あまとビト。
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……もぞ。 もぞもぞ。 ぺと。ぺとぺと。 トントントントントントントントントン。 ぺたぺたぺたぺた。 がちゃ。 くるり。 ――バチり。 と。 例えば。音のない映画。 てのが有るし、逆に音ばかりで絵のない劇だってあったりもするけれど。擬音ばかりの小説てのはきっと論外だろうからそろそろ描写を差し挟もう。とは思うのだけれど、あと少しだけ。登場人物Aの言葉と、Bの反応だけを書いてから。 A:ススキが欲しいから。車だしてくれると嬉しいんだけど。 B:大爆笑。 場所は真四角い部屋でリビングで。映ってるテレビは適当なスポーツニュース。その前の座卓にはビールの空き缶。その前のソファーには大爆笑中のBで、それを挟んだ所にあるドアの前に、爆発物に少し呆然とするA。 「……なんで、笑うかな」 当然これはAの発言。驚いた表情そのまんまの、無垢と云えば無垢なその反応にBは更に笑うに笑う呵々大笑。 因んでAもBも格好はパジャマ姿。なので時刻はそれなりに深夜。 さて。実際のところAは多少無垢な気質であったので突飛なその反応から相手の調子を少し想いやったりさえするのだけど(……大丈夫かコイツ。等)ともあれ。どんなに穢れない人物でも笑いモノにされてるとの自覚が宿れば不機嫌にもなる。 なので、今度は詰問口調。 「なんで笑うかな」 口調に従った不機嫌表情。眉根が寄ってたり、ほっぺた膨らませてたり等のアクションは各々自由に想像されたし。いずれにせよ、その反応でBは更の更に笑う事になるし。 「いや、もう」 やっとの事で絞り出した声。て体でBは云う。もちろん目尻には笑いすぎの涙が溜まっているし、それをこれ見よがしに拭ってみせるのも忘れない。 「なんか――」 と、言葉を探すように空く僅かな間。B、自分が大笑いしている理由は既に解ってるし、云うべき言葉も見付かってる。けれど、それを少しだけひん曲げた表現をする。 「――恥ずかしい奴だなぁーと思って」 なので。とりあえずAは意表を突かれた。 なんで。という質問に返ってきた答えがさらに疑問を呼ぶモノだったし、無論、そう云われてもどこがどう恥ずかしいのかも率直に分らない。故に素直に聞き返すくらいしか行動はない。だから云う。 「何処が」 「それが分らない時点で既になぁ。いや、天然だからこその恥ずかし行為な訳だから天然なキミには分るはずも無いよね」 B。あっはっは。と、陽気に笑いつつ、嬉しそうに天然天然恥ずかしい恥ずかしいと連呼しながら旨そうに缶ビールを啜る。 A。……天然。て言葉には。どう贔屓目に見ても『バカ』とか『間抜け』とかの言葉が含まれてるので、やっぱり良い気分はしない。 それに。 「説明になってない」 「ん? サカしい事を云うね」 細く山成りの曲線を描いた目を向けて。Bは云う。 「と云うか。説明して分っちゃうともう天然じゃなくなっちゃうのに。それに説明しなかった処でそれは説明出来ないて事にはならないんだよ? まぁいいよ、じゃあ説明してあげるから相手の、この私の気分になって想像してみなさい」 と云った処で、潤滑油のつもりなのか三口と付けてないビールを一気に呷る。 反らされた喉の動きに合わせて響く、景気の良い呑音を聞きつつ……っつーか酔っぱらってやがんなコイツ。て事に今更気が付いた。明日平日だぞ。 と、B。ぷっはァと息をついて(その苦ったらしい酒臭さにAは顔をしかめて)、説明開始。 「あのね、それなりの深夜に、わざわざ起きてきて、云われた言葉がよりにもよって、ススキが欲しい。だよ?」 「だからそれの」 何処が。 と云おうとしたのにひっ被せる形で早口に。 