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何かFESと書くと微妙に別物ぽい。とかですが。とかなんだけど。……えーと、私は現地に居なかったから感想も述べづらいな。 ともあれサークル参加・一般参加ともに参加された方、お疲れ様でした。 報告を散見するに大変な面もありつつ楽しいイベントだったようで羨ましいなチクショいやいや地方民のひがみは適当に押さえつつ。 儂の本を手に取ってくれた方は尚のことありがとう。 欲しくても入手が叶わなかった人はそんなに居ないとは思いますが、なんというか、風の便りでは完売になったそうなので。かたなさん効果およびイベントの盛況っぷりが窺えようというものです。 ま。完売いうても冊数を公開するのがちと恥ずかしい程度の部数しか作らなかった(作れなかった)のだけども、その恥ずかしい数字でもこれまでの販売実績からすると十分な数(要するにいつも通りの発行部数。)だったと思うですが。 伝え聞くに、八冊一挙に買ってってくださった方がいらっしゃるそうで。 うん。八冊。もちろんご愛顧ありがとうございます。 なんだけど意図が微妙に不明だわね。 同人誌即売会で友人と入手したい新刊を分担しあって効率的に収集ーて話は良く聞きますが、あまり規模の大きくないオンリーイベントでしかもウチの本だしであんましその例に適ってないような気が。他のサークルさんの本も順に八冊ずつ入手してったて事かしらね。 うん。 キャラクターを表示させそして対話させるというアプローチは、恐らくは割と根源的な創作なのでありましょう。 なので十周年とかそーいう節目もある種無関係に、今後も続いていくのだろうなーとかなんとか。 日常に帰れない。イベントへの委託参加はやったことがなかったのだ。 やったことがないことはひとまずやってみよう主義と、 開催地まで自分を運ぶ輸送費を捻出できない都合とで、初委託参加というのはなかなか具合が良く、なので実行してみて。 「クロネコヤマトさんは全国翌日配送(一部地域除く)で営業所受付は21時までやってます。 けれどもトラックでの当日中出荷は19時が〆切ですよ」 という世の中の仕組みを20時に知るという痛みと共に知ることができたのでそれはそれで良しとして。 激痛だったけども良しとして。 いやあんま良くないけど。良しとして。 地方者の儂として、イベントへの参加は大抵が小旅行を兼ねている。 だから、行き路と同じ距離の帰り路という儀礼でもって現実へ帰着することが出来るのだけども、委託参加ではそれがない。 思えば、頒布物を送るまで無暗と急いていた最中も作業は部屋にこもって行い、合間に日常勤務なお仕事もありで、すべていつも通りの景色の中で物事は行われた。 だから、こー。 日常に帰る以前に、そもそも日常から脱出していないのであった。 気分だけが遊離している。 しかし、秒読み分刻みに動いていた焦燥は本物だ。その炎熱はそのまんま胃の裏側に火傷のようにひりつく痛みを残しており、それに刺激され、これを書いている今も時計をちらちらと気にしてしまう。 整理がつかない。 いっそのことこのままでもいいけどな。 次に書くべきもの、次に書くべきもの、次に書くべきものと追われて追われて追われて過ごすのもそれはそれで儂的には理想的な生き方に近い。 死にそうだけど。 まあ死にそうなので私の中のやたらと自己主張の激しい防衛機構によってそのうち自然と振れ幅は元通りになってくのだろうけど。 ・9と3/4番線ではない。 それでなくとも貨物列車は無骨に殺風景なのに、コンテナが乗ってないそれは鉄骨めいた荷台が剥き出しで、春にしては強い雨に晒されて、ことさらに骨々しく鉄錆び色である。 ホームに繋がる階段を下りた、右と左に、そんなものが並んだ時点でもうどこか非日常めいた景色だったし、遅刻気味に気にしていた電光掲示の時刻表によると、とっくにホームに入ってきているはずの電車もない。 その代わりの貨物のない貨物列車だ。 珍しい風景には違いない。 絵面としては大変面白く、もしもデジカメを持っていたならば嬉々として写していたではあろうけども。 人気もない。 彩度も明度もことごとく低い。 雑音も雨音に紛れて空々しい。 そこに、駅員さんのアナウンス。 「お待たせいたしました。 豪雨の都合により遅れておりました特急やくもが4番ホームより発車いたします。 列車遅れまして、まことにご迷惑をお掛けしました」 なるほど。やはり遅れていたか。 私を挟んだ両隣のこの茶褐色の金属製ムカデなそれは、遅延による発車見合わせだったのだなと目をやると、気付く。 『特急やくもが4番ホームより発車いたします』 そういっていたはずの4番ホームには、雨に濡れる鉄ムカデ。 間違ってる。 少なくともアレは特急やくもではない。 しかし、アナウンスの示した4番ホームに身を横たえていたそれは、アナウンスの示す通りに、4番ホームから滑るように発車して私の視界から消えて行く。 瞬間的に混乱する。 アレはやくもではないはずだ。そのはずだ。まさか私が間違っているのか。 そういえば私が乗る予定の電車もとっくに到着時刻が過ぎているのにこないままではないか。 私は何を間違えているのだ。居るべき場所を間違えているのか。私はどこにいるのだ。ここはどこだ。 もう一匹の貨物列車がアナウンスを待たず、私を驚かせる異音とともに動き出して思わず振り向く。 その背中のホームに、特急やくもが入ってきた。 なんのことはなく。 間違っていたのはアナウンスだったのだ。と思う。 本来は「到着」というべきところを「発車」と言い間違えたのだろう。もしくは私が聞き損じただけか。 後からやってきたジャリガキが、私の代わりに確認してくれているかのよーに特急やくもの鼻面に描かれた名前を「やくも! やくも!」と連呼してたのに何となく救われたような気分になりつつ。 アルバイトは電車の遅延の都合によって遅刻。 うわああんぐしゃえもおおんぼくのまえで既刊がおとながいされたよおおおおお! あ、新刊は買えました。 らしいねえ。 まあ既刊は既刊だし、残ってた10冊そこらをついでに搬入しただけなのでご勘弁ください。 二年前のコミティアで頒布させてもろーた奴。 いつの日か、発行した同人誌をハードカバーか文庫にして出してくださいね。必要とあらば恋猫なら送りますから。クール宅急便で。 ……まあ生ものだしね。>恋猫 ぐしゃろごす初期短編集ですか。いいねえ。憧れるねえ。夢の印税生活だわねえ。 関東を脱出された方。 うぃすー。適当にご連絡ください。 そういえば。下の何かフェス告知の続きなのだけど。 ボスのデザイン画をお願いした際に、イメージのすりあわせを行うべく幾つかラフ画をかたなさんから頂いたのだ。 こちらのお伝えした漠然としたイメージを良い具合に再解釈してくれたそのデザインがステキで。 当時は「役得! 役得!!」とか騒いでたのだけども、いざ完成稿をいただいて本にして。 それらが表にでる機会がもうないのだなーと思っちゃうと途端にもったいなくももったいなくもったいなかったので、かたなさんに打診の結果、ウチで告知ついでに載っけさせて貰う運びと相成りました。 とかで片桐かたな画伯の魂をご覧あれ。 メモ書きの内容も色々とステキだったのでそのまんま載っけるぜうりゃ。 ・ライトメント ・エターニティ ・ソリチュード ・ディメンション やあ。ステキ。 しかし改めて並べてみると「どんなRPGやねん」て感じね! 山なす化粧断ちの残骸たる短冊と、散乱するミスコピーの海と、使った場所そのままに放置された文具のあいだにて。とかなんですが。何か。フェスティバル(仮)に委託参加いたします。 ……多分。 ……いや、ね。ヤマト運輸さんの集荷時刻に間に合わなくてさ。 当日、儂の委託スペースであるところの「うにゅう−4」にはなんもない可能性が大いにあったりします。 そうなったら。まあ。或いはそうなってもまあ。 他にもステキなサークルさんが多数参加されておるのでそちらでスキップしつつイベントをご堪能ください。 ……サークル入場に遅刻して、なお会場製本て段階にまで及んだことはあっても、イベントそのものから落っこちちゃったことはこれまでにないんだけどなあ。 結果がどうなるかはまだわかんないですけどいずれにせよ反省しておきたいところです。 もしちゃんと本があったらば、主催のそのえさんがばっちり機転と融通を利かせてくれたてことで改めてお礼を伝えねばなりません。なんだったら僕の代わりに直接伝えといてください(なんだそれ。 という最低な前置きはともかく。 ![]() 頒布物名:hallo world or materialize 価格:500えん。 内容を端的に云えば「何かを題材とした RPG の企画書もどき」です。 というかそれ以外に言い様がないというか。 最大にしてほぼ唯一の目玉は片桐かたな画伯デザインのボス4体のカラーイラストですな。 4体っスよ4体。 しかもこちらはイメージをダダ流しに伝えたのみにてデザインも担当してくださいましたよ。 さらにお願いしたのは〆切一ヶ月前というなにそのタイトなスケジュールでしたよ。 いやほんとこれから眠る時はかたなさんちの方向に頭を向けて寝なくちゃなんねえぜ。 とかで。 内容はさっき書いたとおり企画書以上仕様書未満というそれ以外の何でもないので、 紹介の代わりに製作動機めいたものをぽつりと。 ・10周年記念。て文字には心動かされるものがあるので是非参加したい。 でも、本を作るからには全力投球上等なのだけども、それが出来る時間的猶予があんまないので全力短距離走な感じの瞬発力で作れそうな企画を選んだ。 ・小説以外の本もなんとなく作ってみたかった。 ・10年という歳月を振り返ってみるのになんとなく丁度良かった。 とかそんな。 企画書以上ーてことで、だから結局のところは「こんなRPGやってみてえなーもしくは作れるなら作ってみてえ」という与太話なのでエンタテイメントたりえているかは正直なところよくわかんなかったりします。 書いてる本人は楽しかったけどね。いつも通り。 だからー、ほんとに作品たらしめるならばいっそ「架空のゲームの攻略本」くらいに作り込んじゃうべきだよなとかは思ったんですが、そうとなると所要時間と必要ページ数とがすごい量になっちゃうので実行には移せませんでした。まあいつかやってみたい企画ではあります。 等々です。 もしも機会と興味があったらばお手にとってみてくだされ。 ![]() そんなにおっぱいが好きか。好きです。好きですよ。