本日の目標は「木の実」を二〇個と「カエルの皮」を五枚である。森に向かう。

 ハントマンといえどもピンキリである。
 街の近隣を視察し害を及ぼしそうな竜の早期発見に努めそれら情報でもって報酬を得る斥候ハントマン。富豪や貴族に召し抱えられ街の防衛を任とし、時には部隊を編成しドラゴン狩りに打ってでる大物専門ハントマン。調達に危険が伴うようになった資源の採取を代行して行うこづかい稼ぎも同然の小物専門……よく言えば、生活密着ハントマンなど。
 一言でハントマンといっても、その仕事はなかなか多岐にわたるのではある。が、大多数が生活密着型のハントマンであるので、区別の必要もあんまりない。
 そりゃあまあ、そうだ。竜をざくざく狩り伏せることのできるハントマンが大勢いたならば、今のエデンももっとマシな状況に置かれていたはずである。
 セイジはこの生活密着型の最底辺辺りに位置していた。
 有事の際にはすぐに街へ取って返せる程度の距離を、身の危険の及ばない程度の魔物を相手取って、その日の宿代をなんとか支払える程度に稼ぐという生活様式である。
 その日暮らしなカツカツの生活。食費が用意できず空腹を抱いて素泊まりなんてこともしょっちゅうだ。
 パーティを組まず、一人でハントマン稼業を営むならこのへんが関の山である。なのでとっととパーティを組みたいところだけど……。
 ギルドオフィスはハントマン同士の仲介なんかも業務のウチである。仲介を依頼する際、四つある職能のウチから一つを選んで申請する。すなわち「ファイター」「ナイト」「メイジ」「ヒーラー」。
 メイジとヒーラーは読んで字の如くだ。攻撃性の魔法を使えるならメイジとして申請、治療が出来るならヒーラーとして申請するのが一般的。よって他の二つは事実上「メイジ魔法もヒーラー魔法も使えないハントマン」ってことである。魔法は特殊技能であるので、この二職の需要はいつも引っ張りだこ。
 それでもファイターはまだ救いがある。やっぱバケモノと戦うにあたって最後にモノをいうのは腕力だしな。
 そうしてみれば、やはりナイトの地味さ加減は否めない。よって、不人気職である。申請したところで仲介先はなかなか見付からない。
 そのへんを踏まえた上で、セイジの提出した申請書を見てみよう。

 名前:セイジ
 職能:ナイト
 住所:不定
 職歴:老人介護
 特技:事務処理 

 それを受け取ったお胸の立派な執政官の女性が、親切にも何かを言いかけて、……やっぱり何もいわず「わかったわ。登録しておく」とだけ云って、受理した。
 以降、さっぱり音沙汰がない。
 まあ。
 この街に来て仲介に登録申請をしてからまだ日は浅い。のんびりやるつもりではいる。日雇い労働ってのはおおむね呑気なものだ。
 けれど、空腹と共に布団に籠もるとき。蓄えのなさ故に傷の癒えないまま剣を持たねばならない時。そうした端々に、胸に何とない影が落ちる。
 その影は明文化できる。
「メイジとしての才能がもう少しでもあれば」あるいは「兄のヒーラー養成学校が実現していたら」等。
 そもそもナイトという肩書きからしてな。特殊技能であるメイジとヒーラーとは比べるべくもなく、武器の扱いや武芸に秀でたファイターと比較しても、いわゆる「敵の攻撃を受け止めること」が役所のナイトは、要するに盾で肉壁で。如何にも「無能」を宣言してるような気分になってしまう。
 事実としてもそんな感じではある。メイジやヒーラーを名乗れるはずが無く、といってファイターを自称できるような覚えはない。消去法でナイトが残っただけで、もしも無記入での申請が許されたなら間違いなく職能欄を空白のまま提出しただろう。
 と、無体な自嘲をつい挟んでしまう。
 最低限の生活は出来ているのだから、それでもいいじゃないかとは思うのだけど。
 ――安逸を貪るな。常に前を見据え兆しを見逃すな。意志の決定権を決して手放すな。
 ルーチンワークを繰り返すだけで終わっていく、ある意味では安逸の日々。
 今の状況も、老体のいう「安逸」なのだろうなと思う。その言葉に肯いて、自分も何者かになるべく動こうと決めた。
 これがその途上であるのならいいのだけど。
 ともかくもパーティを組まないことには。と、森へとぼんやり向かう。

