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でぃーきゅー。ドラクエ6のリメイクが発売されたらしく。 以前、DSにて4・5・6が順にリメイクされますよーリリースに触れた際に思ったことは「やっぱスクエニは早くて10年くらい後にはもう無くなってるんだろうなー」というどこにも向かわない呟きであった。我ながら粃が如き妄言じゃ。 まあともかく。 初のリメイクとなる6には少しだけ期待したい部分があった。 どこかで読んだほりいゆうじ氏のインタビューにて得たうろ覚え情報なのだけど、6は容量の制限がかなり厳しく、シナリオ部分を開発当初予定よりも大幅に削る必要があったそうで、 例えば、最初に飛んでくるドラゴンは実はバーバラだという設定だったとか、 その時に吹くミレーユの笛もまた、シナリオに絡んでくる重大なアイテムにする予定だったんだけどもそんな予定もなくなったとかで。 そうした話を聞く限りでは、DQ6 て既作中、もっとも容量制限のワリを喰らったDQだったんじゃないのかなと。根拠に乏しく思ってみたりする。 (FC時代の作品はもとより低容量にちゃんと納まることを前提とした設計みたく思えて、 逆にDQ6は納まらなかったから削ったという部分が大きそうという想像) だから DS でのリメイクで、そのへんの手直しが期待できたりはしないのかなとか思ったんだけど、 4と5のリメイクっぷりを見るにいまいち期待でき無さそうなのではあった。 それはそれとして。 しかし6は過去作の中で最も評判の悪いドラクエだったように思えるのだけど、そのへんはどうなのだろう。世界はすでにそんなこと忘れてるのかしら。 とは思うがでも評判といったところでその印象は当時小学生だった儂の目線からくるものなので、結局は定かでなく。 そもそもが世間の評価とかはどうでもよく儂個人としてはわりと好きな部類になるDQなのではあった。 とまで考えたところで、じゃあどの程度に DQ6 が好きなのだろうと相対化してみたくなった。 感情に順位および定位を付けてしまうなんてなー不毛の極みじゃあるけども、まあなんとなくということで。 好きな順から理由を付記して並べてみよう。 ・別格。DQ4 導かれし者たち 産まれて初めて自費で購入したコンピュータゲームであり、生まれて初めて自力でエンディングまで到達したコンピュータゲームであり。 そんで初めて買った音楽 CD がコレの交響組曲ドラゴンクエスト4だったり久美沙織せんせ著の小説ドラクエ4もスゲ好きだったりで ドラクエの中でという枠を越えて最早別格。 ゲームとしての完成度はどうだったろうと思うけど、 3からの純粋かつ新たな要素を詰め込んだ続編としては理想的な水準を満たしているのではあるまいか。 オムニバス形式であることを活かし様々なバリエーションを取りそろえてて、王道ながらも多くのアイディアが詰まってる。 一章は一人旅、二章で三人旅という過去作を踏襲した展開から、三章では自らが武器屋を経営できるというセルフパロディをやってのけ、 四章では魔法使いタイプと僧侶タイプの二人旅という変則的な旅を強制。一章でホイミスライムが仲間になるってのも面白い。 ストーリーに関しては最早言うには及ばないねと云うかこのへんで切り上げておかないとキリがなくなるぜ。 馬車ごと入れるが故の長丁場なダンジョン等はあるけども、基本的には好きな四人だけで遊び通せる辺りややもったいない気も。 戦闘中に進化をするデスピサロ様との実質連戦もスゲ素敵ではあるけども、8人総動員してやっと倒せる的なうんざりするくらいの長丁場を遊びたかったような気もしないではない。 PS・DS版のリメイクは遊んでない。 ネガティブな意味もないではないけれども単純に遊んでないのであった。 ・首座 DQ2 悪霊の神々 スゲ好き。戦闘のしんどさにヒィヒィ言いながらじわじわ進むのがすごく楽しい。 救世主として歩む孤独と試練と遍歴の旅てのをこうまで実感できる RPG て今を持ってしても珍しい。と思う。 三人で分かち合うこの孤独がね。 RPG てのはもう DQ2 で完成してるんだよな。としみじみ思う。 成長の喜び、探索と発見、謎解きに難関の突破にボス戦でいやます緊張感。 これの後に出てくる RPG は基本的に全て、これら要素に到達するまでの道筋や分岐が増えただけに過ぎないのです。 DQ3 の、「遊び人」という存在が象徴的じゃないか。FC の DQ3 の時点でRPGはもはや余禄を追加する余裕と必要が出来ている。 なので逆にいえばゲームとして再評価すべきところはそんなに無いのだけど、 でも記憶を探るにあたって、楽しんだ記憶が他作よりも濃いのでこの地位に納めることとした。 そういう意味じゃ、1・2はダメ移植だと思うな! 関係があるようでないのだけど、数あるドラクエマンガで一番好きなのが吉崎観音せんせのドラゴンクエストモンスターズ+。 の、DQ2のくだり。 「なんでその程度なんだ! どうして僕を他の人間のように殺せない!? 僕は人間じゃないってのか! お前達以上の化け物なのか!? 答えてくれよバズズ、僕はなんだ!?」 あの筆の勢いで以降のシリーズも描ききって欲しかった。 ・準席 DQ7 エデンの戦士たち 先祖返りしたかのよーに奔放かつ一本道なドラクエ。 薄味な割にひたすら量の多いストーリーは私の中でも賛否の別れるところだけども、 でも傍観者として目前を横切っていくドラマを眺め続けてたまーに当事者になるという感触がなかなか独特で好ましい。 神経衰弱で金と装備には困らなかったり、1ターンで軽くひねれるザコでも職業レベルだけは上昇させることが出来たり、 しかしそれらに頼ってると、サクサクダンジョンを進められる代わりに基礎Lvが上昇せずHP・MPが低くボスで苦戦する羽目になるという。 ゲームバランスの調整なんざ大遠投で遙か彼方な感じなのに、苦戦できるところはきっちり苦戦できるという不思議な調和がこれはこれで面白く。 あとはもうほんと兎に角「ながい」のが特徴かね。 一つ一つのシナリオがながーくなる事もあり、一つのダンジョンがやたらと長丁場になることもあり(ダーマの神殿にやっと到着したーと思ったらば転職できるようになるまでが遠いんだよ!)、そんでラスボスもこれでもかというほど多段変形。 なもんだからゲームそのものも恐ろしく長く、クリアに素で150時間から200時間かかるという。 発売後しばらくしてのほりいゆうじ氏のインタビューにて 「クリアまでにすごく時間がかかるようにしたんだけど、今の時代にこれが受け容れられるかどうか、不安だった。」 と漏らしてたのが印象的。 DQというRPGの権化なRPGのくせして、所要時間という点においてさりげなく異端に属するゲームな気がする。 最初の戦闘、スライムと戦えるようになるまでに小一時間以上かかるというのもまた DQ7 を象徴するエピソードやんな。 これに関しては否定的言説のが目立つように思えるけど、でも個人的には、 「自分たちの住んでいるこの島だけが世界の全てであるはずがない。どこかに何か知らない世界があるはず」と探し求める作中の少年らと、 「この仕掛けを突破すればついにちゃんとした戦闘の交えられる本編が開始されるはず」と先に進みたがるプレイヤーとしての儂の真理とがシンクロして、 けっこー楽しかった。 でも DQ7 最大の、看過できん失策として挙げておかねばならんのはやっぱ「マリベルお嬢さまが途中で抜けること」やんな。 彼女が復帰してくれるまで「はなす」が色褪せて褪せてしょうがなかったよ。 ・準席同格 DQ3 そして伝説へ… 実はFC版は遊んでない。SFC版の評価。 「せいかく」というシステムはその実、単に Lv 上昇の数値をいくらか上限させるのみであってゲーム進行に与える影響は実際のところ些末なもんだ。 それでも私はこのシステムをすげー評価したい。 力も素早さも賢さもそこそこあがるけれども体力はあがらない「みえっぱり」 賢さ以外はほとんどあがらず、つまり肉体労働は完璧人任せな「おじょうさま」 平均的な成長の中で、力があんまり上がらないのは「やさしいひと」だから。 と、各種パラメータの成長度合いを性格に求めることによって意味を持たせ、 ラベルの貼られたただの数値でしかなかったステータスから、各キャラクターの人格を浮かび上がらせる。 RPG ってのは数値とにらめっこをし続けるゲームなのだけど、 そのにらめっこにゲームの方から意味を付加すべくアプローチをしてきたのがこの性格システムなのだわ。 