大ー好きだー(以下エコー。気の済むまで。 おっぱいがなんで好きかと考えてみれば、「おれが持ってねえから」という辺りに軟着陸しました。 り:ふぉろーありがとうございます。ぐしゃさん、考えるってなんでしょう。何のために考えるんでしょう。 わたしは、何のためにというと‥自分を知るため、自分という回路の仕組みを知るためかなと思いました。 考えすぎてうまくいかないこともあるけれど。 おお。フォローリフォローありがとうの文化がついに僕の所在地にまで。 というのはともかくいえいえこちらこそ儂の呟きに興味を持ってくれてありがとう。 「考える」ですか。何でしょうね。 我思う故に我ありーて言葉に従うならば、自分を知るためというのは正しいように思えますな。 私の場合を言葉にしてみようとぼにゃりとすれば、「世の中に色を付ける手段」てのが出てきました。 単純な彩りの意味でもあるだろうけど、色眼鏡って意味でもあるだろうな。 こんな夢を見た。という書き出しの割に夢の話ではありません。 思いついただけだけど、近況を書く際にいつも「こんな夢を見た。」という書き出しにすると何かとステキかも知れませんね。何が。 近況をだらだらと書き散らすつもりだったのにも関わらず、 最初のセンテンスの時点でもう結構な分量になっちゃって以降を中断。 てのが近頃ずっとのパターンなんですが、それというのも、例えばゲームの話題を持ち出すなら、話題にしたがるゲームの知識がほぼゼロなひとを想定して書いたりするせいなのだろうけども。 さて。この書き方が正しいのかどうなのかいまいち分かりません。 ホームページ(ブログとかでなくてホームページ。「いや HP てのは、ブラウザを立ち上げるなりホームボタンを押したら表示されるなりするページのことであって個人サイトのことじゃあないんだよ?」という世間的な疑問を引き摺ってたあの頃の)を運営してもう結構な年月が経過しているように思えますが、しかしそのへんの姿勢が未だに定まらないまんまですがまあそれは極個人的なことなのでどうでもいいや。 ・世界樹封印中。 その理由は何か。フェスティバルあわせの同人誌をちまちま製作してるから。 なんつったって期日のあるモノなので優先順位を違えるわけにはいきません。 でもその癖一方で悪魔場ドラキュラの奪われた刻印をクリアしている不思議。 08年発売の探索型アクションな携帯機のドラキュラ。 悪魔場ドラキュラのシリーズは、PSで開発・発売された月下の夜想曲あたりからずっと探索型アクションをシリーズのメインに据えてリリースが続けられている。 収集要素やレベルアップの概念など、プレイヤーキャラを強化することで相対的にアクションの難度をさげることの出来るこのシステムは、ビギナーにも玄人にも両対応なシステムであって、「ゲームを作ること・売ること」が即ち「初心者上級者両対応な設計」の考案も意味する今どきの情勢にぴったり適合したジャンルではある。 のだけど、一部コアなユーザーや、もしくはゲーム制作者の中から昔ながらのやたらとシビアな「面クリア型のドラキュラ」への回帰願望がそこそこ高まってるようにもみえる。 実際にドラキュラシリーズの現時点での最新作は「悪魔場ドラキュラ リバース」であって、まさしく敵から喰らう一撃一撃が泣きたくなるほどに痛いどシビアな難度なドラキュラだったし。 で。本作「奪われた刻印」は、そのへんの願望と探索型アクションな優しさとの両取りを目した作品であったように思える。 探索地域という形でマップを割と短めに区切って、で、そこのボスを倒すと新たな探索地が出現。と。 短く区切ってあるってことはそんだけ補給可能な場所へ早く到着できるってことなので、それだけにザコの攻撃が容赦なし、というゲームバランス。 とはいえども。実際に遊んでる感触は従来の探索型ドラキュラとそう大差なく思えて、 結論としては「まあいつも通りのドラキュラ」て感じであった。 飛び道具主体に切り替わってるあたりがやや新しめの感触ではあったし、 ボタン操作で頻繁に装備武器を切り替える必要がそこそこ楽しかったり、 XとYのボタン二つに武器を割り振れるので、同じ装備品を二刀流にしてオラオラオラオラオラと連射するのが楽しかったり等。 細かいところの感触はすこぶる良くて。良い印象のままエンディングまで到達できた佳作ではありました。 というのは半分嘘。 序盤は血を吐く難度で己の作った生暖かい血溜まりにのたうちつつ遊んでました。 ぜって間違ってる。一発喰らったら即ゲームオーバーというダメージなのにこっちが攻撃あてても即死しないザコが矢継ぎ早に何匹も表れてしかも次のエリアまでがやたら遠いとかぜってこれバランス設定間違えてる。 等と呻きながら。 まあ。本来は。クリア後にアイテム引き継ぎで二周目にスタートするべきハードモードを、 一周目から引き継ぎアイテム無しのすっぴんで開始したがゆえの苦悶なのではありましたが。 ……でも楽しかったなあ。 絶え間なく画面を往来するメデューサヘッド・頭上から飛襲するクラゲぽい悪魔・地面から無限沸きするゾンビ・画面を凝視しなくちゃどこから出てくるのかわかんないウネ・一番古い型の DS じゃ絶妙に悪い視認性な真っ黒さで飛来するカラス・画面を細かく縦に分断し視界を阻害する背景の樹木。 それらが全部同時に襲ってきて、しかも全部がほぼ一発で即死という地獄。 ……楽しかったなあ。 装備品が整い始めてからは割と快適に進行してったんだけどね。 他。褒めたいところ。 今作では、武器は全て「魔方陣から召喚する」という形で表現されてるんだけど、 で、その魔方陣は主人公の女性の体内に吸収されるーて設定なのな。その魔方陣を右手・左手・背中に表して、場合によっては使い分けつつ戦う。と。 その。吸収する時のアクションがね。 長く豊かな黒髪を後ろ手に束ねあげて、ざっくりと背の素肌をのぞかせて、背中に浮かんだ刻印でもってぎゅいーんと吸収するという。ワァオ。セェークシィー。 あと。ストーリー面での重篤なネタバレになるのだけど。 敵役として登場する義兄がやたらと渋くてかっちょえかった。 背景を説明しておくと、 「ドラキュラを撃退できる究極の魔方陣が完成した。 その発動直後、共に研鑽を積んできた兄弟子が魔方陣を奪い遁走。 魔方陣の発動を妨害された主人公シャノアは、その影響で記憶と感情を失い、 胸にただ一つ残された使命感を従い、ドラキュラの復活を阻止すべく兄弟子を追う」 となる。 とっとと真相を明かせば、件の魔方陣の発動には術者の命が必要だった。 妹弟子に懸想するおにーちゃんは、彼女を守るためにその儀式を妨害。 しかし資質で後れを取るおにーちゃんは、逃亡を続けながらも研究を続け我が身に魔方陣を宿す方法の発見に至る。 が、結局は魔方陣が宿す強大な力に屈して理性を奪われ、妹に襲いかかるに至った。と。 それの撃退後、残された魔方陣を吸収したらば、それに残っていた兄弟子の魂から上記説明を受けて。主人公さん。 「ここまでの経緯は理解できました。 ですが、一つだけわからないことがあります。 何故、あなたは自らの命を賭けてまで私の身代わりになろうと思ったのですか?」 「……それが理解できないのは、お前が記憶と感情を失っているからだ。 俺にとっては、これ以外の選択肢はなかった。 あの時、迷うことなく儀式を止めることが出来ていたならば他の道があったかも知れん。 だが、俺には出来なかった。お前を守ってやることは出来なかった。 その時、ようやくわかったのだ。 俺にとって何が一番大切なのか、今、何を為すべきなのかが」 「……やはり、理解できません」 「それでいい。 お前が俺の心を理解する必要はない」 きゃー。 ド渋ー。 我が身を欠片も顧みない「それでいい」という言い切りっぷりが惚れさせます。 エンディングでも遺憾なくその男前っぷりを発揮しててさー。 ドラキュラを撃滅するため、我が身を代償に究極の魔方陣を発動させる主人公。 滅び去るドラキュラと、倒れ伏す主人公。その頬を濡らす、失ったはずの涙に驚く主人公。 そこに、魔方陣に宿っていた義兄の魂が語りかけるのな。 自分の魂が魔方陣に残ることが出来たのならば、主人公が失ったはずの記憶や感情もまた、どこかに残っているはず。それをずっと探していたのだと。 「ずるいですね……。いつもそうだ。 あなたは、私の知らないあいだに一人で問題を解決してしまう」 「それが俺の役割だからな」 「でも、ありがとう。 おかげで、私はこんなにも満ち足りた気持ちで死に行くことができる」 「いや、シャノア。 お前が死ぬ必要はない」 「なぜ? 『ドミナス』の発動には魂が必要なはず」 「その通りだ。『ドミナス』に必要な魂は、一つだけでいい」 「まさか……! そんな……アルバス! どうして!? 私はあなたにもらってばかりで、何一つ返せていないのに!」 「言っただろう。それが俺の役割だと。 だが、返してくれるというなら最期に一つだけ、聞いて欲しい願いがある。 笑ってくれ。 ただ、それだけでいい」 おにーちゃーん。おにぃーちゃあーん。
男やもめが子育てしてて、母乳が出ないのを悩んでいたら神様がおっぱいつけてくれた、って民間伝承ありましたよね。