 だから背後からの強襲に気付かなかった。

 鎧を着込んだ男と、全力で飛びついてきた小柄な肉体とが衝突した複雑な音。
 衝突に伴う浮遊感に心臓が凍る。何とか押し倒されることなく踏み堪えた。驚愕のまま剣を抜き放とうとするが、飛びかかってきた何かは右腕にしがみついて放さない。最初に目に入ったのは桃色の毛皮だ。この近隣ではみたことのない魔物である。体格も大の男と比較すれば小柄とはいえ、人里に近いこのあたりでは滅多にお目にかかれない大物といえる。
 その魔物に対する知識がないということは、対策なしに相対しなければならないってことだ。獣と人ではその身体能力は比べるべくもない。故に、対策を講じて初めてハントマンは魔物と同等に渡り合える。初見の魔物はそれだけで大きな不利を負うことになる。その上でこの体勢。
 抱いてはならない予感が込み上げてくる。
 全身の神経が警告をがなりたて、血液と筋肉が凝固する。
 腕にしがみつく魔物が、喉笛めがけて牙を突き立てるべく顔を寄せてきた――ように思えた辺りで気が付いた。
 魔物ではなくて人間である。
 炯々と光る金色の目が真っ直ぐにこちらを射竦めてくる。
 いや、人間だとしても背後から飛び掛かられるような謂われはないはずだ。ならば野盗の類か。
 と、混乱を来しているセイジの目前で、その顔がくしゃりと歪むんだ。……泣き顔と呼ぶには複雑な表情だった。浮かんできた涙を堪える泣き顔に、裏切られたような衝撃と、諦観と自嘲が混ざり合っているように見える。
 その頭に連想するものがあった。見たことがある気がする。この表情。
 ああ。そうか。
 街を歩いてたら急に腿の辺りに子供が飛びついてきて、自分の顔を見上げて数度のまばたきの後にこんな表情をしたのだ。
 今にも涙をこぼしそうなその子に、どこか痛めたのか大丈夫かどうかしたのかと慌ててと訊ねれば、答えて曰く。
「……おとーさんじゃなかった」
 そうだ。
 迷子の顔である。
 いや、今こうしてしがみついている彼はみたところ自分とそう大差はなさそうな年齢である。まさかこの年齢で迷子もないだろうに。
 等と。

 十数秒はたっぷり見つめあった。

 先に我に返ったのはぶつかってきた相手の方である。ハタと手を放して、厚いグローブをした手でごしごしと顔中をこすり、照れ隠しに自然と浮かんだ笑顔で、
「ごめんなさい! 人違いでぶつかっちゃった」
 その呑気な声に、固まった血液が一気に解凍されて盛大な溜息が鼻と口の両方から一気に漏れた。腰も砕けかけるが何とか堪える。
「うわ。ぶっしゅーって感じ。それ溜息?」
「……溜息。すげえ緊張した」
「あ。あー。驚かせちゃったんだ。そりゃそうだよね。こんなところでいきなり体当たり食らっちゃったら何事かと思うよね」
 ごめんごめん。と朗らかに謝罪。
 それにしても。声変わりもしてないような高い声である。改めて観察すれば、飾り気のなさが如何にも同業者でよく言えば中性的な居姿。だけどもひょっとすると女なのか。と思えば桃色の頭髪から二つの獣じみた耳がピンと立っている。と、するなら同じルシェ民族の血を引いていて、つまりは女の子である。
 迂闊な事を云わなくて良かったと内心思いつつ。
「いや、まあ、驚いたには驚いたけど……」
 驚いたどころではない。
 死の予感さえ感じたのである。
 高鳴った心臓がまだ痛い。
 ともあれ、落ち着けば色々聞きたいことが出てきた。先ずは。
「思いっきりぶつかってきたみたいだけど、平気?」
「うん。丈夫に出来てるから私」
 歯を見せて笑う。うん。じゃあえっと。
 そんな勢いで呼び止めなきゃならない相手ってどんなんだ。と訊くのは踏み入りすぎな気がしたので。
「人違いっていったけど、そんなに慌てて呼び止めようとしてたんだし。急いで街に戻った方がよくないか?」
「ああ……うん」色々と綯い交ぜになった面白い表情をする。簡単に言えば恥ずかしそう。「その点は大丈夫なんだけど……なんていうか……」目を逸らしてみたり頭をかいてみたりしつつ言葉を探す。が、結局めんどくさくなったらしい。そのまんまをいう。