「風呂も入って、ご飯も食べて、パジャマ来てくつろいでおやすみなさいっつってなんだよもう寝るのもう少し晩酌に付き合ってよと引き留める声も無視してパタパタとスリッパの音立てて寝床に行った、一度寝入ると滅多なコトじゃ目を覚まさないベッドをこよなく愛してるような同居人がわざわざ起きてぺたぺたと素足鳴らして降りてきてるらしいから『ん? 何かあったのかな?』て思って身構えつつドアを振り返ってみた途端に部屋に入ってきたソイツと目があって。そのパジャマ姿の表情が幾らか真剣みを帯びてたからこちらも俄に心配になってどうかした? て訊こうとした切っ先を制されて」 ここで一息。 「『ス・ス・キ・が・欲・し・い・から車出して』だよ?」 言葉に直す過程の、その詳細な反芻にくすぐられたのか、またかんらかんらと笑う。 「ああ! なんて天然なんて恥ずかしい!」 さて。 もはや喋ってるか笑ってるかの二択であるBを前に、この辺りでやっとこさA、不機嫌の渦中になんとなく真実らしきモノを見付ける。曰く。 ……理不尽だ。 その通り。 理不尽である。 けれども。Aが気付いた『理不尽』と、『事実としての理不尽』はそれぞれ毛色が異なっている。 事実から説明しよう。 Bは、それらしく恥ずかしい理由を説明する素振りを見せつつも、もはやとっくにAを肴に大笑いすることが目的になっちゃっている。端的に云えばただからかっているだけであって、Aを笑う理由なんて無いも同然であり、むしろ、無いのだ。 この辺りはBの発言した『天然・恥ずかしい』て部分を『可愛い』に置き換えて読み返してみると解りやすいかもしれない。 「いや。もう、なんか――可愛いやつだなァと思って」 ほらね。 つまりAは存在しない理由によって恥ずかしい奴だと嘲られ、存在しない理由を一生懸命探しているて寸法になる。例えるなら自分の尻尾に結ばれたリボンを追いかけてぐるぐる円を描いてる猫のような状態だ。そしてBはそのリボンを括り、その様子を笑ってみている飼い主に他ならない。 理不尽と云うより、ずるいんだな。 それに対して、回る猫の、もといAの思った理不尽てのは事実よりも感覚的なモノだった。 Aは今、腹立たしいのと悔しいのとに加えて、――本当に恥ずかしくなってきている。 無論、その恥ずかしい理由に気付いた訳ではない。ただなんとなく、理由も解らず、自分が恥ずかしいことをしたとの自覚が無いのに、ただ笑われてるだけで、なんか本当に自分が恥ずかしいことをしでかしてしまったような錯覚に捕われてしまい、熱くなってくる耳に対しての。 理不尽だ。 との思いだった。 そう、理不尽だ。 なんで自分が恥ずかしがらなくちゃならないのか。 月見をしたいと思う事の何処が恥ずかしいのか。 ススキが欲しいと思う事の何処が天然だと云うのか。 それともやっぱりパジャマだけは着替えてくるべきだったのか。 ……いや、それは多分違うと思うけど。 とにかく、もういい。 確かに自分は、恥ずかしい、失態を見せたのだと思う。 コイツに頼み事をしたと云うこと自体が失態だったのだ。 と。目をこらしてみればAの頭に揺らぐ湯気があなたにも見えただろう。そんな、今にもじだんだを踏みそうな風情のAに、B、知らずトドメを刺してしまう。 「えーと、それじゃあ、何処に取りに行きましょうかねススキ」 そんなことを笑いつつ立ち上がりつつ云うのだ。 ……無論、Aは迷わず爆発する。 Bにしてみれば、散々笑いものにしたお詫びのつもりもあっての提案だったのだけれど、憤怒と羞恥と云う火薬を自己精製しまくってるAにはそんなこと解る筈もなかった。 ただ、その爆発と、Bがとある事をふと思いだし、 「あ、でも」 と、発言しようとしたのがほぼ同時だった。 どかん。 幸いと云うべきかな。力一杯投擲する枕もぬいぐるみも持ってなかったAの爆発は単にドアを力一杯閉める(ドアにとっては不幸だったろうけど)と云うだけに留まりA、退場。 Bの発言は途切れる事となって。 そして後には、深夜らしい静けさと苛めすぎに気付いた後味の悪さとが部屋に漂った。 その中で。B。 あー。