わーなんだろーその心温まるありがた迷惑ー。 子どもがちゃんと育ったあとは、村民に一触り何文とかで商売を初めてしまいには蔵を建てるいたる「おっぱい長者」とかですかね。 (せめて無限にわき出る母乳で飢饉を救ったとかそういう方向でまとめようよ) おっぱい太郎とかおっぱい地蔵とかおっぱい星人とかおっぱい長者とか、 昔話の典型めいたタイトルにおっぱいを付けるだけで奇妙に「ありそう」感がでるのがやや面白。 いや星人は違う。 こぶとり爺さんとかはそのまんまおっぱいに置き換えても話は通じるよね。 立派なお胸に肩が凝ると迷惑をしてたおじいさんが鬼にとって貰って、 同じくおじいさんが自分のも取って貰おうと鬼に会いに行くんだけども寧ろ付けられちゃって複乳になっちゃうおっぱい爺さん。 ……こう書いてみると、なんでコブだったんだろうとかえって不思議に思えてくるけども。 際限がなさそうなので思考休止。 妄想妊娠は男の人にも通用する症状なのか、と。「想像」を「妄想」に置き換えて話をするーってのは私の好むところだけど、 それをすげ替えるのは、なんか、妙な生々しさがくっついてきてやだなあ……。 旦那がやっちゃう妄想妊娠てのでは一緒に「つわり」になっちゃう「ともづわり」て症例があるそうで。 こっちの話は後にして、男のする妄想妊娠て言葉面だけで思考を進めると、 意中の女性に対する妄想をして日々過ごしてたらば、 その女性がまったくの別件で子どもが出来て、 妙なうえにまったく筋違いな責任感なり罪悪感なりを覚えるとかそんなですかね。 そんなですかねじゃねえよ。 ……あんま笑いづらいサイコスリラーなサスペンスにしかなりそうにないので適当なところでやめておきましょう。 23日、委託ですか……来てくださいよう18切符期間だったらねー。行ったんだけどねー……(遠い目。 自由てのは常に何らかの自由と引き替えにでしか手に入れられないものですな。 この場合は時間的自由と金銭的自由。 夢内容を反芻しすぎて想像妊娠しないよう(^^; ・・・書いてから調べたけど実際に気分悪くなってるんならそれ即ち想像妊娠か。 他の病気かもしれないしお大事に。 男の想像妊娠に「ともづわり」があるとは先に書いたとおりだけど、 それは基本的に、奥さんに感情移入しすぎちゃった結果のモノだそうで。 じゃあそうした伴侶のいない僕のこのともづわりの「とも」部分はどこに適応させればいいのかしらとかなんとか。 他の病気説は私もちと考えたかな。 「妊娠する夢を見たから」→「腹部への違和感」という順番ではなくて、 腹部に感じた違和感から妊娠を連想して、そーいう夢を見たのではないかと。 でもまあ内臓に関する疾患および軽度の異常は常日頃のことなのでおほほほ。ほほ。 ……夏になるとなー。内臓が働いてくれなくてほんと中に荷物でも詰め込んでるような気分になるんだよなー。 ともあれご心配ありがとう。 ウチの先輩は妊娠何ヶ月かまでは図書館で働いていましたが。ぐ。さんも先に産休申請しないとだめですよー。 産休申請! そうかその手が! いやまあ無いけど。 妊娠していた夢。妊娠もしくは受胎、懐妊などは、一応は男の身である私にゃ永劫に遠い感覚・体験であり、 だから崇敬の念を感じているので、おいそれとは話題にし辛い。 なのだけども、そんな夢をみてしもーたんだからしょうがない。と、メモ。 妊娠していた夢であって、妊娠した夢、ではないところがキモである。 夢特有の脈絡のなさで、唐突におなかが膨らんでおり、 誰の子どもであるとか、どういった経緯で男の身が身籠もったのかなんて因果関係はさっぱり分からない。 そもそも夢の中の私は腹部の重量に何の疑問も感じてなかったし、 翌日にはもう出産だという事実もごく自然に意識していた。 しかもその日は図書館のお手伝いが予定に控えていた。 しかし出産前日ともなると体調は万全とはいかないらしく、 断続的に、緩く、押さえつけられるような違和感を下腹部に感じていたので、母との相談の結果、 大事をとってその日のお手伝いは休むよう図書館に連絡を取った。 それから先の記憶はない。たぶんその辺りで目が覚めたのだろう。 聞いた話によると、夢の忘れやすさは、現実と夢とをごっちゃにしないための防衛機構のようなものが働いた結果なのだそうだ。 それに従ってかどうか、私はそんな夢をみたことさえ忘れていた。 で。 同じ日。図書館の業務に従事していた。これは現実。 何かと汗をかく仕事なので、体にかゆみを覚え適当にボリボリと爪を立てる。 その手が腹をさすった時に、強烈な違和感が走った。 その違和感と同時に、生々しく手のひらに伝わるおなかの温もり。 夢の中の私は、きっと、そうやって何度も腹をさすったのだろう。 フラッシュバックと呼ぶに相応しい唐突さと鮮烈さで夢の中のその感触が蘇ってきて、 腹なんて膨らんでやしないのに、体調も別段おかしくはないはずなのに、 下腹部がやたらと気になって、気になって、実際に気分まで悪くなってきた。 とか書いている今もなんか、思い出しているのか下腹部に妙な感触が。 そんなにも強烈な体験だったのかしら。 私は、夢の中でも感覚が働いている。 ほっぺたをつねって「痛い! 夢じゃない!」て慣用句的表現があるけども私には通用しない。 カミソリを踏んづける夢をみた時なんかは痛みで飛び起きたくらいで。 夢の中で起きることは全て私の脳味噌の限界だから、 男の肉体では絶対に体験の出来ない「妊娠」という経験はあくまでも想像の産物であり、 すなわちニセモノだ。 だから、追体験なんぞという言葉を使うには恐れ多くも烏滸がましいけど、微妙に貴重な体験をした気はしないでもない。 ……いっそ出産の夢までみれば良かったか? いやそれはさすがに。 そこから発展して。夢の中の私のおなかのなかには、なんか。 双子よりも多く子どもが入ってたような気がする。そんな記憶がおぼろげに。 その割にお腹のサイズは一般的な妊婦さんよりもむしろ小さいくらいだったように思うけど。 何にせよ突飛な夢ではあった。 ということをぼんやり思い出しているウチに、ふと。 「双子」を丁寧にいえば「双生児」になるけども、三つ子とか四つ子とかはそれに相当した呼び方はあるのかしら。 よく分からん疑問ではあったけども調べてみたら、丁寧な言葉とは少し違うけど、 三つ子を懐妊することを「品胎」と呼んだりもするそうだ。 ……なるほどなあ。口が三つで「品胎」な。納得はできるけど、鋭意創作が必要なところなのかしらそれと首を傾げてみたくなる(米寿とか白寿とかと同じノリよね。 じゃあ四つ子は器胎で、晶胎となると六つ子になるのかしらとか思ったけどそんな言葉はないようだ。 簡単なところでは「多胎児」という言葉がある。実にスッキリ。表意文字の利便性が感じられますな。 で。英語だともっと簡単で簡単すぎてそれで良いのかしらと思っちゃうけども「スーパーツインズ」と言うそうな。 英語圏に遠い身としては、なんかこー、パワーパフガールズ的な超能力的双子を思い浮かべちゃいますが。 そうした表現では、私がなんか好ゲフゲフゲフ私の脳裏に強く印象が残ってる言葉に「畜生腹」てのがある。 猫とか犬とか、まあなんでも良いけど、動物は一度に数頭の子を出産するので、それになぞらえた表現。 まあ、あまり上品な言葉ではなく、言葉から受ける印象の通り蔑みのための言葉みたい。 特に、男女の双子は心中を図った二人の生まれ変わりーなんて解釈もされてたらしく。 現代な価値観で生きる儂らにとっちゃなにそれロマンチックじゃなーいな話なのだけど、 ところが江戸の時分では心中ってのは大罪として扱われてたのでそりゃあもう不吉なことだったそうだ。 なんで心中が大罪かというと、色々と背景はあるけどもはしょって言えば「そーいう戯作や舞台が大ヒットして若者のあいだで流行しちゃったから」となるそうだ。 呑気なのか深刻なのか分かんない話だやね。 とかなんとか。 「三つ子って丁寧に言うとどうなるの?」てどうでも良い疑問を調べただけでこれだけずるずると興味深いお話が出てくるのだから、いやほんと辞書てな引いてみるモンだね。 すれちがい通信のギルドカード集めが楽しいのですが。うかつに人のを見ると壮絶なネタバレにあいます。ご注意をば。 血の滲むような実体験から来るアドバイスをありがとう。 でも……どうだろうな……すれちがい通信できるのかな……ウチの近所で……。 ごく私的な不満だけども5人しか表示されないのがやや残念だぜギルドカード。 あとどうせなら全滅回数も記録・表示して欲しかったぜギルドカード。 ステータス欄に Marks と Rip が欲しいぜ世界樹。 みんながぐしゃさんとかぐの字とか言う中ひとりろごっさんと呼ぶ試み ご随意にどうぞーではありますが、いわれて分析してみるに、 「ぐしゃ」というものの潰れる音そのまんまな響きが我ながらけっこー気に入っているとの診断結果。 転じてろごっさんは六と五に通じて四六サイ的なイカサマ臭さを感じられてそれはそれで素敵スね(そうか? 世界樹の迷宮3の5。とかで。B8F 二層ボス撃破で挑む溶岩地帯。 さしあたっての妄想ポイントはサブクラスの修得付近。 実際のゲーム進行ものろくさとしておりますが、 妄想は行えば行うほどに潤滑さを得ていや増す文章量。更新のペースはさらに牛歩ー。 実際の進行は B15F まで辿り着いたあたり。今回の更新では B10F 到達あたりまでの妄想メモー。 登場人物紹介 ・サブクラスを修得するとスキルポイントが5つ無料進呈という破格のサービスなので目の色を変えて悩んで一回休み。 ・もちろんそれら修得は妄想込みで考えるんだけど、 元から子守唄で睡眠効果なフェージンは、あるはの不思議な声と共通した才能であって、 さりげにそれを見抜いたあるはの特訓と指導があったのではとかいう妄想。 剣の柄尻をぐいとフェージンの腹に押しつけるあるは。 え? と戸惑うフェージンを真正面の間近に見据えて 「あー」 と、声をあげるあるは。 「あ、あー?」 「あー!」 柄尻ぐいぐい。 「痛っ、痛いってあるは、ちょっと、何それ?」 「あー!!」 「痛い痛い痛い! わかんないってば! 一緒に声を出せばいいの?」 「あー」 「……あー」 「あー。あーぁーあー」 「あーあーあー」 「あー!!」 「痛い! 痛いってば!!」 「アレは何やってんだ?」 「さて。新しい遊びにしてはハードだな」 そんで歌の指導だと気が付いたフェージンはそれにそれなりに付き合うようになって。 そうなったらば遊び相手を取られた形になるハロウィンが当然乱入と。 「あー」 「あー」 「ぎゃー」 「あーあーあー」 「あーあーあー」 「がーぎゃーがぁー」 「あーあーあー!」 「痛い痛い、あるは痛い!」 「うがーがーがー!」 「ハロウィンはうるさい! 耳元で叫ぶのやめてー!」 「……変な遊びが流行るよなあ」 「私たちも、あのぐらいの齢にはもはや遠い。よくわからんのも当然かもな」 そうこうしているウチに発声練習と遊び相手をとられての対抗心とが作用して、 ハロウィンが「フェージっ!」と名前を呼んでギルド内で軽い騒ぎになる、と。 「野生に育つとはいえ同じ人間。発声器官は揃っておろうし頭脳の構造も一緒じゃ。 言葉を発せても何ら不思議ではない。 ここで注目したいのはむしろ、何故、今になってそれが可能になったか、という点じゃが、 集団の中で暮らすようになり、さらには戦闘行為という意志疎通の求められる場面を経て、 急速に社会性を得た、と見るのが妥当かの」 「なるほどー。それにしても最初の一声がフェージンちゃんてのがロマンスっスね。なんか照れちゃう」 「フェージ?」 「そう。フェージンちゃん。私はグラジオラス」 「ぐ……ぐあぢお……ぐらじー?」 「うーん。こちらはオキナさま」 「オキナサマ」 「わ、オキナさまはきれいに発音できるんだ。あんまり深く考えないようにしよ。クムオーンは?」 