鏡面の文字。
幾又も幾又も幾又も続いた分岐路の。
その果てにあったのは行き止まり。
でも、おや。小さな入り口があると思い近付いたのは、小さな鏡でした。
そこにこんな文字。
『誰かに、尋ねてみたいこと、訊いてみたいこと、質問したいことって、ある?』
鏡の足下に黒い口紅が転がっていました。
あなたはそれを手に取って――
特にない。と、書いた。
強いて云えば……と、思案して書き始めた。
あー。あるある。と、早速書き始めた。
書き終えて。さて。と、振り向きかけた途端、
鏡面の文字が霞むようにぼやけて書き換わりました。
『じゃあそれに自分で答えてみて』
浮かんだ文字に、あなたは、絶句するか、苦笑いするかして――。
回答はせず、その旨を走り書きしました。
回答する為に、すこし思案して書き始めました。
鏡面の文字。/集計結果。
……んー。集計結果を公表する前に、少しばかり反省することがあるかなあ。
今回の質問の意図とか目的とかを取り敢えず解説しておきますと、
・質問や相談をする時は、大抵、自分なりの答えが分かってる事のが多い気がする。
それなのに何故、人に尋ねてみたくなるかっつーと、
その決定を誰かに委ねたかったりとか、そこまでじゃなくても後押しや裏付けが欲しいだけ。
なのではなかろうか。と云う実験。
否定的結果に終わっても肯定的結果に終わってもどっちでもいいや。
・存外、些細な質問やってー。て云って下さる人が多い。
・人ってけっこー質問されたりしたりするのって好きなのかな?
・リクエストしてくれる。て事はもうちょっとハードルの高い質問しても大丈夫かな?
の、実験。
上記2つはそこそこ目的を達成できたよーな気がするんですけど、
ちょいとコケちゃったのが、一番の目的であった下記目的。
・些細な疑問コレクションとか作ってみたい。
夏休み子供相談室ー。とかラジオで聴いた事ありません?
私も極限られた回数しか聴いた事無いんですけど、
その限られた回数ん中で例外なく面白がってるのが、
「あー。よくそんなこと疑問に思えるなあ。いや良い目の付け所してる」
てことでね。それに対する専門家さんの解答ももちろん面白いんだけど、
あの番組の一番面白い所はそこだと思うんですよ。
で。そこだけ抽出したりとか出来ないかなーん。と云う甘い考えだったんだけどね。
それともう一つ。些細な疑問ってのは生活から発生するものですよね。
んだから、それを集めれば、色んな人の生活の、目線の高さがたくさん手には入って面白いかなあとか。
俺は味噌ラーメンが一番うまいと思うんだけどお前はどうよ? だの、
猿が嫌いなんだけど。私って少数派? だの、
ところでこいつをみてくれ。どう思う? だの。
くらいのが集まれば良いなあ。て思ってたんですけれども。
んー。
失敗じゃないのは確かなんですけどね。これはこれで楽しかったですから、
でも目的に添うだけの配慮や工夫や思考が足りなかった点はちょいと反省しておこうと。
・舞台装置に凝りすぎたかもなあ。
・まあ確かに、こー云う設問は「日常のどーでもいい質問」をわざわざ云う場所じゃないよな。
・そもそもウチに来てくれる方の客層。
くらいが原因かしら。
と。
いきなり反省なぞを垂れ流してしまいましたから不安に駆られるまま念のために云っておきますと、
今回寄せて頂いた回答の持ってる傾向も、それはそれで楽しかったです。
ご参加頂きました皆さま、ありがとうございました。
さて。集計結果はー。
強いて云えば。:++++++++++++++++++++++++++++++++
あーあるある。:+++++++++++++++++++++++
いや特にない。:++++++++++
でした。
常日頃から疑問を抱えてるヒトよりかは、
強いて云えばあるかなあ。てヒトのが多い。まあ自然な結果やね。
でも、主観だけど、強いて云えばある。てヒトと、あーあるある。
てヒトとのする質問にはそれほどの差違は感じられなかった印象。
同じような質問を抱いたとしても、それの回答をどれだけ知りたがるか。てのは人それぞれってことでしょうか。ちょいと面白い結果ですやね。
他、質問の傾向から、「自分自身」に興味を持ってるヒトが多いのかなー。
てのも読み取れそう。
傾向として最も多かったのが、道に迷っているモノと仮定して帰り道を尋ねる質問だったのですが、
これは不安を払拭する為のモノであり、安定を得る為のものとして少し見方を変えれば自分自身への興味に繋がりますやね。
でも。ま。意味を沢山含んでそうな抽象的言葉を並べりゃ面白くなるってモンでもねェぞ?
とだけは云わせて頂きましょ。
ああそうそう。それから、看過するには勿体ない傾向として、
無記名での投稿が多かったかな。
矢張り、何に対して疑問を持っているか。ってーのは、
個人の内面に直結する情報だからでしょうか。
とすれば、随分と下世話な質問を用意したもんやねーゲッゲッゲ。
ゲッゲッゲじゃねえよ。
いや、重ねて、お付き合い頂き有り難う御座いました。
それとも単に、
ここ最近のインターネット全般における傾向を反映しただけかなーとも考えられるけど、
そこまで話を拡大させちゃうと私個人じゃ収集付かなくなっちゃうからやめておきましょう。
それでは、以下回答のご紹介です。
問:人を傷付ける事の怖さを知っていますか?
答:傷付けられた事がある以上、傷付けた事がある以上、その痛みは半分だけ解ります。
他人の痛みは解らなくても、自分の痛みは絶対に忘れられないから。
お。初っ端から何か深刻げですね。
どうだろ。確かに加害者である以上は被害者と同じ気分にはなれないかも知れない。
罰則ってのは、罪を赦す為に存在するんですね。
で。罪の意識ってーのは自虐で、ある種の拷問で、自ら下す罰のよーなモンでもあります。
てェことは、その罰でもって自分で自分を赦そうとしてるって事にも繋がりますやな。
私はそーいう意識の流れが嫌いなので、自分を楽にすることに繋がる、
『加害者ヅラ』はしないよう努めることが多い気がします。
罰を与えるべきも、罪を赦すべきも、自分じゃなくて加害者さんだしな。
その点で、『半分だけ解る』ってのは実感に則して理解できるよい言葉やねえ。
半分だけ解ることができて、半分しか解らないんだよね。
問:何が君の幸せ?
