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「変わり者がふたり。」 地に種が落ち、そして芽吹き、茎を伸ばし花を咲かせ、実を付け、それが種をこぼすように、 物事の順序ってのは結構大事である。 だからこのお話は、物語とは直接関係のない話から始める必要がある。 いや、なに。タマゴが先かニワトリが先かなんて禅問答をする気はない。 単純な話である。 今から結構な昔の話で、タマゴの殻を割った竜が、人間程度なら丸呑みに出来るでかさまで成長するのに必要なくらい昔の話。 ん。わかんないか。じゃあ人間に例えれば、おぎゃあと泣いた赤ん坊が成人になって子供の一人ぐらいなら持ってて当然になるくらいの昔。 まあ要するに二十数年前だよ。 そのくらいの昔に、一つがいのハントマンの夫婦が居た。 ハントマンとは、世に仇なす竜を狩り万生に障りなす花を狩る、救世の志を胸にした勇士たちの総称である。 なんて云えば聞こえは良いかも知れないけれど、結局のところは食うにつめた無宿人だのやっとう以外に能のないならず者だのの吹き溜まりである。少なくとも、当時はそう見て間違いはなかったらしい。町に住み屋根の下に暮らす市井の人々はそんな目で彼らを見ていたらしいし、事実の方も割とその通りだったそうな。 まあ、この辺は大小多寡の違いこそあれ今でもそう変わりはない。命を張る生業である以上、志願者はどうしたって蛮勇の徒だ。今でも昔でも、遊びに出る子に母が言って聞かす叱言は『暗くなる前に帰れ』『町の柵を越えるな』『宿屋には近づくな』である。 だから、一見朗らかで、いかにも『親から継いだ道具屋やってます』てツラをしたその二人はどんな酒場に居ても周囲から少々浮いてたらしい。 ――夫婦で旅行かい? なんて杯を向けられれば、 ――うん。新婚旅行を十年近くね。 なんて答えつつ。 男の方は、元々は画家だったそうな。いや、画家以前に元々の元々は風景が好きだったのだ。 ガキの頃から町を抜け出しては、平原に雲が影を描く様を眺めたりだの、雨が山を抜け川となり足下まで流れてくる様を眺めたりだの、夕日に赤と黒に染め分けられた町を崖の上から眺めてみたりだので、その結果として風景専門の画家になった。 このご時世にのんきなモノである。 のんき者は大抵、世の中から少々ずれている。富豪様に召し抱えられたパトロン付きの画家ならともかくとして、世からズれたはみ出し者の絵描き風情に居場所を与えるほど余裕のある世情でもなかったので、副業にハントマンを選んだ。 ハントマンを稼業としたならば、放浪に身をやつす必要がある。 竜の大半は縄張り意識を強く持っている。つまり向こうから寄ってくることは余りなく、こちらから退治に向かわなければならないってことだ。 竜を追い払うのが仕事なのに、追い払ったらばまた追いかけねば食うに詰める。 なかなか因業な商売である。 なので、ハントマン稼業は定住が難しく兼業の難しい生業なのだけど、「描くこと」よりも、「描くに相応しい風景を見出すこと」にこそ喜びを覚えていた彼は、きっと旅暮らしの日々にも別段苦労は感じなかったのだろう。 というよりもむしろ、はみ出し者にとっては、旅が必然となる職業なんて喜んで飛びつくべきものだったのかも知れない。 馬手に絵筆、弓手に剣。 どちらの収入が主だったか、なんてのは野暮な疑問だし、実際に口に出せば愚問になる。 竜の勢力と脅威は日増しに増大を続け、それに伴いハントマン需要はのぼり続け、一方絵描き需要は下落の一途だ。 それでも彼は、絵描き兼業ハントマンと名乗り続けたらしい。 要するに、時代が下るに応じて、彼の世間とのズれも増大していったのだな。 そんなところに惚れたのだと聞いたことがある。 聞いたことはあるのだけど……なんというか、嫁は夫にベタ惚れだったので、そのへんの性格を初めとして背格好氏素性、出会った思い出に道中の記憶、細かな仕草、なんでもかんでも美点として捉えてたっぽくもあり、下手すると足の小指の爪の形まで惚れたところとして挙げそうな気もする。 で。 今ではあまり聞かれないお仕事ではあるが、プラントハンターという職業がある。 果樹を適切な気候条件でもって移植し、薬草を確かな知識でもって活用し、野生の生育域を把握し調達し、時として未開の地に踏み込み新たな有用植物を見出したり等。簡単に言えば植物専門の貿易商だ。 植物ってのは大変有用なもので、人々の生活に密着した需要があるし、それらの栽培、保存、輸送それぞれに専門知識を必要とされるので、技術と知識さえ身につければなかなか鉄板で安泰な生業だった。 過去形の話である。 進行形の話をしよう。 フロワロは、大変旺盛な繁殖力を持っている。一般に草花の生育に不適切とされている地域でも獰猛に繁茂しているし、しかも多年草であるらしく年中枯れることなく花を咲かせている。