「くむぉ、くもー」 「ベロニカ」 「べおにか」 「ほう。発声に得手不得手があるんじゃな。声帯のありようが言語の成立に作用する証左となるやも知れん。 これは興味深い」 とかなんとかでオキナとグラジオラスが言葉を教える教師役になる。と。 ハロウィンのサブクラスがモンクになったのはその辺の影響かも知らんなーとかで、 もはやゲームとの関連性とかがなんもない段階になってきた。 ・うーわーダメージ床回避にスキル割きたくねえー。 サブクラス修得につき色々と将来設計を描いた直後なので尚更そう思える。もったいない。 三層は溶岩地帯。ダメージ床びっしりな地形でしかも一歩毎にかなり痛い。 回復力はそこそこあるウチのギルドだけど、しかしそれを根拠に無茶を通すのはどうやら無謀ぽい。 ダメージ床回避のアイテムはあるけれど、持続が短く、これに頼りっきりになるのもまた無理だろう。 とかで結局、フェージンにアメニモマケズを修得してもらった。 これの活躍の機会が三層だけでないことを祈ろう。 ・ミミズっぽい foe から命辛々脱出。 足封印で逃走不可能ーて仕様は 1 からの伝統だったっけ? 今回は、逃走成功率が体感レベルで高かったように思うので初見の foe にもばんばん殴りかかってたんだけど、 そんな態度もそろそろ改めねばならないか。 通路のはじっこでジッとしてて、変な生態の魔物だなー単なる障害物か。そういうのも面白いかもな。 とか思ってたらばどうやら昼にだけ活動をする類の foe だった様子で、以下。 ・二層から引き続いて、夜間は動かない foe が多い。 「おひさまなんか見えない場所なのに、なんで夜行性とそうでないのに別れるんだろ」 「さて……日が見えないからこそ体内時計が厳格なのかも知らん。 行動の基準を外にではなく、自らの内に求めたのじゃな。 逆に言えば、天候や気温、季節等で狂わされる事も少ない訳じゃし」 「ヤな感じスね。それでなくても慣れない夜起きで眠気とかお肌とか色々不安なのに、 油断してたらそいつらの活動時間に巻き込まれちゃいそう」 「それは、ハロウィンがいる限り大丈夫かも。ハロウィンの腹時計、かなり正確だから」 ある意味じゃあ、ダンジョン探索に制限時間が設けられてて、 テントで休むことにリスクが発生してるわけだ。でもまあこのへんは些事かね。 ・ダメージ床は赤い色で塗る。 というか、ダメージ床多いわーとタッチペンを忙しく往復させていたら、 塗り終えた場所を手違いでずるるるるーと赤で上塗りしてしまった。 ゲーム内の誰かがインクをこぼしてしまった、とかそんな形で補完しておく。 ・いまさらだけど、三層の曲が今までとかなり違う雰囲気でいいですな。 従来は旋律中心だったように思うけど、突如として打楽器系の音が目立つ。 戦闘の曲も含めて良い感じ。 ・オランピアさんと再び会う。どうやらボス戦間近であるらしいので、 適度にマップを埋めてから挑戦しようとうろうろしてたらば扉の前に立った途端に選択肢ナシの強制戦闘。 ……ちくしょうめ。 ダメージ床回避のための遠回りや TP 使用で消耗を強いられるこの階の末のこの仕打ち。 狙ってやがったな。ぜってー狙ってやがったなあああ。 と意地になって全員枯渇間近な TP とアイテムとで応戦。 二人組の敵の一人を打ち倒し、そして残る片割れをあと数ドットまで追いつめたあたりで、粘り負け。 勝って帰りたかったぜ。 アレか。 オランピアさんはロボットだから(まっしーんだっからー。だだっだー)疲労の概念とかそういうものに無頓着なのかちくしょう。 ・という訳で気力体力充実した状態で向かえばとりあえず楽勝。 状態異常の通じるボスになぞ負ける気はしませんな(なんで威張ってるんだろうこのひと。 ・明確に決めてないから「たぶん」というだけなのだけど、 あるはが世界樹を渡り歩いている理由の根底には、おそらく世界樹1のモリビトと上手に接触できなかったから。 というのがある。 そういう意味で、今回のフカビトとの遭遇に彼女は何を思ったのか。 その一方で、 人に似た姿をして、言葉でもって意志疎通できる相手との遭遇。 お子さまなフェージンはかなり揺らいでそうだ。 「同じ言葉、喋ってたよね。話し合いとかじゃ解決できないのかな」 「どうだかな。人間同士で殺しあうこともザラなんだぜ? それにありゃあ、こっちを餌としてしか見てなかったぞ。 サメが船の周りを延々付いてくる時に似た不気味さがあったぜ。 だからこっちも遠慮するこたねェよ。それとも黙って食われるか? 俺たちと同じ言葉が使えるからつって、中身まで一緒とは思えねーな」 「……でも、味方同士で庇いあってたよね。クムオーンも見たでしょ?」 「互いの身で互いを守りあう習性はごく原始的な生物にもみられる行動じゃよ。 個よりも種を長らえさせるための行動じゃな。 例えば魚が群れている理由なぞは、他の一匹が食われている間に逃げおおせる事が可能だから、とする説もある」 「うーん……」 「でも、目的がちゃんと『人類の敵』っていう形で示されたのは、ちょっとだけ気が楽になるスよね?」 「ハァ? 何いってんだ嬢ちゃん。ンなのは全部あのにやけ面が言ってるだけのことだろ? 自分にしか聞こえない世界樹の声? 自分たちだけで戦ってたのは奴らが恐怖で強くなるから? 確かめられる事なんざ一つもねえぞ。信用できるか?」 「む……そういわれればそうスね」 「余人の感情を糧にする生物……実証できるなら、大変興味深くはあるがのう」 「学者先生はのんきだなコラ」 (世界樹ログ) さらに今日、ぐの字発句集が発掘されました。旅に出たくなりました。 ……ほんとに物持ちいいなあ。もう十年単位で昔じゃないですっけそれ。 たぶんデータ含む原稿はもう喪失しちゃってるだろうなー。 待ちぼうけ カロリーメイトと 缶コーヒー あたりが自分じゃ気に入ってましたがやっぱヘタねー。 そんな中身も含め儂直筆な表紙絵が何かと恥ずかしい作品なのでもう少し熟成させた後に強請りの道具としてご利用頂ければ十分な効果を望めるかと。 そうです。→農場防衛。いいタイミングにゲームなさってたなーと思って確かに農場の侵略と防衛となると経験者はもうあのゲームしか連想できないスな。 (いやルーンファクトリーとか色々ありそうな気もする昨今ではありますが) 良いタイミングというのは mixi のアレが広まったあたりですか(? 森川の一号さんは尊敬してるクリエイタのうち一人ですわ。 今こそこの孤独に潜行するゲームをネット対応が望まれますな。 ん? コスモぐらし? ん。んん。うん。 ああ、そうそう。久しぶりに同人誌を整理してたら恋猫が出てきたんですが。 燃やせ。 いやいや。 貴殿の物持ちの良さを怨みじゃないや尊敬しますで。 ……いや実際あの良いとも言えない紙質な作りも粗雑なコピ本を良くもまあ保存できてますね。 「コピ本じゃねえだろこのページ数」とか言われたりした思い出の作といえば思い出の作ですが、 その傾向はむしろ深刻になっていったりいかなかったりでした。 官能小説書きたい欲の蓄積が感じられ内なる衝動に怯えて過ごす極私的な昨今です。 世界がだいぶ春めいて来ましたがぐ。さんの部屋にこたつはまだ健在でしょうか。ぼくの部屋からは居なくなっちゃいました。……きみがいなくなってから、部屋ががらんとしたよ。 でもすぐなれると思う(ry 大丈夫だよその話の後にもちゃんと続刊するから。 ええ。ウチのはもちろんまだ部屋に居座ってくれていますが、 こたつをいつ片付けるかチキンレースにマジキメで挑んだ挙げ句に丸一年中出しっぱなしだったことを思うとむしろいつ片付けるかを心配していただいた方が僕のためになるか知れません。 ああ、ギルド名です。ラウタゲニじゃなくてマウタゲニだったので気になってー三作目ともなるとそろそろ変化が必要かと思いましてねーマウならば猫を玩畜とすることに成功したかの古代エジプトで発祥した猫の呼び名だしー とか書きましたが嘘です。今回もラウタゲニです。 世界樹の1で別段理由もなく付けたのだけど、そっから割と長い付き合いになったやねー。 1も2もさして猫と関連のあるキャラクター設定じゃなかったけど、3でようやくそれっぽい面々の名となるに至りました。 まさか、アストロノー……いや、なんでもないですアストロノーカですか。 あの、納屋の薄暗がりで延々ボタンを押し続けてニヤニヤし続けるあの魔性のゲームですか。 mixi で野菜を栽培するゲームが出たとかで、少し興味が沸いたのだけどもそれをやるくらいならと思い出して PSP のアーカイブスで購入したはいいものの「やべえこれ面白すぎる今時間吸われるのはやばい今時間吸われるのはやばい」と慌てて封印を施したあのゲームですか。 封印してそのまんまだけどな。 PSP は末弟の所有物で、彼と共にちょいと流れていっちゃったし。惜しいことをした。 世界樹3がもしも宇宙に行くことにでもなればフェージンもみごとにアストロノーツならぬアストロノーカやね。 とかここまで書いて気が付いたけど、「農場防衛と侵略」て部分からの連想かしら? (薄暗い納屋で一人籠もり続けるフェージン。 ジャンプ台にびょーんびょーんびょーんと飛ばされて最後は川に落ちるハロウィン。 世界樹が気になるんですが今からでも1から始めた方がいいですか?wiz やろうぜ。ファミコンの。リルガミンサーガでも吉。 すいません嘘です。 すいませんそれほど大嘘というわけでもないです。でも嘘です。 世界樹特有のゲーム性を知りたければ1を遊んでおくのも悪くないかも知れませんが、 そういう意味じゃ今から2を遊ぶ意味はそんなにないような気がしますな。 とはいえ、世界樹が持っている味は3までしっかり継承されているので、 ストーリー的な繋がりもないし、敢えて過去作を振り返って遊ぶ必要はそんなにないような気もしますよ。 金髪パラディンさんに惚れ込んで彼女に会いに行くためにってのならもちろん止めはしません。 よし、エイプリルフールも終わったし。だいすきです。 おれもです。 宵待月ウィキ猫塔がわりと見やすかった件についてうん。おれもうすうすきがついてた。 あんまりきがついていいたぐいのきづきじゃないよねこれ。 今のサイトの形状だと、 右側に読み進めていったらば本文とは関連のない文字列が目に入ったりするんだよね。 そのうち改装するかしらとは思えども、やっぱめんどくさいやとだらだらうんこうで続いて参ります。 なんで誰もマウタゲニに突っ込まないんだ んあ。なんのことだろう。 どこかでそういう書き損じでもあったかしらと検索して見るも見付からず。 