「RPG は想像しながら遊ぶのが楽しい」とは多くのヒトが口にする概念だけど、 しかしシステムでもってその想像の助長に成功したRPGてのは決して多くはないのだ。 で。世界を巡る旅。てのを全面に押し出した点に関しては今さらの言及を待つまい。 自由度が高いように見せかけて、各地方の敵の強さでもって順路を用意してるあたりがドラクエよな。 ただ、DQ3 に関してしみじみ思うことなのだけど、 「そして伝説へ…」というサブタイトルの意味を知らないままに遊んでみたかったな。と思う。 DQ3 の主人公は実はロトの始祖であり、時系列は DQ3 → DQ1 → DQ2 という順番なのだよーてのはもう周知の事実で、 もちろん私もそれを知った上で遊んでたのだけど。 それを知らず遊んだ場合の、バラモス撃破後もストーリーが続き、 そしてギアガの大穴を通過して辿り着いた瞬間の驚愕は、想像じゃ追いつくことのできないモノなのだろうなと思う。 ・次点 DQ5 天空の花嫁 いや好きだけどね。好きなんだけどね。 ある意味では最もドラクエらしいドラクエと呼べるのではあるまいか。 いやまあ。そんなのは「意味」次第でどのドラクエも一番ドラクエらしいと呼び得るのは承知の上で話を続けるけど、 モンスターに焦点を当て、それを仲間にして先に進めるというある種のファンサービスとも取れるシステムが如何にもドラクエだし、 勇者という存在をプレイヤーの他において、そしてプレイヤーには親との離別・結婚・子供の誕生と人生ドラマを味合わせて、と、 他の DQ よりもより一歩踏み込む形で「主人公=プレイヤー」という図式を表現してる。 モンスターを仲間に出来る、てシステムも結局はこの図式を補強するためのモノに他ならんわけです。 どのモンスターを仲間にし、そして選び旅をするかという選択をプレイヤーに委ねているわけで、 そもそもが「モンスターを仲間とするには、愛を持って倒しなさい」と作中で明言するあたりスゲエよな。 ただ「たたかう」のコマンドを選んぶだけじゃダメだと。愛を持ってたたかうを選びなさいと。 実際のとこ、仲間になりやすいモンスター・使いやすいモンスターはきっちりと選別をされ確率を調整され、かくあるべき場所で登場するし、 産まれる息子・娘を成長させればそもそもモンスターは不要だし、と、 万人に向けられた難度であるところがやっぱりドラクエ。ドラクエが持つ自由度の大半はほんと「みせかけ」やね。 しかしその見せかけの上手さこそがドラクエが王道でありながら他にない作品たり得ている由縁だよなとも思うわけです。 でも次点に納めたのは、ゲームとして楽しんだ記憶がちと曖昧だから。 端々でめんどくささを感じてたような気がするんだよな。難度がちょいとゆるめな割に長丁場なシーンが多かったし。 ・次々点 DQ6 幻の大地 なんだかんだで楽しんで遊んだよなー。という印象。 主観でだけで云うんだけど、難度の点では DQ2 に準じる位置にあるのではあるまいか。 ボスが登場する度に2・3回は全滅を喰らってたような気がするぞ。 (まあ「取り敢えず全員にメラミ覚えさせろ」とかそうした攻略法もあるみたいだけど) 二つの世界を行き来しながら、 もう片方はまるで過去の世界かのようにミスリードしておきつつ「夢の世界」と「現実の世界」ときれいなオチを付けるところとか、 以降、ほぼ恒例行事となる「ダーマの神殿! ダーマの神殿!」と喜び勇んで向かったらば大穴が空いてて愕然とさせられたりとか、 シナリオ面で評価すべき点は少なくない気がするけど、でもゲームとしては王道であり、王道でしかない感触。 ムドー討伐を依頼されて、ほぼノーヒントでほっぽり出されるあたりとか結構好きだけど。 DQ6 は全編を通じてどこかそんな感じで、目的はあれども道筋が明瞭でなくて、 自分の意志で手探りしなきゃなんないところがあるんだけど。それも好印象に繋がってるのかも知らん。 あと「かっこよさ」てパラメータが何か好き。 無意味な数字てあってもいいと思うんだよな。 ・次々点同格 DQ1 経験値やゴールドの上限が今どきのゲームと比較してかなり厳しく、 それゆえに、同じ1という数字でもその価値が段違いに高いのがDQ1。 だからちまちまと経験値やゴールドを稼ぐのが楽しいし、 やたらと高価で(その高価っぷりがゲーム進行の主軸になってる)鍵を大切に使って探索範囲を広げていくのが 楽しいと言えば楽しいのだけど。 でもそのうち飽きが来てしまうのはしょうがないところだろうか。 ドラゴンクエストのオープニングに流れるあの序曲は「ロトのテーマ」と題されていた。 けども、シリーズが天空編に移行し、またそれ以外の多岐にわたるようになって以降は単に「序曲」や「ドラゴンクエストマーチ」と称されるようになった。 その意味で、ロトのテーマは失伝してしまったようにも感じられるけど、 私個人の感性じゃ、DQ1 のフィールド曲である「荒野を往く」こそがロトのテーマと呼ぶに相応しいと思うんだよな。 ロト編三部作それぞれに登場するし。 ・次々点同格 DQ9 星空の守り人 感想はすでにこれとかこれとかに書いたのでそちらに譲るとして。 そちらでもう書いたかどうかは知らんけど、今をして DQ9 に関し何らかを語るとすれば、 出てくる感想は「ああ、相変わらずドラクエは JRPG の王道で標準であり続けるのだな」となります。 正式な続編であるナンバリングタイトルが据え置き機でなく携帯機、もしくは NDS というハードを選んで登場したことや、 軽快に動くキャラクターモデルはポリゴンでレンダリングされて、 通信機能を始めとした他プレイヤーとの体験の共有を助長する機能など。 どれもが今時分というものを反映された結果に選ばれた要素なのでありましょう。DQ は一種の指標だなや。 ・末席 DQ8 空と海と大地と呪われし姫君 兄貴ゲー。 空と海と大地てのは、半主観視点になったフィールドを指してのタイトルなのだろうね。 これを活かして、往来の人々は皆悲しく目を伏せ壮麗な城からは暗幕が垂れ下がるという、街全体が喪に服している国ーてのを画いてみせたのはさすがほりいゆうじではあるし、 遠くから近付いてくる魔物や、ラーミアを再登場させてみたりなど、主観視点への移行を活用する仕組みは取り入れられているけども、 それでもやっぱ個人的には、それによって失った部分のが多いような気がしてしまうんだよな。と。 特にラストダンジョンの、ダンジョンそのものと、使い回しのザコの多さからくるガッカリ具合とかさ。 何よりも、戦闘中にプレイヤーキャラの姿が表示されるようになったのが私にとっての痛恨事。 もはや私にとってのドラクエは終わりを告げたのだ。とか思いつつも結局発売日当日に PS2 ごと購入してしもうたのがなんというか骨の髄から日本国民。 まあ楽しんで遊んだのはそうなんだけどさ。 あと DQ8 てったら。もう最初に言ったけど。なんでああまで「兄貴ゲー」だったんだろね。 ヤンガスは「アニキー。アニキー」と主人公を慕ってついて回るし。 ゼシカに関しては旅の終盤まで「兄さん。兄さん」と呟き続けてるし。 ククールくんまでもが「オレの兄貴が……」とか言い始めたときにはもう。お前もかというか。なんだろうこの孤立感とさえ思ったさ。 こうまで来ちゃったらたぶんトロデの王様も作中に出てきてないだけでぜってーいるよな。兄貴。 ラスボスのデザインは、決して嫌いではないのだけれども。ゲームとして別段新しい要素が発明されているでもなく淡々と倒してしまった。 すぎやませんせ入魂のあの曲が惜しい。てゆかラーミアの背中で戦うというこれまでにないシチュエーションなのだからそのへんをもうちと活かして欲しかったというか、贅沢を言うなら「ラプソーンのこうげき! レティスはひらりとかわした!」くらいの演出は入れて欲しかったというか。 ぶつぶつ。 ともあれ、褒めるべきかどうかはわかんないけど、妙に感心させられたのは「ドラクエらしさ」の表現であった。 画面もシステムも、今までのドラクエとは全然異なったモノなのに、実際に遊んでるとしみじみ感性に染みこんでくるドラクエらしさ。 従来と共通している効果音だったり、フォントだったりウィンドウだったりと、端々に気を使われているのがよく解る。 あとは「はなす」というか、さくせん画面のみんなの台詞はいちいち面白かった。 このへんのテキストの信頼感がさすがだよなほりいゆうじ。 とかで。下品にも不等号にてまとめてみれば、 4>2>7=3>5>6=1>9>8 という結果と相成りました。 