極寒の地だろうと極乾の地だろうと無条件に等しく繁殖するそれは、在来種の土壌を次々に侵していった。様々な草花の激減が確認されたし、おそらくは絶滅してしまったものもあるだろし、これからもでてくるに違いない。 草花は食物連鎖の底辺、根底をなす存在だ。それらの減少はプラントハンターの食い扶持以上に世界全体へ深刻な影響を与えるはずだけど、それついてはさておく。 それら個体数の減少に貿易ルートの断絶が加わる。フロワロと竜の脅威は各国の貿易・交流を困難な物にした。季節を越えることの出来ない種を新たに調達することが難しくなり、また調達しようにも生態域を攪乱されていたり、或いはそれら地域に竜の住処が横たわったりもしている。 上述した問題に比べれば些末なことではあるが、フロワロの脅威により一部の人々は花を人類の敵とみなし始め、観葉植物の需要が激減したりもした。 ただ、フロワロに向ける憎悪は、そうした人々よりもプラントハンターの方がよほど深刻で根が深かったろう。 プラントハンターの仕事は急速に失われていって。久しく。 だから彼女は、両親の生業を「おくすりやさん」だと解釈していた。 個人の所有にしてはずいぶんと立派な温室に、蓄えられ栽培される様々な薬草。それらの処方と売買。なるほど薬剤師である。ただ、それは単にプラントハンターの数ある仕事の一端に過ぎなかったのだけど、まあ実際のところハンターだったのは祖父までであり、両親は祖父の蓄財を受け継いだに過ぎないので、その解釈もあながち間違いではなかった。 彼女はその家の末の娘として産まれた。それなりの資産でそれなりの邸宅を構えていたお家だったけど、遅れてきた末っ子には占領できる空き部屋はすでに残されておらず、結果として温室に立て籠もることとなる。そうなればルームメイトである植物にも当然興味が沸く。それの延長として、両親の仕事にも興味を寄せて幼いころから助手として働いた。才能を培うにも知識を養うにもこれ以上ない環境はめざましい速度で技術を育て、両親を追い越し、既存の薬草の新たな用法や効能を研究し始め、それだけでは飽きたらず新たな草花を求めついには野外へ頻々と出向くこととなる。 花は面白かった。 咲いて枯れてを繰り返す、生物として最低限のルーチンワーク。まるで意志があるようにはみえない癖に、花びらの数、茎の高さ、根の形、咲く場所、咲く季節、その身に含んだ成分など、どれもこれも計算尽くに選び抜かれたような徹底っぷりだ。 周囲に仲間がどっさりいても口もきかず、話しかけてみても風次第で頷いたり頷かなかったりだけど、なんでそんな格好なのか、どこからやってきたのか、好きなものと嫌いなものは何かなど、根気よく付き合ってみれば必ず赤裸々にその理由を教えてくれるのだ。 面白かった。 だから、フロワロにもその『理由』を聞いてみたかった。 揺れる炎のような六枚の花弁。節ごとに色を変え、水晶のように透き通る茎。竜を呼び寄せる花粉は自己防衛の為だとしても、あまりに強靱な繁殖力はあらゆる生態系からの独立を望むかのような、他の植物、いやあらゆる生物とまったく異なった、普通では考えられない性質をしている。 それは何故なのか。 知りたい。 教えて欲しい。 要するに彼女は、花が好きだったのだ。 それでも一応、表向きのハントマン志望の理由は「フロワロの生態を調査し、根絶の方法を探るため」という事にしていた。 妥当な判断といえる。祖父から仕事は受け継がなかったもののフロワロを憎む気持ちはきっちり継いでいた両親と、植物と人並みの距離感を持つ兄弟とを通じて、世間の人々がフロワロをどんな目で見ているか十分に理解していた。 フロワロとは純粋な外敵であり排除すべき害悪である。 まあね。そりゃそうだろう。彼女としてもその点に異論は、あんまり、ない。 うん。ない。 ないけれど――根絶という行為によって周囲の生態系がどのような影響を被るか不明瞭な点が多く、またその影響の詳細な予測も事実上不可能である以上、択るべき方策とはその影響を最小限度に抑えるべく適度に間引くなど、リスクの低減を主眼としたものであるべきではあるまいか――とか云っちゃうと下手すりゃ全人類共通の敵に与する裏切り者だ。 根絶すべき対象に抱く興味なんて、物好きとしても度が過ぎている。 わかってる。おそらく自分は余程の少数派であり世間からズれたのんき者なのだろう。 だから、フロワロに覆われた町を写生しているバカと出会った時はそりゃーもう驚いた。 まだ陽は高い。キレイな夕焼けが想像される透徹された一面の群青。 目を降ろせば絶望的な極彩色がそこにある。 時間と竜とに蹂躙された町の遺骸。群がるフロワロ。 それを背景にして、スケッチブックに黒鉛をこすりつけるやたらと真剣な横顔。 見惚れた。 見惚れたまんまに時間が過ぎる。 女は男を凝視して、男は一心に写生を続ける。 フロワロは全ての生命を奪い、そしてそれを呼ぶ竜はあらゆる生物の中で最も獰猛な部類だ。