・ 宵待月黒猫塔。
 
 

・ 国籍法改正反対運動で無気味なのは。


 反対運動をされている方々の文面に「改正推進派の意見や目論見」が一切記述されてない点。
 そりゃあまあ。政治運動は個と個の対面でなく如何に群衆を動かせるかが焦点でありして、アジテーションが最も効率的で正解に近い行為だってのはわかる。故して、改正された際の諸問題や想定される害を先ず伝えるのが先決であると。
 そのへんの判断は解るのだけど。

 都市ないし国家という概念がある限り、移民という問題は常にくっついて回るのでありましょう。
 黄禍、白豪主義、そしてアパルトヘイト。
 先進国は例外なくこれら問題と対面してきたし、或いは今もしている真っ最中。
 先進国でありなおかつ資本主義経済な国にゃー宿命であり命題とさえ云えるかも知れない。
 だって資本主義って要するに弱者からの搾取を正当化するための方式でしょう?(偏見です。

 まあそんな偏見は蹴り飛ばしといて。
 移民が何故問題となるか。
 幾つかの国籍法のサイトじゃあ「日本が日本でなくなる」とか「闇商売の温床になる」などなるほど大事が挙げられてるけど、
 他の国の移民問題を参考するに、もっともっと基本的に困る点があるのだ。
 それが「労働力の競合」

 そもそも移民さんはなぜ生まれ故郷を捨てて他の国の民になろうとするか。
 それは職が欲しいからだ。
 自分の国は貧しい。働いても働いてもさっぱりお金になんない。てゆかそもそも働き口さえない。
 だからもっとマトモな労働環境が欲しいよう。て事で出稼ぎに他国へ出発するのだな。

 そうして起きる問題が「労働力の競合」だ。
 労働力ってあればあるほど良いようにも思えるけど、でも働き口って有限なんだよな。
 その有限の職に多くの人が群がれば、当然「就職難」て問題が起きる。

 しかるに。今の日本はどーだろう。
 少子高齢化社会で労働力は減少の一途で人口もさっぱり増える気配がない。
 現役働き盛りな若者連中もニートやひきこもりなんぞと厄介な社会問題がぼろぼろ出てきてる。
 日本の労働力はたしかに先細りをしており、現在の不況の一端たるなあ瞭然としておりますわな。

 労働力が落ちれば税収も落ちて、国体が成り行かなくなります。
 まつりごとが行えなくなれば、日本という国は崩壊するのですな。
 故に、労働力の増加は早急に解決せねばならん問題と云えましょう。

 んだから。移民の受け容れによる労働力の増加っつーのは手っ取り早い一策ではあるのだ。

 お国にとっていうか、御上とってというか、現職で働いている政治家さん連中には割とメリットの多い話なんじゃないですか。
 そりゃあそーだろう。
 同じ労働させるなら、引き籠もりさんを無理やり引きずり出すなりニートの熱意を与えんがため労働の喜びを説くなりするよりも、
 食うに詰めて文字通り死ぬ気で職求めてる人を呼んだ方が、はるかに、どーしようもなく楽だ。

 だから少なくとも短期的にみるならお国にとって為になることなのだ。未来の話は知らないけれどな。
 未来の話なんて知ったこっちゃなくて今働いてるオレの立場がそれなりに良くなるならそれでいいや的思考をされている政治家さんならなるほど推し進めたくなる政策なのではないですかね。

 とかなんだけど。
 その労働力の増加を見込むにしたって今回の改正案は変な話なのだ。
 労働力の増加を目するなら就労ビザだとか在留資格の取得を緩和するなりなんなりすればいいのに、
 今回の改正は子供の認知に関わる部分で、要するに「産まれた子供を日本人として認める」ための改正でさ。
 そうとなれば労働力とはあんま関係のない話だよな。
 じゃあなんで改正を求めてるのか。どうやらそれは憲法に悖るかららしいんだよね。
 もちろん憲法にもとると云うことは人権人道に反すると云うことなのでそれは是正していけば構わないと思うんだけど、
 それにしたって認知の方法が、要するに『日本国籍を持っている親が「ウン」といえばいいだけ』ってのは問題があるまいか?
 血縁であることを証明するための DNA 鑑定など脇を固める手段は幾らでもあるだろうに、それらをすっとばして、
 簡易に過ぎるという明らかすぎる問題を残したままで可決されちゃったのは流石に問題があるまいか?

 移民問題はもちろん労働力の競合に留まらない。
 文化の改変や治安の悪化、差別や偏見の深刻化、かつては感染症の流入なんて問題もあったし、
 国の資本がどんどん外貨に流れて行っちゃうとむしろ国力の衰微を招くし、国外からの政治的介入の糸口にもなる。
 そんなだから「国籍の発布」ってのは色んな国がそれなりに慎重に、大切に行ってきているのに。
 なんでそんなに簡単に? 何のために? 誰のために?


 とか。このへんから考えるとこの度の国籍法改正がどんどん薄気味悪く思えてきます。
 こっから先は適当にぐぐるなりなんなりして問題意識を募らせてみると良いかもしれなーい。






・ 懐かしい話ですが。未だにお宅のことをショウタイゲツコクビョウアララギて呼ぶ僕がいます。

 正体月酷病アララギ。一発変換。いかに ATOK さんといえども流石に難度が高すぎたかしら。
 そいやー about this site みたく文面がないやんね。まあ見れば見たとおりのサイトだから必要もないような気もしますが。


・ 黒猫メイドよりも黒猫に受け取って貰った方が萌える。

「サインお願いできますか」「あ、肉球でいいですか」


・ 猫耳RPGって解釈でよろしいか。>セブンスドラゴン ところでその泣き虫メイジの名前は(ry

 良い……ような……いやもう少し考える時間を下さいっつーか猫耳なの三人しかいねえじゃねえかよ。 
 でもデザイナのモタさん曰く「イメージは狐耳」らしいよ。

 こっちは決まってて多分だけどカータて名前かしらねと。
 記憶喪失というか、大切なことを忘れちゃう話としてパと浮かんだ絵本の主人公から拝借。ヒントはめっきらもっきらどおんどんです。

 聞かれてもないのに答えると獣耳ファイターの方はナズナて名前にしようと思いました。
 薬草だしナナって入ってるしな。あと春の七草だし。まあぺんぺん草だが。
 せっかくだから他連中の名前も七草繋がりにしようかなとか考えたけどもまあ追々。

 

 


  ・ 馬鹿話。


・引越し済んだら俺もDISCAS利用してみようかな。

・今月中に枚数無制限プランの新規加入ができなくなるみたいよ。まあ、普通に月8枚プランで良いと思うけれど。
 輸送コストなんかの関係で採算取れないみたいね。
 一応既に無制限プランに加入してる人はそのまま継続利用できるけど、恐らく1年内外で廃止する為の準備措置ではないか。


・通常プランだけでも月20枚は行ける廃人ペースだったりすんのに無制限ってどんなバケモノが利用してるんだ。
 なんかそーいう業者さん?

・ニートなら楽勝なんじゃねぇの。アニメ1シーズンまるごとかりて2日とかで見るんじゃねえの。

・アニメ体力の乏しい身としてはそれはそれでバケモノに思える。

・このまえ3日で見たよ。社会人でもやりゃできる。

・NHK教養とか総当たりにしだすと月30枚でも軽いな。

・うーむネットディレッタントどもめ。

・後半は楽しんでだかなんだかわからなくなるんだよ。

・視聴後に物語から来るモノとはまた別のカタルシスがねー。

・娯楽において、その作品と付き合う時間の長短が実はかなり大事な要素になってると思うのだけれど。
・その意味でアニメ1クール終えるとランナーズハイ的なものはあるなあ。


・まぁ、宅配レンタルとかいわれても、見るからに究極の姿ではないからねぇ。
 ネット配信にシフトするまでの一時しのぎであってほしいんだけどな。


・オンデマンド配信だとストリーミングに時間制限が必要になるし。安易に保存できたらば違法コピーがめんどうで配給側が渋るべ。
 良い具合の折衷案だとは思うけど。ローテク万歳というかな。

・日本人はパッケージと云うか、手で触れられる物そのものを欲しがるってのが定説にある。

・日本は狭いからそうもいってらんないんだよね。現にインターネットや、電子ゲーム、
 ポータブルオーディオだってHDDやシリコンになってるんだし。少しずつ無形のものにも慣れてきてるんじゃないかな。


・しかしBlu-rayなんかを配信しようとするとインフラ整備だけでも大変だ。
 まあ、ことインフラ整備に関してなら日本は何処よりも速くそれを実現するだろうね…。あとは慣れ。


・俺の場合、宅配便が24時間化さえしてくれればしばらくは文句はでないだろう。

・明け方のチャイムに起こされて、配達されたのがDMだったらクロネコを殴りますよぼくは。

・じゃあせめて、21-24の時間帯を拡張してくれ!!

・私設私書箱で。

・昼間に受け取っといてくれるメイドさんでも雇えば円く収まる。

・おいくらかしら?>メイドさん

・受け取って即帰るだけのメイドさんでもちろん雇い主が留守のときにしかお家に来ません。

・大人のオモチャを10便立て続けに受け取らせるセクハラ?

・クロネコヤマトが助手席に乗っけてりゃいいんだよなそのメイドさん。

・クロネコでメイド……!

・年の離れた妹を常時口に咥えています。

・人によっては佐川急便メイドのが良いかも知らんな。

・あれは今もうフンドシじゃなくなってるよ。

・いつの間にかローソンみたいなイメージカラーになってる。

・ペリカンはパッとしないなあ

・雇う限り実在はしてるけども雇用者はどうしたってその姿を見ることが出来ない=量子論的+クロネコヤマト。
 このサービスをシュレディンガーのメイドと名付けよう。

・家に帰るまで届いているかどうかわからないと。

・つまり実際に届いている郵便物を確認した瞬間にメイドの死体が顕現する。
 試合には負けたがメイドには勝った。


・見た来てた勝った。






・ 調べたらもうセブドラ、じゃなかった、ナナドラ買うしかなくなったじゃないですか
・ 泣き虫メイジ萌えた。つかナナドラってどんなゲーム? 検索してもわからなかった。

 というお便りを頂きました。
 ああ。そういえばそうだった。
 ナナドラて儂ん中でもう常識と化してたけど世間一般からしてみりゃまだ開示された情報も少ないしメディア露出もさっぱりだしおまけにナナドラて略称は使ってる人が希少なので検索してさえもわかんないよな。
 これだから一般常識の欠落したオタは自分の狭い世界の中でだけ暮らしてりゃ十分博識ぶれるんだからもうこっちに来んじゃねーよ等と舌打ちされた方も多くいらっしゃったでしょうごめんなさい。
 今日の晩飯がサカナなのでそいつの腹割いて詫びます。

 うめえー。

 ナナドラてのは要するにセブンスドラゴンのことです。
 つまり世界樹の迷宮3です。
 ごめんなさい嘘です。
 セガから来春に発売が予定されてる NDS 用の RPG で、なんで儂がこんなにはしゃいでいるかというと、
 製作プロデューサーが世界樹の迷宮1を手掛けた新納一哉氏だからです。

 発売がまだ半年先と云うことで、ゲームシステム等ほとんど開示されていない状態で、いくつか公開されたスクリーンショットから
「ドラクエ3みたいな」「つまりロマサガっぽいのか?」「これはメタルマックスてことでよろしいか」「リンダキューブみたいのだと嬉しい」と、
 適当に妄想するしかない状態でございます。
 最初に書いたファイター娘も、公式サイトを開いたところにぴょこんとでてくるちびキャラの中に混じっておりますので、
 それが出現するまで F5 を連打して確かめてみて下さい。
 もしくはまとめ wiki に直リンクされた一覧があるのでそちらをご参照ください。

 ナズナと名付ける予定。
 しかしあと半年かあー。遠ーいなあー。

 

 


  ・ まずおまえの頭をなんとかしろ。


 引き続き、ナナドラのお話ですが。
 差し当たってはメイジの猫耳さんにご登場いただく事にした。
 彼女は気が狂っていた。
 正式な病名はないけれど、何かにつけて強烈な懐郷の念に駆られるという病気だった。
 街の角の路地の暗さを眺めては懐かしさに目を潤ませ、丘の上の道が遠くまで続く様を見ては帰りたくなり涙をこぼし、大根の首の青さをみつめては涙に暮れるのである。

 正式な病名は無い。そう云った。よってそれはホームシックではない。
 何故なら彼女はアリが行列を作る様をみても、冬の霜柱を踏み砕いた音を聞いても、禿オヤジの頭に毛が一本だけちょろりと残っているのを見ても、豚の尻尾の巻き具合をみても、場合によっては涙を流すからである。
 それらは彼女の故郷には何の関わりもない。
 つまり、なんでもかんでも懐かしく感じてしまう病気なのだ。

 博学ぶったおっさんが解説したところによると、彼女は、頭ん中の神経が混線を起こしているのだそうな。

「嬢ちゃん。ヒトのおつむが叩き割れちまったのをみたこと、あるかい?」
 酒で良い具合に染まった赤ら顔でそんなことをいう。対するお嬢ちゃんは、ザァっと青ざめる。
「おう。その様子じゃねェみてえだな」
 ニタニタ笑う。少女が怯える様を肴に酒をあおる。余りよい趣味とは云えまい。
「いいかい? こん中にゃあな(こんこんとこめかみを叩く)豆腐みてえな、生っ白いワタが詰まってやがる。そいつぁ神経って線が複雑にこんがらがって出来てんだ。お嬢ちゃんがそのマナコで見たモノ、おてての感触、嗅いだ臭い、それからその可愛らしい耳から入る俺の話だとか、あとは口に入れた味なんかだな」
 と、杯を思いっきり傾ける。
「まあなんでもかんでもな。それら情報は全てこの線を辿り、その先に結わえられている喜・怒・哀・楽の四つの感情のどれかに整理され保管される。で、その保管された場所に近い感情が、また神経を逆流して表にでてくんだ。そんで泣いたり笑ったりする。俺たちが腹抱えたりだの、顔ォ真っ赤にしたりだのは、結局はこーやって情報を整理するついでにでてくる、屁みてえな反応でしかねえんだな――ここまではわかるかい?」
 うなずく。
「おう。そうかいそうかい。でな、なんかの弾みでこの神経がイカれちまって、情報が変な所に保管されちまう奴がたまにいる。まあ大抵がひでェ目さ。神経をむちゃくちゃにしちまうほどの情報がガツンと流れちまうような、ロクでもねえ事でだわ。おじさんの知り合いにも色々居たぜェ?」
 首を傾げる。
「んー。例えばな、デカい音を聞くと見境無く走り出しちまう奴だ。寝込みを竜に襲われて以来そんなんなっちまったそうだが、端から眺める限りにゃなかなか愉快なキチガイだったな。宿でよ、飯食ってる最中にどやしつけてやると、フォークと皿持ったまんま走り出して女将さんが『食い逃げーッ』つってな! ……ん? おかしくないかい。まあいいや。他には、痛ェ目をみると笑い出しちまう奴とかな。こいつはこいつで愉快だったが、竜によ、獲物ごと片腕食いちぎられたときにさ、大爆笑しやがんだよ。盛大に血ィ撒き散らしてのたうち回りながらゲラゲラゲラゲラーっつって、流石にちょいとぞっとしたね。――おっと。悪ィ悪ィ。脅かしすぎちまったな泣くのはよしてくれ」
「……方法は」
「あん?」
「治す方法は、ないんですか?」
「あーん……」
 とっくに空っぽになっている杯を傾けながら、目を逸らす。
「どうかねえ。頭ん中を直接いじる方法なんざ、先ずあり得ねえだろうからさ」
 少女。うつむく。
「でもなあ。対症療法ならあるぜ? 簡単な奴が」
 再び目を上げた少女だが、おっさんの方は杯のそこを眺めている。
「故郷にな、帰っちまえばいいじゃねえか。そうすりゃあ平気だろどんなに懐かしくてもよ。俺ァ前々から思ってたが、嬢ちゃんみてえな、こっから先に何だってなれるくらい若い連中がなんだって好きこのんで剣だの杖だのぶら下げてタマぁさらすのやらいまいち納得できねーんだ。そんな病気抱えちまったのも、郷に帰ってゆっくり幸せに暮らせっつーお天道様の思し召しじゃねえのかい? なんなら俺が送ってってやってもいいぜ。お前さんの故郷は何処になるんだい」
 そこでやっと少女の方に視線を投げる。が、少女はさっきよりもずっと深くうつむいているだけで、とんがった耳の中心に渦巻くつむじがみえただけである。
 おっさんはその時点で。――しまった。と思ったはずだ。