ぐしゃさんがハルヒを評価しているのが個人的に意外だったり。個人的に。評価というか……評価と、好意を持つ。ってのは割に切り離しやすい物事だったりもしましてごにょごにょ。 でも私がハルヒを好きになれるなーと感じた所以は以下の通りなのだけど、 でも四巻まで読んでみた現在だと、そうして好きだと感じた方向性には話を延ばしてくれてないんだよねという問題が。 といえば返答の代わりになるでしょうか。 安易に「分かる」などとは言えませんが、そのハルヒ像には大いに共感出来ます。そしてその瞬間の笑顔についても。 長門は可愛いですが、彼女の「消失」等における狂気とも言える感情は、 ハルヒに比べるとあまりにストレートな気がするんですよね。 それでこそ長門である、という事だとは思うのですが。 なー。なー。なー(それぞれ適度な音階で。>その瞬間の笑顔。 消失の長門さん話にはこちらからも共感をお返ししたい。 てゆか、話を続けていかねばならない主観視点主人公の問題として、あの物語におけるキョン太の述懐は「いやちがうだろうキョン太それは違うよ長門さんが思ってそんでそんな行動を取った理由はそういうこっちゃねえだろうとオイお前もほんとは気が付いてるんだろうよー」とかそんな感じのもどかしさを読み手に与えるためのものだよなと半ば確信めいた感想を持ってるんですが。 あんまし。 ハルヒ語りをしたことがないので、ふと確信のまんまでいいのかしらこれと気になったり。 ざっくり言えば、長門が感じたであろう不満とは、SOS団という行動そのものに対してではなく、 観察者として、傍観し続けなければならないその立場への不満であり、 要するに「まーぜーてー」と言い出せない傍観者のジレンマなのだよな。と。 そんで、キョン太と差し向かいになりたいという一途で真正直な願望。と。 さすがにこのへんは予備知識の段階でハルヒ好きには浸透してるこっちゃろうなと思いますが。 どうなんだろね。 そうしてみれば、「消失長門」と、それ以外の「通常運行長門」とを区別するべく論旨をたまにみかけるけど、 でもそうするのはもったいないよな。 消失の世界を形作ったのは、消失長門ではなく、消失以前の通常運行長門なんだよな。 消失長門はそれによって産まれた結果であって、その母体は、「そうなるべく望んだ」のは他ならない通常運行長門であって。 云々。 やれやれ。普段から嘘をついて生きている人間が、嘘吐き放題なイベントで楽が出来るかというとそうでもなく、 むしろ余計な力みでもってでなければ吐けないものなのかも知れないなーなんぞと。 はい。というわけでアーモロードに行ってきます。 なんか書きたくなった。その2。
「涼宮ハルヒの憂鬱」を読み終えて、最初に浮かんだ感想は「ああ、おれはこの作品を愛せる」というものだった。 小説なりアニメなりマンガなりゲームなり。 フィクションへ耽溺する喜びをまだ幼いウチに覚え、日常としてそれに接してきた人間は、 世界の常識と少し食い違った感性を持ち合わせてしまうことが往々にしてある。 まるで普遍的なことのようにオオゴトを言うけれども、たぶん割と普遍的。 フィクションの世界は魅力的である。ヘタをすると、この我らが現実よりもよっぽど魅力的だ。 そんな世界の住人になってみたいと望んだ経験があるひとは、きっとそんなに少なくはないのだと思う。 例えばドラゴンクエスト。 宿命を背負う勇者として生まれ、どうのつるぎを片手に、時には呪文の力でもって魔物と斬り結び、人間的な成長を経た上で世界を救う。 けれども、多くの人は早かれ遅かれ、自分がもしもそんな世界に住むことになったとしても、 用意される役回りは精々が、雑談でもってプレイヤーを和ませる町人Aなのだと悟る。 スライムくらいならおれでも倒せるかも知れないけど、おおがらすくらいになるともうダメなんだろうなあとかなんとか。 万事に関してそんな調子。 火星の運河の不在はもう確認されてるし、空から少女は降ってこないし、隣に天使は引っ越してこないし、我々は幻想郷の民ではない。 フィクションに魅了される人は多かれど、多くの人びとはそこで「主人公」になることは諦めて、 自分自身の現実という枠の中にこぢんまりと納まる。それでも、なんか、こー、フィクションという名の非現実に憧れを持ち続けながら。 そういう人間にとって、 涼宮ハルヒという人格は尊敬に足る存在だったりする。 現実というどうしようもなく強大な壁に傲然と立ちはだかり、「アンタのほうがおかしい!」と言い放つ。 既に我々がやめてしまった現実への抵抗を、ひたすらに続け続ける。 有り体に言えば、眩しい。 「涼宮ハルヒの憂鬱」という小説でもっとも美しいと感じたシーンは、そんな彼女が 「宇宙人と交信するために学校の校庭へ忍び込み、ラインマーカーで奇妙な幾何学模様を一晩で描き上げたらしい」というそれだった。 シーンとして明確に描かれたわけではなく、 彼女を客観視する第三者が、彼女が如何にストレンジな行動をしてきたかを説明するためにあげた噂話の中にしか登場しない。 それでも、その美しさに心を打たれた。 恐らくは行動しやすい中学校指定のジャージ姿。真夜中の闇にただ一人、真っ赤なラインマーカーをひっぱって広い校庭を、 模様に気を配りながら縦横に駆けめぐる。 その孤独な姿。 書き終えたあと、彼女に訪れた満足感と、達成感に比例して膨らむ期待と、それが経過と共にしぼみ、代わりに染みこんでくる寂しさ。 そしてそのうちにやってくる、やっぱり何も変わらない朝への絶望と、それを糧とした怒り。悔しさ。 (という話を既刊全部を読んでる類のひとに伝えるとみんな微妙な表情で曖昧に頷くのだけど、 いわゆる「消失」までを読んだ今になってよーやく、その表情の意味が理解できたよ! てのはともかく) 中学生時分のエピソードだそうで。物語開始時点で高校生な彼女は、何度、そんな挫折を味わったのだろう。 悲しさを跳ね返すために怒りに変換して、蓄積していく怒りは更に彼女を孤独にして、現実世界との乖離はよけいに深まり続ける。 だから、物語の終盤。世界が崩壊していく様を、嬉々とした目で見つめてしまう彼女がどうしようもなく痛ましかった。 彼女の怒りは、フィクションを愛する私が感じなければならない怒りだったかも知れないし、 彼女の寂しさも、フィクションに憧れる私が感じなければならない寂しさだったのかも知れない。 そうした意味で、彼女はある種のイデアであり、 ああ。私は涼宮ハルヒの憂鬱という作品を愛せるのだ。と感じたのでありました。 っつー話は追いといて。 なので私はあんまし「消失」はそんなに好きじゃないんだよなーぶっちゃけ長門ちゃんよりもハルヒちゃんのがゲロ可愛いし。 ほぼ同じ意味で、「消失」に登場した、世界への憤懣を晴らす手段もなくひたすらにドロドロと鬱屈してる「暗黒ハルヒ」はむっちゃくちゃ可愛かったね! という話の延長線上として。 そんななので私はかの「さすが京アニだな」のハルヒアニメはそんなに楽しめないなと勝手に決めつけたりしてる。 何話かちらちらと確認してみたのだけど、ハルヒちゃんがSOS団の結成を思いついて、キョン少年のネクタイをひっつかんでみせたあの笑顔が、 なんというか。ただの普通の笑顔だったのだよな。 それは違うだろう。と。 世界を歪めてしまうほどに世界への嫌悪と憤懣とを溜め込んでいた彼女が、その孤独を埋め合わせる手段をついに発見した瞬間の笑顔だぜー? のみならず、彼女があの笑顔を見せた瞬間、あの物語世界は文字通りの意味で覆り破壊されたのだ。 その笑顔をただの笑顔として処理されてたので、あーおれの脳内の画の方がキレイだやとか不遜にも思うてしもーたのでありましたとかなんとか。 コロンビアード砲で宇宙に行ってエイリアンと戦うRPGが欧州では沢山あることをご存知ですか?まじで。剣と魔法の世界はむしろ向こうの方が本場だと思ってたけど、 でもいわゆるホースオペラの延長線上的な蔑視を込めてのスペースオペラも向こうが本場だし、 なんか妙な納得が出来るかも。 いや、というか最近の fall out とかバイオショックとか的なそれの話かな? しかしタクの娘さんはんっとにほわほわと綺麗に微笑みますね。義父さん! ご相談があるのですが!なんだいかしこまって。ほら、玄関先でそんな、膝を付くもんじゃない。 ちょうど夕飯時だ。あがっていきなさい。……かあさん! 寿司だ! 寿司をとっておくれー! (お前に父さん呼ばわりされる筋合いはないキャンセル。 夏で青春で爽やかなのはある意味でアタリマエだと思うのです。だからこそ筒井さんやっぱすげえ、とたしかにそれはそうかも。>サワヤカなのは。 してみれば、観念上の存在でしかない貞女を具体的に現出させてみるってーのは SF 作家ならではの手法だったかも知れませんというか、 此度の映画化な記者発表の席で「なんでまた時をかける少女なんでしょうね! 他にも面白いものがあると思うんですが!」とかぬけぬけと抜かしたってほんとかしら。 母親がアニメ映画見て「ラベンダーないじゃん! ってかキャラ違っ」って言ったのに、なんか無性に感動したあー。全部、野郎視点で書いた所感でしたけど、 それら先例をリアルタイムで少女として触れてきたひとにはその人達なりの感想が当然あるんだろうなあ。 世界樹もいいけど……ナナドラの更新も……そろそろ……。……うん。ああ。うん。はい。うん。うん。 期待してくれている人がいる限りは「そのうち書くよ」と約束し続けましょう。 エイプリルフールに告白ってどうでしょう随時受付中ですよ? なんか書きたくなった。・細田版時をかける少女の何がすばらしいかというと。 「時をかける」という言葉の意味を再解釈し、そんで原作を踏まえた上での再構築が施し、 現代でもってリメイクされ得る意義を付加し得たーてところなのだと思うのだわ。 筒井康隆原作の時をかける少女の何が名作かというと、 それは未来に無条件に信頼と期待を寄せることが出来る少女を作中にて構築せしめたところなのだわ。 約束の人は未来から来て、そしていつか必ず出会えることを記憶の底にだけ残して去って行く。 ラベンダーの香りにだけほのかに、しかし確かに残った未来への希望。 日本的価値観における「少女」の価値とは割と「花の盛りの短さ」にばかり注目されがちだ。 いのち短し恋せよ乙女つってな。 しかし、筒井康隆の描いた少女はそうではないのだ。 いつか来る約束の恋に静かに焦がれる。というこの如何にも可憐な少女像。 もしくは和風な貞女の姿を、物語の力でもってこの世に確かなる形で現出せしめたのだ。 