答:人に喜ばれることかな?
あー。それを知悉できれば人生をずっと上手に暮らせるんだろうなあ。最後まで。
大きな問いやね。
わからないーまーまーおわるーそーんなのーはーいーやだー。
(すげェ歌だぜやなせ先生)
私は文字を書くだけで喜びに繋がっていましたけれど、
最近ではなんとなくそうでもなくなって来ちゃった感じ。難しいね。
問:お前は誰よ?
答:今鏡の向こうにいる。
いいか、テストの解答欄に質問文を書くと0点だっていうんだぜ?
鏡の向こうなんだ。こっちじゃなくて。ちょいと面白い。
誰かと問われればあなたにとってはぐしゃろごすであり、場合によっては(本名)であると答えます。
自分自身の中身をラベルである名前に託すのはちょいと不安ですが、
自分自身(私)に対するイメージはヒトそれぞれの解釈にあわせて微妙に変わってきます。
ので、そのヒトの中にある私、を指す意味で、そう答えます。
そうしてみれば初対面のヒトに自分の簡単な肩書きを書いた名刺を渡すのって理に適ってるよな。
問: ……帰り道、しらない?
答:知っていれば、聞いたりはしないさ。
…いや、覚えていて、そうでないふりをしてるのかもな。
あなたが帰るべき場所が何処なのか。で答は変わっちゃいますね。
で。そうでない振りをしている場合は何処に行きたいのかでまた変わってくる。
帰るべき場所が行きたい場所であるなら理想的ってことかなあ。
問:地球崩壊のその一瞬に、貴方が手に持っていたい・掴んでいたい物は何ですか
答:思い慕う人の手……と言いたいところだけど、そんなのが無ければ鉄パイプ。
手は一番鋭敏に(物質的に)何かを感じ取る器官なので、まあ何か面白いかなぁーなんて。
なるほど。指先は人間の神経が一番集中してるところって聞いた覚えがありますねーそういえば。
(だから指先を用いる遊びは脳の老化を防止してくれるんだぜ)
なんだろ。その問いが『死ぬ瞬間』であるなら愛用のキーボードのキーだと答えるところですけれど、
死ぬ瞬間と地球の崩壊の一瞬ってーたら割ときっぱりニュアンスが異なっているように思えますね。
んー。
その答を聞いちゃうと、なんかもー、暫くはヒトの暖かみ以外に思い浮かばないですわ。
なんか孤独なのは嫌だね。一緒に怖がってくれるヒトが欲しいと云うか。
自分が死ぬときは孤独でもまあ構わないんだけどさ。
なんなら、地球破壊爆弾のスイッチとか、地球脱出ロケットのスイッチとか答えたいですけれど生憎私ゃそこまでアグレッシブにはなれんなあ。
問:臨在や老子の思想につながるのですが、自分の中に他人の知識があっては目はくもる。すべてを捨てて無になる。無為自然。言語を、言語認識を捨てたところに実在が、真実があるのではないかと。人が私に聞くのは結構ですが、私が人に聞きたいことはありません。神とかいうものが居たとしても聞きたいことはないですね。
答:えっといや、、だからないんで。。。
んー。
それは『私』にゴリゴリに捕らわれ過ぎていて逆に曇っちゃってるように思うにょろよ。
仏教だったかなー。『私』に固執してる状態をそのものズバリに指す言葉があったように思うけど。
『私』って存在を簡単に解釈するならば生まれてからこれまでに蓄積された記憶・情報の集積であり、
当然だけど集積が存在してたら『無』ではない。
だから、無になるために捨てなければならないモノの最たる存在がその集積だ。つまり『私』だ。
自分の中の知識と、他人の知識と。それらは種類こそ違えど同じ集積でしかない。
そんなモノを守ろうとしていては、あるいはそんなモノを真実だと思いこんでいるようでは、
当然、無になんてなれやしない。
しかし私ら人間は知識の蓄積を生まれた瞬間から絶えず行っており、そんで、
蓄積されたモノは今のところ意図的な廃棄・忘却はできないことになってる。
それでもなんとかゼロに戻りたいってーんで修行するヒトらも居て、
その目標が悟りであり、あるいは『無我』の境地であると。
無の状態ってのは自然な状態であり、無為自然ってのの簡単な定義は、何も変えない。変わらない。つまり何物にも影響を受けないってことだよね。
だから影響を受けないために耳を塞いでしまうのもそう間違っちゃいない行為なんだろうけど、
世の中ってのは往々にしてその耳を塞ぐ腕ごともぎとっちゃうような出来事が勝手に近づいて来ちゃうモンでさ。
そんな出来事に遭遇しちゃっても尚、鮮血の滴る白い骨のむき出したその腕で耳を塞ぎ続けることができるかなあという話でもある。
(大いなる宗教者は大いなる不感症患者である。て言葉があったなあそういえば)
私は出来ないので出来ないなりに耳を塞ぐ以外の、影響を受けない方法を考えてみるとー。
生得の力によって余計なモノを知る力を、言い換えれば簡単に影響を受ける力を持ってる私たちがそうなる為の方法って、なんかもー、この世にある影響を悉く受けまくって、知識や思想や感覚やなんやかやをもー全部知り尽くして、何もかもに飽きちゃうことくらいしか無いんじゃねーの。
そうすれば物事の判断を自分の中にある知識(=私)じゃなくて世界全部の知識で出来るようになる。
『私』が必要なくなるんだね。
真っ白に戻れないならいっそのこと真っ黒になっちまえって考え方やね。
そーしてみると。輪廻転生ってその為にあるんかもね。
人間だけの知識じゃなくて、この世にあるありとあらゆる森羅万象な存在の知識を得るためにとかなんとか。
でも前世の知識が保持できてないんだから意味無いか。
なので。無為自然を目指していて、もし神様みたいな存在が居たとするなら、
私ならその神様の言も判断基準の一つとしてしか捉えないながらもありとあらゆる事を尋ねてみると思うわ。
まあ。それを目指しているわけじゃないから、訊きたいことはちょっと浮かばないけど。
自分の中の知識を捨てる手段があるなら話はもっと手っ取り早いんだろうなあ。
禅の修行なんかはその一環なのかな。俗世から離れてさ。
と云うか私のしてるコレもその、影響を受けまくって無になる為の手段に通じるね。
目的はその真逆だけどなー。
問:強いて云えば、ここは行き止まりですか?