「できないんです」

 冷えた声音だった。
「イヤです」でもなく、「無理です」でもなく、「帰れないんです」でもなく、「できないんです」というあたりにおっさんも察するところがあったのだろう。
 このご時世だ。故郷をツブされちまった奴は珍しくない。
 素直に謝罪する。
「そうか。悪かった。つまんねえこといっちまったな。どうも年寄りの酒は説教臭くなっていけねえ。べっぴんさんの前じゃ、酒も余計に回っちまうしよ」
 下手な言い訳と下手なお世辞である。それでも少女は少し笑って、丁寧に頭を下げて話のお礼を云って席を離れ、酒場から出る。
 宿を立つ前の腹ごしらえだったので、そのまま村を出た。

 一人になって、旅歩きをして暫し。道は薄暗い森を突っ切って進んでいる。
 陽もまだ昇りきらない時刻である。それなのに己の影を見分けられないほどに仄暗く、見通しの極端に悪い道の影の、そのぼんやりとした輪郭を目に映すうちに、またあの懐かしさが胃を遡り胸を浸すのを感じる。
 懐かしさとは厄介な感情である。奇妙に甘やかで、その癖に胸をじりじりと焦がして焦燥感を煽り、それなのに粘っこくべたついてその場に留まらせようとする。進みたくて戻りたい。どうしようもない空転。迷いにも似たそれは、底意地悪く涙腺を刺激する。
 改めて呟いてみた。
「できないんです」
 ぽつりと言葉を落とせば、ぽたりと涙がこぼれてきた。
 そう。できないのだ。不可能なのだ。
 しかしそれはおっさんが想像したのとは違う不可能性だ。
 彼女は、記憶喪失でもあった。
 故郷が恋しくてどうしようもなくなるくせに、肝心の故郷を忘れてしまったのだ。

 最悪の合併症と云えた。
 まず、故郷が恋しくなり、泣く。
 しかし故郷がどのような景色だったのか、どんな人々と過ごしたのか、一切思い出せず、その寂しさにまた泣く。
 そして帰る場所のなさに途方に暮れ、また泣く。
 やがて自分の居場所がここではないという感触が募り、疎外感にまた泣く。
 それならば、自分は何処に行けばいいんだろう? 何処が自分の居場所なのだろう? それさえも解らない癖に。また泣く。

 ヒトはみな過去との繋がりによって自我を得ている。
 体験や思い出から目的を定め自身の立ち位置を明確にし、家族や知人の繋がりに依拠して安心を得る。
 それら過去から切り離されると云うことは、まさしく宙ぶらりんで、ひとりぼっちなのだろう。

 そしてホームシックとはきっと、余人が思う以上に深刻な疾患なのだ。
 それは異物感だ。自分がいるべき場所はここではないという認識。何をしても、誰と話しても違和感ばかりが募り、世界に馴染めず浮上する。その浮上がまた現実との距離を意識させどうしようもない孤独が呼び起こされる。
 そして彼女には、帰るべき故郷がなく、癒やす術がない。
 それを自分で認識するとき彼女は、生き続ける限りずっとこの異物感と孤独とに苛まれ続けるのだろうかと、私はずっとひとりぼっちなのだろうかと、目前に横たわる圧倒的な寂寞に目がくらみ、そしてまた泣くのである。
 出口のない迷路。目的地のない航海。星のない夜。
 孤独だった。
 懐かしさに追い立てられて、ただでさえ視界の悪い森の道を涙で滲ませながら闇雲に歩く。
 そんなだから、道から少しずれてるのも気付かずに、人の気配も気が付かないまま、どっかの誰かの野営地点にまろびでた。
 焚き火に気が付いた時、少女はそれなりに慌てた。日々泣き暮らしていても泣き顔を人様にさらすのは抵抗があるのだ。とはいえ思い通りに涙を納められるなら苦労はしない。どう取り繕ったものか、焦燥と羞恥にテンパりながら無意識に野営の主を探せば、そこにいたのは傍らに置いてあった剣に手を伸ばした姿勢のままこちらを見つめ返してくる、自分と同じくらいの年齢の、桃色の髪と獣のような耳と、

 泣き腫らした目をしたおんなのこだった。

 瞬きを数回。お互い、涙目で見つめ合う。
 ――なんで泣いているのだろう。と。そんな疑問は一切沸いてこなかった。
 ただ、理解できた。
 そこに居たのは他人である。鏡ではない。
 しかしホームシック娘は錫で隔てられた鏡像以上に彼女の孤独を見て取った。
 それは共感と呼べるものだったろうか。思い込みと呼んだ方が相応しいかもしれない。しかし彼女は、まるで手を伸ばせば触れられるような確かさをもって、彼女に涙を強いているどうしようもない孤独を見て取ったのだ。
 可哀想だった。
 そしてそれに、己の孤独が共振を起こす。
 比較対象を得て更に己の孤独の虚無を思い知らされ、呑み込まれ、最早為す術もなく溢れ出す涙とともに膝をつき、前後を無くしてひたすらに泣き始める。
 可哀想だった。そうやってただ一人で泣く彼女が。それと同じモノに取り付かれている自分が。
 無論、彼女の方はわけがわからない。
 突然の闖入者が自分の顔を見るなりどぼどぼと涙をこぼしてうずくまったのだ。理解を超えている。それでなくとも感傷に浸されていた理性では正確な判断もできず、思うさまうろたえる。
 見れば自分と大差のないおんなのこだ。
 泣いているなら慰めてあげなきゃ。
 うずくまる彼女に手を伸ばし、声を掛けようとするが、喉からはまるで犬のうなり声のような呻きしかでてこない。
 そういえば自分も泣いていたのだ。このコと同じように。どうしようもない寂しさにのしかかられて。
 このコはきっと、自分と同じなのだ。
 あのとき、父さんとお母さんを追いかけて、泣きながら夜を歩いた自分と一緒なのだ。
 慰めてあげたかった。慰めて貰いたかった。
 伸ばした手が震える。微かに残った理性が彼女を押しとどめていたが、そうしているうちにも流れる涙はどんどんと量を増してくる。もはや我慢ならずまるでぶつかるようにして、目前で泣く娘の肩を掻き抱く。
 二人して、思うさま声をあげて泣いた。


 奇矯ではあるが。それが二人の出会いだった。






・ ついでに言うとハロウィンのあのオレンジ色したかぼちゃは煮物には向かずパサパサとして美味しくないです。 


 そんな! 煮物じゃない南京なんて! 素でレシピが浮かばないわ!


・ ポメラどうよ。


 そうだよこれだよおれはこーいうものが欲しいと十年来言い続けてきたんだよという僕の具現化した夢は「お値段」という言葉の元にたたき壊されましタ。
 片手で(もしく立ちっぱなしで)使える設計だったらばあの値段も惜しくはないんですけどねー。
 未だにシグマリオン2からは離れられそうにないですけど、とかいいつつ情報を拾い集めただけの所感なので、実機に触ってみればまた感想が変わって衝動買いしてるかも知れません。

 

 

 
・ ハロウィン。


 ランタンのジャックくんが悪戯すんべとひとんちに忍び込んだところ、
 そのお家の娘さんが「カボチャが欲しい」と泣いてたのさ。
 いわく、この日にカボチャを食べれば一年を無病息災に風邪もひかず過ごせるはずなのにとかなんとかで、
 その涙に心奪われたジャックくんは、意を決して鍋に飛び込み我が身を砕き、
 カボチャの煮物となって娘さんを喜ばせたのだけど、
 ランタンになるため中身をくりぬいてて皮ばかりのカボチャだったので、なーんかどーにも不味くてしょんぼりだったとさ。
 とか。
 そんな話を電車ん中で揺られつつ考えてボクの中のハロウィン終了。






・ セブンスドラゴンの略称はセブンスよりもナナドラのがいい気がするけれどもブンドラってのの舌馴染みの良さにも引かれる。


 略称が定着しないとインターネット検索などウェブ 2,0 なマーケティング的に不利ですよとかでまあずいぶんとフライング気味に主人公の一人の妄想をば下記に並べ立てましたけど。
 オチが別にあって。
 なーんか事前に得た情報だと「フロワロが繁殖し始めたのは三年前」とかいう設定があるらしいのねー。どかーん。原稿用紙に換算して五〇枚のボクの熱意の行き所の無さー。

 TGS で、町人の台詞にそんなのがあったらしいんだけど。うーん。
 この町の近くで繁殖し始めたのは三年前とか、そんな話だったりしませんかね。
 まあしなくともそのへんは適度適当乃至必死になって妄想働かせてどうにかこうにか辻褄を合わせる所存ではありますが。



・ 拍手ページが進化しましたねえ


 うん! ちょっとがんばった! ごめん大嘘 web 拍手の大元さんが勝手に更新してくれた!
 ということで私はまだどんな風に進化したやら知らないまんまです。はい。


・ たぶん最速のSSじゃないですか?w その娘さんの名前はなんていうんですかー?


 一番槍が名誉なのは死ぬ確率が段違いだったからなんだってさ!
 名前はまだ無いス。なので作中も人称代名詞だけで通しました。
 親が親なので草花関連の名前にしたいなと思ってますが結局は響きだけで決めるかもーまあ発売まで少なくともあと六ヶ月はあるしなー。


・ その調子であと三人分よろしく。


 おうよ任せとけ。
 とは云いつつも先の公式設定を追い越しちゃってまた泣きを見るのも勘弁なのと、
 そのへんのキャラ設定はプレイ内容に従ってじわじわ付けていくのも楽しいんだよな等で楽しみは後にとっとこうかなーてのと、
 パーティ構築は妄想でなくゲーム主体で行いたくて、そうとなるとまだ公開されてない職業能力が気にかかってーてのとで、
 まあ追々。

 とは云いつつもあと一人メイジの設定が既に。

 

 


  ・ セブンスドラゴン。


 ハントマンの夫婦が居た。
 ハントマンとは、世に仇なす竜を狩り万生に障りなす花を狩る、救世の志を胸にした勇士たちの総称である。
 なんて云えば聞こえは良いかも知れないけれど、結局のところは食うにつめた無宿人だのやっとう以外に能のないならず者だのの吹き溜まりである。少なくとも、当時はそう見て間違いはなかったらしい。町に住み屋根の下に暮らす市井の人々はそんな目で彼らを見ていたらしいし、事実の方も割とその通りだったそうな。
 まあ、この辺は大小多寡の違いこそあれ今でもそう変わりはない。命を張る生業である以上、志願者はどうしたって蛮勇の徒だ。今でも昔でも、遊びに出る子に母が言って聞かす叱言は『暗くなる前に帰れ』『町の柵を越えるな』『宿屋には近づくな』である。
 だから、一見朗らかで、いかにも『親から継いだ道具屋やってます』てツラをしたその二人はどんな酒場に居ても周囲から少々浮いてたらしい。
 ――夫婦で旅行かい?
 なんて杯を向けられれば、
 ――うん。新婚旅行を十年近くね。
 なんて答えつつ。

 男の方は、元々は画家だったそうな。いや、画家以前に元々の元々は風景が好きだったのだ。
 ガキの頃から町を抜け出しては、平原に雲が影を描く様を眺めたりだの、雨が山を抜け川となり足下まで流れてくる様を眺めたりだの、夕日に赤と黒に染め分けられた町を崖の上から眺めてみたりだので、その結果として風景専門の画家になった。
 このご時世にのんきなモノである。
 のんき者は大抵、世の中から少々ずれている。富豪様に召し抱えられたパトロン付きの画家ならともかくとして、世からズれたはみ出し者の絵描き風情に居場所を与えるほど余裕のある世情でもなかったので、副業にハントマンを選んだ。
 
 ハントマンを稼業としたならば、放浪に身をやつす必要がある。
 竜の大半は縄張り意識を強く持っている。つまり向こうから寄ってくることは余りなく、こちらから退治に向かわなければならないってことだ。
 竜を追い払うのが仕事なのに、追い払ったらばまた追いかけねば食うに詰める。
 なかなか因業な商売である。
 なので、ハントマン稼業は定住が難しく兼業の難しい生業なのだけど、「描くこと」よりも、「描くに相応しい風景を見出すこと」にこそ喜びを覚えていた彼は、きっと旅暮らしの日々にも別段苦労は感じなかったのだろう。
 というよりもむしろ、はみ出し者にとっては、旅が必然となる職業なんて喜んで飛びつくべきものだったのかも知れない。

 馬手に絵筆、弓手に剣。
 どちらの収入が主だったか、なんてのは野暮な疑問だし、実際に口に出せば愚問になる。
 竜の勢力と脅威は日増しに増大を続け、それに伴いハントマン需要はのぼり続け、一方絵描き需要は下落の一途だ。
 それでも彼は、絵描き兼業ハントマンと名乗り続けたらしい。
 要するに、時代が下るに応じて、彼の世間とのズれも増大していったのだな。
 そんなところに惚れたのだと聞いたことがある。
 聞いたことはあるのだけど……なんというか、嫁は夫にベタ惚れだったので、そのへんの性格を初めとして背格好氏素性、出会った思い出に道中の記憶、細かな仕草、なんでもかんでも美点として捉えてたっぽくもあり、下手すると足の小指の爪の形まで惚れたところとして挙げそうな気もする。

 で。
 今ではあまり聞かれないお仕事ではあるが、プラントハンターという職業がある。
 果樹を適切な気候条件でもって移植し、薬草を確かな知識でもって活用し、野生の生育域を把握し調達し、時として未開の地に踏み込み新たな有用植物を見出したり等。簡単に言えば植物専門の貿易商だ。
 植物ってのは大変有用なもので、人々の生活に密着した需要があるし、それらの栽培、保存、輸送それぞれに専門知識を必要とされるので、技術と知識さえ身につければなかなか鉄板で安泰な生業だった。
 過去形の話である。
 