「父さんと勘違いしたの」

 おいおい。
 ほんとに迷子だったのか。
「わ。面白い顔するねキミ」
「アンタに言われたくはないよ」おっと思わず口に出た。「や、変な顔もするさ。見たところ同い年っぽい相手から父親と見間違われたりすれば」
「うーん。それは……まあ、そうかなあ。そういえばそうか。うん。そうだよね」
 等と一人で納得を繰り返す。その表情が相変わらず面白い。きっと感情がモロに顔に出るだけ色んな感情が綯い交ぜになりやすくもあるのだろう。あっけらかんとしているようにも見えるその表情に、しかし確かに浮かんでいるように見える哀しげな表情はなんなのだろう。
 あっさりいう。
「生き別れた頃の父さんに、ちょっとだけ似てたの」
「……ああ」
 余り味の良くない納得が胸に広がる。
 全速力で抱きついてきた、必死とも言えるしがみつき方。真っ直ぐこちらを見上げる目。人違いだと認識した時の彼女の表情。
「それは、なんというか。悪いことをしたね」
「ううん、」
 と、否定の仕草にあげかけた手を。するりと腰に結わえた柄に這わせる。表情も瞬間的に凍てつく。
 急激な機嫌の変化である。いつでも剣を抜き放てるその剣幕にたじろぐこちらに、低い声でいう。