答:行き止まりではなかったら進む。
行き止まりであったとしても、ここが行き止まりであったことが
わかったので前の分岐点から別の道を進む。
でも、行き止まりかどうかの判断は人によって違うのかもしれない。
行き止まりはそこにたどり着いた人が引き返した瞬間にのみ行き止まりとして存在するのです。
問:君はここにいるの?
答:たぶん・・・いないんじゃないかな。
だって、私は私をみていないんだもの。
自己の存在を確かめようとする存在があることは確かにょろよ。
そんでそれが確かならば自己という物も一応は存在する。
それを指して『私』と呼べるか否かは個々人の勝手になるけれど。
問:俺って役に立つのか?
(……と短く、鏡になっているだけに他人だけではなく自分に対しての問いかけにもなっているのかも知れないと思いつつ、書き終えたのであった。)
答:(やっぱりそうなのか、と直ぐに書き始めました。)
立たないね。明らかに、君の方が役に立つさ。
何の役に立つかが問題だやねえ。
この鏡のが役に立つとしても、たとえばケーキ作りの助手を頼んだり猫探すのを手伝わしたりおじいさんとお別れの時がきたのを皆に知らせたりも出来ませんし。
その対象が誰か一個人に定まったりしたら色々苦難の道よねー。
問: 「奥さんも子供もいたあなたが、わたしを嫁にもらいたいと言ってくれたのはどうしてですか。」
気になってる。聞くに聞けない。
答:全然わからないから答えられません。
いつか本人に聞いてみようか、一生謎を持って生きていこうか。
(実話だったり。中学生の頃に当時好きだった先生からだったり。もちろん冗談だったんだろうけどさっ)
うーわ素ッ敵ー。今回の一等賞候補に選ばせていただいてよろしいかしら。
(実体験だけにはしゃぎすぎを警戒した姿勢)
あれやんねえ。推測だけで続けさせていただくと、
瞬間的に思いついた、最大級の賛辞がそれだったんじゃないかなー。
嫁さんってのは生涯の伴侶で、ずっと傍にいる人だから、
そんじょそこらの人間関係では及ぶべくもないほどに良い人を選びたい理想がある訳ですよ。
つまりその理想に適うほど良い人であると伝えたかったーみたいな?
以上、似たようなことを口走った経験から推測させて頂きました。
問:タイムマシンっていつできるの?
(こういうのを聞きたいわけではないのでしょうが)
答:死ぬまでにできるといいね。って回答じゃないし。
行きたいわけではないのですが、のぞくだけでも。
実際に、どういった生活をしていたのか、あるいはすることになるのか、知りたいと思いませんか?
いや。割とそういうのが聞きたかったりー。
そうやねえ。例えば今の現状でも、ほんのちょっとの昔と比較しても
けっこー驚けるぐらいには変化しているはず何ですよ。
十年やそこらでも五年やそこらでも、きっと驚けると思う。
んだけど、私たちはその変化をほんのちょっぴりずつ体感してきているからその変化の大きさに気付くことは出来ない。
それは恐らく百年先のことであろうとも、
一日一日、一時間一分一秒ずつ体感してゆくならやっぱり気付くことは出来ないのだと思う。
未来の存在に気付くことは私らにゃ出来ないって事だ。
(まあ、「良い時代になったもんだねえ」的セリフは偶に云うけれど。
それは未来が主体なのではなく過去が主体になっている気がする)
だから、タイムマシンみたく、一気に数年飛ばしたりしない限り、未来だー!
みたいな感覚は味わえないでしょうから。うむ。のぞいてみたいなあ。
問:人って何でこんなに「物語」が好きなんでしょう。小説に限らず、神話や宗教って世界中にあるし、
見方によっちゃー科学だって物語だと思うし。なんでだろー。
答:人は物語でできています。とか?
物語が無かったら生きていけないなぁとか思いません?
神話も宗教も科学もそれらを包括する物語も全部、説明するための手段だからじゃよ。
多少感傷的な言い換えをすれば、誰かに何かを伝える方法だから。
人は一人じゃ生きていけないのかどうかは知んないけれど、
繋がりあうことを重要視したがる性質はたしかにあるみたい。
問:むしろ俺に訊いてくれ。質問してくれ。あんたが。無論いくらでも。
俺も何となくボヤケたあんたの顔を一生懸命イメージしつつ、その質問を今からここに書き込もう。
答:あっはっは! そう来るか。
俺の負けで良いよ。有難う。
エロってのは基本的に体じゃなくて頭で感じるモノみたいなんですけれど、
その割には肉体に縛られた娯楽・・・・・・とは違うな。まあ、体から切り離せないモノじゃないですか。
つまり原体験、実際の体感から先にはどうしても進みがたい。
なのでー。創意工夫を凝らす箇所が、なんだかシチュエーションばかりに限定されていると云うか。
ありふれたモノが氾濫しがちと云うか。
エロを実践してる方からみて、この機会に、この辺の解釈について何かしらのご講釈を頂きたい。
と。質問したいこととしてまっすぐエロに直結するってのはどうなんだろう。
問:助けて……この私にお金を貸してくれませんか?
答:犯らせてくれたら考えてあげる
人の弱みに付け込む外道がいるかどうか、それが知りたかっただけ。
あー。
プロバイダ変えてメールアドレス変わって以降公開したこと殆どないからスパム全然こないんですよね。
と云うか迷惑メールの話であってるかな?
そこは人の弱みにつけ込むというか。
ちゃんと対価払ったから呵責なくお金を借りられる+人助けにもなるし気持ち良くもなれる。
てのの幸福な取引が成立しそうな気もしたりとか。
問:この分岐路の、この場所に私は着きました。
誰かはこの分岐路を出るでしょう。出れずに斃れた人に、私はどう言えばいいのだろうか。
答:この分岐を見破れなかった、貴方の負けだ。と私は答えるでしょう。
お疲れさまとか?
