・ 宵待月黒猫塔。
 
 

・ あけたので。


 そういえばみたことなかったよな。
 という自分自身の呟きが発端で、なので見に行くことにした。

 初日の出とは縁起物である。
 なんたって、それを単なる自然現象として捉えるならば例えば流星群や日食などとは珍しさの度合いが遙かに違う。
 見ようと思えば24時間毎に可能。なので、敢えていうなれば真冬の朝の冷え込みに身を晒しながら季節性のインフルエンザが蔓延してる中を全休な元旦という貴重な時間を費やしてまで観測をする価値なんてほんとにあるのかどうなのか。
 とは穿った見方である。
 逆に云えば、毎日見られるモンだからこそ初物とゆー縁起が必要なんかも知らん。


 ともかく。
 行ったは良いけれども曇り空でしたなんてのではネタのオチとしても弱いのでかんべん願いたいところ。
 そう思い、あらかじめ天気予報など眺めてみれば、晴れ時々曇りマークはいいんだけども問題は気温の予想。
 最高気温で4度。最低気温は−2度。
 全国的に大型の冬型気圧配置が確認され、とくに西日本は日本海側を中心として強風・豪雪のおそれがあり、
 該当地域にお住まいの方は十分な警戒をお願いします。
 とのことで。
 我ながら正気を疑うところ。

 またがるのは折りたたみ自転車街乗り用。ママチャリにも劣るパフォーマンスでもって、
 ともあれ南の方を目指せばなんとかなるだろうという恥ずべき軽率さで午前四時の出発。


3:45
 準備をしている最中に出発予定時刻を待つのが面倒になったので、もういいやと出発。
 日の出の時刻さえ正確には調べておらず、日頃の経験から「7時をほんのちょっと回ったくらい」程度の認識。
 自然現象は人間の都合なんてお構いなしなので遅刻はあんまり許されない。
 してみれば時間との競争でもあるので早めの出発はそれはそれで正解だったか知らん。


4:00
 本来の出発予定時刻。ポケットに突っ込んでいたケータイがそれを知らせる。
 もうすでに寒い。おそろしく寒い。なりふり構わない防寒用装備で来たけれどもまだ甘いようで、スニーカーを貫く外気がつま先に痛い。

 寒気に透徹した空気の中で、大晦日−元旦という丁度いい日に浮かぶ満月がやたらと眩い。
 真円の月を観賞の後に太陽をみる。てのもなかなか贅沢な気もするけれど、
 人伝に聞いた話の通り、今宵は部分月食が観測できる日であるらしい。
 月の削れている部分がはっきりみえて面白くはあるけれども、しかし欠けただけの月は満月でなければ幾らでも観測できるからあんまし感慨はない。
 皆既月食は、完全に消えた後に残った赤銅色が空恐ろしくて良かったけどな。


4:05
 コンビニで燃料を調達しておく。
 とはいっても冷えたにぎりめしとかはお腹に辛そうなので、キットカットを五〇〇円分。
 行き先は県内最南端あたりで港町なのでコンビニにゃ困らんだろうからこの程度で十分だろう。
 飲料水にポカリだけど、夜気にキンキンに冷やされるであろうことを考えれば、
 魔法瓶にあったか〜いお茶などの準備はしておくべきだったよなと自身の軽率さを呪う。


4:15
 田んぼにずがんと直線を引いたように伸びる道路。キコキコ進む。
 夏場であればカエルの合唱が姦しそうな道は、夜更けも相俟ってぐるりと見回しても民家の明かりさえない。
 遠くに信号の明滅が確認できるけれどもさっぱり近くなりません。




 これだけ夜が落ちてきてても、世間ってのはけっこう明るいのだな。
 地面の凹凸は確認できないけれど、山と空との判別は十分に付く。空が明るく、まるで向こう側から照らされているように山の輪郭がほの白く浮かんでいる。
 これは勉強になったか知らん。


4:30
 二度越えなければならない峠のウチ一つを攻略中。
 山道は暗い。
 怖い。
 まあ怖いのはいいんだけど。
 中途半端に途中で消える歩道やら舗装のないまま口を開けた溝などが危険だし、向かいから来る車のライトが眩くてすれ違う度に数秒視界を奪われる。

 月はまだ欠けている。
「月食を楽しみつつ行けるなんて贅沢じゃーん」なんぞと呑気な事を抜かしたはいいけれど、
 月が欠けていればそんだけ夜道が暗くなるってことである。うーむ剣呑。


5:00
 トンネルの怖さは独特だよな。と思う。
 向こう側の入り口を通過したばかりの排気音が、反響によってこちら側にも聞こえてくる。
 距離感を無くしたただただ不快なばかりの音が接近だけを知らせるように耳障りに大きくなる。
 どれぐらい近いのかはわからず。後ろから来てるのか、前から来てるのかもわからず。
 そして何が近付いてくるのかもわからない。