 現在進行形の話をしよう。
 フロワロは、大変旺盛な繁殖力を持っている。一般に草花の生育に不適切とされている地域でも獰猛に繁茂しているし、しかも多年草であるらしく年中枯れることなく花を咲かせている。極寒の地だろうと極乾の地だろうと無条件に等しく繁殖するそれは、在来種の土壌を次々に侵していった。様々な草花の激減が確認されたし、おそらくは絶滅してしまったものもあるだろし、これからもでてくるに違いない。
 草花は食物連鎖の底辺、根底をなす存在だ。それらの減少はプラントハンターの食い扶持に以上に世界全体へ深刻な影響を与えるはずだけど、それついてはさておく。
 それら個体数の減少に貿易ルートの断絶が加わる。フロワロと竜の脅威は各国の貿易・交流を困難な物にした。季節を越えることの出来ない種を新たに調達することが難しくなり、また調達しようにも生態域を攪乱されていたり、或いはそれら地域に竜の住処が横たわったりもしている。

 上述した問題に比べれば些末なことではあるが、フロワロの脅威により一部の人々は花を人類の敵とみなし始め、観葉植物の需要が激減したりもした。
 ただ、フロワロに向ける憎悪は、そうした人々よりもプラントハンターの方がよほど深刻で根が深かったろう。

 プラントハンターの仕事は急速に失われていって。久しく。
 だから彼女は、両親の生業を「おくすりやさん」だと解釈していた。
 個人の所有にしてはずいぶんと立派な温室に、蓄えられ栽培される様々な薬草。それらの処方と売買。なるほど薬剤師である。ただ、それは単にプラントハンターの数ある仕事の一端に過ぎなかったのだけど、まあ実際のところハンターだったのは祖父までであり、両親は祖父の蓄財を受け継いだに過ぎないので、その解釈もあながち間違いではなかった。
 彼女はその家の末の娘として産まれた。それなりの資産でそれなりの邸宅を構えていたお家だったけど、遅れてきた末っ子には占領できる空き部屋はすでに残されておらず、結果として温室に立て籠もることとなる。そうなればルームメイトである植物にも当然興味が沸く。それの延長として、両親の仕事にも興味を寄せて幼いころから助手として働いた。才能を培うにも知識を養うにもこれ以上ない環境はめざましい速度で技術を育て、両親を追い越し、既存の薬草の新たな用法や効能を研究し始め、それだけでは飽きたらず新たな草花を求めついには野外へ頻々と出向くこととなる。

 花は面白かった。
 咲いて枯れてを繰り返す、生物として最低限のルーチンワーク。まるで意志があるようにはみえない癖に、花びらの数、茎の高さ、根の形、咲く場所、咲く季節、その身に含んだ成分など、どれもこれも計算尽くに選び抜かれたような徹底っぷりだ。
 周囲に仲間がどっさりいても口もきかず、話しかけてみても風次第で頷いたり頷かなかったりだけど、なんでそんな格好なのか、どこからやってきたのか、好きなものと嫌いなものは何かなど、根気よく付き合ってみれば必ず赤裸々にその理由を教えてくれるのだ。
 面白かった。
 だから、フロワロにもその『理由』を聞いてみたかった。
 揺れる炎のような六枚の花弁。節ごとに色を変え、水晶のように透き通る茎。竜を呼び寄せる花粉は自己防衛の為だとしても、あまりに強靱な繁殖力はあらゆる生態系からの独立を望むかのような、他の植物、いやあらゆる生物とまったく異なった、普通では考えられない性質をしている。
 それは何故なのか。
 知りたい。
 教えて欲しい。
 要するに彼女は、花が好きだったのだ。

 それでも一応、表向きのハントマン志望の理由は「フロワロの生態を調査し、根絶の方法を探るため」という事にしていた。
 妥当な判断といえる。祖父から仕事は受け継がなかったもののフロワロを憎む気持ちはきっちり継いでいた両親と、植物と人並みの距離感を持つ兄弟とを通じて、世間の人々がフロワロをどんな目で見ているか十分に理解していた。
 フロワロとは純粋な外敵であり排除すべき害悪である。
 まあね。そりゃそうだろう。彼女としてもその点に異論は、あんまり、ない。
 うん。ない。
 ないけれど――根絶という行為によって周囲の生態系がどのような影響を被るか不明瞭な点が多く、またその影響の詳細な予測も事実上不可能である以上、択るべき方策とはその影響を最小限度に抑えるべく適度に間引くなど、リスクの低減を主眼としたものであるべきではあるまいか――とか云っちゃうと下手すりゃ全人類共通の敵に与する裏切り者だ。
 根絶すべき対象に抱く興味なんて、物好きとしても度が過ぎている。
 わかってる。おそらく自分は余程の少数派であり世間からズれたのんき者なのだろう。

 だから、フロワロに覆われた町を写生しているバカと出会った時はそりゃーもう驚いた。

 それは自分と異なるフロワロとの「対話」だった。調査し、解析し、調べ尽くして後にやっと理解へと至るような自分とは違い、彼はその姿そのものを書き写すことにより、その存在をあるがままに受け止めていたのだ。
 と。
 彼との出会いを語る彼女の目はいつも熱に浮いている。正気ではない。
 要するに一目惚れだ。
 後々にこっそりと、彼女の居ないところで彼本人に「結局のところはどうだったの?」と訊ねたことがある。けれどもその答えはその答えで「……強いて云えば、自分以外に誰もこの風景をみないんだなあ、て思うともったいなくて」という何とも要領を得ないものだった。

 さて。
 男というのは身勝手な生き物である。
 女に対して並みならぬ興味を持っている。種族的にいえば所有欲や独占欲も強い。そのくせに束縛を嫌い一人と決めるのにほぼ例外なく躊躇する。先天的な浮気性なんだな。
 まあ。一般論だけど。
 彼もさして例外ではなかった。自分に好意を寄せてくれる娘である。悪い気はしない。けれども、勝手について来る得体の知れない人間に愛想を振りまける奴なぞ男女ののべつ無くどうかしている。当初は相当に邪険な扱いをしたものだ。
 しかし、この時点では知る由もなかったが相手は物言わぬ植物と向き合ってても退屈をしない女である。圧倒的に根気強かった。しかもハントマンとしての心得は十分に持っていたので、向かう先が野だろうが山だろうが平気でついてきた。
 その上で、いかに同業者といえども女である。同じ竜を狩る生業とはいえ、危険な獣の出没するところに置き去りにするわけにもいかず、結局は同行する機会が増えた。
 彼女が腕利きのヒーラーだと知ったのはそれからだ。
 回復役はどんなパーティにいても重宝される。
 得体の知れなさは、互いを知り合ううちに解消されて行く。

 彼は絵描き兼ハントマンを生涯自称し続けた。と、先に書いた。
 絵描きハントマン。のんきな職業である。しかし徹頭徹尾のんきと云うわけでもない。
 写生をするにせよ油絵を描くにせよ、始めた時点でしばらくその場に逗留しなければならない。先に書いたとおり、ハントマンは旅を続けていなければ食うに詰める。逗留なんぞしてはパーティのメンバーに迷惑をかける。つまり、絵描きを続ける限り彼は一人旅を続けなければならないのだ。
 一人では出来る仕事にも稼ぎにも限界がある。危険も多い。なのでパーティに参加することもあった。しかしその団体行動も、ふと絵筆を取りたくなるその時までだ。
 不便だと感じたことはないではないけれど、いつでも離脱できるその立場に気軽さも感じていた。
 それでも、行動を共にして命を預けあったそれら連中の中には気の合う奴もいたし、尊敬に値する技量持ちもいたし、ずっとウチに居ろよと勧誘してくれる奴もいた。
 しかし、彼は絵筆をとり続けてきた。
 手放すことは出来なかった。何故ならば、そうして絵を描くことこそ彼が旅をしている理由であり、ハントマンを続けている理由だからだ。ハントマンを続けるために絵筆を捨てては、本末転倒も甚だしい。
 寂しいと感じたことは、ないではなかったけれど。

 ――ああ、このへんは夕景も悪くないな。
 という思考の後、やっと時間を過ごしすぎたのに気が付いて、また一拍子遅れて冷や汗が吹き出た。
 そのときにはもう、彼と彼女はそれなりに行動を共にしていた。だからスケッチを始めたところで、彼から「ちょっと待っててくれ」なんて云ったのだ。
 それ故の冷や汗である。いくらなんでも待たせすぎだ。
 町まではちょいと距離がある。この辺りは獣もおとなしいはずなので、夜を徹して歩くよりかは野営を選択した方が安全だろう。しかしそうとなると嫁入り前の女と二人きりで枕を並べるという事態が発生する。それはちと問題があるのではあるまいか。それともないだろうか。
 よくわからん。
 本人に選んで貰うのが楽ではあるが、しかしその前に「待っててくれ」と云った手前きちんと謝らねば。いやそれよりもそもそも彼女はどこにいるのか。もしかして痺れを切らして一人でとっとと町に向かっただろうか? それはそれでありがたくはある。けれど。けれども。
 犬も三日飼えば情が移るという。
 見渡してみてすぐ見付けられなかったのは、森に面した場所だったからだ。藪を分け入って探してみれば、はたして彼女はそこにいた。
 背の低い野草の花畑の中心。
 そこにぺったりと座り込んで、夢中で真剣な仏頂面で、それこそこちらの存在なんか一切忘れている様子で、花を睨んでいた。
 気迫さえ感じられる集中っぷりである。
 声を掛けるのが躊躇われたというか、邪魔するとどうなることやら少々空恐ろしかった。だから、ともかくは野営の準備を始めようといったんはその場に腰を下ろしたのだけれど、ふと。なんとなく目が離せないその仏頂面な横顔を絵に描いてみたく思った。

 その瞬間、彼は籠絡されたのだ。
 形だけをみれば、いわゆる押しかけ女房である。
 けれども、一方が絵を描くために留まれば、もう一方は喜んで周囲の草花の調査を始める。
 結局は世間ズレした変わり者同士。納まるべきところに納まったと云える。

 余談ではあるが、彼女はこのときのスケッチを後に発見し、以降肌身離さず後生大事に持ち歩いたとのこと。


 ファイターとヒーラーの組み合わせはバランスも良い。
 命を張る生業とはいえ、きっちり選べば安全な仕事も多かった。
 他のハントマンが敬遠するような、フロワロへの接近が必然となる仕事もあまり厭わなかったので職にあぶれることも少なかった。
 そうしているウチに熟練と呼んでも差し支えのないハントマンになっていた。
 手に手を取り合い、白地図を埋めて行く。

 けれども。
 どんなに腕の良いハントマンでも、十のうち一や二は失敗を犯す。
 いやむしろ、それだけの失敗に抑えられるのが熟練の証であると、そういった方が事実に則している。
 そして運の悪い日はどうしてもあるものだ。その日、彼らが犯した失敗は幾つもある。天候を見誤ったのもそうだし、特殊な形状をした洞窟は予想よりも奥深く、それのせいで竜の生息数を計り間違えたし、町からやや遠い地点にあるので、食料等の必須物に圧迫され予備薬を削減したところ毒や麻痺など嫌らしい攻撃をする魔物ばかりにぶつかった。
 それでも逃走のタイミングは悪くなかったはずだ。しかし斥候役のハントマンが持って帰った情報に致命的な誤りがあった。
 逃走を謀り向かった先、出口があるはずの通路は行き詰まりだった。

「行き止まりのことを、デッドエンドって呼ぶんだっけ」
 絶え絶えな息で軽口を叩いたのは、ファイターの方だ。
 ヒーラーは言い返せなかった。縁起でもないと眉をしかめてはみたが、それよりも「言い得て妙」といった納得の方が勝ってしまった。
「提案。俺が囮になって飛び出すから、そのうちに逃げろっていうのはどうかな」
 ヒーラー。思いっきり不機嫌に唇を尖らせて反論。
「絶対イヤ。あなたと出会ってからずーっとついてまわったけど、今以上に一緒にいたいと思ったことなんてないのに」
 と、その表情をスッと空白にして。
「それに、あんまり賢い作戦じゃないよそれ。私一人じゃ竜どころかそのへんの獣も追っ払えないし。同じことをするなら私が囮になった方がずっと賢いと思っ――」
 そこで言葉が途切れたのは、ファイターが突然、痛みを感じるほど強く彼女の腕を掴んだからだ。
 驚いて彼の顔を見返せば、咄嗟の行動だったのだろう、彼は自身の行動に驚いたかのように手を離し、それからまた改めて彼女の服をつかみ、ばつが悪そうに顔を伏せて云う。
「スマン。それだけはやめてくれ」
「……ずっるいなあ。自分から言い出した癖に」
「うん。スマン」
 素直に謝る。しかしやはり掴んだ手は離さない。
 それは、一度手放しかけた風船をもう手放すまいと気張って握りしめる子供を連想させた。
 だとするなら風船は私の方か。そう思えば、彼女もまた離れたくはなかったので、彼の服を強く掴み返す。
 ――そういえば、花も草も木も、向こうからなんらかの行動を起こしてくれたことはなかったな。
 流石に、これだけ危機的な状況だ。少々気が狂い始めてるのかもしれないと、我ながら彼女は思う。
 彼のその行動が、胸が躍るくらい嬉しかったのだ。

 以下の思考は、どちらの思考かはわからない。
 自己犠牲に助けられて、気分良く喜べる奴なんてきっといない。助けられた側からすれば、勝手に重荷を押しつけられたのにも等しいのかも知れない。
 もしも重荷を背負ったなら、その瞬間からきっと旅の意味は変わってしまうだろう。
 だとするならば、重荷なんか背負いたくなんかないし、背負わせるのも絶対にイヤだ。
 そこまで考えてしまえば、諦めるのは簡単だった。

 彼女は、握った手を離し、彼の手を取って、その場にぺたんと座り込む。そして彼に微笑みを向けさえした。
 彼の方はまだ躊躇があったらしい。けれどもやっぱり手を握りかえしたまま座り込んで、あぐらをかいた。
 彼女はそのあぐらに乗っかるようにして体を預けて――。

 ――というか。
 その日最大の失敗はその後のことだ。
 結果から云えば二人は無事、生き延びることが出来た。
 複雑な洞窟は竜どもにとってもそうであるらしく、幸運にも奥まったその行き止まりまでやってきた魔物は一匹もいなかった。
 その場で一晩を過ごした結果に回復した気力と体力を振り絞り、半死半生。なんとか町まで逃げ延びることが出来た。
 そして後になって考えてみたところ、思い当たる日はそりゃあまあもちろん色々あるけれど、計算してみると「あのとき」しか該当しないのである。
 結局、二人は別の形でお荷物を抱えることになった。
 笑い話といえば笑い話である。