勝ちと負けは簡単に色を分けられる便利な概念やね。
しかもその色はとても濃い。
問:
答:
例えぼんやりとでも見えている間は自分の道は自分で決められるようにありたい
お。なるほど。
そうだよね。尋ねることが許されるならついつい尋ねちゃいますよね。
迷うことを放棄しちゃダメと云うか楽になろうとするなというか。
ゲームでも攻略本見ずに遊んだ方がそれはそれで楽しい気がするしねー(?
問:黒い口紅が都合よく転がってるこの事実を仕組んだ誰かに…黒い口紅使ってるの?と。
答:黒じゃなくて紫の口紅置くかなぁ…でも、それはムラサキカガミ?
実用的じゃなくても黒の方がいいんだよっ!と。
小さな鏡は人生の終点だと思った今日この頃
…黒い口紅に拘ってみたけどそっち方面の質問しても良かったな、と。
ゴスロリな人なんかも知らんですね。
鏡は人生の終点ですか。なるほど。もう先に進めない行き止まりで、
見ることが出来るのは今まで自分が通ってきた道ばかり。振り返ることしかできない。
なるほど。終点かも。
問:生きるのに必要な物って何?
答:面倒なことに反発する気持ち。そして少しの現金。
おー。解りやすくもシンプルな回答で良い感じ。
そうだやね。私らは割と惰性で生きてるから。
でも惰性で死ぬのも割と難しいんだよな。
生きるのもめんどいし死ぬのもめんどいのか。
問:あなたは私を必要としてくれていますか?
答:どれほど一緒にいても、どれだけ語り合っても、不安だけが消えないんです。
私はここにいます。あなたが、そこにいて良かった。
必要という言葉の強さが少し怖いかな。私のような人間には。
必要ってーのはそれがなければならないってことで、絶対に外れちゃいけない歯車。
外れちゃいけない歯車はそこから絶対に絶対に動いてはならない。
誰かにそれほど責任を負わせるのはちと怖いし、誰かからそれほど責任を貰うのもまた怖い。
大切な人とか云う類の人間にはなるべく長らえて欲しいよな。
んだから、そーいう人には、無くなると困る必要ってのはあんまし負わせたくないとも思う。
連理の枝だとか比翼の翼なんてのの美しさはとてもよく分かるけれど、
でも多分、丁度良いのはもうちょっと中途半端な感じのなんですよ。
必要なときには必要だし必要じゃないときは必要じゃないみたく。
問:鏡よ鏡よ鏡さん。この迷路の出口を教えて下さいな。
……え、自分で探せって? 答えは目の前にある? 目の前には……。
(ここで文字は終わっている)
答:まだ迷っているんですか?
出口と入口の違いもよくわかんない気がするね。
右と左みたく、主観でしか決められない物事って思うよりも多いのかも。
ああ。だから玄関とか設えるのか。お手軽な境界は簡単な結界。
取り合えず右手の法則でがんばろう。
問:人生って、ネタかな?
答:ネタだろうねえ。
ネタは披露する相手が必要なので一人遊びとは何か根本的な違いがございますな。
問:拝啓
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー様
カラマーゾフの兄弟の続編の内容を教えてください。特にイヴァンがどうなるのか教えてください。てか原稿よこせ。
答:
ドストエフスキーが日記に記した走り書きから、カラマーゾフの兄弟後編の内容はある程度分かっているのですが、でも彼は走り書き、構想そのままに書く人ではないのでやっぱり実際に書いてみないと分からんのよね。他にも例えば日本であれば般若さんに死霊のラスト教えて!とか太宰にグッドバイお前書き終えるつもりそもそもあったの?とかいくらでもききたいことはあるけれど、とりあえずカラマーゾフの兄弟は世界最高の小説だと考えているので。そしてこの中における三兄弟が、特にアレクセイが後編で受けるであろう受難、またイヴァンの復活がどのように描かれるのか、という点は単なる文学史だけの話ではなく、哲学史にも、思想史にも影響を与えるであろうから。トルストイが無駄に長生きした分、ドストエフスキーは早死にしすぎですよ。
ドストエフスキーのおっちゃんは何気に未読。
手元に父の購入したのがあるからいつでも読めるだけについつい後回し。
何気に鏡に書くには丁度良い事柄かも知れませんね。死者への質問て。
問:この分岐路からの出口を
答:いくつか道を戻って、さっきとは逆の道を辿れば出れるかもしれない
分岐路は迷いやすいと思うのです。
うむ。あなたの云う迷い易さはず出口を尋ねる方が多いあたり証左になってると思う。
問:睡眠時間足りなくて寝直す時て、鬱の状態に似てねえ?
答:かーなーり。
日頃最低7時間睡眠とってるから寝不足の時は夜更かしでバイトに行くときか或いは締め切りに追われてる時なのでむしろ寝直すことが出来る状態すなわちそれら戒めから解放された状態なので至福の瞬間。
鬱の状態はむしろ逆かな。
寝過ぎて(16時間くらい?)、寝てるのか起きてるのか自分でも判別できないべろべろの状態が。
問:俺が絵を描く事によって誰かしら幸せになったりする事ってあったりしますか。
答:あるといいね
そりゃー、まあ。
あなたが誰かしらを幸せにするため絵筆をとっているのならありますよ。絶対。
問:世界の何処かにいるあなたは、今、幸せですか? それともまだ、誰かの幸せを願っているだけですか?