 なんぞと妄想しつつトンネルを抜ければ、知らず安堵に脱力したらしく、目の端をずらりと通った影に心底身を固くする。
 トンネル内の明かりを背負ったことで、私の影が一時的に私の前まで移動しただけのことなのだけど、
 己のびびりっぷりを堪能しつつ先に進む。




5:30
 恐怖とは連想から来る。
 というのを某有名心霊スポットにかつて存在したらしい「もう死なないで 準一」と書かれた看板のことをはずみで思い出しつつ実感する。
 ……怖いよなあ。準一と固有名詞でばっちり指定されているのが怖いし、一見での理解が不可能な文面がまた不気味だし。
 なによりも「もう死なないで」てことは、既に死んだってことで、その看板の存在そのものがそこにあった死者を想起させる。
 それは路上に突然おいてある花束にも同じ事が云えるだろうし、踏切や川縁に奉られたお地蔵様もそう。
 それらオブジェクトはそこにあった事故の生々しさをいつまでも形として遺し続け、人はそのリアリティによって亡霊やら怨霊やらを目撃する。
 そうと考えれば、例えば死者の冥福を祈るような意味ではかえって相応しくないのかも知れず。
 ふと考え方を変えてみれば、そうして人の目に幻となり映ることこそ亡者の、あるいは身内を失ったひとの目論見であるかも知れず。

 とかなんとかなんだけど。

 逆に考えてみれば、例えば夜道に幸福な記憶をたくさん持っとるような人間ならば、
 こんな夜更けでもスキップしつつ鼻歌交じりにお花畑なステップでもってそぞろ歩き出来るんかしら。
 どうだろうな。






6:00
 おお。やっと海が見えた。県内最南端も近かろうというモノか。
 日はまだ暗いままで、月のある西の方が白々としている。

 こっからまた山道に移行するのだけど、そろそろゴール地点を定めておいた方が良いのかも。
 まあ間に合いませんでした残念ですねもオチとしちゃ相応しい気もするけどな。




6:15
 最後の峠越え開始。
 この山の頂上にある遊園地の、ライトアップされた観覧車ののんきなわっかが目に付く。
 ……この不景気に、あの遊園地って経営は大丈夫なんかな。
 近辺に住む小学生的児童らはあの遊園地にももう既に飽ききっていて、せっかく連れて行ってくれるとなっても
「ええー? またあそこおー?」
 みたいな不満を漏らしたりせんじゃろか。

(後で聞いた話だけれども、地域に根ざした経営に成功し、
 例えば丁度いまやってた年越し営業のカウントダウンなんかはかなり楽しみなイベントになっているとのこと。
 いい話ではある)




6:30
 おー。某(なにがしと読もう)大橋だ某大橋だ。これでやっと最南端付近にまで到着。
 概ね予定通りではあるけれども、問題は初日の出観測地点。
 せっかくだから高い場所でのぞむのがいいかしらとキコキコ漕いでいたらば下り坂に遭遇してしまい、一気に流される。
 もう一度坂を登る気力も時間もちょいとなさげ。
 現地点では、岬が迫り出す形で東方向への視界を遮断されてる。迂回してもええけど、さて丁度いいポイントを見付けられるかどうか。
 あんまし名所ぽいところだと人混みがなー。まあ人どっさりの中で見るのもある意味じゃあそれらしい醍醐味だけどーと。

 まあもう適当適度なところでいいやとふらふらしていれば、なんだかよさげな雰囲気の陸橋を発見。
 もうここでいいかな。こんなところだろう。
 と、適当に自転車を置いて登ってみれば、そのまま山道へ接続。なにやら上の方まで登れそうな雰囲気なので登る。




6:40
 山道暗い。
 一応アスファルトに舗装された道に、判読不可能な白ペンキな文字がなにやら不気味。
 倒木がのっそりと道を遮っていれば、意図も行き先も分からない石段が枝分かれ。
 行き止まりにもみえる暗闇に接近してみれば急勾配の石段が続く。
 初日の出を見に来てるのか、肝試しをしているのかわかんなくなってきた。

 東の空は、たなびくような朱色が地平の縁まで迫り上がってきてる。










6:45
 視界の隅で、等身大の人影がもぞりと動きびびって身を固くすれば、同じく初日の出を目的とした人影だった。
 地元の人には良く知れたスポットなのかしらとそのまま進んでいけば、標高150mほどの山頂の展望台にたどり着く。
 なるほど。
 瀬戸内海を越えて四国まで見渡せるよさげな名所。
 人も結構居る。
 後ろの方で「毎年の恒例にしとるんですよ」と語るおじいさんもおれば、ケータイ片手の高校生連中もいる。
 もちろんカップルだのアベックだのも居てちゃんと着飾った彼らにふとなりふり構わぬ防寒装備な儂はちょいと肩身を狭く感じたけどもまあ気にしないでおく。

