滋賀県(湖北・湖東・湖南)

湖 北
滋賀県のとりわけ湖北地方は、日本の歴史に重要な舞台を提供してきたとともに、滋賀の
自然と歴史的な遺産( 古文化財 )を数多く残しており、特に観音さまをお祀りしている寺院
が多い。
集落で守る『石道寺(しゃくどうじ)』と、近くの『木之本地蔵』
木之本から車なら約五分。
高時川を渡ると石道(いしみち)の集落に入る。

谷あいを奥ヘ進むと集落のはずれに石道寺がある。当時は、かつて己高山( こだかみやま
)七大寺のひとつとして東約1kmの山間にあって栄えていたそうであるが廃絶し、今はみ
るかげもない。

どうも私の好みは、『寺のひなびた雰囲気』と『仏像』この二つを総合して出てきたようです。
妙にこの寺も気に入っています。

まず管理の面で立派だと思うのは、石道集落の住人が交代で毎日寺の管理をしている事
です。雨の日も雪の日も村人のお世話で大切に護られています。

京都、奈良の寺院とは一味違う静かさがあるようにも思われます。
そして、本尊の十一面観音のは、穏やかな顔立ちとひなびた風情がなんとも言えません。

お堂前の遊歩道を歩くのも良いでしょう、また近くの田の畦を歩くのもいいものです。
畦道にあったすみれがとても綺麗だったので、一株だけそっと根をつけて持ち帰りましたが
今では株も増えて、私たちを楽しませています。

もし時間があるのなら、木之本町内(市街地)の北国街道沿いにひなびた風情を残す木之
本地蔵(浄信寺)<無料>に足を伸ばすのもいいでしょう。
十一面観音( 石道寺 )

『 渡岸寺( どうがんじ)』の十一面観音像と『雨森集落』
高月町の渡岸寺集落には、十一面観音で知られる向源寺がある。
通称、渡岸寺と呼ばれ正しくは、向源寺所管の観音堂が渡岸寺(拝観料 300円)という
ことです。

観音堂には、井上靖の小説『星と祭』で紹介されて以来、全国的にも有名な日本を代表す
る木造十一面観音立像が安置されている( 正しくは、収蔵庫に安置されています)。

面長でふくよかな曲線を描き、気品あふれる像は拝む人の目を奪います。
エロチックな腰のひねりと丸いお尻、成熟した女体の色気を感じさせる。
この観音の官能的なところは、肩に優しく垂れてまつわりついた髪の柔らかさにもあるよう
に思います。

いずれにしても香の煙のためか黒く光る像には、誰しも驚嘆の声をあげる、そしてじっと眺
め、静かに拝み驚嘆の声の奥にあった『わけ』を探るのです。

眼を通じて心揺さぶられるものは、人によって異なると思いますが、一様に像から発する
『気』のようなものを感じるでしょう。

地元のお年寄りによる説明を聞いていると、この十一面観音が地元の人たちによって大切
に守られてきたことが容易に感じられます。

まさに一見に値する仏像で、私に『 どの仏像が一番好きか?』っと尋ねられれば、世に数
ある仏像の中で、まずこれを挙げるでしょう。

ただ一つだけ注文をつけるとすれば、照明に工夫をしてもらえたら、もっと良さが出るのにと
感じるのは、私だけでしょうか!?

また、東隣にはこの地にふさわしい『 高月町立観音の里歴史民俗資料館 』があり、地域
の観音像の所在地とその信仰の深さを知ることが出来ます。

すぐ近くの雨森(あめのもり)集落は、雨森芳洲を記念する芳洲庵(入場料 250円)や韓国
との交流を目指した会館(通常は閉館)などがあり、また集落内を流れる小川に悠々と鯉が
泳いでいます。 訪ねてみてはどうでしょう。

雨森集落では、芳洲庵前・神社前・会館などの前に車を駐車できますから、徒歩でゆっくり
集落内を回ってみましょう。
【 解説 】
この十一面観音像の特徴は、(1)頭頂にある小像が、通常は如来像が置かれるものだそ
うですが、菩薩像がのせられているということ。
(2)通常は頭に一周するように十一面は位置されるのですが、二面が写真のように両耳
上にあること。 (3)そして最後に、写真では解かり難いですが耳にピアス(耳礑・じとう)が
あることです。

湖 東
湖東は、歴史の表舞台に出てくることはあまりないが、その分当時そのままに残された寺
院が多い。
『 湖東三山 』
『 西明寺 』(さいみょうじ)
湖東三山とは鈴鹿山系の山麓におよそ3キロから4キロ間隔で南北にある三ヶ寺のこと
をいう。