答:わたしはまだ、幸せではありません。だって、自分が幸せになろうとする為に、不幸ではありたくないと思ってしまっているために、他の誰かの幸せを願ってしまっているのですから。
きっと信じているんです。世界って本当にとても綺麗なんだって。そして、自分はあの人と違って綺麗な所しか見ようとしていないということもまた、わかっているんです。
いつか、いろいろな事を受け入れる事のできる、強い存在になりたい。
今の本当の願いはきっと、ただそれだけの事なんだと思います。
例えば今世界の人口は60億。
世の中のたった一割だけが綺麗な所だとしてもそれは6億の存在。
頑張ってみれば、綺麗なモノだけで生きることもそれなりに可能っぽいくらいにゃ世界は広い。
一カ所一部分だけ見るってなァ恐らくそういうことにて御座んしょう。
問:『マザー3せいさくかいぎちゅう』
答:シバラク オマチクダサイ
ズット オマチクダサイ
http://www.nintendo.co.jp/n08/mother3/
はっは。斜に構えた視線じゃあ、真っ向から期待してるそれに上回ることは出来ないぜー。
問:目の前の、鏡の中に映ってる人に対して。
「今の自分に満足してる?」
そして随分遠くまで来たけど、最初の質問をしてきた彼(彼女?)に一言。
「元気?」
答:「いつかは満足してる、と言えるようにするさ」
してるかしてないかっちゅーたら普通にしてないかなあ。
自分自身に満足してるっつー感覚が全然未知のものなのであんまし応えることは出来ない気がする。
とか屁理屈こねる以前に理想像に近づけてないしなあとは思えども、自身の理想像ってのもまた曖昧だぜ。
あの人形は取り合えず元気だと思う。
ほうきとか見つけて、それがそこに転がってる状態だとほうきとして存在できてないから無意味に掃き掃除とかに使ってやってたりとかそんな感じの元気さ。
問:私って何よ? 「私は私」は却下で。
答:それが判れば苦労はしない。
それは、私ってー存在は現在にあるのではなく過去にあるからじゃよ。
私という存在の実在は私がどう思ったか。どう感じたか。どう動いたか。でしか感じられない。すべて過去形。
私って何? と思考をしてみた場合、
その思考さえも時間の経過に伴い積み重なってゆく私て存在の一部分なのだし。
簡単に云えば常に変化して行くモノなので結局んところ私は私としか云いようがないのだね。
でも、もうちょっと他にも感じる方法はある。
私らしい。と口にするこっちゃな。
物事の判断は過去の蓄積によって行われる。その蓄積部分が選択した答を肯定してやる。
もちろんそれは、私という存在は過去にしかないってー事実を動かす事は出来ないけれど、
描き上げられた絵に表題と額縁とをつけてやるような言葉なので。
まあ、いくらか解りやすくも、眺めやすくもなるだろう。
問:特にはないけれど。でも。
たとえばもしも、この世に神様がいるのなら、わたしはたくさん聞きたいことがあるかもしれない。どうして花がきれいなのかとか、虹の向こうに何があるのかとか、雪見草とトカゲの関係とか、どうして今日食べるパンすら買えないほど貧しい人々をあなたは助けてはくれないのか、とか。
だけど、もしものもしもで、神様がその問いのすべてに答えてくれたところで、わたしはなにひとつ納得しないだろうとも思う。テストの答えだけ教えてもらってもしょうがないもの。それに、正しい答えだけをこれこれと教えられても、わたしはきっと困ってしまう。ひょっとしたらしたり顔の神様をなぐってしまうかも――片方の手で十字を切りながら。
はい。ああ、いいえ。
それとも、あなたに聞けばいいのかな。
あなたの尋ねてみたいこと、訊いてみたいこと、質問したいことって、誰かの尋ねてみたいこと、訊いてみたいこと、質問したいこと、なのかな。だとしたら鏡にしてはなかなか知恵者ね。少なくとも、本当のことしか言わないどこかのおとぎ話の彼よりは、よっぽどのインテリだね。だからこんなさみしいところにいるのかな。
…口紅、もう残り少なくなっちゃった。
最後にもういっこ、思いついた。
わたしは、あなたに(わたしに)訊いてみたい――鏡よ、鏡よ、鏡さん。知りたいことを知りえたら毒リンゴの味にも満足するかしら? と。
毒リンゴの味を知りたいってー願望は、
毒リンゴ食って死にたいってー願望とはもちろん別物ですしな。
いやでも質問をしない理由を一番仔細に書いてくれた一通ですやね。
問:鏡の問いは、訊きたいことがあるか。だから
「うん、ある」
そう書いて、それでお仕舞い。
そこがもしも、万が一にも無いかもしれないけど
鏡が質問に答えを返してくれることもある、不思議な世界であるのなら。
「もしかしたら鏡が何か答えてくれたかもしれない」だとか
「もしそうならなんて答えが返ってきたんだろ」なんて尽きること無い数多の想像は
次の行き止まりが見つかるまで延々と続く長い退屈を紛らわしてくれる
なかなかに楽しい暇潰しのひとつになってくれるんじゃないだろうか。
答:答えはまだ分かりません。
想像はできても、答えを知っている誰かに聞かなければ、決して答えに手の届かない問いもある。
そう分かっていても決して問えない問いもある。
問うてはいけない問いもある。
どうしたものかー、どうしたものかー。
どおしてもわからなーいこーとはー
わからないままでいーいらしいー
て歌う曲があったっけ。
簡単に考えて、問いかける心ってのは幾らか前に推進力がありそうだけど。
その進路に行き止まりがある感触かな。
問:解んなきゃ解んねぇ方が良んだ。
解ったって面白ぇ事は無ぇ。むしろ解らないことを楽しめ。
答:少なくとも、それについては俺は楽しむことが出来ねぇ、つー訳だ。
此処が操車場を洒落込んでんだとすりゃぁ、むしろ架線終端標識でも書きゃぁ良かったんだろうけどよー。
どおしてもわからなーいこーとはー
わからないままでいーいらしいー
て歌う曲があったっけ。
あったっけじゃなくて。
その気になれば電信柱ででも酒が飲める。と。
確かUターンなさい。て標識もありませんでしたっけ?
問:なんでこんな悪趣味なもの置いたの? 人生の行き止まりなら、もう少し早く教えて欲しかったな、あんたが誰だったとしても。
振り返ると戻るべき道は、やはり見えなかった。
さて、とつぶやきながら、僕は地面にゲートを描き、その中に足を踏み入れた。
答:悪趣味な方ですね。答えなんて無いよ。作ったあなたしかわからないんだから。
どおしてもわからなーいこーとはー
わからないままでいーいらしいー
て歌う曲があったっけ。
じゃあなくて。
この場合の悪趣味はむしろ褒め言葉やんねえへっへっへ。
舞台装置に凝りすぎた結果な一通ですやねいや反省。
人生の行き止まりってのもよくわかんない言葉やね。
少なくとも死ぬこととそれとは違うだろうし。
マリオの2のクッパ城(だったっけ?)で分岐に失敗すると時間切れまでそこに居続けさせられるっつー鬼な行き止まりがあったっけ。あんな感じ?