「動かない方がいいよ。数が多い」
「え?」

 云われて振り向いてみれば……今度こそ血の気が引いた。四方八方を四つ足の獣に囲まれている。
 獰悪な唸り声、逆立つ毛。じわじわと距離を詰めてくる獣に、慌てて剣を抜く。一方、目の前の娘は落ち着いたものというか、場数を感じさせる反応。柄を握る手に自然な力をたわませつつ微かに腰を落とし、浅く静かで規則正しい呼吸。目だけを左から右に動かしながら、魔物を刺激しないようゆっくりこちらに背を向ける。
 敵の頭数を数えていたのだろうか。
「これはちょっと、無傷で帰るのは難しいレベルかな」
 恐ろしいことをさらりと云う。その瞬間。けたたましい叫声とともに獣が一匹、先陣を切って跳びだした――と思った時にはもう、彼女が抜き放ちざまに振るった剣に両断されていた。
 そのまま深く踏み込み、手近なもう一匹を避ける暇さえ与えず縦に割る。
 その二度の挙動だけでわかる。強い。小柄な身体をブン回すようにして振るう剣はそこに邪魔する物などないような、空を斬るも同然の滑らかさで獣を両断する。
 等と感心してる場合ではない。踏み込んだ分だけ獣の群れに肉薄した彼女を助けるべく追いすがれば、こちらに背を向けたままトトンと軽やかなステップで進んだ距離を戻ってくる。つまり追いすがった分だけ彼女を追い越す形になったところへ、ちょうど獣の鼻面が跳び込んでくる。慌てて掲げた盾に思うさまぶつかられる鈍い感触。もんどり打って地に落ちたそれを彼女が容赦なく蹴り上げ、トドメに剣を突き刺す。振り落としつつ、一呼吸の間さえなく右から左におおきくサイドステップ。丁度それを追いかけるような衝撃が右肩に鎧を通じて襲ってきた。反射で腕を振るえば、巨大な昆虫が羽音もやかましくぼたりと草の上に落ちる。虫特有のグロテスクな腹部が晒されたそこへ、こぶし大の石が一直線に飛来し嫌な音を立てて潰す。彼女が投げたのだと認識すると同時に、その視線の先にひづめを持つ脚がドシンと降ろされる――成人だろうと三人まとめて押しつぶせそうなずんぐりとした体格。刃にも盾にもなる長大な牙。竜をのぞけばこの辺りで最も恐れられる獣だ。冷や汗をかくよりも早く、コツンと鎧を叩かれる感触。桃色の髪が視界の横を流れ駆け抜ける。
「後ろお願い!」
 言いなりも同然に振り返れば、タヌキのようなずんぐりとした獣が三匹。異様に発達した齧歯から涎を糸引かせつつこちらを睨み据えてくる。
 情けない声をあげそうになったが辛うじて飲み込めたと思う。これぐらいの魔物なら普段でも十分に相手取れていたはずだ。剣を威嚇するように振り回している間に、彼女が駆けていった背後から聞くもおぞましい叫び声が長く長くあがった。ニワトリをシめた時の数倍は耳をつんざくような。もちろん振り返って確かめるような余裕はない。
「ちょっとしゃがんで!」
 こうなるともう反射である。考えるよりも先に腰を落とすと、右肩に重量――肩に置いた片手を始点に、側転の要領できれいな半円を描き、その恐ろしく勢いの乗った剣が三匹の獣の中心に居た奴を叩き割り地面を穿ってとまった。膝をつく姿勢そのままに右手だけでもう一匹を斬り上げ、柄尻に左手を添えて最後の一匹に柄まで抜けよとばかりに体当たりをぶちかます。
 ――剣は魔物の背後までつらぬき、そこでとまった。
 急に、静かになった。
 彼女、ほ。と息をついて。深々と魔物をつらぬいた剣を抜き、抜き……抜けないらしい。
「うーん。最後の一匹だからって調子に乗っちゃった」
 笑いを含んだ声で、えーとどうしようか等といいつつよいしょと獣に脚をかけて。その様子に緊張が解けた。つられて笑いつつ血糊一滴付かないままに終わった剣を鞘に収めた。
 その直後。
 茂みが揺れる音、高周波に耳障りな羽音。人の頭ほどもある羽虫が彼女めがけて矢のように飛来する。
 その毒針が陽光を反射したような気がした。
 危ない――と叫ぶ間があったかどうか自分でもわからない。剣で叩き落とすなんて芸当は浮かばない。とにかく彼女と羽虫との間に立ち入るべく遮二無二跳ぶ。このとっさの行動に比べて彼女は判断も行動も的確だった。抜けない剣を即座に捨て置き、こちらに向かって跳躍。それが無ければとても間に合わなかっただろう。羽虫は標的の動きに合わせ残像を引いて急カーブ、その先へ偶々突き出されていた盾に弾かれて後方へ飛ぶ。
「借りたっ!」
 と彼女の声と共に腰の鞘から剣が払われる感触。
 振り返った時にはもう羽虫の頭が身体を離れて宙を飛んでいた。
 彼女、今度は油断無く周囲を睥睨。しつつ、ととんとこっちにバックステップ。背中を預けられる形で少しぶつかって。