「なんだい結局懐古主義なだけじゃないかい」とでも後ろ指さされそうな結果になっちゃった気もするけど、 でもまあ、これをやってみた動機からいえば「けっこー好きと呼んだ6がこの位置なのだから、なんだかんだでドラクエ全般がすでにかなり好きなんじゃね」てのがオチとして相応しいように思えますな。 今年の一月中頃にファミコンの新作が出ていましたが、それについてはどう考えますか? WiiウェアとかDSiウェアとかXBLAとかの選択肢があるのに、そこを敢えてわざわざカートリッジで出すところが面白いやなと。 例えばファングッズとか、なんでわざわざ敢えてその選択をしたかの理由を知りたいのだけど、それに関するソースがちょいと見付からないぜ。 「今どきになってファミコン新作」というよりも「なぜ今ファミコンなのか」の方がずっと重要だと思うんだけどなー。 「ムービーゲーム」で、某最後の幻想を連想→みんな娯楽云々より泣きたいんじゃないスかね でも某幻想が泣けるかというとらまななめくじじらいや。 ゲームてのは総合芸術であり、芸術てのはそれに触れた人間の感性を揺さぶることも目的となりうるので、泣きゲーてのはそれはそれで正しい方向ではあるかなー。 作品で泣くてのはどうあれ自己投影なり没入なりが必要となるわけで、ゲームてのは参加が求められるモノなのだから、 それを目的とするには最適であるかも知れず。 この塔にお邪魔してると時々ぐしゃさんと語り明かしたい気分になるのですが、またイベント出てきませんか。 語りたいねえ。いやまじで。 でもイベント参加の予定は当面ないかしら。参加したいイベントは数有るのだけども正直参加費の捻出からして困難でさ。 例えば犬丼帝国総合とか。伺かのイベントもあるし。夏コミやら春ティアも言うに及ばず。うう。 ムーピーゲームにご執心。いや今回話題にしたいのは手塚的終末論でもナオコサンでもなくて。 「近頃のゲームはなんというか映画みたいでゲームらしくないよねえ」という言説を未だに、未っだに色んなところでみるんだけど、 そうした言説を見る度に去来すんのは「ああそうだね全くその通りだね」という共感ではまっっったくなく、 「ああ。今の世ってゲームという娯楽がそんなに求められてないんだなあ。遊んでる人少ないんだなあ」というどこか浅薄な失望感です。 まず前提としてあげなければならないのは、コンピュータゲームとは総合芸術てことであり、 音楽・映像・そしてゲームルールなどを構成するものの多くを表現したいものに向けて集約させる必要があり、 もしくは集約させることが出来る芸術てことです。 コンピュータの性能てのは近頃は多少緩やかな曲線を描くようになったにせよそれでも今も日進月歩で進化しているものであり、 そしてコンピュータゲームはそれら進歩からなる恩恵を一身に受けることのできる芸術表現であります。 だからこー。 ゲームにおける映像表現の進化が、ゲームへ好影響を「あたえないはずがない」のであって、 よしんば。悪影響を与えたが如く印象を受けるゲームがあるのならばそれは映像表現の進歩が悪いのではなく、 進歩した「映像表現の使い方を誤ったゲーム」がそこにあるだけなのです。 そもそもが。そもそもがだわ。 「映画的ゲーム」だとか「ムービーゲー」だとかそうした類の中傷が発生し弄ばれるようになったのは10年以上も過去だぜ? PS中期のお話だぜ? それから何年が経過してどれほどのクリエイタが心血注いでそれら技術を活かすべく思考を費やしてきたと思ってるんですか。 もう今の世には「ゲーム批評」は存在してないんですよ目を覚ましなさい。 (仮に今この時代にゲーム批評があったらば新鋭の映像表現をこれでもかと活かした現世代のゲームを大いに褒めちぎっているはずだと思うわ) そも、ゲームにおける映像表現とはなんだったろう? 己の操作した結果が明快かつ軽快に現れるレスポンスがこそ映像表現の本分であろう。 あるいは、己が操作すべき目的や意図を明確かつ瞭然と明示させることこそ本分であろう。 重苦しくこの世の地獄を表現した戦場を果たしてゲーム的でないと断ずることが出来ようか? 美しく眩いパーティクルを撒き散らしつつ爆ぜる敵を撃ち潰し続ける快感がゲーム的でないと断ずることが出来ようか? 画面を埋め尽くし肉薄するゾンビの群れに逃げ場を無くした恐怖がゲーム的でないと断ずることが出来ようか? 空を覆い目前に立ちはだかる巨人の、その足に踏みつぶされないよう逃げ回りつつ斬り結ぶことがゲーム的でないと断ずることが出来ようか? 坂の上に落としたビー玉が他の何かにぶつかり、演算から得られる自然な挙動でもって巨大なドミノ倒しを描く様がゲーム的でないと断ずることが出来ようか? という話を人様のサイトで撒き散らすほどには無分別にはなれない程度の社交性。 でも自分の穴に向かって呟いてしまう程度の顕示欲。 そんで実際に自分が遊んでいるのは10年前に発売されたオラタンだったり十年一日な STG だったりでいまいち実例を挙げきれなかったりするあたりも酷いですね。 その上で遊んでるのは CRT モニタで 4:3 でコンポジット接続だったりしてなおのこと。 恥の上塗りを続ければ。 映像表現の進化が想像を働かせる余地を奪ってしまったー的な言説は、そんなに正当とは思えない。 アメリカさんがここぞとばかりにふぉーるあうとだとかおぶりびおんだとかばいおしょっくだとかで、 プレイヤーの意志を尊重する形の放埒な自由度を持ったRPGライクなゲームをリリースし続けてるし。 その一方で例えば世界樹の迷宮やエルミナージュなど原点の再解釈・再構築を繰り返してくれているタイトルもあるし。 ゲームにおけるハード性能の向上にともなう不安や不満、愚痴として多少の正当性を持つような訴えとしては。とりあえず、 「もうゲーム業界はウィザードリィを作れない」てのがあるんだけど。 ウィザードリィは素晴らしいバランスのゲームです。難度という意味じゃあなくて、ゲームにおけるリスクとリターンという意味において。 キャラクターがヘタすると消失してしまうという恐ろしいリスクを持ってるのだけど、 でもそもそも wiz て地下十階くらいしかなくて、ゲームをクリアできるレベルのプレイヤーキャラなら一時間強ほど時間を費やせば簡単に作れちゃうんだよね。 プレイヤーキャラの消滅なんてのは、プレイヤーへのプレッシャーとして最上位に位置する最悪なものなのだけれども、 しかしゲームそのもので考えるなら実はあんまし損害ではないのだ。だってその損害て一時間ほどマーフィーくんをタコ殴れば補填できる程度のものだからね。 だからこそ、プレイヤーキャラの消滅という恐ろしいペナルティを用意できるのだし、プレイヤーはそれを恐れ回避のために全力を費やせるのだけど。 しかしこれは「ゲーム自体が短い」という低コスト故に成立するバランスなのだな。 今の世のRPGのスケールは、最低でも20時間から30時間必要。 それに満たなければ「ボリュームが足りない」とレビューに書かれて減点されちゃうでしょう。 だから、今のゲーム業界ではもう「ウィザードリィ」を製作して販売することが出来ないのだ。 という諸々は全部 「技術の進歩によって制作費が高騰してフルパッケージなソフトしか作れないような市場が形成されててワンアイディアな小粒ゲーを作れない」と一文で書き終えることができるんだけど。 でもそれもな。 現世代ハードは、Wii も PS3 も 360 も NDS も PSP も、どれもこれも全て「ダウンロード販売」という形で 低予算・低制作費・低価格帯のゲーム販売が可能なインフラを整えてるし、実際にそれで成功した実例もある。 (ロックマン9とかほんとズルいよねー。 wiz のキャラクターのロストでさえ、PS3 はフロムソフトウェアのデモンズソウルが現代風の再解釈でもって再構築してくれてるしな。 そのうち遊ぶ透明積みゲー筆頭(遊んでないのにこうまで言いきる癖は恥と捉えるべきだと思います。 あとはこれまた原初の面白さを保持し続けてくれている人であるところの cave 社の IKD さんが、360 というハードの印象を訊ねられたところ 「アーケードの基板よりもたくさん弾幕を表示できるからイイハード。可能なら筐体の中身を全部 360 に交換したいくらい」と返答してたのが印象的だったりとかで。 でもまあ。 DQが8になって、戦闘でのキャラクターの動作がきっちり描かれるようになっちゃった時にすげえ失望を抱いたのはどうしようもない事実なのだけど。 ともあれ。 「近頃のゲームはなんというか映画みたいでゲームらしくないよねえ」という言説に対して感じるのは「ああ。世の中にはこんなにも映像表現をゲームとして活かしている作品が溢れているのにもかかわらずこの人はそれに目を向けようとはしないのだな」という平べったい失望であって。 