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ナズナの耳は良く動く。 向かい風に薫るフロワロの匂いを真っ向から受けて、無気味な光彩を空に照らし返す景色に不敵な笑顔。 嬉しそうである。 「……すなばをまえにしたこどものかお」 と、横からカータの呟き。 「ん? そんな顔してる?」 なんぞと不意を突かれて振り返れば、するりと滑らかな感触に両頬を挟まれる。ミモザの手である。微笑んで言う。 「はい。表情筋ストップ」 律儀にこわばった笑顔で固まるナズナの顔をどれどれと覗き込んで。 「あら、ほんと。見せ物師が連れてきた、ホワイトタイガーの赤ちゃんがじゃれてた時にもこんな表情をしてたかしら」 いいつつ、むにむにと揉む。ほっぺたを揉まれるに任せつつ。 「どっちにしても子供なんだ」 「この景色が遊園地にみえるなら」と、会話に入ってくるのはセイジである。 ――空の青さはそのままに、視界の下半分を埋めて揺らめく極彩色。夕景がひっくり返ったような、紛い物じみた風景。正常な緑色は目を凝らした時に僅かばかりに映るのみで、限られて頼りないその緑色こそがそのまま人類に残された余地だ。 重たげな盾に寄りかかりつつ、改めて云う。 「この景色が遊園地にみえるなら、僕もなんとかして童心を取り戻したいよ。……正直羨ましい。見てるだけで疲れてくる」 「それは鎧が重すぎるんじゃなくて?」小首を傾げつつミモザが云えば、 「どちらにせよ慣れが必要って事だね」さっそく溜息をつきつつセイジが応える。 「あっれ? もしかして、ワクワクしてるのって私だけ?」冗談でも何でもなく、心底意外そうな声をナズナが上げれば。 「普通はたぶん、もうちょっと、決意とか悲壮感とか」 などというカータ本人も、そのへんの感情は持ち合わせて無さそうなぼんやり顔である。 「うーん。そんなもんかな」と思案げに唇を尖らせて「じゃあ、旅立ちに際して訓辞を一つ」 「賜りましょう」 「ありがとう。えっと。こうして我らがギルド最初の旅立ちの日となったわけだけど。ボクらが出会ってからまだ日は浅いよね。――だから『友達』になる前に、先ずは『仲間』になろう」 ふむ。と、ナズナに集中した目がそれぞれに瞬く。 「要するに、役割をはっきりさせよう。と」 「うんまあ、そんな感じ」横顔に遠くを眺めて「あっちの、あっちの、あっちの方にまでずーっと遠くに行けるんだなと思うとわくわくしてくるんだけど……でも現実的には、しばらくこのへんと街とを往復するので精一杯になると思う」 「そうだろうね」ナズナと同じ方向を眺めつつ、カータ。「一人と、二人と、三人と、四人じゃ勝手が違うだろうし」 「つまり、ハイキングの前にピクニック。ってことかしら?」朗らかに、ミモザ。 「足手まといにならないよう、がんばるよ」と、生真面目な返答のセイジに、ナズナ。 「ちょっと違うかな。みんなの足並みを揃えられるよーにしてみようってことだから」 「じゃあ、その足並みを乱さないように」 「うーん。まあいいや。お互い無理なくてきとーにがんばろう!」 言いつつ、歩き出す。それに寄り添うようにカータが、次いでミモザが。最後にセイジが盾を担ぎ上げて、呟く。 「……遠き主君と、近き主君にかけて」 「ん? なにそれ。かっこいいね」 くるりと後ろ歩きになりつつ、耳敏いナズナが聞き返す。 「騎士の誓約。叙勲式の時に宣言して、それから何か事を為す度に呟いて、初心を忘れないようにする」 「つまり『いただきます』みたいなもの?」 セイジ。いやそれは少し違うとは思いつつ。 「そんな感じかな」 「叙勲式でしたら私も何度か出席したことが御座いますわ。騎士物語でも良くみますよね」 「そう。本式だと欲するもの、誓うもの、捧げるものと三回宣言するんだけど、それを短縮して誓うものだけを言う場合が多いね。騎士は腕力だけじゃなく、知性や詩情も持ち合わせるよう求められるから、この時の宣言は直接的な物言いでなく詩的に、要するに適度にぼかしている方が望ましい」 「へえ。わかるようなわかんないような。例えば?」 「良く例に挙げられるのが、欲するものに『初雪の淡きぬくもりを』。誓うものに『不折に貫く我が槍にかけて』。捧げるものに『雛のさえずりの第一声を』」 「あら官能的」すぐに理解するミモザと。 「……エロいね」ちょっと考えて理解するカータと。 「エロいの?」一人きょとんとするナズナ。 通例ではこの後には何の例えだったかという答え合わせが入って、ややオヤジ臭い笑いが一つ起こるところだけれども紳士なセイジはそれを省いて。 「直接的な表現を避けるのは詩情だけじゃなくて、要求をぼかす謙譲の美徳を含んでたり、抽象的な物言いをすることで短絡な達成を防いだりとか。人によっては、誓いなんて自分一人の胸に秘めていれば良いという考えからやや難解にしたりもする」 「ふーん。面白いね。私ならどうするかな。欲しい物と誓う物と捧げる物だっけ?」 「そう。そうだけど、そろそろ前向こうぜリーダー」 「うん。そんじゃあ――」 ナズナ。くるりと前に向き直り剣を高く突き上げながら。 「足の裏からずっと遠くまで続く大地を!」 宣言というよりかは勝ち名乗りのようなそれに、少し吹き出しながら「じゃあ俺は……」と、少し考えてセイジが続ける。 「芽吹くことの約束された種を」 するりと、ミモザが後を次ぐ。如何にも楽しげに頬笑みながら。 「耳にそよぎ続ける春の風を」 少し考え込んで、カータ。 「……見えずともそこにあり続ける星空を」 肩越しに振り返りながら、ナズナ。 「あっれ。なんかみんなかっこいいな」 「次は誓うものだよ。ギルドリーダー」 「それは簡単」 息をおおきく吸って。 「先に立つ父と母の御名にかけて!」 「遠き主君と、近き主君にかけて」 「生まれて最初の約束にかけて」 「同じ味のする涙にかけて」 最後に、捧げるもの。 「前に前に歩き続ける理由を!」 「休息に憩う陽の陰を」 「胸の中に奏でる歌を」 そこで途切れる。 誰ともなく最後の一言が出てこないカータを振り返れば、考え込んで、考え込んでも捧げられるもののでてこないらしい。 いつもの癖で涙を溜め込み始めている彼女に、 「振り返った時の安息を」 と、歯を見せて笑いながらナズナ。その顔につられるように、気弱げに笑って。 「……振り返った時の安息を」 「よっし。それじゃあ、行こうか!」 改めて正面に向き直って、一歩の後にすぐまた一歩。 四つの足音が、街から遠離っていく。
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