 数秒。
 風の音。

 なんとなく、遠慮がちに云う。
「……終わったみたいだね」
「うん」
 返事。
 して、桃色の髪がくるりと翻って、思ったよりもある身長差でもってこちらの顔を見上げてきた――その顔に少しびびる。
 運動直後の紅潮した頬に、やたらと、目が。きらきらというか、ギラギラと光を集めている。
 唇がむずむずと震えながらじわじわと真横に広がり、広がって――耐えきれなくなったのか、
「あっははははははははは!!」
 突き抜けるような大爆笑。
「あっはっはっは! わはは、すごい、すごいすごい!」
 笑気に身をよじりつつ肩をバンバンどかどか叩いてくる。
「ちょっと。あの。痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い。鎧越しでも痛いそれ」
「え? あーごめんごめん! あははははは!」
 まだ握りっぱなしだった剣をぱっと放り手を絡めてきてぶんぶん振る。
「あっは! すごい! 天才!」
 ――うん。まあ、それは俺も思う。
 手を振り回されつつ改めて周囲を見れば、血の臭いも生々しいなかなか凄惨な光景。まるで良く弾む鞠のように跳梁する殺意。小柄な娘の形をした恐るべき殺傷力。それと手を繋いでいるのだから、もしかしたら怖がるべきなのかも知れない。ただ、恐怖を感じるにはまだ目にちらついて見えるその姿が鮮やかに過ぎていて。
 それと比較して。
 自分の体たらくはどうだったろう。一匹仕留めるどころか、剣を汚しさえせず、ただオロオロとうろたえている合間に彼女に良い具合な障害物として扱われただけだ。
 なんだか惨めになってきた。
 だからその一言に驚いた。
「キミみたいなナイトと初めてあった! すっごいやりやすいの!」
「……は?」
「ねぇねえ、訊いていい!? いい答え期待してるからね! 今、どこかのギルドに所属してたりパーティ組んだりしてる!?」
「いや、一人だけど……」
「あっはははは! やったぁー!!」
 大万歳。尚もぴょんぴょん跳ねる。
 すごい喜びようである。
 ……え?
「どこが」
「ん? なにが?」
 喜色満面で振り返る。良い笑顔である。それだけに、どう考えてもこの笑顔の原因が自分にあるとは思えない。
「いや、俺のどこがそんなにすごいのかと」
 思い返してもやっぱりぼけっと突っ立ってた記憶しかなく、そんなに喜ばれるような仕事をした覚えがない。
「え? すごいじゃん。なんていうかねえ、すっげーやりやすいの」
 余り語彙が豊富な方ではなさそうだ。が、尚も疑問顔のこっちを見て、ちょっと言葉を探す仕草。
「ええとね、今までさ、結構色んなナイトと一緒に仕事してみたりしたんだけど、なんだかさっぱり気が合わなくてねー。ナイトの人に言わせると、私って『動きすぎで守りづらい』んだってさ」
「へえ。ああ。うん」
 それはそうかも知れない。右に左に後ろに前に。彼女を縛るものは重力だけというか、縦横無尽を体現したかのような戦いっぷりだった。
「酷いひとになるとね、『いいからお前はもう動くな!』とかいうんだよ? 動かずにどうやって魔物倒せっていうのさ。ねえ?」
「それは……確かに酷い気がする」
 極個人的には。見惚れこそすれ、あれだけの鮮やかな立ち回りを悪く言う事なんて出来ないし。
 それにあの動きはあれはあれで合理的だと思うのだ。
「あんなに飛び回るのは(小柄な)体格を補うためだろ? 体重がないんだから、武器で補うか速度でも乗せるかしなきゃ魔物となんて戦えないんじゃないか」
 合理的な動きということは、彼女なりの経験や工夫、試行錯誤を経てたどり着いた戦い方なはずだ。
 軽々しく否定していいものではないと思う。
 と、思ったまんまのことを云えば、彼女は「ふへ」という感じのリラックスした笑顔。
「良かった。意見も合うみたいだね」
 いいつつ、転がってた俺の剣をひょいと拾い、柄尻をこちらに向けてさしだす。
「その点キミは、どっしり構えててくれててほんとやりやすいの。なんだろ、安全地帯が居てくれる感じ。防御に専念してくれてて、それどころか敵の隙まで作ってくれるし。攻撃を全部こっちに任してくれてる感じでさ。足止めをお願いしたら、三匹も相手にちゃんと食い止めててくれたしね」
「……全部偶然だよ」
 差し出された柄を見つつ、そう云わずには居られない。
 当然、謙遜ではない。事実である。
「ん?」
「俺がすごかったんじゃなくて、そっちが上手に魔物を誘導しただけだと思う。俺は突っ立ってただけだよ」
「そうなの? でも、それならそれで才能みたいなものだと思っちゃうけど。あんだけの数を相手に踏み堪えてくれただけでもありがたかったし」
 いいつつ「ん。」とばかりに剣をぐいともう一度さしだす。
「それだけじゃなくてさ、キミがどこにいるか把握しやすかったんだよね。ちゃんと敵を受け止めてくれるって安心感があったから、牽制とか要らずにそんだけ安全地帯に逃げ込むのに専念できてさ」
「それだけ動けなかったって事だし、逃げ場どころか逃げる暇さえなかった。もうちょっといえば、気が付いたときにはもう全部片付いてたから逃げようとさえ思えなかったよ」
「それは半分キミの手柄だよ? 私が攻撃に集中できた分だけ早く片付いて、集中できたのはキミのおかげでさ。剣と盾っていえばいいのかな」
「実態は剣とでくの坊」
「ええとね、それに私がやりやすいだけじゃなくてさ。ウチには私の他にも泣き虫さんとのんびりさんがいて、防御がちょっと不安なんだ。私だけじゃ守りきれない気もするし」
「だったら、それこそもっとしっかりしたナイトを雇うべきだ」
「……二人とも、可愛いよ?」
「……」
「あ。今ちょっとぐらついた」
「違う。違ーう。だったら尚のこと尚のこと来歴でもありそげなナイトに守って貰うべきだろ」
「だーからさー。キミが言うよーなちゃーんとしたナイトだとさっぱりやりづらくて――って。ああ、もう!」
 勢いよくぶんぶんと首を振ってじたんだ。
 イライラさせてしまっているのは解るが、しかし云わずにはいられないのだ。
「いいよもう! 私がキミをどう思ってるか、キミがキミをどう思ってるかとかどうでもいいの! 簡単なことなんだから!」
 睨まれる。不機嫌というよりも半ば拗ねているような表情で、改めて柄を向けてくる。