その失望は「世間の人々は案外と積極的に娯楽を得ようとはしない」という事実であって。 「世の中が退屈なまんまでも構わない人って結構多いのかしら」という懸案であって。 世界って思ったよりも面白くないのかも知れないなーという不安なのでありました。 まあ。ンなこたァまったくねえんだけどな。 自転車で2,3時間も走る体力は素晴らしいですね。犬吠崎に日の出を見に行ったのがなつかしい。今年は3箇所だけ回って夜のうちに帰ってしまいました。 ふふ……図書館勤務は肉体労働なのですよ……。 まあ基本無休だったのはそうですが峠道なんかは手押しでひいひい言いつつ登ってました。ちょうど三時間くらいが体力的ギリギリだったかも。 犬吠埼いいなあ日本最東端。そこでしか見えない風景の有りそうな場所スね。 それこそ初日の出でなくてもいいからそのうち行きたいぜ。 素敵な感想文をありがとうございます。興味深く拝読させていただきました。GLaDOSがケーキを食べられるとは思えないけれど、「ともあれ、このケーキは絶品です。しっとりとして、すばらしい味です」と言うのなら、その嘘を信じてあげてもいいような。 まあそうなんですけどねー素直に信じた方がすんなりする疑問もいくらかあるにはあるんですが、 逃走中に描かれた脱出口表示を信じて良いのかどうか判じかねて他の脱出路を探すも見付けきれずちくしょうどうにでもなれ的な勢いで指示に従ったり、 恐らくはその表示を書いたのと同種の人間が書き残したのであろう床のラクガキを、それを覆っている雑多な生活痕をどかしてみたら「HELP」の文字で、それが素でショックで近くにあったゲーム機らしきものをキャプチャーガンで拾い上げヒステリックにガンガンその文字に打ち付けてみたりー、 なんぞという感情移入度で遊んだ人間としては彼女への恐怖と不信がこびりついてて素直に信じられなかったりします。 プレイヤー個人に対してはどうにせよ、GLaDOS が目的に貢献すべく善性を持ってるのはその通りみたいですしね。 ぐしゃさんの感想を見たら久々にやりたくなってきてportal再プレイしたんだけど、案の定酔ってダウンしたよ!今のところゲーム酔いとは無縁な僕はおそらく自身の三半規管に感謝すべきなのだろうなー。 でも現実として体験すると酔うのは必至だろうね Portal。その意味では仮想体験として相応しく羨ましくさえあるかもしれません。そうでもないかもしれません。 まさか両替できない両替機さんの名前を昨今見るとは思いませんで。マンガ描いてらっしゃるのですね。みたいですねーとはいえ女史の作品を読む機会にはまだ恵まれなかったり。 コンパイルの残党さんはいっそ奇妙なほどに色んなところで姿を拝見したりしますというか後になって元コンパイル社員だった知ってびびったりすることが。 具体例としては、ワンピースマンションのデザインがすげえ素敵じゃのう誰だろうこのひとと検索してみたら、 東方の書籍でしげくイラストを提供してる方でさらに元コンパイル社員さんだったらしいとか。 かんけないけども東方の人というくくりはどうかと思いますな。思うけどもまあ。 初日の出、清々しいです。お正月の空気や天気はそれとわかる雰囲気を持っていて不思議だなと思います。 太陽もきれいでしたが、帰りの海写真が。島々が。たまらんです。 冬の大気は低温が故に空気中に含まれるチリなどが地面に押さえつけられてそれが故に清澄な空となるんスよ。 冬のが星がきれいにみえるのはもちろん太陽から離れている所為もあるけれどそうした要素も強いとか。このへんは夕焼けにも作用するのでなんというかやっぱ寒い季節はイイナ! 帰りの海写真は。 「いやこういうのは絵はがきとかに任せておけばいいんじゃねえの」と思いつつもカメラを向けざるを得なかった魅力有る風景ですな眺望絶佳。 あけたそうで。ほい。 おめでとうございます。 三箇日をぶっちぎりで寝て過ごし、今年は今年でまた過ぎゆく日の早さに怯えながら過ごさねばならないのかと軽く暗澹たる泥濘で二度寝を繰り返しております。 もう少しにぎにぎしくいけないものかね。我ながら。 ともあれ旧年中はお世話になりました。 今年もどうぞ、気の向かれるままにおつきあいくださいませ。 とかで。初めて初日の出をみてきたのだけど、写真が多くなったので別ページに分割ー。 こっち 360を買って、もしportalをプレイされたのなら、ぜひともご感想を伺いたいです。特にあの歌についてなど。the cake is a lie the cake is a lie the cake is a lie the cake is a lie... おーご指名にあずかり光栄にございます。 もちろん買いましたしもちろん遊びましたよーリリース前のトレイラーを観て以来ずっとこれは是非遊びたいなと思ってたタイトルで、つい最近になって知人から強奪もとい快く譲り受ける機会があったのでー。 口頭での説明は難しいから、どんなゲームかはムービーを参照いただくとして。 で。このゲームは。 主観視点のアクション要素と物理演算を用いた三次元なパズル要素を融合させたほんとの意味で斬新なゲームではあるのですが、真に褒めるべきところはその演出にあるのかも知れないなとクリアを通じて思いました。 まだ第一作ということもあってか、アクション面もパズル面もやや難度やアイディアを抑えられてるような印象を受けるんだよね。 しかしその点を差し引いても「長いチュートリアル」を経た後に展開される「脱出行」は、観察と、ひらめきの積み重ねで解いて行くパズルとの相性が大変良く、なんかこー。何が何でも生き延びてやる的なサバイバル感にみなぎってて中々得難いプレイ感覚でした。 多くのパズルはその目的がただ純粋に解くことのみに費やされており、それはそれで別に悪いこっちゃないんだけど、 そこに「逃げ延びる」という意識を付け足せばこれはこれで没入感や緊迫感という意味で別種の面白さを味わえるのだなと。 だってさー。同じアクションパズルでも、「ロードランナー」じゃいまいちスリルやら危機感やらも味わえないじゃない? そのへんの感情を上手にパズルへ持ち込めたゲームを、儂は他に知らんですよ。 遊ぶ価値に大いに満ちた、良いゲームでした。ステキ。 と。ゲームそのものへの感想を言うとすれば、上記みたいな話しかできないんだけど。 ということで。ケーキについて語りましょう。 上記の如く誘引された没入感でもってあのエンドロールまで辿り着いた儂に去来した思いは、 結局のところ、「あのコンピュータにとって」「ケーキ」とは一体なんだったのだろうということでした。 プレイヤーが、最初に「cake」に疑問を持つのはいつになるのだろう。 開始と同時に流れるアナウンス、「全てが終わったらケーキをさしあげます」なのか、 試験内容を示すパブリックサインのような記号のすみっこに、ぽつりとケーキの絵を見付けた時か、 壁面のほころびの裏側に、the cake is a lie という走り書きを見付けた時か。 それがいつになるにせよ、多くの場合。 無機質な空間を進むプレイヤーが、ケーキという場違いなイメージを意識させられるのは、 ほとんどがあのコンピュータ(GLaDOS)がその概念を持ちだした時でしょう。 「その場にうつぶせになってお待ちください。担当の者がケーキを持ってそちらに向かいますよ!」 「無駄な抵抗はやめなさい。今ならまだケーキも残っています」 「残念なおしらせがあります。貴方の分のケーキはもう残っていません」 「大きい卵4個。セミスイートチョコレートチップ1カップ。バターまたはマーガリン3/4カップ。グラニュー糖 1+2/3カップ」 ……なんでそこまでケーキなのだろう。 その答えは、一見単純であるかのように思えます。 なんてったって最後に本人が歌ってるし。 But theres no sense crying over every mistake. 科学の進歩に失敗は付き物です。 you just keep on trying till you run out of cake ケーキがなくなるまで、ひたすら試し続けましょう。 これを額面通りに受け取るならば、ケーキという語に代入すべき言葉は容易に見付けられるように思います。 例えば「希望」だとか「意欲」だとか。 しかしそれら代替語は、この場面でのみ有効な語であり、他のシーンではちょいと不適当になります。 例えば逃走劇に移行したプレイヤーを引き留めるために、GLaD が誘惑のために用いた「ケーキ」は、恐らくは先の被験者が書き残したのであろう the cake is a lie の通りに甘言を、嘘や罠を意味しているのでしょう。 