とかなんとか呟きを漏らしつつ、そう云えば自分、アルコール入ってるから結局運転は出来なかったな。とか気付きつつ。云い掛けて途切れた発言の続きを呟く。 「でも。天気予報だと、明日は――」 ――雨である。 ぼたぼたと云うよりも、しとしとと云うよりも、さらさらと云った擬音の似合う細く細かい雨である。 薄暗いのは陽が遮られている所為ではなくて、夜と云うて差し支えのない時刻だからである。 その中をAが、片手に雨傘、片手にハンドルで自転車を漕いでるのは帰宅しているからでアルバイトが終わったからである。 そしてそのカゴの中の、和菓子屋さんで買おうかなと思ったけどバイトの時間が合わなかったから結局コンビニで買った月見団子が入ってるのは勿論――と。自宅到着である。 自転車をとめて下りて傘を畳んで買い物袋をひょいと取り上げてすたすたすたと玄関に回って少し重い扉を開けて靴を脱いでふと気が付いて傘の水滴をぶんぶんと良く切って昨夜の事を思い出せばまだ少し腹が立つ状態だったのでただいまを云わないつもりだったのを実行しリビングにも行かずそのまま階段をとんたんとんと登ってそこから続く廊下の突き当たりの少し出窓っぽくなっている窓を雨の吹き込みを少し気にしつつ開けてそのまま身を乗り出しふと気が付いて靴下脱いでポケットに突っ込んでからなんだか馴れた身のこなしで庇に手を掛けて傘と買い物袋でふさがってる片手もなんのそのでひょいと屋根に登ってお尻が濡れちゃうかなと思ったけどまあいいやと着席。パンと傘を開いて、ごそごそとコンビニ袋をまさぐって、一口大の月見団子を、ぱくり、と一口。 そして空を眺める。 もちろん、雨雲に覆われた、宇宙まで視界が届かないって意味では昼だろうと夜だろうと関係のない空。 その瞬間あたりからAはぼんやりと、集中してるのだか拡散してるのだか解らない精神状態に入るので。どれだけ時間が経過したかは良く分からない。 実際の所、振り落ちる雨粒のどれか一つに焦点をあわせようとしたり、見えるはずのない天平線を探したり、傘をかいくぐって直接特攻してくる雨粒を気にしてみたり、そう云えば月見の紀元ってなんなのかな、月見の風習って日本だけなのかな、月の兎は月見をするのかな、とか。思索を遊ばせる材料には富んでいるのでそれに従いさくさくと時間は流れていく。 だから一つの姿勢で硬直しているのに疲れてきて、もういいや。傘を畳んで寝ころんじゃおうかなとか思い付いて試験的に敢行してみようとしたあたりに。 「……なにをしてるのかな。それは」 と、Bの声が掛かった。 屋根の上に居るAからは、屋根の下の窓の前に居るBの表情はもちろん見えないけれど、うんざりした表情か、幾らか反省を示した表情か、呆れ返っている表情のどれかかなと想像させられる声色だった。 それにしても。なにをしてるのかとはどう云う意味か。 素直に、月見だよ。と答えようとしたAだけど、続きがあったらしい。 「拗ねてるのかな。それとも、当てつけのつもりかな」 A。取り敢えず、意表を突かれた。 またこいつは良く分からない事を云う。 自分は普通に月見をしているだけなのに。と思いつつ、だから率直な処を言返す。 「お月見してるんだけど」 屋根の下にいるBからはやっぱり屋根の上のAの表情は見えない。けれど、如何にも『なんでそんな事を訊かれるのか解らない』と云うその声色に、意表を突かれないまでも。呆れ返って、うんざりして、そして反省して、Aに気付かれないよう配慮をしつつため息を吐いた。 そしてBは思うのだ。 解らないのは、どっちだ。 普通、雨になっても強硬に月見するのって拗ねてることになるだろうし。月見の準備に一生懸命なところに理解を示さず笑い飛ばした人間への当てつけにもなるだろう。 ……でも、確かに。まったく普通の純然たる月見をしているつもりの人間からしてみれば、それが何故、拗ねている事になるのか、ましてや当てつけている事になるのかなんて解らないだろう。 