 十月十日の後。
 産まれたのは玉のような女の子であった。
 父親から受け継いだ獣のような耳はより遠くの音を聞き分けるために真っ直ぐ前を向いていたし、母親からは桃色に映える髪と、より多くを見通そうとするぱっちりと開いた目を受け継いでいた。
 それはともかくとして。さて。どうしよう。
 二人は一般人とはズれてはいたが一般常識ならそれなりに備えていた。
 ハントマン稼業と子育てとを両立出来るはずがない。その意識があったからそれまではそれなりに、対策というか、産児制限はしていたのだ。
 まあ。相思相愛の二人が今生の別れにしたことである。これを責めては人情味に欠ける。できちゃったもんはしょうがねえし。
 嬉し恥ずかしではあるが大問題である。二人して悩みつつ、相談をした。ハントマンの引退、里子にだす、或いは堕胎――。
 ――結論としては奥方の実家に預けることにした。無責任さに自責の念が募るが、それ以上に妥当な選択は思いつかなかった。故郷に戻るまではそれなりに時間がかかるけれど、他の選択肢に比べればその程度の行程は何ほどのものかである。
 母体の回復を待ってからすぐに出発した。せめて子の成長を待ってから出発したくはあったが、それほどの蓄えはなかった。つまりその子は産着のころから旅の空にいたことになる。
 安全第一の旅路はとにかく時間がかかる。そして子供の成長は存外に早い。一人歩きも始めれば物心も付く。
 楽しい旅だった。
 他のハントマンがどうかは知らないが、彼も彼女も旅好きが長じてハントマンになったような経緯を持つ。だからガイドとしては優秀だったし、それを受ける娘の方も年頃相応の好奇心を発揮して、景色だろうが植物だろうが、与えられる知識を底なしに呑み込み続けた。
 それら反応がいちいち面白かったし、可愛かった。それでなくとも我が子だ。そりゃーもうべたべたに可愛がったし、甘やかしもした。後になればそれが悪かったような気もするけれど、その子は順調に両親大好きっ子に育った。
 安全第一の旅は時間がかかる。確かにそれはそうだ。けれど、旅が遅れた理由はそればかりでもなかっただろう。故郷に着き次第、別れることになる我が子である。予定よりも進行が遅れても、それを取り返そうとはしなかったし、寄り道の提案が却下されることもなかった。
 彼も彼女も、お互い諒解しあっていたのだと思う。決して口にはださなかったけれど、

 しかし、前にさえ進んでいればどうしたって目的地へは到着してしまうもんである。
 ずいぶんと久々の、しかも初対面との夫と娘とを連れての帰郷を家族は暖かく迎え入れてくれた。温室と薬剤師の仕事は長兄夫婦が継いでおり、彼らは娘を預かることも快く請け負ってくれた。
 さて。
 名残惜しさは余りあるが、一安心である。
 だがしかし、ここで計算外の事態が発生する。
 両親にべったりとして過ごしてきたその娘が、二人から離れるのを嫌がったのだ。
 そりゃーもう恐ろしくむずかった。
 母親の服に掴みかかるよう取りすがり、引き離そうとする者を蹴散らし、喉も裂けんばかりの大音声でもってご近所様を招集し、宥めても賺しても一切聞かず、滂沱の涙と鼻水は塩気をなくすほどで、最早なにものも省みず鑑みず――烈火の如くであり暴風の如くであり鬼神の如くである。
 初めての幼稚園だとかそんなレベルの話ではない。場合によっては今生の別れとなるのだ。娘も幼心ではあれどこか鋭敏にそれを感じ取っていたのかもしれない。
 全身全霊を込めて泣き喚き叫び暴れ狂う子供にほとんどの親は無力だ。しかもただのガキではない、産まれながらにして旅の空に生きてきた野生児である。最早、ただ嵐が去るのを待つしかない。
 そして、小さな身体の質量にはどうやったって見合わないほどのエネルギーを使い果たして泣き寝入るその子を、そっと託し、起きないうちに旅立ってしまった。

 不本意な別れになった。
 名残ばかりが残るし、子供にも申し訳がない。
 ハントマンという仕事を初めて恨んだ。生産とはほどとおく、破壊のみを続ける腕。残せるものも、育めるものもない。
 今からでも故郷へと立ち返り、薬剤師として出直すべきなのではあるまいか。
 本気でそう思い詰めもするが、しかし歩き続けることに馴れすぎた脚は、悩みながらも先へと進んでいく。
 半ば茫然自失のままに繰り出される脚は下手に意識がある時よりも早く動くものらしい。およそ半日で隣町へとたどり着き、戻ることも適わぬとなれば先に進むより他はなく、翌朝早くにまた旅立ち、その途上。
 大声で、背後から呼びかけられた。
 振り返れば、行商人のなりをした小男である。曙光の向きから駆け寄ってくるのでよくわからないけれど、何やら腕に抱えて喚きつつこちらに走ってくる。
 ――そこのアンタたち! どっちか、ヒーラーだったりしないか!? いやヒーラーじゃなくてもなんでもいい、助けてくれ!
 すわ何事か。怪我人ですかと駆け寄れば。
 ――子供が倒れてたんだ! こんな道ばたに! まったく、なんで、どうしてこんなところに……!!
 その小男の腕の中でぐったりと目を閉じているのは、見間違えるはずもない。二人の娘である。
 先に気が付いたのは、ヒーラーとして駆け寄った母の方。卒倒しかけたのも無理からぬ事と云える。

 二人はそれなりに一般常識を弁えていたが、それでも一般人からズれている。
 例えば、旅が日常と等価だったりするのもズれの一つだろう。だから、余人よりもその選択が容易だったのかも知れない。いや、それとも単に彼らが子に甘かっただけだろうか。
 観念したのだ。娘と共に、三人で旅に生きようと。
 目を覚ました子に、父親として生涯最大の大喝を落として。先ずは故郷に戻って家族に丁寧に詫びた。
 長兄夫婦はそれなりに反対もしたけれど、ウチに留めておくよりも、二人と一緒にいた方がかえって安全かも知れないと消極的な賛成もしてくれた。


 以来、両親から離れることはなかった。
 コブ付きのハントマンなぞ前代未聞である。パーティプレイといえども我が身は自分で守るのが鉄則であるこの世界において、庇う対象の存在はたいへん大きなハンデになる。そのへんはガキなりに弁えるところがあったのだろうし、もしかすると無理矢理付いてきたのだという負い目も幼心なりにあったのかも知れない。あるいは、また置いて行かれないように必死だったのだろうか。とにかくただの足手まといにならないよう出来る範囲で立ち働いた。
 もちろん両親の方も大仕事は避けて徹底的に地道な稼ぎを選んだのもある。
 ずいぶんな境遇ではあったが、五体満足にすくすくと成長していく。

 いつかの晩飯時だったと思う。
 何かの話の弾みで、父親に頭を撫でられながら「お前は幸運の御守りみたいなもんだから」と云われたことがある。
 それを聞いた母が、吹き出して受け答える。
「そういえば、産まれたときもすっごい逆境だったもんね。お腹に宿ったときから私たちを助けてくれてたのかな」と、愛し子のほっぺたをつねる。
 嬉しかった。
 喜びがお腹のそこから沸き上がってきて、胃に入れたばっかりのシチューが蒸発して髪の毛を逆立てせそうな気がした。
 ただ。まあ。野暮なことを云えば。オトナの視点からすればそれはきっと愛を込めた皮肉だったのだろう。御守りなんてものは有ったらありがたいけれども、実際のところ効果があるかどうかなんてわかんない代物だ。
 なるほど。「幸運」の「御守り」とは言い得て妙である。
 しかし、そんな持って回った言い回しはガキんちょには通じない。
 思いっきり真正面からその言葉を受け止めた娘は、とにかくただひたすらに嬉しかった。それでなくとも冒険の日々を通じて、重い剣を軽々と振るう父を、痛いケガを魔法のように癒やす母を尊敬していたのだ。尊敬する人々に存在価値を認めて貰うなんて、滅多にないほど光栄なことだ。
 居場所が出来たのだ。
 だから、いつもの両親べったりに妙な義務感まで追加されて尚のこと二人にくっつくようになる。
 ともあれそうして、年月が過ぎていく。

 一度だけ例外があった。
 娘の方から「二人だけで仕事に行ってくれ」と言い出したのだ。
 優良健康児であるその娘が高熱を出してぶっ倒れるなんて事自体が滅多にないことだったけど、宿屋のベッドに伏せたまま「自分に構わず仕事に行ってくれ」なんて云ったとき、両親はともに驚いた。
 それぐらいの歳のガキにとって、発熱とは親に甘える好機以外の何物でもない。無論その娘にとってもそうだったけど、そのときはタイミングが悪かったのだ。
 旅暮らしなので年相応の友人はいないけれど、停泊した町の子供と遊んだりはする。
 ところで、子供の話題なんてのは四割は意味を為さない繰り言で、三割が遊びで、残り三割は自己主張の入り交じった自慢合戦だったりする。もちろんその娘も例外でない。そうやって遊んでいる最中に、自分の父と母がいかに素晴らしい人物でどれほど尊敬に値するかをそりゃーもう鼻高々かつ居丈高に自慢しまくったのだ。
 両親にべたべた甘えてるが故の観察眼で、その冒険譚は中々に堂に入った語りっぷりであった。
 それを聞かされた中に、その一帯をシメているガキ大将がいた。子分どもの前でそんな自慢をされれば面白くない。
 もちろん喧嘩に発展した。
 己の信条と存在意義。共に譲れないものを賭した決闘である。その迫力に加勢も出来ず横やりも入れられず他の子供が手をこまねいていたところ、偶々通りがかった娘の母親が慌てて止めに入った。それがマズかったのだ。産まれた時分から旅暮らしなやつに町暮らしのガキが腕力で適うはずがなく、劣勢に立たされていたガキ大将は形的には救われた形になる。が、それでもさすがガキ大将であり、気丈にも戦意を失わず云い放ったのだ。

「ほらな! やっぱりかーちゃんに助けられてやんの! 親がいねえと何もできねーんじゃねーか!」

 ――なっ、
 なにをてめえこのやろうおまえこそせめぇ町の束にもならねえひょろい舎弟どものアタマんなって小山のボス猿きどってるくせしやがってぜってぇ許さねえ泣かすぜってー泣かす泣かして濡れてゆるんだ地面にそのドたま叩き込んで逆立てたあとにそのぶら下げたモン噛み千切って
 以下略。
 旅を続けていれば耳年増にもなろうか。歳の割にはバリエーションも造詣も異様に豊かなその罵詈雑言は、羞恥に真っ赤になりつつ娘を引きずる母親の耳にこそ最も入る結果となって。後の説教をどっさり増やすこととなった。
 人を呪わば穴二つとは良くも言ったモンである。
 怒られた。
 そりゃあもう延々と長々と説教を貰った。曰く、腕力は正しい時に使え、和をもって尊しとなせ、旅をするなら処世術を心得よ等々で、もう少し女の子としての自覚を持ちなさいというところは特に強調され、その下りでは涙さえ浮かべられた。
 理不尽だと思った。
 しっかり自主的に正座をして、唇を尖らせて、涙をこらえつつ、それでも一言一句聞き逃すまいと忠誠心をみせながらも、しかし理不尽に感じていた。
 自分は父と母の名誉のために闘ったのだ。それなのに何故怒られないとダメなのか。それになんで私だけ叱られるんだろうヤツだってココに正座すべきではないのか。少なくとも先に喧嘩をふっかけてきたのは相手の方だと思うし。父が何も云ってくれないのもショックだった。自分はそれなりに良く闘ったと思うのに。泣かなかったし負けなかったし、いや勝ってもないけどさ。
 余談になるが、父は取っ組み合いを奨励するタイプの熱血気質ではなかっただけである。ついでには自分たちを誇りに思ってくれてたのは、素直に嬉しい。とても嬉しい。喧嘩を褒める訳にはいかないけれど、ありがとうくらいなら云ってやってもいいんじゃないかとは思うけれども、今は母に気を使って何も云わないだけである。むしろ喧嘩は主張のぶつかり合いであり、成長の証であるなぁなんぞとやや呑気に目を細めたりもした。
 まあ。云わないと伝わらないモンである。
 喧嘩を途中止めさせられたのも余り良くない方向に作用したのだろう。行き場をなくして、体内に蓄積されたまんまのエネルギーは不貞寝と泣き寝入りを取り混ぜたベッドの上でぐるぐると巡り続けて「親がいないと何も出来ない」という言葉を幾度も反芻させた。
 すげえむかつく。
 けれども、本当である気もした。
 翌朝に熱を出したのは、つまりは知恵熱だったのかも知れない。生まれて初めて経験する寝不足に気分が悪いのも本当だった。二人についていくのは無理だと判断できる程度には賢明で、やっぱり母親の看護を期待したけれど、そんな感情を起こす度にあの「親がいねえとなにもできねーんじゃねーか」という言葉が生々しい肉声を伴って耳に響いた。
 だから云ったのだ。
「二人だけで仕事に行ってきて」と。
 父と母は、先ず、驚いた。
 父親の反応の方は割と冷静であり、……自立心かー。これも成長だなあ。なんぞとますます目を細めた。
 ショックだったのは母親である。発熱は甘える機会だと先に書いたが、それは親にも同じ事が云えるのだ。無難な仕事を選べばそれだけ実入りも少なくカツカツで、要するに貧乏暇無しであり滅多にないゆっくり愛娘とべたべた過ごす機会だったのだ。
 つい先の夜、散々説教したのもあったし。
 とはいえ、それはそれで。叱った後に即甘やかすのも問題があるのではあるまいかと、親心を惑乱させた。
 無言のウチにその葛藤と戦った末、判断は娘自身に任せることにした。訊ねて曰く、
 ――本当に、大丈夫?
 そう訊かれたら、こう答えるしかないじゃないか。
「うん。一人でも大丈夫」
 それでも、そのときは本心だった。
 母は静かな溜息をついて「わかった。なるべく早く帰ってくるから」と言い残して、部屋を出た。
 それだって本心だったに違いない。


 二人は、帰ってこなかった。


 ――よっこいしょと。
 町の大通りは避けて、ひとまずは柵を乗り越えてから入り口へ向かう。
 ほとんどの家はもう明かりを落としてるけど、念のためである。
 父さんも母さんも、夜に進むのは厳に慎んでいたけれど、実際には夜に歩くのも利点が幾つかあると教えてくれた。
 一つは獣の存在。人を襲うような獣は基本的に大型で、でかくて夜行性のヤツなんてあんまり居ないんだそうな。もちろん、肉食獣と人では視界に差がありすぎるから出会った時のリスクを考えると割に合わないそうだけど。
 もう一つは星の存在。星のなかにはずっと動かないのがあって、それを目指しさえすれば方角を間違えることはないんだって。
 とはいえ、旅人が最も恐れるべき事は獣でも空腹でもなくて、自分の居場所を見失うことらしいから、だからやっぱり視界の悪い夜に歩くのなんて危険の方がずっと多いのだ。
 ――うん。あの星だ。
 でも今回はちょっと許して欲しい。
 地図を見た限りでは、次の町までは星に従ってずっと真っ直ぐ行けば良いみたいだし、なにより夜逃げはお昼どきにはできないし。
 真っ暗な野原に踏み出す。