そうしてケーキという語に変わる言葉をいまいち見付けられないまま、ともあれ GLaD がケーキを持ち出すシーンをつぎはぎしてみて見えてくるのは、GLaDOS が「ケーキ」を、何か、こう、どのような目的よりも上位にあたる、絶対で至上な、とにかく素晴らしいモノとして理解(誤解?)しているという点です。 場合によっては命さえ落としかねない実験を続行させられるような。 命を賭けたよーな逃避行をさえ中断させられるような。 実験が成功し、自身の存在意義を満たした際に自ら用意する褒美がそれであるような。 そこまで理解できても、やはり疑問は残ります。 なんでケーキなんだろな。 (メタな視点を持ち出せば、ゲームの制作者さんが、無機的な実験と機械(っぽい)音声とのギャップを狙って用意したというのが単純かつ正解に近い気もするけど) それの答えは、まとめ wiki 等を頼りに公式サイトを調べてみた結果でてくる裏設定である、 「アパチャーサイエンス社がかつて擁していた企画に、不治の病で希望を無くした子供達の支援というものがあった」ってのが示してくれるような気もします。 ……なるほど。ケーキなあ。 ついでには、短い辺が丸みを帯びた二等辺三角形が、ぐるりと輪を描き大きな円を象っているアパチャーサイエンス社のロゴマークも、心なしか等分に切り分けたケーキを並べているように見えるよな。 そして、 GLaD という語を辞書で引けば「嬉しい・喜び・愉快・(Happy よりも積極的な)」と出てきます。 だから。要するに。 GLaDOS は、「褒美」や「目的」として「ケーキ」をインプットされて、そしてそれ以外のモノを知らないのではなかろうか。 それが故に、GLaDOS にとってはケーキこそが唯一無二の目的であり褒美であり、人工知能特有の単純さからあらゆる場面でそれを連呼するのでしょう。 等々と。ここまで考えてみても(というか考える必要もなくプレイを通じていれば直感的に理解できるようなだけど) それでもなんとなく理解が及ばないような気がします。 ケーキという語を持ち出された時、そしてケーキという語を持ち出す彼女と向き合う時。 エンディングに流れる、GLaDOS 自らが唄う歌の中にも、もちろんケーキは出てきます。 この歌を、今までの理解の元で聴いてみれば……さて、どんな感情を抱けばいいのか、わからなくなる。 ケーキを無邪気に信奉するその単純さを笑えばいいのか。 状況も理解できないままケーキを強要してくるその無機質を恐れればいいのか。 指導する者も最早なく、それなのにただ目的の遂行を続けようとするその姿を哀れめばいいのか。 ケーキに意味がないように、実験にも意味など無く、存在価値もなく、だから何も感じなければいいのか。 何にせよ実験は成功したのでしょう。 実験は成功し、GLaDOS の存在意義は満たされ、そして存在価値が産まれた。 だから恐らく、最後に表示されるあのケーキはバースディ・ケーキなのでしょう。 故に、自らろうそくを消したのですな。 歌詞の中にある「ばらばらにして火の中に放り込んだけど」のくだりも、なんとなくケーキを製作する過程の暗喩であるかのように思えるし。 Anyway, this cake is great. ともあれ、このケーキは絶品です。 It's so delicious and moist. しっとりとしていて、すばらしい味です。 うん。ひとまずは、喜んであげるべきなのかも知れません。 主人公の生死は定かじゃないけど。 PS: We do what we must because we can. 私たちには力があるから、すべきことを やらねばならないのです。 for the good of all of us. except the ones who are dead. 私たちみんなの ために。 死んだ人々はあきらめましょう。 And the Science gets done. And you make a neat gun. 科学はそうして進歩していくのです。 そして、すばらしい銃が作られる。 For the people who are still alive. 生きている人たちの ために。 うん。 実験に参加したものは主人公一人でなかったと暗に匂わせる歌詞だけど。 (主人公はクローン人間で何人もいて、実験に成功した最初の一人なんて説もあってけっこー肯けるのだけど) それとはちょっと別に思うところがある。 And believe me I am still alive. 私はまだ 生きています。 I'm doing Science and I'm still alive. 私は生きて 科学の進歩を押し進めています。 この部分。 私はまだ生きているというこの歌詞は受け取り方が幾つか考えることができて、 その内一つは単にほんとに「生きている」ということ。GLaDOS はコンピュータなんだから複製可能なんだよな。 もう一つは、「実験の成功とデータの完成という形で後の世に活かされ(死んだ人のことは諦めましょう)進歩していく(生きている人々のため)んだから、そういう意味では私はこれからも生き続けていくのだよ」という解釈。 どちらの解釈であってもそれなりにスッキリでき、エンディングに相応しい歌となるのだけれども。 でも歌詞はココでは終わらない。 While you're dying I'll be still alive あなたが死にそうになっても、 私は生きています。 And when you're dead I will be still alive あなたが死んだ後も、 私は生き続けます。 STILL ALIVE いつまでも。 プレイヤーが死んだ後でも、私は生き続ける。いつまでも。 うん。 多少恣意的にではあるけれど、これまで出てきた歌詞を並べてみよう。 And the Science gets done. 科学はそうして進歩していくのです。 For the people who are still alive. 生きている人たちの ために。 except the ones who are dead. 死んだ人々はあきらめましょう。 And believe me I am still alive. 私はまだ 生きています。 I'm doing Science and I'm still alive. 私は生きて 科学の進歩を押し進めています。 While you're dying I'll be still alive あなたが死にそうになっても、 私は生きています。 And when you're dead I will be still alive あなたが死んだ後も、 私は生き続けます。 STILL ALIVE いつまでも。 ……うーん。 さて。やっぱり、どういう感情を抱けばいいのか、わかんない。 つまりアレだ、現状から脱却するには世界樹より魅力のあるキャラ作りしかない いやいやそれはオールウェイズがんばっておりますよーほんとにー。 とはいえ、ゼロから人格を作り上げるのってほんと難しいやんな。 ぐしゃさんぐしゃさん世界樹ですよー。世界樹の迷宮3ですよーやったぁ。な!(笑顔。 いや(笑顔)はいいんだけど。いいんですが。 発売前から情報をチクチク集め、あらかじめ妄想を積み重ねた上で発売を待ち、 ゲーム中の細かな数値の入れ替わりにいちいち想像を惹起させつつウヒウヒと遊ぶーというスタイルは、 ゲームを遊ぶ上での私の本分であり、であるがこそこーいうゲームの発売を楽しみにしている訳ですが。 ですが。 そーいう、こういう遊び方って「全部持って行かれる」という欠点があるのよな。 持って行かれるとは単に時間を取られるという意味でもありますが、それと同時に、 例えば移動中やらお手伝い中など脳味噌が自由になっている状態での妄想も該当ゲームに吸われてしまい、 何か動くにしてもそのゲームを中心に。 何か思うにしてもそのゲームを基礎として。 何か書くにしてもそのゲームを母体として。と。 肉体活動も精神活動もごっそり持って行かれるのよな。 それが悪いという訳ではない。基本的にお遊びてのはそんくらいしないと楽しくありません。 でもそろそろいい加減なー。来年はちょいと本腰いれて長編をものしてみたいなあと思ってまして。 その企みがある以上、ごっそり持って行かれるのはちょいと都合が悪い。 悪いんだけども。 悪いんだけどなあ。 悪いんだけどな。 初報に触れた際の印象を言葉にすれば、「これはこれで期待が持てそう」とでもなりましょうか。 