それの傍の風景としてはあまりに危機感の欠落した絵だけれども、風にそよぐフロワロの音ばかりが聞こえる呑気な時間の流れのままに、頭上高くにあった太陽もずいぶんと傾いて、影が長く伸び始める頃合いになって。やっとこさ男がふと空を見上げた。 「しまった」 と、独り言。 予定よりも長く過ごしすぎたのだろう、さすがに竜の生息域付近で野営をする気はないらしい。少し慌てた様子で荷物をまとめてやれやれと振り返ったそこで、 地面にぺったり座り込んでこちらを凝視している少女とバチリと目があった。 男は驚いてたじろぐ。しかし、いつでも抜き放てるようにと地面に刺してあった剣に手を伸ばさなかったのは、視界に入ったそれが警戒心を起こさせない程度には可憐だったからだろう。 そう。まだ少女と呼んでも差し支えの無さそうな女だ。ぺったりと座り込んでスカートを花弁のように広げたそれを見下ろす男の表情は相当怪訝である。 見つめ合ったまま、数秒間。最初に口を開いたのは男の方だ。 「……こんなところで、なにをしているんだ?」 女。吹き出して大笑い。 しかしすぐに口を覆う。なにせフロワロの傍は竜の傍だ。下手に騒げばおびき寄せることになる。けれども、彼女をくすぐる衝動はそんな警戒心を容易く突破するらしく指の間だからくすくすくすくと声が漏れる。 男の方は、とりあえずそれを眺めるしかない。発した問い掛けは常識の範疇内だったはずだし。 女。それなりに落ち着いて。深呼吸の後に言う。 「ごめんなさい笑っちゃって。そうよね、同じ『こんなところ』に居るにしても、アナタはきっと誰が見ても『絵を描いてる』って判別できるもんね」 といって、治まりかけていた笑いをまたぶり返して、腹を抱えて笑う。 男。変わり者は自認するところである。けれどもやっぱり笑われればあまり愉快な気分ではない。諦観に唇をへの字にして言う。 「仕事なんだよ。一応な」 言い訳である。金にならない行為なので趣味に近い。 「へえ? そうなの。でも、絵を描くにはずいぶんと大きな道具ね」と、彼の剣を見つめつつ「ハントマン兼、絵描きさん?」 「絵描き兼ハントマンって名乗ってる」 などと順序を訂正。彼にとっては大事なこだわりではあるが、もちろんそんな細かいポリシーは彼女にはわからない。 小首を傾げた女に、訊いて当然の質問を返す。 「それよりもアンタこそ何してるんだ。一人でお花摘みにこれるような所でもないだろう」 「ああ――」 あなたに見惚れてたら、いつのまにか時間が過ぎてたの。 なんぞと初対面の人間に抜かすほど常識は欠落してない。ついでには「フロワロの生態調査に来た」というのも迂闊に人には言えない理由である。 「――残念でした。お花摘みに来たの。薬剤師なのよ私。薬草の調査と調達に来たんだけど、ちょっと長居しちゃってね。一人で町まで戻るには不安な時間でしょ? すると丁度いい具合にハントマンが居たから、町までご一緒させて貰えないかなと思って待ってたの」 なので、さらりと嘘を用意した。 冷静に検分するとほころびの多い嘘ではあるが、男の方は納得したらしい。 「確かにお互い長居しすぎだな。でも、それならもっと早くに声を掛けてくれても良かった」 「一生懸命だったから。邪魔しちゃ悪いじゃない?」 これは本当。 言いつつ、まだ座りっぱなしだった彼女は握手がてらに起こしてくれと手を差し出す。 男。反射的にその手を取りかけて、ふと自分の手が黒鉛まみれだったのに気が付いて引っ込める。 ズボンでごしごしと手をこすりつつ、先に立って歩く。 「とにかく、急がないと。宿の晩飯にありつき損ねるぞ」 女。宙ぶらりんになった手を一つふって、その手で地面を付いて立ち上がって。 とっくに背中を向けている男を追って、駆け出す。 それは、自分と異なるフロワロとの「対話」だった。 調査し、解析し、調べ尽くして後にやっと理解へと至るような自分とは違い、彼はその姿そのものを書き写すことにより、その存在をあるがままに受け止めていたのだ。 と。 彼との出会いを語る彼女の目はいつも熱に浮いている。正気ではない。 要するに一目惚れだった。 後々に彼女の居ないところで彼本人に、フロワロに覆われた町をスケッチしていた理由を「結局のところはどうだったの?」と訊ねたことがある。けれどもその答えはその答えで「……強いて云えば、自分以外に誰もこの風景をみないんだなあ、て思うともったいなくて」という何とも要領を得ないものだった。 さて。宿に着いたのは日が落ちてのこと。 残念ながら竈の火は落とされていてメインディッシュにありつけず、お互いにパンとバターのみの晩飯を終えて。 「それじゃあ」 「うん」 と、部屋の前で別れて。 その後も、女はなんのかんのと理由を付けて男の背中を追っかけて回る。
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