そこまでは理解出来る。 んだけどさ。 でもさ。 それと。 わざわざ、雨に打たれて、雨雲に月が隠れて見る月も無いのに『お月見してるんだけど』って云う人間と、どっちが『解らない』べきなのだろうか。 「なんですか」 お月見ってのはそんなに一生懸命するべきものなんですか。 て云おうとしたのを少しひん曲げて。 「そんなに故郷に帰りたいんですか兎さん」 「……兎って。なに」 「いや。そんな雨に打たれてまでも見えない月を見上げてる理由を望郷の念に囚われ焦がれてるからかななんて詩的私的に解釈した冗句だから解らないなら解らないで良いよもう」 そうなのだ。解らないのだ。昨夜散々苛めたのは自分じゃないか。 そう、解らないからこそ天然なのだ。 とかなんとか、何を笑ってるのだか解らない半笑いの表情で肩を竦めつつ笑うBに、やや唐突にA、云う。 「いや。良く分からないけどさ」 と、その声が思いの外近くにあったので、Bは少しびびる。で、さらに窓の外に逆さになったAの顔を見付けてかなりびびる。 屋根の上にいたまま窓を覗き込んでるから都合、逆さになるんだけど。雨に濡れてぺっとりと前髪が貼り付いていて、さらに水滴がぽたぽた垂れている生首は真っ当に不気味だ。 ともあれ。その生首。Bを真っ直ぐ見つつ、云う。 「あのさ。見てないでしょ。空」 「え?」 ちょいちょい、と、逆さに窓を覗き込んだまま、右手で適当な方角を指さす。その状態のAを想像してみると血の気の引きそうな程度には危なっかしい体勢なのだけど、それはともかく、B、取り敢えずは云われたままに手摺りから身を乗り出す格好でAの指した方角を見やる。 ――解った。 感嘆の声を漏らすまで大きなモノではなかったけれど、それだけに、お腹の真ん中当たりにストンと落ち着きやすいサイズの感動と納得だった。 西だか、東だか、北だか南だかの方角は定かじゃないけれど。Aの指した方角。 秋のそれらしい、薄くて淡白な雨雲が、太陽の明かりのなくなった空に塗されたように灰色に黒く暗く広がっていて、その一箇所の只一点。 塗り忘れたように、或いは切り抜かれたようにぽっかりとまん丸くバナナ色に黄色く明るい真円が浮んでいる。 なるほど、それが月の投影――いや、投灯だった。秋の澄んだ空に透き通る灯りが、中秋の、十五夜の物理的に近くて大きな月の明かりが夜の雨雲に染み込んで一部分だけ月の色に染めている。 ああ、一部分だけではない。天蓋を円く照らすその月明かりは縁取りを淡くぼかして何処までも、空の360度のぐるりに黄塵をちりばめている。そして月の破片を取り込んだ雨雲からは灯りの届く範囲までではあるけれど、雨粒さえもその色に染まり無数の金の糸を地上に向けて垂らしていた。 B、納得を、そのまま声に出す。 「そうか。お月見かー」 「ほらね」 と、答えたその声色から、そらみたことか。とか。天然だとか恥ずかしいだとか云ってたけれどこの通り、それ以上の価値があっただろう。とかの言下に含まれたモノをBは受け取ったけれども。それでもまぁ、正直なところはA程に一生懸命になるのはやっぱり珍しいだろうと思いつつ、窓から乗り出してて雨ざらしになった体を廊下に戻した。 それはともかくとして。 ススキの件は謝るべきかな。と思った。つまりは云う程には天然でもなく、理解の予知が無かった、それだけ笑いものにする正当性は薄かった訳だから――とは思ったけど。 次の日に早速、Aはそれなりに重い風邪を引いてしまい、同居人として看病しつつ、同居人としてその風邪を感染される立場にあるBは、丁度これで痛み分けになるよな等と勝手に解釈して忘れた振りをする事に決めた。 けれども。 熱にぼやけた表情でおかゆを啜るAは、何かを見透かしたような口調で云うのだ。 「……大丈夫だよ」 「……何がですか」 「来月もまた、するから。お月見」 ごちそうまさま。と、手を合わせてから。 「……十三夜って云ってね?」 「勘弁して下さい」 |