問:途中、人生の分岐路には何があるのかしら?
それから文字を書いた人。
あなたは何か質問ってあります?
あぁ、こんなエンドレスループどこかで見たような…
こういうのって何か素敵よね?そう思わない?(何
答:分岐路にはその想いの強さが…(ぇ
そして延々と続く終わりのない物って、あったら素敵だと思うわ〜
それ以外には特にナッシン。
人生の分岐路なら全然解りやすいですね(続けるのかその話)
続かせついでにこれまでの話を引っ張れば、分岐路にゃその場その場に私の跡を残してきたことになるのかな。
永久機関ですか。
近頃は永遠とか永久とか久遠とか悠久とか無限とかまあ何かそういうモノに仄暗い恐怖を抱くようになってたり。
どんな心境の変化があったのだか。
問:ねーよw
嘘をおっしゃい。
問:なんで生きてるの?
答:死んじゃだめだから
浅ましいからじゃないですかね。卑しいからと言い換えても構わない。
どれほどの感動でさえ、やがて風化して忘れてしまうことを知り尽くしちゃってるのに、
新たな感動を求めて生き続ける意味なんてあるのか。
まだやってないことがあるから? まだ見たい景色があるから?
生き長らえてそれを得られたとしても、いつも通りいずれ忘れて、
得る以前の状態に、つまり今のまんまと同じ状態に戻るのに。
それなのに生きる意味なんてあんの?
割と。無い。としか答えようがない。
だから、何故生きてるのかと問われれば私は上記の通り、卑しいからと答えるだろうね。
どんなに食べてもどうせお腹が空いちゃうのは分かり切ってるのに、でも食べるのはやめたくないんだ。
卑しい気質で良かったと思うよ。
問:寝癖かとおもったらヘッドフォンのしすぎでついたかただった、とかあるよね?
答:同意を求めてるのに…
だって無いもん。
と云うかヘッドフォンでついた髪型って何かかっけーですね。格好良い。趣味に生きてる証?
近例としてはゲーセンダコとかー。
問:ぐさと撫月さんにちょいと。
どういう生き方したらそんな素敵なセンスが身につくのですか。
そのセンスを少しでも私に分けてくださいよ。
…質問じゃないねこれは。
答:自分で回答できないにょろよー。
凄まじい矛盾の迷宮らびりんすー。
否。その答は自分でも薄々感づいているはずにょろよ。
回答を察すことのできない質問なんてそうそうないもんだべ?
と云うかその質問は何か私がプゲのおまけっぽくて、
さらに答えると自分がセンス良いってことを認めることになりそうで二重にいやじゃなー。
一般論で云えばセンスって努力で身に付くものらしいですよ。
そんななので私のした今までで一番多い行動つったら読書なので。答えるとしたら
「本を読め!」になるのかな。
(オンナを買え! て答えるぐらいに何か傲慢さを感じさせる口調で)
いや正味な話、沢山本読んでるヒトは例外なく何かが違う。
こないだ、宣伝やら商品コンセプト開発やらを中心にした、
プロの話す(それこそセンスで食べてるヒトだ)デザインについての対談を聴いたけど、
うっわあこのヒトら脳味噌筋肉で動かしてるんじゃねーのォー?
てぐらいにひたすら試行錯誤積み重ねて作品作ってましたよ。
問:公園での野生動物への餌付けは
自分がしてると嬉しくて
他人がしてると妬ましく
どう思うかね。
答:そうね。
あー。やったことも羨ましいとも思ったこと無いですそういえば。
なんだろうね。
あって然るべきオブジェクトとして、風景の一部として捉えてたからそこに自分を置き換えてみることがなかったというか?
そういえば、こないだ京都へ旅行行ったときに、
鴨川で鳶の餌付けしてるおばあさんが居てすっげー格好良かったなあ。
問:昔、私を裏切ったキリンとアフリカゾウを足して2で割ったやつがいて。
そいつと同じ職業してるやつがいる。そいつが昔子供を裏切ったとゆうウワサを聞いた。
私はそれをアナタに聞いて真実を確かめるべきか?
答:わからない。
聞いて本当なら私は死にたいぐらい泣くかもしれない。
でもウソなら疑った自分に死にたいぐらい泣くかもしれない。
どちらにせよ、よい結果は生まれないと思われる。
人はなぜ人を裏切るのですか?
裏切る事を目的として、ヒトを裏切るヒトはまあ居ないはずなんだけど。
目的を達成する過程で生じてしまった悲劇は色々如何ともし難くて困難ですやね。
問:なにこれ?
答:摩訶不思議
おわ。答えづらい質問。なにこれ、の対象がわかんない。
問:国会議員の人にボランティア・・・とまでは言わないけど、最低限の衣食住が保証されるだけの給料しか貰えないという事になった場合それでも国会議員を続けますかと問いたい。
答:まだそんなに汚れてない・・・と思うから。
このままじゃ日本は日本じゃなくなると思う。
それぐらいの熱意やら意欲で臨むのが望ましいってェ話ですかー。
と云うかお給料って幾らぐらい貰ってるのかな政治家のヒトらて。ハードな業務だろうたあ察せますが。
アメリカさんに追従する政治だて意見の多い昨今ですが、まあ、
確かにそうすることが国を保全させる簡単な道だってのは分かるんだけど、
国のとしての外郭が残って中身がスカスカんなっちゃってるんじゃ意味無いんじゃねーかなあとは思う。
問:貴方の命は誰の物?
貴方の心は誰の物?
貴方の財産は誰の物?
そして
貴方が死んだらどうなるの?