んだからこそ、オタク気味にアイドルを信奉するおっちゃん連中がこぞって時のアイドル連中にこの役を宛がいたがるわけであるな。 けれども。さて。 そんなことを思ってたもんだから。一転して。 細田版の時をかける少女に登場した魔女おばさんに「ラベンダーの匂いがする人」が訪れないまんまだったって事実に、 おれはものすげえショックを受けたのだ。 ええええええええ。と。 正直を言えばそれがあんまりにもショックで、作品そのものの感想は少しのあいだ二の次になってしまったくらいだ。 だって、わざわざ、カメオ出演なんぞという生やさしい立場でなく、 主人公を教え諭し取るべき行動を示唆する立場という重要な存在として登場させ(視聴者にも十分な意識を求め)た上で 「でも私はあの人には会えなかった」とか言わすんですよ。もしくは「私の日曜日はどこー?」とか言わせるんですよ? いやこれはどうでもいい。 ともかくおいおいおいおいそれは一体何のためだと。 何のためかというと、でもそれの答えは簡単だ。 「時を駆けさせるため」である。「あなたはそうじゃないでしょ」と言うためなのだ。 かつての少女像は上記の如く、静かにその日を待ち続ける純潔な貞女というものであった。 しかし今の世は違うのだ。 確かに、細田版ときかけの彼女にも未来での出会いはは約束された。「待ってる」という約束も取り付けた。 けれどもそれは、今までのときかけ少女に用意された穏やかな未来ではなく、一枚の絵さえ守ることの出来ない何やら不穏な世界であるらしい。 だが、不純だったりもしくは自身の欲求に純粋だったりする理由でもって作中を延々駆け回り続けた彼女はそんな事なんぞモノにもせず 「うん! わかった! 走っていく! 全速力で!」 と約束を返すのだ。 ああ。 これこそが「時をかける少女」である。 だから、ほら、エンディングでタイトルに赤線が引かれるのよ。 これこそが「時をかける少女」である。と。 未来に対する単純な待望やら切望ではなく。ざっくり言えば受け身ではなく、むしろ自ずから突っ走って行くのだ。明日へと向かって。 何という脳天気。何という、考え無しを根底に置いた底抜けの明るさであることか。 和製少女を象徴し続けた「時をかける少女」をリメイクするってーことは、 新たな和製少女像を提案しなければならないてーことである。細田監督はそれを見事にやってのけた。と申せましょう。 なので本質は脳天気なエンタテイメントで少女見てうふうふ言うための映画なのよ。 そのへんの本質は旧来作とそう変わりはなく。見た後であんまし胸に残るモノはそんなにないあっけらかんとした作品なのな。と。 好きかと言われればかなり好きではあるけれども作品としての評価はまあそこそこーて感じの映画でしたね。ハイ。 というのを色々と世論が沈静化した辺りに書こうと思ってたのになんか BD 版とか TV 版とか再実写化とかでいつまで経っても沈静化しないもんだからもういいやと書きたくなったのでありました。 猫でロボットと来たら、ドラえもんでしょううむ。考えたには考えたよーそれもードラえもんで直結する訳にもいかないから、 空気砲……? ころばし屋……? いやここは押し入れ……いやいっそいやーんのび太さんのエッチ……? と考えているウチに忘れました。 お話を向けて下さったついでにだらりと四人目の名前の経緯を書き残しておこう。 名前が決まってなかった最後の一人は、弩使いであった。 人間嫌いなんだけども砲撃は好きという偏屈な娘さんという脳内設定であって、砲撃好きな理由を云々考えるに、 最終目標は「砲撃で宇宙に行くこと」だとか「砲弾を月まで届かせること」だとかにしようかしらとか思いついた。SF 繋がりでもあったし。 その手がかりを元に、最初に思いついたのは「コロン」および「ビアード」という名前だった。 元ネタはヴェルヌの月世界旅行。そのまんま、人類が月へ向かって飛び立つ古典 SF。 かのオーベルトやゴダードにさえ影響を与えたとされる名著で、その中に画かれた月到達の手段が、 砲弾の中に居住区を作り大砲でもってそれをぶっ放すというものだった。 で。その大砲の名前が「コロンビアード砲」なのな。 そのまんま、コロン・ビアードという名前でもいいかしらと思ったり何かもしたが(まあコロンもビアードも名であって姓ではなさそうだが。 ビアード。もうこれでいいかなあ。砲撃と砲台と目指せ宇宙。てことで見事に調和している。 とは思えども。 猫繋がりじゃないんだよなあ……ここで今さら猫要素を捨てるには惜しい。何が惜しいのかは知らんが。 あと、フュージン・クムオーンと伸ばす名前が続いているのでここでまたビアードと伸ばすのも。バランスがちょっとなー。とか。 しかしこの方向性は正しいと思う。ロケット。宇宙。月……などと脳内検索および google 検索を繰り返してみると。 「フェリックス」という名前の猫に行き当たった。 他に文献が見付かったわけではないからやや覚束ない情報だけど、 このフェリックス君は、史上唯一宇宙へと飛んだ猫であるそうな。しかも生きて帰ったと。 ロケットと猫。やっと繋がった。 でもなー。名前がいまいちピンと来ない……ともう少し google 先生とちちくりあっていると、 そのフェリックスくんを飛ばしたロケットの名前は「ヴェロニック・ロケット」という名前であったそうだ。 ただまあ、こちらも機械検索と日本語圏という縛りが故に確かな裏付けのある情報ではないが。 ヴェロニクというと。名前だよな。 女性名に直せば。ベロニカか。 うむ。 じゃあこれでいいか。ウチの弩使いの名前は史上初めて猫と一緒に飛んだロケットの名前だ。 とかそんな。 あれ? フュージンちゃんとハロウィンちゃんとクムオーンさんとキャルヴィン(仮)さんで四人だけど五人目は?おー。イイツッコミを有難う。 五人目はあるはという、世界樹の1と2の両方に登用した娘御を、せっかくなのでそのまんま使おうと思うてます。 1はバードで、2はカースメーカーという極端な役の変更を行ったけどもどちらも不思議な力を持つ声の使い手ということで無理やり脳内接続。 なので、今回は号令で味方を強化するプリンセスになってもらおうかと。 ということで。ギルド決定。あと2人ほど追加する予定だけどもな。 世界樹の命名。主人公の名前はフュージンにしようと決めたのだ。 ちょっと前に、邦題「こねこ」というロシア映画をみた。 作品そのものは、迷子になった仔猫がなんだかんだでお家にたどり着くという他愛のないものなのだけど、 その毒にも薬にもならなさを圧して素晴らしかったのが、猫と、猫使いの演技だったのだ。 猫てのは人に付くのではなく家に付く。基本は独りで暮らす生き物であり、 その上で、生粋の狩猟者の血を持ってるから、人におもねり芸の報酬でもって餌を稼ぐなんて真似をする筈がない。 己の主は己自身。自分より偉いヤツという概念なぞ存在さえしないのだから当然だ。 それなのに。件の映画の猫と猫使いはそんな常識をひどくほのぼのと朗らかに容易くぶち破る。 「猫に芸をさせる映画」と書くと猫好きとしては眉をひそめざるを得ないのだけれども、しかし件の猫使いの演技は、 厄介な猫共をただ従わせるのではなく、己を貶めるのでもなく、猫の中に溶けこみ己と猫との間の垣根をなくすことで、共に芸をする。 そんな雰囲気の嫌味を感じさせない演技であり、なんというか、ほだされてしまった。 うむ。スゲエ。猫好きほど驚くことの出来る映画なのではあるまいか。 で。その猫使いの役名が「フュージン」だったので。敬意を表してお借りすることにした。 世界樹の迷宮の主人公ってことは自ずとギルドリーダーを意味するので、 人としての集団生活からの落伍者が――多少柔らかい言い方に直せば、個性派揃いの冒険者連中を束ねる立場として丁度良いように思えたのだ。 というわけで。 主人公はファーマーのフュージンてことで決定された。
それはひとまずおいといて。船の名前を考えとかないとなーと思っていた。 船旅と限定するわけではないけれども。旅というものに対する所感として 「全ての旅は帰路で終わる。そしてこの、帰路に伴うさびしさと、たいくつと、あきらめこそが、人生というモノの本質である」 なんぞという枯れたことを思ってたりしたのだけど。そこにルグィンばーさまの著作の背表紙が目に入った。その書名がステキでさ。 「オールウェイズ・カミングホーム」 私たちは、いつも家路の途中にいる。 スゲエ。かっこよすぎる。 まあ、婆様の創作ではなく引用らしいのだけど。 ともあれ感銘を覚えたので船の名前は「カミングホーム号」にでもしようかしらと思ったのだ。 板を一枚隔てた先に地獄を敷き続けるのが船旅というものなのだから、家路を願うて意味では丁度良く感じるし。 全てが家路。全ては旅。かっこいい。 でもなー。 いくらか消極的に過ぎるような気もする。 という思考が先にあって。 ところで、先の「こねこ」の主人公猫の名前は「チグラーシャ」という。ロシア語で「虎猫ちゃん」くらいの意味だそうな。 書いたとおり、こねこて映画は迷子猫のチグラーシャが無事に帰るまでのお話で、カミングホームという語と一致する。 ふむ。 じゃあ、船の名前は「チグラーシャ号」かしら。 うむ。上手にまとまった。様に思えるけど。 地味ながらも看過しがたい問題が一つあって。 主人公をファーマーにしようと決めたのとほぼ同時に、ヒロインはビーストキングにしようと決めていた。 農場経営で放牧で家畜を守らねばならないファーマーと、それの害にしかならない野獣(ビースト)の王という組み合わせはミスマッチで何かとよろれいひ。