世界樹の2を、十分に楽しめはしたけれどもどこか「1を引きずり過ぎじゃあないのかなあ……」という感想を抱いてしもーた身として、従来作とはガラリと印象を異にした雰囲気はかえって好感触。 ついでに、2を遊んだ際に「新職業は全部使おう。ついでだから、1と2合わせて全部の職業を使う形になるよう編成しよう」なんて取り決めでクリアまで進んだので。職業全一新はまるでそれの褒美であるかのような計らいでなんですかそんなにおれに遊んで欲しいんですかと危険思想。 パと見で一番気になったのは、羊を抱えた少年でした。 テーマが「海!」と強く打ち立てられているのにも構わずマイペースにも羊を小脇に抱えて鋤鍬を担ぐ様が「おいおいキミむっちゃ地に根ェ張っとるやん」とのツッコミ待ちをしている感じで好感触。 牧羊というと、一年中を羊と共に過ごす職であり羊に食わせる草地の世話などほんと地面にべっとりな職業。 しかも土地の権利など考えれば家伝である場合がほとんどでしょう。 そんな職に従事している者が、わざわざ命を賭した大博打だったりもしそーな海路へ船出する理由。 なんだろうね。 家伝の土地を失っちゃって借金まみれで金がいるのか。とすればその借金の理由は。 あるいは親から継いだ職が気に入らなかったのか。ならば海に対して憧れを持ってたのかしら。 場合によってはムリに地面から引き剥がされるのもあり得ましょう。わがままな知人に引っ張られたりしてなー。 とまでうつらうつらと妄想が進んだところで涎を拭くと共にいったんブレーキ。 いや。だから。 長編を書く時間が欲しいとかうだってる人間が、今からそんなでどうすんだよ。 少なくとも発売まであと三ヶ月はあるっちゅーねん。せめて発売してから妄想開始とかそれぐらいの時間は取ろうぜ。 と。 思いつつも。 情報を求める手がふらふらと方々を彷徨った挙げ句に入手した情報は、羊飼いの正式職業名は「ファーマー」とのこと。 ……ファーマー! なんだよ! 話が違うじゃねえか! シェパードとファーマーだったらば同じようでいて全然違いましてよ! 農家ってったらばそれこそ土地持ちじゃねえか晴耕雨読で日々過ごす第一次産業! もろ地面べったりじゃねえか! 「わざわざ海を目指す理由」がより大事になるじゃねえか! なにそれおいしいじゃん! とかで発憤してしまいなんというかクッ……こんなところで……! 鎮まれ、鎮まるんだおれのなかの中二病……ッ!! 来るなッ 今すぐ俺から離れるんだお前らッ! 等と身悶え。 まあファーマーはもう主人公で確約済みと申し上げて差し障りはありますまい。キャラ絵はまだ未決定としておきますが。 おんなのこ絵も期待できますね。もちろんオーバーオール。そして麦わら帽、軍手にバケツ、トウモロコシと同じく日に透けた金色の三つ編み。 おとこのこ絵も期待できますね。はンァ〜オラがーのォひげにーもォつららがはンえてェー吹雪しばれーるーかえりぃーみーちー(それにつけてもおやつはカール♪ とはいえ手放しで発売を期待できている訳でもないのだけれどもね。 事前情報では、商店のメニューの中に「鍛冶をする」という一文が確認されたりとか。他画面では「交易をする」というものがあったりとか。 ちょいと前に「ウィザードリィライク及びそれを指向したゲームの難しいところは、wiz から何を付け足しても蛇足になってしまうところだよね」とかいう話をして頷きあった身として、要素の増加を単純に歓迎することが出来ません。 もちろんそれら追加要素がゲーム中で上手に消化されていたらば何の問題もないのでそれを期待したいところですが。 あとは、ディレクターの小森さんのインタビューを読むに TRPG な雰囲気が強化されるのではあるまいかという懸念がある。 実際、世界樹の2で強化されたその匂いは正直鼻につくばかりだったし。通過が職業毎に限定された通路とかさ。 これはもう丁度良い匙加減を期待するしか他有りません。 あとなー。新職業のウチ一つのゾディアックもなー。 単なる病気なんだけど「古代遺跡は先人類の残した超技術文明」とかそういう展開はもう和製RPGの悪癖と断じてええんちゃうかと個人的に思ってるんですが、ゾディアックの装飾がモロそれに引っかかっているような気がしてならん。と。 でもまあこのへんは全二作ですでに開陳された設定なのだから、それに目くじらを立てるのも今さらだろうしな。 とかで。えー。 後は適当に。使いそうか否かという観点でもって各職業を順にコメントしてってみましょうか。 割とゲーム中でのバランスを尊重して編成するのが常のことで、だから公開された情報如何では簡単に左右されるだろうし。性能云々を抜きにして単に「惚れた。」という何にも代え難い理由で選ばれることも十二分にあり得るわけで。 ついでにいえば、パーティを組めるのは最大五人だけどもギルドに登録するのまで五人と限定する必要もないし。実際、2では7人所帯でとっかえひっかえしつつ探索してたし。 あとそれから、先に雑感を書いておけば、2で感じたそれとは真逆の意味で「主人公の不在」をデザインから感じるねー。 2までは、それでもどこかニュートラルなキャラとしてギリギリで個性を抑えていた感があったけれど、 3はそのへんを突き抜けてアクがかなり強い感じの面々が並んでる感じ。主人公の不在ってよりかは誰が主人公でもおかしくない感じ。 それもまあ、キャラクターイラストの公開に伴って変わってくる印象であるかも知らんけどー。と。では。 プリンセス/プリンス :△ 前衛にも立てるパーティ補助型。とかそんな感じでしょうか。剣も鎧も装備できそうだし。 鎧が装備できるのである程度は前張れますよ的なバード? ゲームの特徴めいた居姿であるからには「使う」と云うことで決定したくもあるけど、 ナナドラでもう使ったしなああいやいや。直接には関連のないゲームを引き合いに出して語るのはどうかと思うな! でもそういう意味じゃ、ナナドラにはプリンスいなかったしな。いやいや直接関連のない以下略。 もうすでに主人公としての登用が半ば決定済みな「農民」に対して「貴族」を据えるというのもなかなか妄想材料になってくれそうではあるし。 選ぶ理由は少なからずあるんだけど。さて。 妄想主体の話をすれば、1と2で、唯一両方に登板している少女が一人いるんだけど。 その娘は、1でバード2ではカースメーカーを「どちらも声を使うから」という理由でムリに同一人物と解釈して演じさせてたのだけど。彼女を登場させるとすればこの職が相応しいかもなと思うには思う。 関係ないけど。何かカエルの王子さまもしくはお姫様とかがいそうだね。丸っこいコ。 シノビ :× 素早さ重視の戦闘補助特化型かしら。首をはねることは出来ますか? バツと断じるのもちともったいなくはあるけど、 使ってみたい候補のキャラが概ね補助職なのでバランスを考えれば優先度が後ろにさがりがち。 公式ブログにて囁かれた「ニーハイ」という単語もスゲエ気にはなるんですが。 なんとなく気が付いたけど、おれってニンジャという存在にあんまし思い入れがないみたいね。 (思い入れがある人のが少数派なのではなかろうか) シノビといわれても、何処の領主に仕えているお庭番なんだろうなとか思うし。 そのへんにはあんまし妄想的旨味を感じない。 まあ、持ち前の俊敏さを活かした隠密な特技を、敢えて職能で呼ぶなら「シノビ」がしっくりくるとかで別に職業ではない妄想も可能っちゃ可能だが。 パイレーツ:△ 前衛攻撃補助……かな? でも銃も扱えるってこたー防御力はそんなにないのかも。 公式サイトでの説明を見るとチームワークに秀でた職種のようで、感覚としては前作のドクトルマグスに近そうな予感。 それに加えてチェイス系列かね。 そうとすれば、他キャラとの兼ね合いが大事になってくるので妄想主体で組み込むには少々のハードルが。 テーマが「海」なのだから、このコを使わなけりゃ嘘だろう。と強く思うには思う。 船出のきっかけとして強く作用してきそうな気もするし。 白髪で片足を持って行かれてるキャプテンはもちろん居ますよね? ファランクス:× 防御型。かつ、公式を参照する限りでは攻撃も得意そうだけど。 見目はすごく好みです。はい。 青とクリームホワイトと鉄色でさっぱり纏められた色調にトゲトゲトゲな凶悪シルエットが素晴らしい。 船の上であぐらかいてる図とかがすげえ似合いそうじゃないですか。 それでも×にした理由は、防御特化のパラディンは前二作ともに最初からパーティにいたんだよね。という理由から。 でもパラとファラはおそらく似て異なる者に仕上げてくるだろうしなー。うーむ。 