 まず最初に生死の確認が行われた。調査に向かったハントマンの報告によると、二人の向かった洞窟はキレイに片付けられていたそうだ。
 簡単な仕事だった。彼らの仕事は、フロワロが確認されたばかりの洞窟へ出向き、竜を呼び寄せる前にそのフロワロを掃討することである。目的は達成されていた。故に、その洞窟はまだ竜が住み着いていないままであり、よって戦死は考えづらい。何より遺体も見つからなかった。となると、考えられるのはフロワロに引き寄せられている最中の竜に行き会ったか、さもなくば他の獣に襲われたか。或いは――。
 と。少なくともそのハントマンはそこで口を噤んでくれた。心配すんなよ、すぐに戻ってきてくれるさ坊主。なんて頭を撫でてくれたりもした。いや坊主じゃなくておんなのこなんだけどと、思うには思ったけど、素直に頷いておいた。
 けれどもその先は宿屋の女将さんから聞いた。きっとあのハントマンのおじさんも同じ事を言いかけたのだと思う。
 ――どうせあのコを捨てて、どっかに逃げちまったんだよ!
 ハントマンなんてそんな連中ばっかりだ。と、この後に続く。耳年増なので、その言葉の指すところはほぼ完璧に理解できた。
 そんなはずがあるものか。と思う。
 しかもそれは父と母への侮辱であったのでたいへんムカっ腹に来たけれど、お母さんが「和を持って尊しとなさい」と云ってたので、聞こえない振りをした。
「なるべく早く帰ってくるから」といってくれたし。現に父さんの絵描き道具は宿屋に置いたまんまなので、寄り道も考えづらい。でもお母さんがお花の調査に夢中になって予定外の野宿になったことは何度かあったし。でも、持って行った食料から滞在できる日数を考えれば、その線も薄いのだ。
 もちろん寂しかった。不安で心細かった。
 けれど、一番感じていたのは自責の念だった。

 幸運の御守りなんだから、やっぱり二人から離れるべきではなかったのだ。


 ――幸いにも星の明るい夜だった。
 普段から、自分一人分の荷物は強情にも自分で背負ってきた。だから荷物の重さはそんなに変わらなかった。
 前々から、自分の足の速さに合わせて旅をしてくれていた。だから旅程もそんなには変わらないはずだ。
 それなのに、全然違う。
 いっつも目の前にみえていた、でっかい刀身と長い柄を背負った父さんの背中がない。
 ずっと握ってくれてた、お母さんの暖かい手のひらがない。
 それが不安でしょうがなくて、空いた右手が寂しすぎて、ぼろぼろぼろぼろと幾らでも涙がでてきた。
 拭うのもめんどうになって終いには放っておいた。星が滲んでしまうのが少々危なっかしかったけれど。


 報告のハントマンが帰ってきてから宿屋の女将さんの態度が露骨にツンケンしだした。だから居場所がなくなったし、働き口もあんまりなさそうだし、何よりも自分で父さんとお母さんを捜したかった。
 帰ってこない理由は他にも色々考えられるのだ。
 例えば、目的の洞窟やその近辺で大怪我をした場合。こっちの町よりもあっちの町の方が近いのだ。急いでそちらに向かうだろう。それに大きな病気だとちゃんとした薬草や病院が必要になるから、大急ぎで他の町に行ったのかも知れないし。そんなだとしたら、一人でぼんやり待ち続けてちゃダメじゃないか。
 なんたって幸運の御守りなんだし。
 ということで、夜逃げをすることにした。
 宿屋さんには悪いことをするとは思うけど、今まで泊めて貰った分を全額支払っちゃったらもう路銀がなくなっちゃうし。
 手早く荷物をまとめて夜を待った。そうとなると、不意にわくわくしてきた。
 父さんとお母さんと一緒で、自分も旅が好きなのだと初めて気が付いた。


 ――泣きながら一人で夜を歩いた。
 寂しかったし心細かったし不安だったし、久々の旅でわくわくしてたし、夜の闇は思ってたよりもずっと怖かったし、父さんとお母さんに近付いてるかもと思えば嬉しくもあったし、ぐちゃぐちゃに入り混ざる感情の中に、妙な感情があった。
 懐かしいのだ。
 なんだろうこれ。一人ぼっちで夜を歩くのが、妙に懐かしい。私は産まれた時から旅してて、それはつまりずっと三人で旅してたってことだから、一人が懐かしいはずなんてないんだけど――。
 ――ああ、そうでもなかった。思い出した。
 そういえば、ずっと昔にも二人を追いかけて町を抜け出したことがあったのだ。もっとちっちゃかった頃だ。父さんとお母さんが、私をおじちゃんとおばちゃんのところに置いて旅に出ちゃった時だ。あの時も今と一緒で、怖くて寂しくて、変に興奮してやっぱり泣きながら歩いたのだ。
 どんな道を歩いたのか、結局どうやって二人に追いついたのか。そのときのことはほとんど覚えてない。
 けれど、忘れられないのは父さんにものすっごく怒られたことだ。思い出すだけで、ちょっとちびりそうなくらい怖い顔してた。
 確かに、二人を追いかけて歩いてるときは、つらかったし怖かったし。だから怒られたとき、自分がすごく危ないことをしたのだとわかった。
 じゃあ今はどうだろう。
 あのときに比べれば、キケンはずっとへってるはずだけど。
 また今度も、怒られるのかな。
 いやいや。なんの。お母さんに聞かれて、云ったじゃないか。

「うん。一人でも大丈夫」

 口に出して呟いてみたとたん、涙が、まるで塊のような量で噴き出してきた。
 自然と嗚咽まで漏れてくるけれど、それを噛みしめながら、まるで押さえつけるようにして涙を拭いながら、それでも脚は止めずに、歩き続ける。



 そして、またしばらく経過する。
 その後のことも記しておこう。

 フロワロと竜の勢力増大は皮肉なことに職業需要をも喚起した。
 危険を前提とした職が新たに求められるようになったし、実際に命を落とすケースが増え供給が需要を追い越すことはなくなった。また市井の人々にも累が及ぶようになれば「欠員補充」の機会も増える。一方で人々の広範な交流が途絶え、経済や物流自体の矮小化も起こりはしたが――それらを総ずるに、サバイバルに強い人間ほど幅を利かせられる時代になったってことである。
 彼女はその中を、それなりにタフに、それなりに気楽に生きていった。
 長年ハントマンを続けた両親はそれなりに顔が広くて、それら繋がりにたくさん助けられた。
 両親から学び得た、そのへんの行商人などよりもよほど優れた旅の知恵は直接的に彼女を助けた。
 腕力は正しい時に使え、和をもって尊しとなせ、旅をするなら処世術を得よ。母の教えは、余さず役に立った。
 まあ。おんなのこの自覚を持てってのは。まだ少々。自信はないのだけれども。

 父を模範し絵筆を手に取ってみたこと次期がある。けれど、どうにも。絵心があるようには我ながら思えなかったし、趣味とするには絵具の価値の負担が大きかった。余談ではあるが、彼女は父の絵師としての腕を疑ってはいなかったけれど、その他の目から客観視してみれば。まあ。その。
 薬学や植物学に関しては、母と劣らぬ興味を持ってはいたけれど根気強さが足りなかった。例えば花畑に見惚れはするけれど、そうしているウチにまた新たな景色がみたくなってくるのだ。我慢しきれなくなり、また旅を始める。
 つまり彼女は、両親から旅好きの部分のみをキレイにそっくり受け取ったことになる。

 あの後も事ある毎に泣き続けた。けれど、涙がでてくるのは不思議と一人だけのときだった。
 顔見知りであったハントマンから、両親の所在を訊ねられても笑顔で「私も捜してるんです」なんて答えてのけて、逆に相手を戸惑わせたりもした。
 そうして旅を続けているうちに、やがては一人であることに馴れていく。
 二人が死んだとは、今でも思ってないし、思えない。
 こうして歩く先がもしかすると二人の居場所まで通じてるのかも知れないのだから、そう思えば旅は愉快なものだった。
 両親を捜し続ける気持ちを残したまま、風化というよりも、その思いはゆっくりと変容していく。

 この世界を、残らず歩き尽くしてみたい。
 
 そうすれば、父さんとお母さんにもいつかは会えるだろうし。
 この世の果てがもしあるとするならば、そこまで歩いてみたい。
 フロワロが邪魔をするのなら踏み分けてでも。竜が道を阻むなら斬り伏せてでも。
 そしてそれがもしも、この世の終わりだとするならば、それだってこの目で見てみたい。

 幸いにもハントマンという職業は、他の何よりもその目的に近い生業だった。
 彼女は旅を続ける。
 

 

 

・ シリーズ亜阿相界(東方食事情)。その四。



 産まれたときから目の開いている赤子が居たとするならば、そのコは生まれ落ちたそのとき何を思うのだろう。
 初めて目にする光は分娩台の強烈な照射。白一色の世界を埋め尽くす歓喜の声に、暖かな母のまなざし。
 己が祝福された存在だと気付けるだろうか。
 とまれ、途方もない想像は作家にまかせるのがよい。たとえば夢野久作、レイ・ブラッドベリ――だが彼らが描いた胎児の、そして新生児の心理はおおむね呪われたものだ。
 暖かで昏く、栄養にも困らない、満ち足りた孤独。母の胎内とは理想的な寝床であり、最上の夢である。しかし胎児はそこから引きずり出されねばならない。冷たい外気と焼け付く光線と、ざわざわと刺々しい意志の満たされた世界へ。
 そんなだから、アダムとイブが楽園を追われるかの有名な一節も、この世に生まれ来る胎児の寓意、アイロニーとする説もあったりする。
 至福の楽園、母親の胎内から、死せるさだめを負わされてこの世へ。だとするならば、赤子が犯した罪とはなんだったのだろう。
 イブのかじったリンゴに相当するような罪。
 まさか母親の腹をけっ飛ばした暴行罪なんてオチもあるまい。

 楽園、まほろば、無何有の里、あるいはマヨヒガ。
 そういう場所には良い香りが漂っているものと相場が決まっているらしい。
 その匂いとは、個人的な想像ではあるけれども、煮炊きをするかまどの匂いなのではないかと思う。
 薪の燃える香ばしい匂いに、炊かれて膨らむでんぷん混じりの蒸気。
 まあ。幸福のイメージが炊事の香りというのも今時は通用しないのかも知れないけれど。実際に、柳田國男の遠野物語に描かれた『迷い家』は、人の姿がまったく確認されないにも関わらず、火にかけられたままの茶釜や馬を結わえていたらしい形跡などが確認されたりするらしいので、あながち外れた想像でもないのかも知れない。
 星明かりに月明かり。
 明かりという文字が逆説的に夜闇を想起させるこの言葉通り、無人の里は夜に包まれている。とすればこの香りは夕餉のものだろうか。いずれにせよ無音に等しい不気味さに、一部屋敷には誰がいつ点したのやら行燈の灯りさえ揺れている。