答:全て自分の物でしかない。
もし死んだらどうなるかと言う事だけれど、死んで目覚める事はないので、宵越しの金は持たない事にする。
故に死んだ後には灰と炭と骨と他者の記憶しか残さない…それも財産と言うならそれすらも、痕跡すらも残したくない。
財産と命と心を並べて語る理由がわかんない。最低限所有している物を最低なラインから並べた感じ?
ついでに、財産はともかく、命と心とは今のところ自分以外の物になったり(出来たり)はしないと思う。
主観でしか生きられない世界。自分以外の物なんてとりあえずはあり得ないのだからその仮定は無用。
あと財産は多少、お金って概念で捉えれば完全に自分の物だけにはなんないよね。
金は世間の廻り物。多くのヒトが同じ立場での条件交換を可能にするための物だから、
交換したいヒトが居てこそお金の価値がでてくるわけで、流通・循環してないと意味が無い。
んだから。
大富豪さんが思いっきり所有してるそのお金は、流れが一時的にそこで留まっているだけに過ぎず、
もしかすると所有してるってェ言葉のイメージとは少し違うのかも知れない。
問:ぐ。の事好き?
答:ぐ。dハァハァ
おちんちんおっきしたお
好きとか嫌いとか云々するのが嫌いな程度には嫌いなのでまあどうでも良いと答えさせて頂きます。
そんで。人から好きとか嫌いだとか云われるのに関してはどうだろ。
他人からそうした評価をされる時は大抵、私自身じゃなくて私の出した意見や姿勢に関してだろうから。
まあ場合によるんだろうな。
答:眠るのが怖い時はどうしましたか?
問:集中する。集中するものも無い時は、こさえるかそのまま過ごす。
ふと酒やコーヒー飲んでいない頃はどうしたんだろーと。
怖さに屈する事のが多いと思ーう。
怖くて逃げてるんだけど走り疲れてああもういいや。て倒れるイメージ。
問:ぐしゃさんへ
あと、物書きの方々へ
自分が万全となった時、もしくは過去と比べて格段に成長できたと自覚できた時
書きたい作品、アイデアなどを用意なされているのでしょうか
蛇足として
用意している自分は変なのでしょうか
むしろこっちがメインだろとか言わないで
答:難し過ぎる事を、自分で理解しないまま表現しようとするなんて
言語道断の癖が有る私としては
読んでくれる方に申し訳なくて、泣く泣く止めてしまった物が一杯有るので
自分に自信が持てた頃、改めて捉え直して書きたいモノが沢山有ります
眠らせたままじゃ、自分にもネタ達にも申し訳無いのでしょうしー
あるなあ。ありますねえ。
自覚出来たとき用というよりかは、単に今書くにはまだ早い。て先送りにしてるだけでもあるんだろうけども。
そーいう話て暇を見ては取り出してぐりぐり弄くったりしたりするから、
妙に膨張してたり他の話と繋がってたりとかするよねー。
問:こう、特に無いと書いた後に追加で書き込む私を可愛いと思うか、とか
蝶オススメの曲とか
ソウルソングとか
東方で一番思い入れの有る曲とか
とりあえずコレは読んどけ小説とか
人形クンを可愛いと思うかどうかとか
やらないか?とか
道行く人に飛びついて色々身振り手振り追加しながらハイテンションに聞いてみたい
答:あー、天邪鬼な俺かわいー
スピッツの愛のことばはガチ
バックホーンは震える
アルティメットトゥルースの衝撃に東方業界入り確定
読んどけ小説は未定
人形クンは性別を超越してる分、可愛い(勿論異性にしても同性にしても可愛い
俺はノンケだって(ry
色々な人に自分の考えている事を聞いて貰いたい
その感想を知りたいって欲望は結構誰にでも有るんじゃないかと思います
おすすめ曲ー。
最近でうわ好き! て感じた曲は CAVE のエスプガルーダのステージ2の曲。
真っ正直なテクノでトランスで良い。
魂の曲はー。取り合えず斉藤和義のすすめナマケモノ。
東方は。選ぶの難しいけど、妖々夢のタイトル曲を。
読んどけ小説はー。選ぶの難しいなあ。
ゲド戦記かな。ジブリのアニメ化が決定で。
それまでに読んでおくと一層楽しめるかも知れないね。
人形なあ。まあ可愛くないことはないんじゃないですか。
あとはこれをみてくれ。どう思う?
そうねー。散々悩んだことなら答合わせをしてみたくなるよね。
問:そもそもこんなとこに小さな鏡と、
且つそれに落書きしろと言わんばかりに口紅が落ちてることをまず疑問に思わなかったのか?
答:おかしいと思ったから質問したんだってば。
鏡そのものに注目した質問は確かにそんなに珍しくはない感じ。
でも鏡の側に口紅が落ちてることはそこそこ自然なことじゃない?(敢えて色についてはコメントしない。
問:口紅と言いつつ黒いところにツッコム人はいないのか?
答:いないようなら俺がツッコもう。
口紅というからには紅かなと。
黒いと・・・口黒? お歯黒みたいですね。
まぁ唇ですけど。
口に紅って漢字の並びを、口を紅くするものと捉えるなら確かに変だけど
紅ってェ漢字にはそのまま化粧の意味も含まれてるのさ。
だから口にする化粧なのだから問題はないやねっはっは。
問:寿司ネタで何が一番好き?
答:
ベーコン
しゃけ。これは譲れん。安いし。
あるのかなあ。ベーコン。本当に。
お寿司は取り合えず回転寿司くらいしか味覚の記憶が残ってなくて、
そんで回転寿司はそんなに好きじゃなかったりとかでー。えーと。
エビフライ巻きを。
魚はすげ好きなんだけどねえ。
問:ここはどこ?
わたしはどう行けば戻れる?
答:どこでもないところ。
入ろうとして入れず、戻ろうとして戻れないところ。
そのうち、しれっと戻れるかも。
迷ってる。と解釈してるヒトのうち、大抵が『帰りたい』なんですよね。
確かに、無事の帰還は迷うの対義にあたりそうな意味がありますけれど、
その言葉からは元に戻る。って意味の方が私には強く感じられるんだよなー。
問:何故私では駄目だったのでしょうか。
答:甘えが招いたんだよ
何かに選ばれるて事は相対的な事が多くてさ。
それって割とどんなに頑張った所でダメなものはダメってことでもありますからさ。
問:あなたはどこから来ましたか?