で。主人公の名前を猫使いにしたのだから、せっかくだからギルドメンバー各員の名前は猫縛りにしたい。 そこで、「チグラーシャ」という名前をそのビーストキングに付けたくなってしまった。 主人公とヒロインなのだから、同じ作品からの引用という形で結びつきを強くしてしまいたくなったというか。 虎猫ちゃんという凶暴さを丸めた響きが相応しいようにも思えるしなー。 じゃあどうするか。と。 ビーストキングの別名を考える方向で思考を進めると。最初に浮かんだのは「ハロウィン」という名前だった。 思考の流れは、こう。 猫の名前。猫作品。→ 猫の地球儀。→ クリスマス。→ ハロウィン。 順に説明すれば、猫の地球儀てのは(儂が好きな小説を聞かれた際に必ず挙げる)名作 SF であり、 クリスマスってのはそれの中に登場する真っ赤なツナギを来た、自分のことを猫だと勘違いしているらしい幼女ロボだ。 12月に製造されたからそんな名前であるらしい。ステキ。 でも、それをそのまんまに名を借りるのは少々はばかられるモノがあるので「クリスマス」に対応する祝祭としての単純な連想で「ハロウィン」と浮かんだのだ。 ハロウィンは万聖節で、魔物を使役するビーストキングに相応しい名であるような気がするし、 カボチャのランタンも農場というイメージに近そうで、なんとなく良くね? まあ問題はハロウィンは英語圏かつケルト圏の文化なので世界樹の世界観的にそれはどうか。て点と、 やや猫から遠離ってしまうのと主人公との結びつき問題が関わってくるあたり。 では、チグラーシャという名のビーストキングが居たとして。船の名前はどうするか。 チグラーシャと聞いて連想する創作人物があった。 レイ クドリャフカというアマチュアゲームの登場人(?)物で、 主人公のクドリャフカの相棒的立場として登場する猫娘が同じ名なのだ。 ここで初めて気が付いたのだけど、クドリャフカてのは初めて宇宙に飛んだ実験動物の犬の名(とされているもの)で、 地球への帰還を度外視されていた点でもって悲劇的英雄(?)象として捉えられていたりもする。 そんでチグラーシャってのは先に書いたとおり、無事家路につくことが出来た猫だ。 そういう対比でもって、クドリャフカとチグラーシャを並べていたのだなーと、今さらのように感心した。 まあ、クドもチグもどちらもロシア名というだけの連想であってそんな対比は意図してのことじゃないかも知らんが。ともかく。 それでは船の名はクドリャフカにしようか。と少し思った。 犬の背に乗る猫ども。という図を連想させてやや面白。 あと、世界樹3のサブタイトルである「星海の来訪者」て字面からなーんか宇宙に飛び出しそうな気もするので(ウィザードリィ的な展開も思って)、 宇宙を連想させる名前の船ーてのももしかしたら良いかも知れない。と思ったのだ。 けど帰ってこないんだよなークドリャフカ。不吉。 まあそれはそれでアリかも知らんけども。 船と言えば。世界樹3では「パイレーツ」という職業があるのだった。 海を全面に押し出してきている感のある世界樹3なので、ならばパイレーツの登用は必須であろうと、使うことは確約されているのだけど、 普通に考えるならば船の持ち主はそのパイレーツであるべきなので、じゃあそこから名前を考えるのもアリかしらとも思うのだ。 で。ついこの間、「夏への扉」という名作 SF を読んだのだ。 内容の紹介は省略するとして、そこでも猫というモチーフがたいへんに重要かつ面白く用いられていた。 発売を間近にしての出会いだ。何かの縁と言うことでここからも借用したい。 件の作品に登場したのは「ピート」という名前の猫だ。ピートてのは愛称でフルネームは護民官ペトロニウス。 そのまんま借用しても構わないのだけど……件のピート氏は生真面目な性格で、想定している海賊とは微妙にイメージが合わない。 しかしここで、氏の鳴き声に関する素敵な訳文が作中に飛びだした。 「アオウ、クムオーン(てやんでえ)!」 「てやんでえ」いいなあ。てやんでえ。 ということでウチの海賊の名前は「クムオーン」ということで決定された。
それじゃあ、と。余った形になる「ペトロニウス」だけど、こちらの船の名前にするのもアリか知らん。 私が読んだ訳では護民官とあって、直訳すると審判者的な意味合いになるらしく、 公式で公開された動画では海賊船を撃沈してたりしたのでイメージともそう遠からざる気もする。 とかで。案ばかり出てきて。結局まとまんない。 案がでてこないのではなくてどの案を採用すべきか決めかねるという状態なので決着は付きにくいだろうなーという誰にも影響しない極めてインナースペースな悩みでした。 余談。 案が出てこないと言えば。バリスタの名前が決まってないんだよね。 イメージとしては、大弓および大砲が好きで、それを好き勝手にいじくり放題に出来るからという理由で海賊に居た娘さんなのだけど。 たぶん人嫌い。そのくせ自分の得物にはいちいち愛称を付けてこっそりそう呼んでいるという。 SF から名前を借り続けてきたから、上記イメージ+ SF ということで、アシモフのロボットものに繁く登場する「キャルヴィン博士」の名前が浮かんだけど。 ロボット心理学者であり、冷静沈着にして人嫌いなのだけどロボットへの理解と愛はやたらと深いとゆー。 でも猫じゃないんだよな。 ううむ。
余談その2。 前作の世界樹2でも、猫に因んだ名前が主人公であった。 「ルバーブ」という名前で、ハリウッドで有名になった役者猫が演じた名前のうち一つ。 今作の主人公も猫。 でも1の主人公の名前は「ココノエ」で、ゲームを始めて名前入力欄が出たその時になって初めて決めたのであった。 (パラディンの名前。→ 堅そうな名前が良かろうな。→ 堅牢……重厚……九重。じゃあココノエでいいや) 処刑道具に九尾の猫鞭てのがあるので。そこから因んでココノエってことにしても良いような気もするが、それだとパラディンてかダークハンターだよな。 Portal 2 が確定だそうで。わーい。 上記動画は、こないだ唐突に行われた Portal のアップデート後に確認が出来るようになったエンディングだそうな。 Portal て名前を知る人ならば既知の動画だろうけど、微かな機械音声とと、機械音とともにカメラが後退していく様を確認できる。 つまり GLaDOS はまだ生きていた……てことになるのだろーか。 それはそれとして。 アップデートは、短い期間に続けて行われたそうな。それぞれアップデート内容は以下のように説明されている。 ・ラジオ送信の周波数を、連邦及び州の周波数管理規定に合うように変更。 ・価値ある素材の検索を追加。 わかんねえ。さすがというか。 具体的には、ゲーム中の各ステージにラジオが新しく追加され、 そのラジオを特定の場所に持って行くと謎の電波を受信できるーて遊びと実績が追加されたそうな。 受信して聴けるのは何やらよく解らない信号とノイズ。 ……と、思いきや、これはそれぞれモールス信号と、アナログ通信に用いられる音声データてことがわかったそうで。 じゃあそれを実際に解析していくと――。 と。ここから追加されて判明してった要素がなんというか、狂気めいたものさえ感じさせる複雑さと発狂具合でやたらと面白く、 もちろん私が解析したわけでもなければ、解析後のまとめを乗せた英文サイトの翻訳をしたわけでさえなく全て引用で借り物なのだけれども、 「わーい。狂ってるー」という感動を書き残しておく目的でもってそれら経過を引用しておこうと思う。 経過そのもののまとめはこちらの英文サイトから。 画像も全てこちらからお借りしております。 で。件の謎音声だけど、はっきりとモールス信号だと解るのは4つ。以下。 ・interior transmission active external data line active message digest active ・9e107d9d372bb6821bd91d3542a419d6 ・system data dump active user backup active password backup active ・beep beeeep beep beep beeeep beeeep beeeep beep beeeep beep beep 順に説明していくと、 interior transmission active...... は、日本語に訳すと「内線:アクティブ 外線:アクティブ メッセージダイジェスト:アクティブ」となる。 system data dump active......は、「システムデータ 出力:アクティブ ユーザー バックアップ:アクティブ パスワード バックアップ:アクティブ」 これは後のヒントになる。 で、もう一つの謎の数列。「9e107d9d372bb......」は、これは MD5 という一種の暗号データだ。 (MD5 てのは要するに、送信されたデータを受信して良いのか悪いのか認証、もしくは送信最中に欠損してないかどーかの確認に使われていた暗号みたいなモンだったんだけど、 07年あたりに総当たり式に無理やり解読する方法がわかっちゃったので暗号としての価値は失われたそうな。 伺かの更新にも用いられてたからなじみ深かったけど、見た目が特徴的だからピンとくる人は直ぐに解るんだろうねえ) これを解読すると「The quick brown fox jumps over the lazy dog.」と、なる。 日本語に訳せば「すばしっこい茶色の狐はのろまな犬を飛び越える」なんだけど、コレはアルファベットを一文字ずつ重複の内容に使った文字遊びの一種。キーボードのテストや、フォントの一覧に使われたりするそうな。 だからこの文字自体に意味はないのだけど、この MD5 を用いるという解読法も、後のヒントになる。 ついでにいえば、直接関係があるのかは知らないけど無線の発信場所を探す遊びのことをフォックスハントなんて呼んだりもするそうな。 「beep beeeep beep beep beeeep」は、二重にモールス信号になってて、アルファベットに直せば「lol」 これは、英語圏で言うところの(笑)。ノイズなので除去しておきましょう。 さて。残りのファイルはすべて SSTV という、画像を送信する際に用いられていた電波だそうな。 それをデコードした結果に得られる画像が、コレ。 うーん。意味があるのやらないのやら。ノイズ混じりに不鮮明で不気味な画像は左上にアパチャー・サイエンスのロゴが確認できる。 つまり、監視カメラの映像なのかな? ともあれ細かくみてくと、右下に 1/32 と番号が振られているのを確認できる。これらを拾い上げて並べてみると。 「9459C6CAC8C203B8128B7CC63068D4FD」 (参照画像) これを、先ほど用いた MD5 で解析をした結果に得られるのは 「(425) 822-5251」という数列。 ……電話番号? みたく思えるけど。 この数列を得て、実際に電話をしたひとが居たかも知れないし、もしかするとそのひとは電話口から「ぴぴーががーぎゃりぎゃりぎゃり」という耳障りにもどこか懐かしいノイズを聴いたかも知れない。 実際はどうだったか知らんけど。 で。この数列の意味を指していたのが、先ほどの画像に確認できる「BBS: (■■■) ■■■-■■■■」という文字列。