 と。

 その屋敷の庭に影が飛来した。恐ろしい速度に反して音もなく着地し、そのまま縁側まで歩み寄りやれやれどっこいしょといった風情で腰掛けたそれは、人に似て人ではない。袈裟や法衣にも似た布地の多い奇妙な衣装。そこから溢れ出る九つのしっぽは後光のようにきらめく金色の毛並み。
 妖狐である。
 休憩のつもりだろうか。沓を脱いであぐらをかいてくつろぎ始めたその背後の障子に――ゆらりと、不穏な影が揺らめいた。
 熊ほどの巨体を二足でささえ、両手をベーシックというかポピュラーな幽霊よろしく前に垂らし、そのまま妖狐の背後に障子ごと倒れかかりそうな姿勢で佇立している。
 妖狐、気配に感ずるところがあったのか肩越しに振り返り影をみとめ、眉をひそめる。手を伸ばし、すたんと障子を開け放てば――なんのことはない。行燈の灯りが影を大きく映していただけだ。真っ黒いぼろ雑巾の切れっぱしのような物の怪が行燈に覆い被さるよう寄りかかっている。
「……これこれ」
 狐の口から出たのは、たしなめる声音である。するりと座敷にあがり、ぼろ雑巾をつまみ上げる。いかにもボロらしく先が二股に裂けたそれは、さして害のある物の怪にも見えないが、行燈を倒しでもして火が移ればこの無人の里は景気良く燃え上がるだろう。
「そんなものを舐めてもさして栄養価があるようには思えないが、それともそれは猫又としての嗜みか?」
 おっとその通り。雑巾ではなかった。
 黒猫である。
 みすぼらしく毛羽だった毛並みに、痩せ細って垢に脂にまみれた汚らしい姿。見間違えもご容赦願いたいが、なるほど行燈に前脚をかけていたのは油を求めてのことだったのだろう。
「しかしお前、猫又にしてはまだ年幼いね。生まれつきの猫又とみるが、どうかね?」
 首根っこをつままれびろんと垂れ下がったまま、どこか濁った瞳で黒猫がつぶやく。
「……誰?」
「おや。これは非礼を働いたかな」
 狐、つまみ上げたまま猫の顔をごしごしとこすり、唇を寄せ如何にも動物めいた長い舌で舐めて清める。目元、耳の裏、首筋に肉球にと、傍目からみれば執拗なまでに舐めるが、猫は無抵抗に目を細める。
 猫のきれい好きは自身のにおいを消すための狩猟本能だ。その割に、毛づくろいは親猫に教わって初めて覚える。もちろん自発的に行い始める例も少なからずあるが、ノラの猫が妙に汚かったりするのは、早くに親と生き別れそうした教育を受けられなかった場合が多い。
 さて。汚れが取れておおむね黒一色になった猫を、鼻面をあわせるように持ち上げる。
「私を誰かと訊ねたね? 先に名乗らせるとはなかなかの威厳だ。しかし誰何をあげたならよく聞きよく覚えなさい――私は九つの尾を持ち八雲の名を持つ飯綱権現、七星と六道を馳せ五行と四聖を識り三途の川さえ計り干せる二人と居ない幻想郷一の使い手からなる幻想郷一の使い魔、与えられたその名も八雲藍だ」
「……おおー」
 ぷらぷらと揺れながらあがった声に、気分よさげにしっぽを揺らす。
「ほう。理想的な反応じゃないか。お前みたいな幼子に空威張りしても詮無いかなと思ったが」
「長い名前だね」
「……いやいや見得は省きなさい」
「じゃあ、ヤクモ?」
「おっと、その名は私の主人の名でもある。畏れ多いゆえ呼ぶなら下の名になさい」
 云いつつ、行燈の明かりを背に無人の縁側に腰掛ける。
 膝に黒猫。背後にはちゃぶ台。その上には湯気のたつ湯呑み。残念ながら月はおぼろ。
「さて私は名乗り終えた。今度はお前に控えて貰おう。名はなんという?」
「わからない」
「ふむ。まあこんなところにいるぐらいだ。愚問だったか知れないな。では元の質問に立ち返るとして」
 と、小さな額を撫でていた手がするすると背中を滑り、二股に別れた尾をちょいと摘む。
「コレは生まれつきだろう?」
 黒猫、くるりと丸まる動作で尻尾を引っ張って奪還。
「わかんない」
 同じ答えが二度返ってきた。もし三度目も同じであれば取り返しはつかない。
 狐は片眉をちょいとあげて「そうか」と答えて、方針転換。
「己の無知を自覚するのは無知の知といい、賢人たる第一歩でありあらゆる者ができれば持つと良い嗜みだ。その歳にしてそれを得ているとはなかなかの大器を感じさせるが、中身が空たれば大小の差はさほどない。故に存分に満たさないとな」
 先に記した『気づくろいの教育』からも分かるとおり、母猫はなかなかに過保護で教育熱心だったりする。いや狐もそうなのかどうかは知らないが。
「さて。お前のこのしっぽだが、一般に尾の数は霊位霊格の現れと云われている。もちろん多ければ多いほど強く立派だ。まあ単純に年経た象徴とされることもあるが、いずれにせよ年経たモノは何であれ霊験を帯びる。ゆえに意味はほぼ等しいだろう」
 猫の反応はぱちくりとした瞬きのみ。それから、別れてはいるがまだ短く痩せてあまり立派には見えないしっぽと、夜目にも明るい金色のふさふさしっぽを見比べ、その持ち主を見上げて云う。
「偉いんだ」
「私かい? まあ、そう思って貰っても差し支えはないな」
 九つの尾が波打った。
「それとも、年寄り?」
「んー。お前の目からみればそうなるかも知れないな。とでも答えておこう」
 九つの尾が順番に揺れた。
「で。大器と二つの尾と黒い毛皮をもつガキんちょよ。疑問がありせば訊くといい。なければ疑問を探すといい。何せ私はお前の幾倍もの尾と歳を持っているからな」
 そう云われ、暗い庭に目を逸らした猫は、まさか文字通り疑問を探したわけでもないだろう。
 けれども割とそのものずばりの疑問を口にした。
「ここはどこ?」
「ああ、此処はだな――」
 と、軽く開きかけた狐の口が少々重くなる。案外と難問だった。
「ふむ……幻想郷とされる地の、マヨイガと呼ばれることもある地点だ。が、人のつけた名さえ無く、幻想とされる郷ゆえ地図のように『ココだ』と指定できもせず、その中の、入れる者の希となるマヨイガたれば尚更だ。地理を言い表す手段が三次元しか無いというのも不便な物だな。……ふーむ」
 思案顔に目を細めて黙り込み、直後、膝からじっと見上げる瞳にふとプレッシャーでも感じたのか、やや急いで言葉を継ぐ。
「とはいえ、概略ならばいくらでも述べることができる。おおまかに云えばここは幻想郷だ。幻となった想いが集まる場所。あるいは人々が幻な想いを寄せる場所。世の大多数から忘れ去られた、世の小寡数が流れ着く場所。そして私たちがいるこの場所は大幻想郷の中の小幻想郷とでも云えようか。幻想郷譚は様々な場所で語られており、様々な場所で確認されており、様々な文献に残されているが、その中でもここは遠野物語に記された『マヨイガ』に多く一致が見られる。煮炊きのあと、素朴にして立派な家屋など、安寧に平穏な暮らしが窺える長閑な情景にはしかし人の姿は一切無い。伝えられる説話の一つに、ここから何かしらの器物を持ち帰った者は以降、幸福に暮らすことができるとのものがあるんだが、それから類推するにここは人々の描いた『満ち足りた暮らし』という幻想により成り立つのではないかな。そうだと仮定すれば、里帰りした後の幸福も、理想の具現を己が物として持ち帰ることにより、理想を己が物とした類感効果だとの説明が適う」
「るいかんこーか」
「そう。類感効果。フレイザーエフェクトとの言葉もあるかな。似たもの同士は似た性質を持つというあらゆる呪術の基礎となる働きだ。たとえば牛の刻参りにて五寸釘を打ち込む藁人形も、怨敵の姿を模すモノでありーとっとっと。これはちと脱線かね」
 狐の話を引き留めたのは、脱線と云うよりも仔猫の興味が急速に失せていくのを感じ取ったからだ。猫の瞳は移ろいやすく、子供の興味もまた然りだ。
 ぐるりと頭を巡らせて、タンスに目を留める。猫をあぐらにのっけたまんまずりずりずりといざり寄り、物色開始。すぐに真っ赤な反物を引っぱり出して、
「ほれ」
 びりりりと細く裂いて猫のしっぽへ蝶々に結わえた。
「これでお前も何かしら幸福に与れるかも知らんぞ」
 と。これまでの話をわかりやすくまとめてみせた。
 黒猫、リボンを振ってみて、ちょいちょいとじゃれてみる。あんまり引っ掻くとはずれてしまうと気付いたのか適当なところでやめて、狐の顔を見上げる。
 猫に表情筋はないので、どんな表情をしたつもりなのかは分からない。
「他になにかあるかね?」
 しかし、仕草で十分伝わってくることもある。真っ直ぐに見上げてくる視線はある種の期待、信頼。曰く、このひとなら教えてくれるかもしれない――。
「わたしはだれ?」
 真っ向から不意打ちが飛び出した。眉間を打つ寸鉄に狐は涼しげな表情を保てず、素直に眉をしかめてしまう。
「これはこれは。驚いたな。お前のその疑問は物思う芦である人間が幾世紀も経てやっとたどり着いたものだぞ。世の理に摂理を定め、人の世に法律を築きして初めて人は自己という存在に直面することとなる。文明の庇護により人は野性に頼らずとも己で生きるべく道を選べるようになった。しかしそれは選別を科せられたに等しく、故に人はその基準となる価値を求めた。それが自我の正体ともいえるが、しかしその認識により超自我、潜在意識、もしくは己の意に沿わぬ社会的選択、また乖離したはずの野性との対峙と人であるが故の問題を孕み――記号論、イデオロギー、社会認識……ううむ。文理は得手じゃないんだよなあ」
 と、哲学への旅を始めかけて半ば無意識に猫の背を撫でれば、激しい静電気がバチバチバチ。おかげで狐、我に返りつつ。
「だがまあ、お前が誰であるかはともかくお前が何であるかは語って聞かせられる。お前さんは黒猫であり、瑞猫であり、化け猫で猫又だ。この国には土着の猫はおらず比較的近年に大陸からの伝来してきたものとされており歴史は浅い。それに加え犬と比較、人の意に沿わぬモノとして奇異な目でみられることも多く、正体の知れぬ生態も多くしてそれらが怪しげな伝承の温床となっている。元来は経文と共に伝わったものなのだからもうちと珍重されても構わない気もするがな。で。その中でも代表例である化け猫は年経た猫が霊威を帯びて変ずる化生とされており、それ故にー、ホレ。お前、お前以外の猫をみたことがあるか? みな尻尾が短かっただろう」
 話題を振るのは興味を持続させる手管である。
 が、猫は小首を傾げてよくわからないといった風情。
「ん。そうか。まあ短いんだよ。アレは猫又となるのを防ぐ手だての結果なんだな。齢を重ねる前に、尻尾をちょんぎってしまう。二股に別れる尾さえなければ猫又にもなるまいとな。それが遺伝し今でも和猫は尻尾が短い。まあ猫の尾を無用の長物と例えた言もあるし、詰まれるならまだマシだ。極端な例ともなれば、飼い始めて七年で叩き殺し三味線の皮にしてしまうとの話もある」
 べんべん。と爪弾く仕草。
「どうあれこの国の人間は農耕民族だ。三世に一と数えられる狩猟者の眷属たる猫とはあまり反りが合わないのかも知れないな。ただまあ、お前さんのように産まれながらにして尾が二股に別れている例も希有ながら伝えられているが、本来は長年蓄積された霊威の発露として尾が別れるのだ。だから産まれながらともなれば――」

 そこで。気分良く回っていた狐の舌がもつれて止まる。

 幻となった想いの吹きだまりにいる仔猫。
 親から身の繕い方を教わっていない仔猫。
 産まれながら人から疎まれる尾をした仔猫。
 ここまで揃えばバカでも察しは付く。

 膝の上の黒猫は、狐の顔を見ておらず、何処とも知れぬ暗闇に目を向けている。
 黒一色のその猫は、夜の一部を凝り固めて産まれたような色をしている。だからだろうか。あらぬ闇に目を向けている猫は、どこか振り返っているような風情がある。
 酷な話をした。
 狐の得々と語って聞かせた説話は、要するに「お前が捨てられた理由」である。
 しかし狐を責めるのはお門違いだ。それでなくとも、狐がしたかったのは『産まれながらに尾の別れたお前は才能がある』以上の話ではないし、子供の興味を引くために、情操教育にキズを付けない程度のスプラッタを織り交ぜるのは話術として常套上等な手法であるし、なによりガキが怖がるのは楽しいものだ。
 とはいえ、当の狐はそこそこに善人であるらしい。嫌な味のつばきが沸いてくるのを意識しつつ、言い訳がましく付け加える。
「……人の世の迷妄を恨んではならんよ。アレはアレで秩序を保つ方便なんだ」
 だがそれが何になるだろう。 膝の上のぬくもりがいつ離れるか気が気でない。
 暗闇を映せば目はまるで虚ろだ。その瞳のまま仔猫はまたぽつりと問いかけを漏らす。
「どこに帰ればいいの?」
 否、質問ではない。誰に向けるともない疑問であった。
 理想の具現である品物を持ち替えられれば幸せになれる。ご高説結構。しかしそれは逆説的に、帰る場所の無い者は永劫幸福になれないということではあるまいか。
 難問であった。
 実際、狐はこれまでの難問にどれも本質的な答えを導き出せてはいない。対処療法とでも云うべきその場凌ぎである。
 だから今回も、それを選択した。

「では、お前は私のものになるといい」

 返事をしようとしてかしまいでか、見上げようとした猫を構わずひょいと摘み上げて、胸に抱く。
「ほれ。よく覚えておきなさい、これからはこの懐がお前の帰る場所だ」
 布地の多い袖に、丁度くるまれるような形になる。その懐のぬくもりは如何ばかりだったろう。
 猫に表情筋はない。故にその胸に去来した感情がどのようなものであったか知るのは難しいが、狐の服に軽く爪をたてた。
「さて。他に何か、訊きたいことはないかね?」
 小さな猫の小さな額に納まる小さな脳味噌は、おそらく新たに訪れた疑問、訊ねたいことが渦巻いていただろうと思う。だが相変わらず、仔猫の問いかけは率直だった。
「……おなか空いた」
 狐は、やっと簡単な問いかけが来たと小さく笑う。






・ 東の方の、地に霊う殿。


 ……地の霊の殿。のが美しい気がするな。まあいいや。


 クリアラーズシンドロームて病気があるんですよ。
 ねえよ。
 ごめんなさいそれらしい日本語での表現が浮かばないので思いついたまんま口にしてみただけです。

 いつ頃から生じた区分やら知らないけれど、世の中のゲームの一部ジャンルのプレイヤーは、
 クリアラーとスコアラーで大別されるらしい。
 クリアラーは文字通り。ゲームクリアを最大の目的とする者であり、
 スコアラーはそこから先をいき、スコアアタックなどゲームの随にまで至ろうとする人間を指す。

 まあ。今の世のゲームはほとんどがクリアを目的として設計されているのだから、
 ゲームにさわる人間は例外なくクリアラーであり、区分をするならばスコアラーだけで十分とも、云える。

 しかし、世の中はクリアラーという言葉に居場所と存在意義を与えている。それは何故か。

 一つは自嘲だろう。近頃の STG は初心者と上級者ともに門を開くために、多く
『普通にクリアするなら楽だけど、スコアアタックのつもりで遊ぶとゲロ難しい』といった調整が為されている。
 ゲーマーがその難度を低減させるための仕様(例えば大量のボム)に手を出したらば、
 それは設定された難度の前に屈服するのと(事実はどうあれ)等しく、すなわち負けを意味するのだ。
 その敗北を甘受するとき、多くのプレイヤーは呟くのだな。「しょせんオレはクリアラーだし」と。

 最初にクリアラーって言葉が使われているのをみたのは、ビートマニア周辺であったなー。
 確かにあの辺は「クリアできれば満足派」と「ALL コンボ達成こそ目的派」と別れやすそうな気もする。

 等と筆の向くままに脱線を続けたけれど、
 要するに私はクリアラーだ。ついでに、軽く、あくまでかるーく病的な。
 そのゲームにおける目的の大為す部分を達成したらば、急速に熱が失せていくという病気である。
 STG でいうならワンコインオールを達成した瞬間からもはやコインの投入を行わず、
 RPG ならばボスを倒したその瞬間からぼうけんのしょの表紙は閉じっぱなしとなる。なのでエスタークもダークドレアムも神竜も神様も倒したことなくて8の裏ボスなんて名前さえ知らん。
(まあ、裏ボスまで倒してる方が少数派だろうなとは思うのだが)

 生来の飽き性を矯正もせず鍬も入れず過ごしてきた私に云わせれば、
 ゲームなんてのは「好きこのんでわざわざ行う作業」であって
 面白いゲームとはすなわち「それがめんどくさい作業だと気付かせず ED まで続けられるゲーム」だ。
 そんな、地面に突き刺すことでようやく直立しているようなか細い根気を瞬間燃焼させて挑むのだ。
 上の病気はその反動であるかもしれない。 

 それでも、好きな物への執着は人並みに持っている。
 東方は好きだ。できるだけどっぷりと遊びたい。しかし、東方であれこの病気の例外とはなれず、
 クリア後には興味が失せてしまう。
 よって、 Easy も Normal も置いといて Hard から開始するのが、私にとっての最適解となる。
 要するに、クリアするのに十分かつ存分に苦労できる難度での開始だ。
 さすればクリアまでの道のりは自ずと遠くなりして、長く幻想郷に入り浸れるのである。
 …… Luna 開始? それだとクリア前に根気が灰になると思う。

 永夜抄も風神録もその通りに実行した。
 最適解どおりの結果を出せたと思う。
 けども。だけれども。
 地霊殿に至っては、その最初のスペル。
 一面の中ボスが放ってくる『釣瓶落としの怪』への挑戦回数が一〇〇回。二〇〇回。四〇〇回。八〇〇回を数えた辺りで、
 進む道を間違えたのだと。もはや平坦になった目で思うのだった。

 おかしい。おかしいて。今回の Hard の難度。

 それでも、道を違えたなら傷が深くならんウチに、まだ陽の照っているウチに引き返せばよろしい。
 しかしそれさえ失したのだ。
 それでなくとも冬の陽は深く深く、かつ速やかに落ちて行く。

 いやー。ほんとはねー。やたらと時機狙いの弾が飛んでくる一面道中から「もしかして」と感じ、
 三面ボスに出会うまでに丸一日を要し、そんでその弾幕にあっさり撃退されたあたりから
「……こりゃやべえな」とか思い始めてたのよ。
 五面に至っては道中・中ボス・ボスと、それぞれ初見するたびに「ゆるしてくださいゆるしてください」とか呟いてたね。

 でも、六面まで行っちゃったらもう引き返せないじゃない。
 ここまで来て今更ノーマルで一段階易しくなった弾幕をみたらもう、薄くなった手応えにがっかりするに決まってる。
 そして、道を引き返すのに最大の邪魔者として立ちはだかったのが上述の病気だ。
 例えそれが一時的な気晴らしを前提とした Normal でのクリアであっても、エンディングとスタッフロールをみてしまえば、
 その途端、Hard 突破への意欲は枯れ果ててしまうに違いない。
 そうなってしまえば、ヌルくなった道中や弾幕に気落ちしたまま、
 そのおっことした気分を拾う機会が永遠に近い遠さでもって訪れなくなのだ。
 私の病魔は、進む先の暗さと険しさにうんざりとする私の背後に、じったりと居座っている。
 振り返る度にその異容がちらつき、物言わぬ目線でのみ、語りかけてくる。

