「えっ、頭蓋骨突き抜けたのぉ〜、勘弁してくださいよ。ぼくどうなるのぉ〜。脳にドリルが刺さってるのとちがいますかあ。」

Y「ちょっとだけだから、大丈夫。もう一回別のとこへ開け直しなさいよ」

N「もう一回ですか。」

「ちょっと、待って。これぼくの頭だから、許可なく勝手に何回も穴開けないでくださいよぉ〜。」

「大丈夫。頭蓋骨2〜3センチ厚みがあるから...。」

「うそだよー、ずっとまえに保健の時間に頭蓋骨は3ミリから5ミリって習ったよぉ〜。」

N「あんた、よお知っとるなあ。」

「常識だよ、常識。そんな2センチも、3センチも厚みがあったら、ゴリラだよ。お願いだから、もう穴開けなくていいから。」

N「しかたない、この穴につけてみるか」

 ということで、一方は突き抜けた穴に、もう一方は途中まで空いて突き抜けていない穴に、金属の器具を装着された。そして、寝たきりのまま、ベットの頭の方にすごい重さのおもりを吊された。すごい力で、首が伸ばされる。その痛さは、まさしく江戸時代あたりの拷問である。拷問なら、何でもしゃべるからはずしてくれ〜。

 これは、人権侵害である。人の頭の骨に本人の許可なく、勝手に穴を開けていいはずはない。

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 「これって、ずっと付けたままなの。頭の骨が見えたままじゃないですかあ。骨まで突き抜けた傷口どうするのよお。血が止まらないじゃない」

「大丈夫ね、血は止まるから、傷口は毎日消毒するから。」

「ええっ、ずっと頭蓋骨まで穴が開いたままですか。何時、はずしてくれるんですか。」

「まあ、2〜3カ月かな?」

「この重りを付けて、穴を開けたまま....。冗談でしょう....。」

 その日、無菌状態のICU(集中治療室)に24時間監視付きで入れられる。この集中治療室には、もう一人いっしょに横に寝ている人がいた。そのおじさんは、酸素吸入に、心電図のモニターの他、様々な機械がベットのまわりに置かれていた。そして、その横には奥さんらしき人が無菌の白衣とマスクをして、ずっと24時間「おじさん」の手を握っていた。それは、間違いなく生死に関わる「危篤」状態であることがわかった。こんな、「おじさん」と、どうして一緒にいるの。何よりも重りが苦しい、こんなの2〜3カ月もできるわけない、24時間でも、まっぴら...。」ICUで「ベットから、降ろせ。金具をはずしてくれ。」と、叫び回っていたら。動かないように、手足を縛られた。まるで、犯罪者じないか。人権侵害だ。と言っていたら隣が迷惑だからと言われた....。ちっと、おとなしくする。夕方になって看護婦さんが、食事を運んできた。

「食事をどうぞ。」 

首はピクリとも動かないオモリがあって、ベットに手足を縛られて、どうやってご飯食べればいいの?」

と言うと。

「そうですね。無理ですね。」

といって、食事だけ置いていった。食事置いていってどうするのよ、食べれないじゃないと思いながら2〜3時間食事はそのままで、その後、片づけられてしまった。なんと夕食抜きになった。隣の人工呼吸の「ズッーー、ズーー」「ズッーー、ズーー」と言う無限に続く音を聞きながら夜が更けていった。夜は更けて行くけど、この拷問に耐えるだけで、オモリの重さに痛くて眠れるものではない。窓もなく、時計もないので時間はわからないが、明け方の3時か4時ぐらいだと感じていた。なにせ、痛さで眠れないので、もう、することは決まっていた。手足の縛られているのを、一晩かかってほどいていたのだ。あとは痛くてたまらない、この頭蓋牽引のオモリをはずすのだ。手で頭を触ってみると確かに金属の棒が頭蓋骨に刺さっている、それも強力にネジ止めしてあるのだ。これは、外れそうにない。手で触っていくと、その金属とオモリをつないでいるロープがあった。それを手探りでほどこうと、いろいろと試す。かれこれ1時間ほどやって、どうにかロープがゆるんできた。ゆっくりとほどいていくと、ほどけた。オモリの付いたロープをゆっくりと離す。「ガシャ」とオモリが床に落ちた。ゆっくりと起きあがる。するとこの異変に隣の酸素吸入をしている「おじさん」の奥さんが気づいた。この奥さんは、24時間「おじさん」に付き添っていたのだけど、明け方なのでウトウトと椅子で寝ていた。けど、さっきの「ガシャ」で、目を覚ました。奥さんが急いで看護婦さんを呼びに行く。「ありゃ、気が付いてしまった。」と、急いでベットを降りようとしてスリッパも靴も無いことに気づく。服もない、手術着のまま、その下は真っ裸なのだけど服もない。何より頭がむちゃくちゃ重い。少しうろたえたところに看護婦さんと当直の医者がやって来た。「ちょっと、どこに行くの?」と叫んだ。どこに行くのと聞かれて、とっさに「痛くてたまらないから、帰ります」と答えた。いま考えると、帰れるわけないのだけど、まあ、とっさに答えてしまった。「なに、いってんのよ、寝てないとダメ」とか言われて、何人にも押さえ込まれてもう一度、ギチギチに縛られて、拷問オモリを再び吊された。医者が、「この人、要注意だからね。現状を理解してないから、もっと、注意して見ててね。」と看護婦さんたちに言った。また、私に向かって、「あんた、首の骨折れてるんだからね。ちゃんと、いまの状態を理解しなさいよ。」と説教された。「そんなことは、わかってるけど痛いんだからね。死にそー、これ、拷問だよ、拷問。どうにかしてよ。」と言ったけど相手にしてくれなかった。医者が、「この人、現状を再教育しないとダメだよ。わかってないよ。」とか言って出ていった。しかたなく、その一日一睡もしないまま、集中治療室で過ごす。

「朝ご飯、食べますか」と看護婦さんが言う。

「どうやって、手足縛られたまま.....。見れば、わかるぢゃん。」

「ダメですね。じゃあ。」とかいって、食事だけ置いていった。この人たち、絶対いじわるである。

きょうは、1病棟の病室に移しますからね。」と言って出ていった。

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