一番北にあるのが西明寺(天台宗)、池寺ともいう。寺伝によれば承和元年(834年)僧三
修が、湖の西岸を歩いていると、紫雲の中に 光明がさしこの地に来たところ、薬師如来が
現れその姿を立木に刻み安置したことに はじまると伝えられる。
薬師如来の光が西方を明るくしたとしてじん仁明天皇から「西明寺」 の勅願を下賜された
という。
その後天台僧の祈願道場として栄え、諸堂十七、僧坊三百を数えたといわれている。

本堂の右にある国宝の三重塔は近江はもちろんのこと日本を代表する鎌倉時代の塔であ
る。そのほか本坊には、山裾を利用した蓬莱庭ともいわれる池泉鑑賞式庭園や、めずらし
い不断桜がある。
これは毎年9月10日前後に桜が咲き始め、11月には満開になるので有名。

『 金剛輪寺 』(こんごうりんじ)
西明寺の南には秦荘町の金剛輪寺(天台宗)が位置している。
ここの歴史も古く天平年間(729〜749年)聖武天皇の勅願によって行基が開いたと伝え
る。当寺は、比叡山の円仁が中興し、そして近江守護佐々木氏の保護を受け盛隆を見た。
見た。

当寺の木造阿弥陀如来坐像・木造不動明王王立像・木造沙門天立像・木造寺慈恵師坐
像は、いずれも重要文化財にしていされているとともに鎌倉時代の初期の年号が銘記され
ている。この時期に寺院が栄え造仏されたことがうかがえる。
ところで、中心堂舎の本堂は天平大悲閣とも呼ばれ、入母屋造七間七面の和様建築であ
る。

『 百済寺 』(ひゃくざいじ)
三山のうち最も南に位置するのが愛東町の百済寺である。赤門と呼ばれる山門から両側
に苔むした石垣に囲まれた石段の参道をのぼる。やがて大きなワラジを吊るした仁王門に
さしかかるが、この付近の景観は古寺の雰囲 気を漂わせている。
寺伝によれば推古天皇14年(606年)聖徳太子の勅願で創建され、堂舎は百済国の龍
雲寺を模して建立されたという。
山腹を利用した水量豊な大きな池泉に、変化に富む巨岩を巧妙に配したみごたえのある
庭園である。
この池にいる「鯉」は、実に人に馴れている。
エサをやろうと思って水のなかに手でも入れようものなら手まで吸い込まれてしまいます。

石塔群に圧倒される『石塔寺(いしどうじ)』
蒲生町の石塔集落には、その名の通り石塔寺(天台宗)がある。

門前から美しい階段を登り切ると風景は一変する。ほぼ真ん中に巨大な石造三重塔がそ
びえ、その周辺は何万という五輪塔や石仏で埋め 尽くされている。

じっと立っていると、石仏に願をかけた庶民の祈りが聞こえてくる ようです。

とにかく一風変わった異様な風景です。
すぐ横にわずかの芝生がありますから、そこに座り石塔を取り囲む松林の梢に風が吹き渡
る音を聞くと、この石塔寺の良さがわかります。

湖 南
京への道にあたり、まさに戦乱の渦に巻き込まれながら、それをかいくぐり残されてきただ
けに貴重である。
ハイキングがてら『桑実寺(くわのみでら)』そして『近江風土記の丘』へ
安土町の中心部を通り抜け安土山の麓に来ると、衣笠山の中腹に桑実寺がある。

桑実薬師で知られているが、縁起によると天智天皇第四皇女が病床での夢の中に湖上に
光がさし、僧定慧(ていけい)が修したところ病が平癒した上、薬師如来が出現し衣笠山に
飛来したので堂舎を建立し安置したのがはじまりという。

かつては境内に多くの塔頭があったが現在は三坊だけが残る。

長い階段をゆっくり一歩一歩かみしめながら登って行くところに良さがあるように思います。
急ぐことはなにもありません、ただゆっくりとまわりの木立を見ながら・・・。
味のある本堂前に出ると、そこは落着いた雰囲気で仏道とは何か語りかけてきます。

ここの良さは、静かに語りかける『仏のこころ』とでも言えるでしょう。

このハイキングコースとしては、桑実寺本堂横に『近江風土記の丘』へ行く道があり、その
道は起伏が少なく歩きやすく、一時間もあれば安土城博物館等に行くことが出来ます。

出発と終点を博物館の駐車場にするのがいいと思います。

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