 クリアラーシンドロームって病気の、その本質を初めて悟った気分になったね。
 結局五一時間かかったってよ五一時間


 それでなくとも今回の東方はストレスフルな設計でした。
 一定期間に一定数グレイズを行うと自動的にアイテム回収が行われるという仕様のためか、
 道中は自機狙いの弾がやたらと多く、それは厳密な切り返しを要求され続け
 ひいてはガチガチなパターン化を求められるし。

 パワーを消費して霊撃というシステムもストレスだ。
 前回と比較してパワーアイテムを落としてくれる敵が限定されており、
 下手なシーンでアドリブ気味に使うと回復の機会がなかなか訪れず、さらに低下した火力でジリ貧続き。
 パチュリー装備に至っては、攻撃範囲も狭く、よって威力は直撃させなければゼロに等しく、
 弾消し効果も薄く、パワー消費の反動で攻撃範囲も狭まりかえって状況が悪くなることも珍しくない。
 ここでもまたパターンの徹底遂行を求められる。

 エクステンドの仕様にも文句をいいたい。
 今回のエクステンドはアイテムの回収数でも得点でもなく、
 ボスの放ってくるスペルカードおよび通常弾幕を、ノーミスで避けきった場合にのみ入手できるアイテムを
 四個入手する度に残機が増えるといった設計だ。
 ここでいうノーミスとはあくまでノーミスであり、つまり霊撃を使用してもミスさえしなければ入手できる。
 これは一見救済処置のようにも思えるけれど、しかし上述した「スコアによるエクステンドはない」て仕様を重ねると、
「スペルカードの取得をがんばっても一切ゲーム的な価値はない」という構造に至る。

 しかもここでのミスは単なるミスなのではない。エクステンドアイテムの消失も重なり、
 一ミスよりも遙かに重い意味を持つミスとなるのだ。
 さらに、その構造に屋根をのっける形で「パチュリー装備のボムの弱さ」ってのを加えると、もう、
 ほんとにがんばり損になる。パチュリーの霊撃は重なって撃たないとかなり貧弱なので、
 がんばるだけがんばるという選択肢さえ灰色だ。クリアを目的とした場合、
 弾幕との相対を放棄してとっとと決めボムがもっとも賢い選択となる場面も少なくないっつーか多い。

 これまで私は東方のことを「難度自体はあんまし低くないけどその変わり失敗がそれなりに許される STG」とか、
「気持ちよく弾幕をさけることに徹底された STG」みたく思ってたのだけど、
 今回ばかりはほんと、ワンミスが即転落に繋がるストレスフルな弾幕にアルミ製の心をねじられ削られひび割られながら遊びましたわ。
 つっても、この道を選んで、病魔にひたひたと追い立てられながら引き返しもせず進む脚は他ならぬ私のモノ。
 そうしてぐったりとする僕に、ぱゆりさんが一面をクリアする度にささやいてくるのです。

「地底は忌み嫌われた妖怪ばかり。心してかかりなさい」

 うん。まったくもって、ご忠告通りでした。


 つってもなー。楽しかったよやっぱり。弾幕は相変わらず華美だし。
 娯楽のすべては蓄積と解放という形で説明できる。
 クリア達成時のカタルシスは、やはり得難いものであり、きっぱりと「楽しかった!」といえるのでありました。
 ついでに云うと、制作者の ZUN@神主さんいわく
「今回は Hard 以降を難しくしすぎたかも。あ、でもノーマルはいい感じだと思うよほんと」
 とのことなので。ノーマルはいつも通りな東方かも知んないスよー。

 他雑感としては。
 パチュリー装備(私はまりゅりー装備とよんでた)は、「楽をするための苦労は厭わない人専用装備」て具合。
 単にクリアを目指すのであれば例によって針巫女というか紫装備が一番なのだけど、
 あれは攻撃範囲がやや狭めで、ボスの目の前に陣取り続けるためにアグレッシブな回避が必要になるそこそこ実力派向け。
 転じてまりゅりーは、あまり役に立たなさそうな各種攻撃範囲変更も、
 しっかりと試行錯誤すれば各ステージに一通りずつは有効な使い道を見いだせたりします。
 ついでに、普段はいまいち頼りがいのない霊撃も、決めボムと割り切りボスに直撃させれば恐らくは最強な威力が出ます。
 すっとばす弾幕を見極めることができるならこれ以上のボムはない。と思う。

 ストーリー的な面からぼんやりすれば、
 永以前の弾幕はすべてごっこ遊びであり、命のやりとりではなかったと公式に言明された訳だけど、それ以降の、
 風・緋・地はそれぞれスペルカードルールから逸脱した連中、外来者ばかりが相手となります。
 ので、本気で命取りに来てるのかも。
 話も博麗神社の消失・大地震・大噴火(?)と、遊びじゃ済まない規模のお話になってるし。
 作中にもはっきり「ここで死ぬ!」等、死臭のする発言が増えてるんだよね。
 さて。このへんの傾向が、次回作ではどう発現するのやら。ちと怖いような楽しみなような。

 次と云えば、次は何処に行くんだろうねと云う気もするんだけど……。
 そう思った発端は、天上の果てと地中の果て、それぞれに行き着いちゃったから、
 じゃあ次もまたどこかの果てに行って当然――みたいに思ったんだけど、
 ただこのへんは、緋と地の二つの相克ってだけで次回作には影響しないかも知れない。風は近所の山だしな?
 でも山はスタート地点、博麗神社を中心点とするならば、緋と地につながる話でもあるし……うーん。
 いずれにせよ緋と地の相克は疑いようのないところでありましょう。
 天人が地に属する地震を発露させ、一方で地に棲むモノが太陽に擬するものを放とうとする。

 さて。次はどうなるんだろうねと思いつつ。
 ひとまずは。守矢の神社に。お百度参り。

 

 


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 文字とか書けます。 - www.megaegg.ne.jp/~tehihi/
 作家志望てのと「バンドメンバー募集! 当方ボーカル・作詞担当」てのとどっちが恥ずかしいかな。

 上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
 いやごめんなさいちょっとやってみたかっただけです。







・ 少女執筆中。


 いや少女じゃねえけど。
 宵待月黒猫塔のローディングはあなたのリソースを奪いません。いや読んでないし。ライティング?
 CD および DVD の書き込みって照射と筆写で両方ともライティングだからダブルニーミングになってんのね。

 まあバイトが忙しくてさ。休日が実質二日しかなかったんですよ。
 とか云いつつ以下に並べるのはゲームの所感ではありますが。ハイ。
 以上、停滞中の東方情に関する誰に問われるでもないいいわけでした。






・ 勇者に良いところを持って行かれる RPG ならありましたよね的コメントの方。


 誕生日おめでとうをありがとう。拍手ログが消えちまったい。
 あったような気がしますけどー。なんでしたっけそれ。ライブアライブの中世編?
 いやまあある意味美味しい所もってかれてるけどさあの世でオレにワビ続けろォー。
 あとはバハムートラグーンとかも浮かびますねーアレはストーリー云々よりも他に色々と問題のあるゲームだったと思ってますけどそもそも RPG じゃないし。

 RPG てシステムはもうドラクエの2で完成してると思うんですよね。
 DQ3 になるとその時点でもう「あそびにん」という余禄がでてる。
 なので、案外と多岐にわたった進化を経ているジャンルではあるのかも知れないねー RPG。
 とか語り始めるとまた長くなるので別の機会にでも。






・ 近頃のゲーム。


・東方地霊殿。

 いつも通り Hard から開始してるんですが未だにクリアできません助けて。
 例によって所感雑感はあるけれど、とりあえずはクリア達成までお口にチャック。

 合言葉は『ぼくの心はアルミ製。やわらかくて曲がるけど折れはしない』
 ……にゃーじゃねえよ。にゃーじゃねえってんだよちくしょうめえ。


・東方緋想天。

 相変わらず楽しく。ver1.03 のバージョンアップに伴い途端に強キャラと化し、
 結果厨キャラとさえ蔑まれることになった魔理沙さんとパチュリーですがええ二人とも持ちキャラですよまったく。

 まあ格ゲにおけるキャラ性能の下馬評なんておおむねアテになんないもんだけどねと、
 強化されたはずなのにむしろじわじわと後退して行く戦績を眺めつつ思う。

 ver も 1.06 となった現在では二人の風当たりもだいぶ収まった気がしつつ、
 某掲示板の Luna レベルにて勝率五割前後。
 コンボが苦手で練習を放棄し続けて結実したものは、
 立ち回りとスペルカードのぶっ放しだけでダメージを稼ぐプレイスタイルでした。
 おかげでいつまでたっても勝率が安定しません。

 ウチの魔理沙さんは攻め攻めと見せかけつつ中距離放棄の遠近両極端型。
 相手と同軸にいるだけで脅威を与えうる牽制力を図に乗っけてぶんぶん飛び回ります。
 そんでウチのぱゆりさんはなんかもー射撃だけに生きる決意を固めた逃げ逃げ迎撃型。
 JA の連続ヒットからでしかダメージを貰えません。セレナが当たらないと生きていけません。
 共に両極なスタイルなので、ゲームを隅々まで楽しめている様な気分になりますがほんとは隅っこの方に縮こまっているだけかも知れません。

 東方の、公式なシリーズであるとはいえ STG から格闘へと大幅な置換を求められたこの作品。
 しかし遊んでいるウチに、既存のキャライメージとキャラ性能とが見事な合致をみせているのに感心させられます。
 特に魔理沙さんなんかは、
 優秀ではあるけれど単用途に特化した攻撃は彼女の直線素直な性根を引き写してる様な気がするし、
 同時に「対策が取られやすい」という裏面を持つその性能は、
 相対するキャラ毎に攻略法を入念に練り上げなければ安定した勝利はおぼつかず、彼女の密かなる努力家の側面に通じているよな気がします。
 いざとなれば戦局を覆す大火力スペルカードもイメージそのまんまだぜ。

 とかそんな感じで各キャラ挙げていきたくなったけど長くなりそうなので割愛。
 ま。直接にはゲームに関係するところではないけれど、でも嬉しいところだよな。



・グラディウスリバース

 発売直前まで来てもほとんど情報の開示が無く不安でいっぱい。
 まあダウンロードコンテンツはお安くてハズレ掴んでもダメージ少ないのがいいよねー程度の気分で Wii チャンネルの一つに加えたのだけどもいやいやこれが大当たり。
 やー。面白い。面白かった。
 ひとまずは二周達成でコントローラーをおいたけど、機会をみつけて三周目にも挑戦しておきたい。

 過去作でクリアしたことのあるグラディウスはおそらく比較にもっとも適してないであろう V だけなので、
 グラディウス好きーとしての品評はできないけれど、それでも何処かしら感じられるオールドスタイルは、
 かつてグラディウスの2が切り開いて見せた STG の王道たる要素が凝縮された結果のように感じた。
 要するに自機の当たり判定がでかくてこちらのショットが画面内に二発までしか撃てない!

 横スクロール STG と云うだけでも近頃は珍しいのに、それに加えてグラディウスらしい「戻り復活」だ。
 どれほど最終面に近かろうとも、ワンミスでこれまでのパワーアップをすべて剥奪されステージの中継地点へと戻され、
 貧弱なショットのみでステージ数に応じた敵群へと放り出されるというこの極悪な仕様は、しかしそこから着実かつ地道に装備を再装着しなんとかして先に進もうと足掻く「復活パターン」という遊びをも産み出す。

 どれほどの難度であっても、どこかに攻略法が存在するはずだと。
 どんな地点でミスをしたとしても、それでも復活パターンは存在するはずだと。
 そう信じさせてくれるこの根拠はどこから来たのだろう。
 それともそう感じたのは私だけだっただろうか?
 しかし、ぽんぽんと残機が増えてゆく緩い条件でのエクステンドは、復活パターンの面白さを。
 今までになく容易な一周は二周目からのみ行われる「撃ち返し弾」のスリルを。
 それぞれ上級者しか知り得なかった、まったき STG らしい楽しさを今に伝えるためだったのではなかろうか。

 ところで四面のオリジナルぽいビッグコアがぐるーんとひっくり返ってパワーアップするのはリバースだからってことでいいの?



・僕の私の塊魂。

 さりげに PSP を入手してたりした。や。末弟の誕生日でさ。タイミング良くお安く譲ってくれる人が居てさ。
 ありがたく取り引きさせて頂いたのだけどもその処分理由が「今度発売される 2000 が欲しいから」というブルジョワジィな理由だったのでお礼はそこそこにしておいた。

 ついでに購入するソフト候補は色々あったにはあったけど、そういえばまだ遊んでなかったとコレを選んだ。
 透明積みゲー(買う予定ではあるけどそれがいつかは未定のゲーム)ひとつ消化。
 その面白さを語ったところで今更だろうけど、ちょいと説明すれば。
 色んな物を吸着(?)できる球体をころがして、雪玉よろしくごろごろごろごろとどんどん巨大化させてゆくのが目的のゲームである。
 制限時間内に一定の大きさにすればステージクリア。
 もちろん規定の大きさに達しても時間が余っていればそのままさらなる大きさを目指して転がせる。
 ステージ上に設置されたモノはおおむね何でも巻き込むことができるけど、あんまりにも巨大な物はそれに相応した大きさにまで塊を育てないと巻き込めない。
 加えて、ある程度の大きさがあれば段差をどっこいしょと乗り越えることができるし、敷居やら壁やらを巻き込んで活動範囲を広げたりもできる。
 つまり、大きければ大きいほど塊をより巨大化させやすくなっていくのである。
 ゲーム性が存在するのはそのあたり。
 制限時間がある以上はとっととでかくしたい。が、ゲーム開始直後の塊はたいていミニマムなものだ。それを効率的に大きくするには、ステージに配置された巻き込める物の把握と最適なルート取りが必須であり、目標に応じた試行錯誤が必要となってくる。
 このへんの感覚はレースゲームがもっとも近い。
 例えば子供部屋がステージだとすれば、子供らしく点々と落ちているキャラメルを蛇行しつつ巻き込み反転ついでに消しゴム鉛筆などを回収しその先にある乾電池を積み上げて作ったタワーにまっすぐ激突、返す刃で名場面の再現なのかぐるりと取り囲む戦闘員人形をヒーローごと「もらったァー!!」と押しつぶし柵のように並べられた U 磁石を蹴散らして庭へ飛び出し――。

 まあなんかそんな。
「カタマリを転がして大きくする」というワンアイディアだけでここまで真っ当なゲームに仕上げるその手腕はまーほんと賞賛に値するわ。
 ナムコてそういうゲーム多いよね。もじぴったんとかさ。

 もちろん大きさ次第で猫とか人間とか家まるごととか巻き込める物は大変なことになっていく。
 巻き込んだ物に応じて毎回効果音が流れるのだけど、人の場合はもちろん悲鳴。
 ナビゲート役の王様に連れられて次のステージに移った際に「ン? ココハ動物園カナ?」なんて云われると「象? 象か!? 象なんだな!? いやキリンもけっこーでけえぞ!!」等と目を光らせるよーになったりする、なんというか誤った全能感に満ち満ちたゲームである。