 立派なカメラやら三脚やらを携えた人も多い。まあせっかくの初日の出だしなー。
 してみれば、こういう名勝やら自然現象やらを見物にくる連中と、カメラ趣味人ってのはなるほど重なって不自然ではない。
 ちょいと高い位置に迫り出した岩場が腰を落ち着けるのに丁度良く、そこにあぐらを掻いて陣取っていたけども、人が増えてくるにつれ
 ちょいと後ろの人の邪魔になるかしらと遠慮して場所を変えたらば、後からきたおじさんがちょうどそこへ三脚をガーン。大重量ぽいビデオカメラをそのうえにずどーん。

 なるほど。立派なカメラを携えるひとは場所取りに躊躇がない。




7:00
 日の出前でも空は十分に明るい。朝と呼んでも何の差し支えの無さそうな青さがずっと広がっている。
 肝心の日の出はもう少し先のようで、丁度出てくる東のポイントにばっちり厚い雲が重なっている。
 距離間がいまいち働かない遠さだけど、結構な強風にもかかわらずどっしりと構えているあたり四国を越えた太平洋側に浮かんでる雲なのではあるまいか。
 でもまあ、儂なんかはこれはこれでと思っちゃうけど、後頭部の方向で常連さん同士が
「今年はいかにも残念な感じですな」「そうですねえ。去年のものが十年の一度という感じでしたから」
 等と話し合ってて。まあそんなもんかと思う。

 微妙なひねくれ者として。いままで散々お世話になった満月がいまどのへんにあるのかが気になるのだけれど、
 後ろ方向はもう観衆でぎっしりだし、しかもビデオカメラを回してるひとも数名いらっしゃるので迂闊に立ち上がって後ろとか振り向けない雰囲気で結局、月がどこにあるのかは確認できなかった。


 水平方向に目を向け続けていると雲がどっさりなのだけど、見上げてみれば濃紺の広がる快晴。
 天気予報はただしい。
 四国方面は如何にも雨雲めいた暗雲がのったりと覆い被さってて、まだ夜影に覆われている部分では山並みと見分けが付かないほど。
 あちらでは初日の出の観測は難しかろうか。雲と山の中間が薄くぼやけてみえるのは、もしかして雨が降っているからなのだろうか。










7:15
 予定の日の出時刻はたぶんもう過ぎているけれど、昇ってくる部分に丁度浮かぶ雲がいまいちそれを実感させない。
 ただし、雲の縁取りがこれでもかと言うほどの白熱っぷり。溶鉄を連想させる色。

 それがそのまま真円に巨大な塊として周囲に甚大な影響を与えつつ浮上してきたのだから、そりゃあもう美しい。

 世界の色を一変させる巨大な塊。
 ああ。世界が個々人の認識でなりたっているのならば、暗黒を払暁し精細をあたえるこの存在こそがあらゆる根源。
 まさしく神か。
 そうか。これか。これぞ太陽信仰か。これこそが我が国の主神たる天照大神さまであらせられるか。なんちゅー美しさか。

 明け方に起こるあらゆる変化はその真円から放射状に広がりくる。しかしてその中心は絶対不可侵の純白。
 白から朱い金色に、強烈なハイライトでもって染められた薄い水色が急激なグラデーションでもって濃紺へと移りゆく。
 うげえ。なんと美しい光暈だろう。あんまりにも美しくて直視できません。てゆか目が。目がー。
 

 などとエキサイトしつつ正座でもしてしまいそうな勢いで眺め続けた。
 気が付けばあんだけ居た人混みもさっぱり居なくなってたぜ。




















8:00
 じゃあ帰り路だな。と立ち上がりかけるけれども、この寒い中岩場に腰を落ち着けて、
 しかも背後でカメラを構えるひとらに気を使ってずっと硬直してたもんだから、く、首が曲がらん。背中が伸びん。
 自転車を漕いでた最中にはすっかり忘れてた寒気がむしろ身のうちから染み出すようじゃ。寒い。寒い。寒い寒い寒い。

 震えながら山道を下りていれば、ケータイに入電。
 家人いわく「近くまで来てるだろうから、拾って帰ってやろうかー?」とのこと。
 むう。
 明るくなって、今まで一度も通ったことのない道をのたのたと引き返すのも楽しみの一つだったんだけど、ここはムリをせず回収して貰うところか。
 折り返し連絡をして、折りたたみ自転車を折りたたみトランクへ詰め込んで。帰路。



 車での帰り道はさすがに楽で迅速ではあったけど、その点に関してはあんま考えないでおく。





















web拍手。"


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