電話番号ぽい数列、それから BBS...... という表示。 さる人がアナログモデムを引っ張りだしてきて、該当番号へダイヤルアップ接続を試してみたら、成功。 MS-DOS の画面にも似た、「GLaDOS ver3.11」へのアクセスに成功したそうだ。 ……アナログモデムまで用意させるかよ。ここがこれまでの謎かけのハイライトといって良い部分ではあるまいか。 ちなんでこの、GLaDOS の、古いバージョンであれば現時点からでもアクセスできる。 ココがそれ。音が流れるので注意ね。 URL をみたら解るとおり、アパチャー・サイエンス社の公式サイト(という設定の場所)みたい。 少し遊んでみたければ、最初の画面で「LOGIN」と入力。USERNAME は適当でよし。PASSWORD は「PORTAL」と入力しよう。 したらば、尚もコマンドの入力を求められるので色々試してみるといい。 オススメは「APPLY.EXE」。Portal 本編のあのテストの被験者として相応しいか否かの心理テストが実行されます。 ちなんで翻訳はここを参照しよう。実際に受けない人も、目を通しておくのがオススメだ。 で。さすがに自分じゃ件のサイトへのアクセスは試してないのだけど(そもそもアナログモデムがないし)、 恐らくは上記サイトに似た雰囲気だったのだろう。求められたユーザー名とパスワードへの回答は既に答えが出ている。 即ち「ユーザー バックアップ:アクティブ パスワード バックアップ:アクティブ」がそれで、 つまりは USERNAME:backup PASSWORD:backup となる。舐めとんのかい。 そうして得られるのが次のアスキーアートや文書だ。 1. 2. 3. これらは、Portal のバックグラウンドとなる設定を覗かせるモノや、同社の看板 FPS である ハーフライフにも通じる裏設定、 そんで次回作 Portal2 に含まれる要素をほんのりとほのめかす画像――GLaDOS、タレット、手を繋ぎ合うロボット――等々で、 正直、よくわからん。 手を変え品を変え、場所と対象を変えて何度も呟かれてきた陳腐な台詞だけれども、言わずには居られない。 こんな謎かけを用意する方も用意する方だけど、解く方も解く方だ。 しかし、アナログモデムまでも引っ張り出して、アクセスに成功した瞬間のその人の興奮を思うに、 楽しかったろうなあこんちくしょう。羨ましいぜ。てのが、素直な感想なのでありました。 図書館徒事。図書館に収められている本にはそれぞれ居場所がある。 単に利用者が希望の本を探しやすいよう分類されているという意味でもあるのだけど、 それ以上に厳密な意味で、住所とでも言うべき分類番号でもって、正確に、 どの場所の、どの棚の、どの本とどの本の間だにあるべきかが定められてたりする。 書物ってーのは人の興味とそれへの回答の結晶体。もしくは新たな疑問の呼び代。 それらがどっさり詰まれた図書館てーのはつまり、人の意識が質量を伴って世の中に現れた形であって、 複雑怪奇にして深淵で混迷。 四角い図体が四角い棚に納められ四角い背表紙を晒し四角い空間に見た目ばかりは整然と並んでる癖に、 厳密に区分しなけりゃその混沌に翻弄され呑み込まれるばかりで目当ての一冊を探すどころじゃありません。 ので、きっちり分類されてる。 だから探す分にはあんま苦労しないのだけど。 でも世の中は全て作用と反作用から成立しているので、 探す際の、取り出す際の労力を和らげたらば片付ける際の労力が増加してしまう。 「正しい場所」が生まれたらばそれと同時に「間違った場所」が生まれるのである。 何が言いたいかというと、所定の場所に指定の本を取りに向かって、然るべき場所になかった時の、 しらみつぶしに本棚を走査せねばならん事態に陥った際の神経の削れ具合がしんどいんですという話。 しかもその本が 『奇跡の超「右脳」開運法―ツキを呼び込む絶対法則!』 だったときのうんざり感。 書物に貴賤無し。 しかも通読したことのない本を印象でもってのみ語るのは明らかに間違っているのだろう。 ……でもなあ。 右脳。脳トレですか。 まあな。 「右脳と左脳でそんな単純に分けて考えるのも良くないんじゃねーの?」とする風潮が専門家さんのあいだで主流になり始めてるなんて聞いたことがあるけど、 それでもまあ、右脳を鍛えましょうと宣伝するのは、キャッチーで記号的て意味で広報戦略的観点でもって間違っちゃ無い気がする。 それに、日々の生活に鍛錬て概念を持ち込むのは有用なことよね。日常に積極的に介入して惰性を廃し、意欲的で充実した日々を。 うん。 けども。 それに「開運」まで重なっちゃうとなあ。 運ってのは人力では左右しがたいからこそ運なのであって、 自己鍛錬なイメージの脳トレ的惹句である右脳て文字とは微妙に食い合わせが悪い気がするんですが。 「奇跡」の「超」「右脳」「開運法」――「ツキを呼び込む」「絶対」「法則」ですか。 光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士を連想させますが。 とはいえ。書物に貴賤無し。 読みたいと願う人がいるなら出納に向かうさ。そして所定の場所になかったら根気よく探すさ。 で。該当書物の分類番号は「159」である。 この分類番号は日本十進分類法と呼ばれてるモノで、書物のジャンルを三桁の数字で表してみようという分類法。 まずは百の桁で0から9までの十個に分けて、そこから十の桁・一の桁と細分化していき、 場合によってはそこから更に小数点でもってさらに細かく分類する。 でで。「159」てのは、100で哲学。150で哲学の中の倫理・道徳。で、159で教訓・処世法・人生論・成功法となるわけで、 この場合はおそらく「成功法」に区分されたんだろうね。 159 の本が収められている棚は、ある種の「偏った良識」を持つ人間ならば誰しもがその背表紙の群れにウンザリできるはず。 社会的な正攻法を書いた本。159 の本で有名所をあげればー。ホラ。あれだ。 「チーズはどこへ消えたの?」だとか「小さなことでクヨクヨするな!」だとか「金持ち父さん貧乏父さん」だとか、なんというかあの辺である。 虱潰しに探すとなればそれら背表紙を余さず通読せねばならないわけで、なんだろう。ずんずんと世を儚みたくなってくる。 それでも見付からない場合は、小数点以下の 159.2 やら 159.6 とかにも順次探索の範囲を広げて。 それでも見付からなければ 195 とか 156 とか配架する際に間違いやすそうな場所を探して。 それでも見付からないから――この本の著者さんは七田真さんだそうで。「七田式」という看板でもって色んな右脳活用法を多く著述されているそうだ。 てことは、背表紙が似通っている本が多くある可能性がある。本を所定の場所に戻すのは主に人力でもって行うので、 うっかりミスでそれら違う分類だけども見た目は似てる本をひとつかみでがしりと同じ棚に間違って入れちゃう可能性も考えられる。 てことで七田真の名前で書庫検索を行ってそれっぽい場所を調べていくけど……右脳開発って応用範囲が広いのなー。 「小学生からの七田式天才脳の育てかた」ならば教育で 371 だし、 「赤ちゃんの未来がひらける「新しい胎教」なら胎児から子育てははじまっている」なら育児で 599 だし成功を約束する「統合脳」開発トレーニング」なら社会医学で 498 だし「超右脳なりきり英語マスターBOOK」なら言語学は英語で 830 だし――。 う、うおおおおお。 もちろん見付かりませんでした。請求された方には大変申し訳のないことだけど。 なんだろう。自発的市中引き回しの刑て感じの疲労感と徒労感。 あと、極々個人的にあまり興味が沸かない本と言うだけで、著者の七田真さんを悪く言うつもりはまったくありませんご冥福をお祈りいたします。 余談。 その日のウチに、もう一冊、行方不明の本が出ちゃって、そっちは「うどんの絵本」でした。 児童図書で、もちろん児童課さんからの請求だ。 同じ必死に探すでも質の違う必死さで探したねーなんつったってガキからの請求だしー。 なんだろうこの休日を利用してご家族とうどんを捏ねるつもりなのかしらだったらばがっかりさせる訳にはいかねェーという気迫と、 うどんの作り方を知りたくてこの本を求めているのならばなおのこと。 だってここで見付けて正しい饂飩製造法を学ばなければ、もしかするとそのコは 「うどんは木から採るモノで香川県はこのうどんの木がみっしりは植えてあるんだよー」なんて誤解をしたまま成長するかも知れないじゃないですか。 そっちはなんとか見付けた。 データをCDに焼いて、中身を全部書くのが面倒くさくってその時の自分にしか分からない略語を使うみたいなみたいな。 シレンで未鑑定の杖に適当な名前付けて再開後に後悔するみたいな。 しかも保存の壺の中身がその妙な名前の杖でぎっしりで後悔通り越して一瞬ぞっとするみたいな。 (比較的メジャーなゲームでは有ろうけども一般教養のように語るのはよしましょう) 行ってまいりました!橋のたびにその高さまでらせんの坂道をしんどい思いをしてのぼり、対岸に着いたら気持ちよくくだり。の、繰り返し。 くだる気持ちよさは言うに及ばず、のぼり坂では天沢聖司氏を尊敬するに至りました。 因島で海をながめて立っている恐竜のモニュメントが印象的です。 尾道は坂と海と猫の街と思い込んでいましたが帰る直前におひとりてくてくと倉庫前をゆくにゃんこさんをお見かけしたのみにとどまりました。 次回こそは、こっそりくんさきを。自分の非常食用も、兼ねて。ありがとうございました。 おー。堪能してきたよーやねー。羨ましい。 らせんの坂道というあたりが特に旅情を誘われるぜ。 尾道の猫かー。私は結構みたけどなー。 尾道は猫で坂で神社で猫で海と魚で猫でやたらといい町よな。あとは石段と踏切。 もちろん猫毎に違うけども、人なつっこいのが多かった。 艮神社とゆー神社が、神社らしい清明な雰囲気で、なおかつジャリガキどもが注連縄の張られた神木付近で鬼ごっこしてて、 なおかつ生まれたばっかの仔猫の世話をしつつ寝そべってる外猫で、しかもその上で不思議な静けさが損なわれていないというなにこれなにこれ世の中にこんなおれをここまで喜ばせてくれる空間があっていいのどうなの許されるのとか歓喜の発狂寸前にまで追いやられた記憶が。 ……もう一回いこ。しまなみ海道めぐりついでにもう一度だな。 |
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