「私は、キミが一緒に来てくれたら嬉しい。キミが来てくれなかったら、悲しい」

 ……殺し文句である。
 意地になっている。過大評価に加えて、売り言葉買い言葉で意固地に引き入れようとしているのだと思う。
 でも、悲しまれるのは嫌ではある。
 けれど、いや、どうしたものか。あれだけの力を持つファイターと、あと二人の命を自分なんかが預かれるのだろうか。自分にそんな大役が務まるのか。殺し文句に誘われて彼女について行く選択肢に考えが及べば、その責任が途端に重くみえてくる。
 いや。
 それが「重荷」だと認識すると同時に、ふと自分がそれから逃げようとしているだけではないのかとの疑念が胸を突いた。
 自分がパーティを組みたいと思っていたことは確かだ。組まなければ何も始まらないと保留をし続けてきたのも自分だ。
 同じ場所にいたいと願い続けるワガママ。変容を忌避し続けるワガママ。
 彼女のさしだす剣を受ければ。たしかに、何にもなれなかった自分が、何者かに近付かざるを得なくなるのではないか。それこそ、彼女を守るナイトに。
 差し出された柄から、刀身、彼女の手、顔と視線を運べば。不機嫌に拗ねた表情のまんまの眼とぶつかる。
 と。こちらの沈黙をどう捉えたのか、その眼がじわりと涙を浮かべたような気がした。
 焦った。
 ので、慌てて柄を握り返す。
「わかった」
 彼女。二度三度まばたき。
 ああそうか。剣を返してもらうだけじゃ返事にはならないか。自分の口で、きっぱりと云わざるを得ない。
「誘ってくれてありがとう。一緒に行くよ」
 と。この一言が水面に落ちた雫のように、彼女の表情に波紋をつくった。まるで色を取り戻していくような笑顔。
 で、刀身をパっと放して満面の笑顔でこちらの肩をどしんとどつく。
「ナズナ! よろしくね!」
 おっとっととよろめいて、ナズナ? ああ、名前かと納得。
「セイジ。……誘ってくれたのは本当にありがたいけど、後悔しても知らないからな。もちろんそうならないよう努力はするけどさ」
「だいーじょーぶ。後悔するとしても、今じゃなくて後でするから!」
 それのどこが大丈夫なのだろう。とは思うけど突っ込むのはやめておく。
 結局。これは。自分の意志や変容の云々以前に泣き落としに負けた格好になるのだろうか。
「そんじゃ、今日はひとまず街まで戻ろ? 二人に紹介するから!」
 剣の血糊を獣の皮で拭ってかちんと鞘に収めて。放射するような笑顔。ほっぺたにぐるぐるのマークでも浮かんでそうな喜色。
「美人なんだっけ」
「うん! 期待して良いよ!」
 くるりと反転。スキップでもしそうなその背中を眺めれば、気後れと、安堵と、微かな不安が浮かんでくる。
 もしも拾われた子犬の気持ちがわかるとすれば、きっと同じような心地に違いない。と益体もないことを考えてみれば。ハタと気が付く。

 ――ああ。結局、いつも通りに心優しい人に拾われただけじゃないか。

 気が付いて自然と肩を落とせば、もう結構な先にいる彼女――ナズナが、どうかしたのという感じで振り返って後ろ歩き。
 まあいいか。
 と思うしかないよな。等と思いながら。
 盾を担ぎ上げて、その後を追う。