 さっくり済ませようと思ってたゲーム部分がちと長くなった。
 まあ。とは云っても難度そのものはだいぶ緩い。試行錯誤とはいってもそれも大した数にはならないはずだ。
 このゲームの眼目はやはり転がす快感。心地よさ。インフレ気味にどえらいことになっていく塊をこそ楽しむものである。
 そしてそれを助長するためあらゆる場所に仕込まれた、理屈だけではたどり着けない演出に終始舌を巻かされ続けた。

 巻き込めるモノはどこか変なモノが多い。町にでて2リットルペットボトルぽいものを巻き込めば「ネコヨケペットボトル」なんて表示されるし、それが道ばたにぐるりと円を描いていてその中を猫が所在なさげにぐるぐる回ってたりする。「本日定休日」と書かれた吊り看板がある。しかもそれがポストにかかってたりする。しかもそのポストの前には堆く年賀状が積み上げられてたりする。海に出ればダイオウイカが縦に連なっていて、かまわず巻き込むとそのてっぺんから UFO が降ってきたりする。

 特に感心したのは、ゲームを開始する直前。ナビゲーターである王様から
「コレグライノ時間デ、コノクライノ大キサニシテクダサイ」とのクリア条件の説明があるのだけど、
 これを「無視」して開始できるのだ。スキップではない。無視である。
 要するに説明のメッセージが出ている最中からキャラクターを動かせる。動かせば、
「OH! 全然聞イテナイデスネ! モウイイヨ、勝手ニスレバ……」と、王様はちょっと拗ねる。

 いや、スキップさせればいいじゃん。
 スタートボタンで開始でいいじゃん。
 同じことじゃん。
 しかしそこは敢えて無視して始めさせるのである。同じことであるのならより変な方を選ぶのだな。
 スゲエ。

 他にもメニュー画面は小島をあしらっており、各種コンフィグは島に転がっているオブジェクトに触れて行う。
 サウンド関連であればウクレレを触り、セーブしたければ温泉に浮かぶひよこに触る。
 島はこの他にも二つあり、どの地点に居ても L・R ボタン一発で移動できてなかなか快適。
 でもその移動はお椀の舟で行う。
 うん。まあ。
 そしてこの移動最中にボタンを連打すると移動速度があがる。
 すげえ。なんだそれ。

 いくらか不満点をあげるなら、ステージ移行に関してだろうか。
 例えば家の中でいくらか巨大化させると王様が「ハイ、ゴ苦労様」と出てきて次の地点に移動させられる。
 ここでの理想は家から庭へ飛び出しその垣根をも巻き込んで町内へ進出、やがて家を巻き込むような大きさになりそしてやがて――てなシームレスさがこそ理想だと思うのだけど。
 やっぱハードウェア的な限界があるのだろうな。

 それから、音楽に関しても少々不満を抱いていた。
 大抵はボーカル入りの、ゲームの BGM としてはどうかと思うんだけどこのゲームにはもう全然ばっちり適合してるからアリとしかいいようがない感じの BGM でおおむね期待通りだったのだけど、でも期待してたほどのはっちゃけ具合にはまだ足りてないんだよなー……。

 なんて思いながら転がしてたら。来たのだ。ゲーム終盤で。
 奴が。
 松崎しげるが!

 あの松崎しげる色どおりのねっとりと濃ゆい節回しで軽快なスウィングを高らかに歌い上げてくれるのである。
 いや増すテンション。待ってたぜしげるー!! なんて叫びながらゴロゴロゴロゴロゴロゴロと勢いのままにエンディングまで転がせば、詳述は避けるけどちょっとしたサプライズとともにミニゲーム開始。
「遊べるスタッフロール」は近頃のゲームではよく見られる演出だ。そのミニゲームにふさわしいチープな BGM に苦笑いしつつ、エンディングの余韻のままに遊び始めれば、一転。BGM にピアノがまじり途端に切なげな雰囲気が醸し出される。ああ、なるほどスタッフロールにふさわしい演出だと思えばおもむろに挿入される濃ゆいシャウト。

 またお前か。
 また松崎しげるか。
 とは云え、『愛のメモリー』を歌った歌手だ。聴かせます。しっとりと聴かせるエンディングテーマです。 

 ――いつのころからか 優しさは減ってきたのだろう 自分だけで精一杯かもね だけどいつも側にいる 僕らは
(コーラス:カターマリィー ダーマスィー)

 しかもこの曲調がミニゲーム進行のテンポとばっちり合ってるんだわ。さすが老舗メーカー。
 いらんところで地力を見せつけられた。そして間奏に台詞が入ります。

「Hey Giris 素晴らしいコーラスだ 僕らは共に祝福された光を浴びている こんなに素晴らしいことはないよね
 輝き続けてきた、芸能生活三五年 かけがえのない物を手に入れてきた
 そう 日に焼けた、肌――!」

 なんでやねん。なにがやねん。というかわざわざ呼びつけておいて何を歌わせてんだよナムコ。
 なんかもー塊魂=日に焼けた肌だけどコレ遊んだ人間にしか通じねえよ。


・ロックマン9。

 そりゃーもうインティクリエイツ制作なら鉄板だわよ買うだわよ。
 ロックマンは名作の誉れをどかどか受けているシリーズだけど、
 しかしナンバリングを重ねるごとにじわじわ評判が凋落してったのよな。
 それのせいかどうか、GBA で発売されてた「ロックマンZ」も、
 出来の割に世間的な評価を得ていない気がする。

 バスターによる狙い撃ちと、セイバーによるリスキーな近距離攻撃。
 ダッシュというシステムも相俟って一触即発危機一髪な状況を慎重かつ大胆に駆け抜けて行く爽快感。
 加えて「死んで覚えろ」という骨太さも兼ね備えたそれはロックマンの後継と呼んで差し支えのないものだと思う。
 それを制作したインティクリエイツが正式なナンバリングタイトルを手掛けるというのだから、そりゃーもう買いだわよ。
 ファミコン風に制作したというのも興味を引かれるポイントではあったが、
 私にとっては上記の要素のが買いに値する由縁だった。

 てのはともかく買ったさ。
 買ったはいいんだけど、遊び始めはちょいと違和感があったなあ。
 私が改めてロックマンに触れたのは2が最初で、それも確か二〇世紀も終わってのことじゃなかったけな。
 そのときに覚えた感動は、ジャンプボタンを離した途端に落下する挙動と、ショットを押したその瞬間の座標をまっすぐ飛んでいく弾、その二つが合わさった狙い撃ちの心地よさだった。
 外せば手痛い反撃が待っていて、当てれれば心地よい撃破音。
 その確かなレスポンスからプレイヤーのスキルがダイレクトに反映されるゲームだと感じた。
「クリアできて当たり前」というゲームが氾濫してた時代だ。その古風でもあるシンプルさは新鮮な衝撃でさえあったな。

 とかなんとか。要するに、私にとってのロックマンとは「タマを撃てるマリオ」とでも表現できるもので、
 つまりはショットに比重を置いた形で記憶していたのだな。

 当初に感じた違和感はたぶんその辺が原因だったのではあるまいか。
 今回のロックマンはどちらかというとジャンプの方に比重が置かれている気がする。
 ショットの喜びがさほど無かったというか。実際に体力がゼロになって青く弾けたシーンはボス戦と一撃死を除いて他になかったと思う。
 まあ、ドット単位で求められる踏み切りに頭上におかれたトゲトゲなど、そのあたりの一撃死なシビアさもロックマンではあるので、感じ方は人それぞれ。
 いつも通りの死んで覚えるパターン構築に斬新なザコに凝ったステージのギミック等でいつのまにやら違和感も払拭され単純に楽しんでた。

 特に好きなのは、花時計な中ボスだな。
 円形に設置された8つの足場。踏み先はもちろんトゲ。
 そこを直線に並んだ花が時計よろしくゆっくり回転してて、追いつかれないよう足場を回りつつ、
 各足場にランダムで現れては引っ込む花型のロボットを撃つのだ。いかにもロックマンで楽しかった。

 さて。
 ロックマンを遊ぶならもちろん E 缶は封印プレイだ。
 バスターオンリーは別の機械に譲るとして。
 道中拾えるネジはすべてロールちゃんに貢いで血を吐く思いであの青く弾ける玉を山と積みつつ、
 這ってラスボスの伝統、ワイリー UFO までたどり着き、その日はあきらめ電源を落とし、
 再開すればこれまた伝統に従いワイリーステージの最初からやり直しで、
 それでも使うもんか使うもんかと E 缶を意識から追いやり続けて、ついに UFO の回避方法を会得し、
 あのゲージを三分の一まで削ったところの武器チェンジ画面にて手が滑って道中で拾った M 缶を使っちゃったときの一瞬の空白がね。
 そんで「でもまあ、やり直すにしてももうちょい回避の練習をしとけばいいか」と思いつつも、ついつい撃破しちゃったときの。
 落胆がねー。

 しかも今回のロックマンは 360 での配布も意識してか実績もどきが搭載されてるんだよね。
 E 缶 M 缶未使用でのクリアは『NO COFFEE BREAK』というなかなかイカした実績名だったりします。
 セーブしたところからやり直せば大丈夫らしいけど、
 しょせんクリアラーな僕はオールを達成すると途端に興味が失せるという病気を持っているのです。
 うーん。
 使用した瞬間から流れるあの『ピロピロピロ』が鳴っているまにリセットすべきだったかしら。

 ともあれ楽しかったよ。例によって詳述は避けるけど、
 今回のエンディングは今までのロックマンでも屈指の出来だと断言できます。

「このときも! このときも! このときも! このときも! このときも! このときも! このときも! このときも!」 

 爆笑快笑。いちいち色が変わってたのはそのときそのときの弱点装備にあわせてのことなんだろうなあ。
 愛と誇りを感じたぜインティクリエイツ。

 どうあれ、ロックマンが好きだと自称できる人ならばおおむね間違いなく楽しめる良いタイトルだと思いますぜ。
 や。楽しかった。






・ 遅くなったけどmany happy returns! 何もないのでオイラ謹製の「なんかやれ券」をプレゼント。


 ロバート・サブダの絵本を既刊全部ください。
 ごめん嘘つきました。
 つまりそれは事実上、イラストのリクエスト権ですよねー。えーと、じゃあ何描いてもらおうかしらー……と、考えてたら何か鼻血吹きそうになったので思考停止。
 そのうち儂の同人誌の挿絵とか描いてくださいよ次はいつ出すか未定だけどーともあれありがとう。






・ 負けてもゲームオーバーにならず強制的に話が進むRPGとかどうかね。


 例えばストーリー重視の RPG などではゲームオーバーなんてシステムは邪魔者でしかない。
 負けてはならない場面で主人公が負けちゃった場合、なかったことにしてセーブした地点からやり直し。
 同じ手順、同じセリフを敵味方とも緊迫感に溢れた表情にて繰り返し、はいもう一度真剣勝負。
 間延びも甚だしい。

 こうした欠陥があるから、ストーリーの重視された RPG てのはヌるいのだ。
 それでなくとも RPG とは基本的にレベルをあげさえすれば誰だって先に進めるシステムであり――、
 ――、
 ――、
 ――、
 と。昨今の RPG への愚痴をキーボードの前で延々呟いた後に本題。
 だったら負けても構わずストーリーが進行しちゃう RPG なんてどうかね。
 まあ幾らでも草案が転がってそうな与太話なんだけどさ。以下。

 例えば魔王討伐の選考試合なんかがあったとする。負ける。
 すると別の奴が勇者として奉り立てられ、主人公は勇者のお供として随伴するか、
 さもなくば国の援助なしの独力で魔王退治に向かうかしなければならかったりする。

 そうして進むも洞窟のボスとかにやられちゃってやはり国のバックアップなしではどうにもならないと悟り、
 勇者の道をあきらめ、田舎に引きこもったりもする。
 そんで人並みに所帯を持ってさ。世界を守れずとも、オレはこの家庭を守れれば、それでいい……。なんて思ったりする訳よ。

 そこに魔物が襲撃してくる。
 どうやら先の選考会で選ばれた奴は勇者の器じゃなかったみたいなんだな。
 どこかでのたれ死んだものらしく魔王の侵攻を阻めずして、こんな末端にまで魔物の手が伸びちゃったらしい。
 もちろん主人公は家族を守るためここ数年、鍬しか握らなかったその手で剣を構えます。

 で。負ける。

 そんな感じで大事な場面で延々負け続けて行っちゃった主人公は、当然中途で命を落としちゃったりもする。
 でもゲームオーバーにはならないってルールだから、それでもアンデッドとして蘇る。
 つまり魔道に堕ちてしまいつつもストーリーは進みます。
 魔道に堕ちて後も負け続け、世のあらゆるモノに怨みを募らせ、
 そうしてふくれあがった己の内なる魔性だとか欲望だとかなんだとかに理性が負けたりしつつ、
 果てには暗黒面に呑み込まれたりなんだりで強大な魔力を手に入れちゃって、ついには自分が魔王になったりする。

 そんでまあ。己を蔑み続けてきた世界全体へ、逆恨みだけども報復を開始し、それなりに侵攻できたけれども。
 ラストダンジョン奥深くにある玉座にて、ふと寂寞に襲われたりするわけです。
 果たして自分は何をしてきたのだろうと。
 何も勝ち得ず、ただ敗走を重ねるのみに過ごしてきたこの一生。
 この復讐を為し得たところで手元には何も残らない。それでさえ私の敗北を意味するのだ。
 これが、敗北を続けてきた者に相応しい末路なのだろうか?
 ヒトは、勝者たらねば何も得られないのだろうか? 敗者には何の価値もないのだろうか?

 そのタイミングで彼の眼前に、ついにラスボスまでたどり着いた勇者が現れるんですな。
 瞬間、主人公は理解するのです。『負けるさだめを負った者』の意味を。
 理解したからにはもう迷いも憂いもありません。高笑いと共に魔王らしい啖呵を切ってみせるわけです。

「よくぞ来た勇者よ! さあ、この私を見事打ち負かしてみせよ!!」

 そんでエンディングと。
 やあ。
 作る人間ばっかが楽しくて遊ぶ人間はさっぱり面白くなさそーな RPG になりますな。

 でも、うまくやれば RPG にあればかなり嬉しい要素である『うわあマジ負けたくねえ』て緊張感を付加できるシステムな気もする。
 でもそれ以上になあ。負けた後のしみったれたシナリオはいまいち RPG という市場には向いてない気がする。
 だからせめてコミカルな、ギャグ中心の世界観にすればエスケープにはなりましょう。
 でー。
 普通に作ると分岐に比例してシナリオ量がとんでもないことになりそうなのでケータイ向けなコンパクトな RPG にして。
 負けるの嫌だからっつって延々経験値稼ぎされたらほんとにゲーム性も何もなくなるから時間制限でも設けて効率的に稼ぎましょうてスタイルにして。
 そうすればザコ戦で負けた場合は時間ロスってことでゲームオーバーにならないルールの範囲内になるし。
 下手にザコで経験値を稼ぐよりも時間削って仲間を捜した方がゲームを進めやすくしたりの繰り返しプレイを前提としたゲームデザインになってーとか。
 書けば書くほど桝田省治に近付いて行きますね。
 mixi で『勇者死す』の携帯機への移植がほのめかされてたらしいけどほんと?






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