モンク:× 回復職みたい。攻撃はあくまで補助的な能力といった書き方をされてますな。 パーティが五人までという制限下で、回復役を一人入れるのはちょいと重たいぜ。 というのが前二作で保持し続けてきた姿勢。なんだけど、そこを敢えて崩すのも悪くない気も。 それに加えて、メディックの代理的存在だとしても医療防御など強力なスキルを持ち合わせてない可能性もあり。 そうとなると敢えて登用するのもやぶさかでなくなる。 そしてこのイカ腹は捨てがたい。 或いは、日向さんという絵描きの特性が最も強く表れるのがこうした姿格好であるのかも知れずそれは過言であるかも知れず。 だって実際イカ腹て単語、日向さんしか使ってるとこみたことないし。 ウォリアー:× 攻撃特化で防御は二の次らしい。ブシドーのポジションに据えられるんでしょうか。 他職に色々と特徴的なのが出揃っている中で、割とニュートラルに素朴な存在。 敢えて使う理由はそんなになさそうだけど、でも「攻撃しかできません」てコはゲーム的に結構好きだったりする。 使ってみたいかもなーと選んだ職が、割合補助型に偏ってるので、ここらで攻撃偏重なコを組み込んでみたくも有りつつ、 存在のニュートラル加減が妄想で上書きしやすそうなので、4人まで決めた後の最後の一人として穴埋め的に選択。という選び方が一番あり得るか。 個人的には役職名を「ハイランダー」て予想してたんだけどなー。無難なところに来たぜ。 ゾディアック:△ 星の力を用いて奇跡を起こす占星術師さんだそうな。 ほしぢからというとバトンとか振り回してそうな感じになりますねエトワール。 上述した「SFを持ち込むのは正直食あたり」話でいまいち妄想的琴線には触れてこないけれども、 儂、RPGにおける攻撃魔法て大好きなのよな。 なので選ばず済ますのは正直もったいない気もする。 もったいない気もするけど。1も2も(ナナドラも)、全体攻撃ずがーんで済ませちゃうようなプレイスタイルで来ちゃったし。 そろそろ休魔日でも設けるべきかしらとも思う。 海路でもって星見をするのはたいへん妥当であるからに、そのへんから「なにそれステキじゃん!」てスキルがありそうな気もするのだけど。 バリスタ:△ バリスタとはコーヒーは関係ない方のバリスタで、要するに投石機などのデカ物を指す。 つまり一撃必殺巨砲主義な後衛攻撃特化型と。 △な理由は単に大艦巨砲主義という名前と設定に惹かれたからー。 いいですね。破壊力偏重型のおばかさん。 大砲というと海で船にも似合いそうだし。 既に書いたけど、使用職候補をみるに補助枠はもう埋まってそうなので、 そういう意味でも撃滅一直線なキャラクターは求めやすくある。 ビーストキング:○ 名前に少々ツッコミを入れたいような気もするがたぶん気のせいでしょう。 初報。つまりはスキャンされたちと劣化した不鮮明な画像では長大な面構えがなにやら獣じみて見えて 「え? なに? デミヒューマンなの? 待ちこがれていたデミヒューマンさんがついに選べるの?」とかで少々発憤したんですが、単に仮面を被っていただけのようだ。がっかり。 性能は詳らかにされてないけれど、どうやら「魔物と共に戦う」というけっこー思い切った仕様を施された職業であるらしい。 特徴的だから、是非選びたいね。 妄想面から話を進めても、野獣=家畜の敵=農家の敵という構図があり、 農家を主人公に据えようという目論見からすればずいぶんと美味そうでもあり、なかなか鉄板な選択になりそうだ。 ファーマー:◎ 戦闘を不得手とした補助特化型であるらしい。 世界樹3ではどうやら新システムとして「野営」てのがあるらしく、それにも結構関わってそうである。 新システムの中心となるようなコならもちろん選びたいし、 脳筋連中にうんざりしつつの野営仕事なおさんどんなんてすげー美味しい妄想材料じゃありませんか。 もはや同職の他立ち絵の公開を待つのみ。 まあ、主人公格からの転落はあり得るやもしれんが、それでも五人の中の一人に選ばれるのは確実といえましょう。 ……とかでダラダラ書いてると、思った以上に丁度いい具合に選択が終わってるような気がした。 けども。まあ。 まだ早いまだ早い。しずまるんだおれのちゅうにびょう。 お前の価値は俺たちが決めるから黙って走り続けろと偉い人が言ってました。そのかわり俺の価値はお前が決めてくれとも。なんでしたっけそれどこかで私も聞いたことがあるような。 私なんかは、自分の価値くらい自分で決めてえなあとか思っちゃいますが、 完全人任せにするならそれはそれで清々しくはあるのかも知らんスね。 ……川さんだったかな? 違うか? もう……近接ライデンに乗り換えても……いいよね……? 構いませんがその場合はボクの粗製レーザー近接がダウン耐性の高いあなたを貫きます。 いやーでも実際ー。箱タンの爆風を踏まえた上でのエンジェ対策が整ってきたライデンばっかで正直うんざりしませんよー私はー。まーだまだ行けますともー。 忘れた頃に出てきてフゥーってなるんですね分かります喰らえクロスファイア!! ファイファイしてフゥーッてなるやつという説明で何かが解るひとは天才かキチガイかゲノムが好きな人なのでどれにせよ握手してください。 エンジェサン。ゆーかーいだーなー。 で。 勝率六割をひーひー言いながらなんとか維持している程度のエンジェ使いなダイヤグラム所感。 特に新しいことは云えません。書く意味がなければ読まれる意味もないでしょうがのんべんだらりと書いてみます。 vsテムジン 5:5 あんまし苦しいとは感じないけども斜め前スラRWが多段ヒットしたらばイージーに即終了なあたりやっぱ楽ではない。 上手なヒトは着実に前スラCWをぶっつけてくるので完全回避はほぼ不可能。なのである程度の攻めの姿勢が必要。 どうせ安易に空中に逃げてはカッターの的だしな。 で。攻める際のことを考えてみれば、相殺関係もダメージ能力も負けてはいない。 こちらが有利にダメージを取りに行けるのはこんぺいとうだけだけど、 一方で縦カッター・LTボムを RW 一発で無効化できるのでゲージ効率含む武器性能も五分。 読み合いや手数の多さで勝負できる好カードなのではあるまいか。 取り敢えずバックスライディングの LW が頼りになります。 vsライデン 4:6。正直を言えば3:7。 ほんとは2:8で不利なんじゃねーのと言いたいところだけど。まあ。 LT バズがなんというかふざけたことになっててほんとそれだけで殺されかねない勢いだけど、 それに関して言えばブレス龍で追い立てることができれば無効化が一応可能。 とはいえ飛んだらネットだし、壁り過ぎてグラナパ撒き放題にさせるともうジリ貧なので、如何に攻撃を持続させ・如何に壁に頼らずしゃがみブレス龍を出せるかがライデン戦の肝なのではなかろうか。 しかしそれを完遂できたところでダメージ能力は圧倒的な差があるし。その上で壁られるとなかなかどうにも。 ダメージレースでもって先に相手を叩きコロスような勝負が求められる割に、LTバズの存在一つで武器性能にひでぇ差がついてる。 vsフェイ 7:3 基本的に怖いのはカッターだけだよな。近接も洒落じゃ済まないけど。 そんでカッターのみの場合はゲージ効率でこちらにずいぶんと部がある。 それでも強いフェイ使いさんはほんとにフレキシブルに動き回るので武器性能の差なんて無効化されそう。 とはいえフェイにはミラーを破る手段があんまし無いし、漕ぎの着地を積極的に拾う方法もそんなには無いし。 エンジェは攻撃力の乏しい機体だけど、フェイ相手には50%止めしやすいという点でプラスに働いたり? (いやドルの特攻とかが極端に丁度良すぎるだけかも知れんけど。 vsサイファー 4:6 回避力は同程度なのに攻撃力に差がありすぎやしませんかー。 距離の選択権や、逆転手段の豊富さを思えばもしかすると3:7でも問題ないか知らんがそれはまあ言い過ぎか。 攻撃の手数はほぼ等分。相殺関係ではあちらが有利。 前DRW・氷柱・こんぺいとう・レーザー・双龍・ミラーと、こちらが持っている攻撃は基本的に全部活かせる相手なので、 出来れば楽しんで戦いたい相手ではあるけれど。 vsグリス 5:5 最近、グリス側が狙って当てられる攻撃って斜め前スラRWだけなじゃねーのかなと思ってるんだけどどうだろう。 そう考えればエンジェさんにはこんぺいとうもあるし。しゃがみレーザーならナパーム抜けるし。 まあそれらが事実だとしてもダメージ差から考えて取り敢えずは五分止まり。 突き詰めればさりげにキャラ勝ちできそうな気がするんだけどおれにはむりなのでどなたかおねがいします。 vsシュタ 4:6 正直きっつい。