答:さて、どこから来たとおもいます?
おっしっえってーくれー
きっみっはだーれだー
どぉーこーかーらきてー
そしてどォこへェー
どこから来たかー。
て問う理由って結構限定されてる気がしますやねなんとなく。
私は何か訊かれて答える度にやや驚かれる気がするなあ。
「岡山からですー」て答えて「あら。そんな遠くからわざわざ!」
人はとりあえず過去からしか移動できないからそう答えておけば取り敢えずハズレにゃなんないんじゃないですかね。
問:私には人格の半分が優しさで出来ていて、残りの半分は昔書物なり口伝なりでサディストと呼ばれていた方々がやってのけた事の六割ならば躊躇せずに実行できる嗜虐性というかサドッ気、だという稀にみる素晴らしさを持って生まれた主がいるのです。メイドが云うところのご主人様というやつですね。我が主は全ての人類に平等に優しいのですがその裏で他にまわした優しさと1:1で比例していくサドッ気が私にまわされているようでなりません。これでは全ての人類に平等だという言葉と矛盾しますが如何でもいいですね、どちらも真実ですから。私を主の勢力図に組み込まれた下僕として正しく勘定から引いたら問題ありませんね、いえいえこれは話の脱線に含まれますか? 含まれなければ実に幸い。
そうですねストレートにいきましょう。私は変化球や消える魔球を好みそうだとよく云われますが本当のところ直球が好きなのですよ。真っ直ぐに迷うことなく飛んでくるそれが当たった瞬間にデッドボールと判定を受けるのもとても好きです。脱線? とんでもない。ストレートかつスタンダードとさっき書き散らしたばかりじゃないですか。この下僕、我が主に暴力を受ければ気紛れにやり返すことがあります、あと私は基本的に詐欺師と嘘吐きを足して二で割ったらうっかり一余ってしまったのをオブラートで包んだようなものなので無意味に不必要に主を騙したりするのです。けして裏切ったりはしないと詐欺師と嘘吐きを足して二で割ったらうっかり一余ってしまったのをオブラートで包んだようなものらしからぬ真摯さで誓ったのですが、手を出し口を出し、この私至上の人の下僕、真に反逆していないと云えるでしょうか?
私はこれでも寡黙な生物なので饒舌に文字を落とすのは難しいですね。ああもう鏡が真っ黒。
答:至極当然、当たり前の返答が私、得意なんですよ。面白いくらいに沈黙して花札の鹿のような態度で挑もうと思ったのですが態々文字が換わってくれたのですから無駄にするのも気が咎めるというものです。
つまらぬ理由だのはあっさりした回答の後回しにして先ずは書き殴りましょうか。私が訊いた本人だからこそ肯定できる返事ですけれど。その私至上の人の下僕、真に反逆なんてしていないと云えますよ。なぜなら似合わない真摯さで誓ったじゃないですか、裏切りと反逆は完璧に同じとはいいませんが大抵の人が同じといったなら少数は意見は消されますよ。気に食わなくてもこれは回答であって解答ではないので問題ありませんね、はいおしまい。寡黙な生物に相応しい簡潔さでしょう。
真実私の状況とうっかり浮かばせてしまった疑問を書いただけですから。実に詐欺師と嘘吐きを足して二で割ったらうっかり一余ってしまったのをオブラートで包んだようなものらしい付け焼刃の口調と饒舌ってやつですね、酷い。本当に訊きたかった事は文字の波に埋もれさせながら確り訊いたので無問題でめでたしめでたし。
それでは本当に云いたい事を。
「黒い口紅なんて、なんて不意討ちで闇討ちな。片寄った嗜好って大好きです」
あっはっは。P.G.ウッドハウスさんの著作を熟読した後それを溶かした水で顔洗ってついでに風呂桶に満たした後そこで少し泳いでみたりしてから出直してらっしゃい。
サドとマゾとの関係は世の中ん中でその上を探すのがちょいと難しいぐらいに理想的な組み合わせ。
しかしそれが転じてサドサド・マゾマゾの関係になってしまうととたんに急転直下。最悪に近しくなってしまいます。
あなたがあなたの主人に反逆し、その後にサド質を手に入れてしまうと、
理想的組み合わせが途端に破綻し、あなたと主人の関係そのものを破壊してしまう恐れが生じます。
なので私は、あなたとあなたの主人との理想的関係が長久のものとなるよう、老婆心を承知の上で敢えて、
それは反逆に等しい行為であると。答えさせていただきましょう。
問:隣席で名前が同じ人にある日呼び出されます。自身の性格を直してあげると言われました。どうしますか?
どうしましょう。
えー。嫌だなあ。
集団生活にはそこからドロップアウトした記憶しかない私ですからそんな状況想像しただけで胃が痛くなるよ。
問:あっち こっち そっち
・・・どっち?
答:…どっちだろーねぇ
実はすぐ傍に在ったりして?
あれこれそれどれ。
直ぐそばにあるならこっちなのでしょうけれども、
不確定の馴染みやすさから取り敢えずどっちを選びたい。
問:お前、人に質問するときはまず名を名乗るもんだ。
お前の名前を教えやがれ。
答:ん?俺か?
俺の名前はなぁ…って話を挿げ替えるな馬鹿者!
まず自分から名乗れ。って誰が最初に云い始めたことなのかしらね。
逆に相手が名乗ってからじゃないと自分の名前云っちゃダメーて礼儀もありそうなもんだけど。
まあ確かに、自分から名乗ったあとで相手にそのまんま逃げられちゃったら名乗り損だし。
提供させる前に先ず自分から出せよ。てことなのかいね。
問:誰かに、尋ねてみたいこと、訊いてみたいこと、質問したいことって、ある?
答:誰かに、尋ねてみたいこと、訊いてみたいこと、質問したいことって、ある?
おお。わざわざ鏡を置いて鏡に質問させた意図を性格に把握してくれたヒトがいるよ。
と。云ったところでしょうか。
そんな訳で皆さま、些細な下世話にお付き合い頂き、ありがとうございましたー。
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