3:7かも。 さしあたってメロンを貰うと即終了な体力差が辛くて。 そんでメロンとボムとの二段構えがしんどい。斜め前スラボムへの対抗手段がもしかして皆無くさいのもまた辛い。 取り敢えずメロンはミラーをぶつければそれで安泰ではあるのだけど、そもそもがCWを浪費させられるのが痛いし、 さらに解ってる人はそこにスラボムなりなんなりを撃ち込んでくる。 てゆーかメロン撃破時の残り香さえかなり痛い。うーむ。 逆に云えば、相手はボムおよびメロンでしかミラーを割れないわけだから、 いっそCWは全部ミラーに費やすものと割り切るのが得策であるように思える。 先にリードを取れればなんとか逃げ切れるけども、それが逆だったらばジリ貧ってことやんな。 vsバトラー 5:5 ぴったり二倍で大笑いな体力差がよく取り沙汰されるけど、 でもまあ斬られさえしなければエンジェのがダメージ効率は上なので十分五分と云えると思う。 さりげにミラーが活躍してくれる相手であるようにも思う。 割るには LW が必要で、そのゲージを無駄遣いさえさせれば避けづらい攻撃は飛んでこなくなるし。 相手もコチラも完全回避は難しめなので削り合いなダメージレースやね。 vsストライカー 6:4 絶対数が少なめで、強い人はそこから更に限られてくるみたいなので正直よくわからん。 ミラーを割れるのはナパームおよびボムくらい。ついでにRW同士がかち合ってもこちらが有利。相殺関連ではずいぶんなアドバンテージを貰ってる。 消しゴムさんは怖いけどね。 そのへんを思えばもうちと差があってもええか知らんが、でもリード取られた時の取り返しづらさを思えばこのくらいの数字に。 vsコマンダー 6:4 もっとよくわからん。 何分にも対戦経験そのものが少なく。例えば敗因は知識不足に求められることが多くキャラ差以前の問題。 でもリードされた時の取り返しづらさは他機体と比較しても相当な気がするが。さて。 vsバル 0:10 真面目にいえば2:8 てめーがッ てめーさえいなければ俺の勝率はとっくに七割近くに達してるんだよォオッ なんというかまーほんともーまじでむりです。ハイ。ガチでムリ。 前ダッシュRWもブレス龍も双龍も全部お手軽に消されるてほんとどうしろというのか。 まああんましやっかんだところでバルにもバル使い諸兄にも罪はなく誰を責められようものでもないので無体であり無念。 vsドルドレイ 3:7 しんどい。 個人的にはLTバズの強化されたライデンよりもしんどい。 単純な性能差なら4:6で十分かも知れないけど、 ステージ相性も勘案するとこうならざるを得ないというか壁られた時の辛さがステージを選びません。 だからリードを奪われないよう立ち回らなければダメなのだけど、 近・中・遠距離のどこでも相手に有利な選択肢が存在する上に、一発で体力差を覆してくるのでそれも至難。 まあ遠距離でミラーがあるのにピロピロなり戻りドリルなりを貰っちゃう私が悪くもあるんだろうけども、 着地を丁寧にバーナーで拾ってくるドル使いさんだともれなく泣きが入ります。 vsスペシネフ 6:4 近頃はあんましキャラ勝ちしてるような気分になれない。 でもまあジャンプして横ダッシュだけで回避できるターボ鎌・ミラーで終わりな大玉をそれぞれ機械的に処理してると確かにキャラ勝ち以外あり得ないよなとか思えてくるには思えてくる。 それを踏まえての話なのだけど。 「ワタリはスペを中距離で貼り付くスタイルのキャラに作ったつもりなんだとよwww」というネタが散見されるけども、 そーいう笑い方をする人はスペがゲーム開始直後からステージ背景背負っての基本事故でしか当たんないターボ鎌のみを延々狙い続けるようなそのプレイスタイルを肯定できるんですかね。 や。勝ちに徹するなら他にもうちと方法があるんじゃねえかなあという外様からの戯れ言なんだけどさ。 中距離に常時貼り付くようなスタイルがスペの最適解だとは私もあんまし思えないのだけど、さりとて(少なくともエンジェ相手に)延々遠距離で膠着ってのもどうかと思うでなー。 個人的には中距離まで踏み込んでの一撃離脱ってスタイルのスペが一番怖い。 でもそれをやってくるひとが少ないのはやっぱこんぺいとうで強制的に飛ばされるのが辛いんか。 vsエンジェ 4:6 なにか? vsテンパチ -:- 例によってよくわからんけども。 テンパチからしてみれば、エンジェはまだ勝つ目のある機体なんじゃないかなと当てずっぽうに予想。 いや逆なんかな。Vアーマーで弾く着地は拾えないしミラーは潰せないしでしんどそうにも。はて。 vsアジム -:- こないだ初めて実戦でABOホールドもらったよ! エンジェなんだからむしろ慌てて起き上がって距離詰められないよう逃げに徹さないとダメだね! とかで纏めてみると。弱キャラであるのは覆しようのない事実であるように感じるけども、まだ大丈夫。まだ大丈夫。 とはいえ基本的には今のバランスにそんな文句はありません。 勝率六割風情が自信の戦術と操作技術を棚に上げて文句を垂れる訳にゃーいかんし。自分の延びシロをまだ実感できているウチは対戦ゲームは愉快だ。 但しライデンの LT バズとバル戦は除く。 あれですか。洞窟の奥で暮らして、やってくる子供膝にのっけて物語を聞かせる人物になりたいという想いが再び 一言でいえば厭世観ってやつですか! その通りかも! いやいや私に蓄積して行く隠遁ゲージの多寡にかかわらずその夢はエニタイム抱き続けておりますよ今ならアレだガキをしっぽでくるんで暖をとってやるという野望も上乗せドカンでですねー(断線 深刻な話。ツインスティック到着前日ともなるといつ届くかが気になってもはや何も手に付かず。 そしていざ届いたらばツインスティックを使うこと以外にこの命を費やすことになるのでやっぱり何も手に付かないだろうあたりとても深刻。 というわけで。 ![]() ![]() ![]() ![]() しばらくおんしんふつうになります。さがさないでください。 という程でもないんだけどね。改造ツインスティックで遊んでたから感動は控えめ。当然だけども配信当初の比ではないわな。 うむ。 なんとか日常生活に支障を来さないレベルで済んでくれそうです。 (でも二日で15時間ほど遊んだ) 上から出る排泄。まず最初に。 世の中の流行言葉は、割と簡単に人を悪く言うための言葉に変わる。 観測範囲にはちょいと自信が持てないけれども、単純な事実としてそうであるように私の目にはみえる。 例示してみれば。中二病という言葉。 まあこれは元より、思春期に特有な過剰たる自意識があらん方向に出力されたその結果を、「痛い」思い出として語ることで昇華しよう。という自虐を込めたモノが由来だったから、それが自虐ではなく他虐に転化しやすいのはまあわかるけど。 あとは草食系男子。 本来は、恐らくではあるけれども眼鏡男子などの派出であり、『恋愛や出世など本来は男性の行動原理とされるモノにあまり積極的ではない穏やかな気質の男性諸氏』を指したものだったであろーけども。 (まあこうした言葉が用いられる文化圏とは余り交渉がないので憶測まじりではあるんだけど) けども。 えらくみじけえスパンでもって。 『競争社会に抗するバイタリティに欠けて肉食系動物にボリボリ捕食されるばかりの劣等種』みたいな意味に簡単にすり替わった。よーにみえる。 肉食系女子なんて言葉を釣り広告でみたときは笑ったね。 そもそも草食系男子の対義語で肉食じゃねえだろと思うんですがまあともかく。 他にも例に相応しいモノは過去にも未来にも事欠かないだろうけど。 実際、「流行言葉は簡単に悪口へと変容する」てのは、単純な事実であるよう思える。 思えるんだけど。 なんでじゃろうな。割と長年の疑問としてあった。 言葉とは必要に応じてその意味を変える。 んだから。流行による摩耗が悪口を生むというその事実は、世の中の多くの人間が新たな悪口を求めているが故のことなのかしら。と。 そう思えば世間が少々不幸に思えてくる。 そんで。 そうした疑問に立脚して。私と世間との交渉を。つまりは他人様との井戸端話を思い返してみれば。不幸にも。思い当たる節があるのだ。 これも疑問の一つだったのだけど。 世人は何故こうも陰口を好むのだろう。 けっこー色んな仕事場をアルバイトでもって経巡り、様々な仕事仲間連中さんと日常会話をしてきたけれども。 その度に、必ず、同僚や上司の陰口が、持って回りやすい便利な話題の一つとして重宝されていた。 私自身の話をすれば。陰口は嫌いなのだ。 陰口というものの実在を確認するのが厭だ。 私は、何かというと陽のあたらない湿気過多な場所にごっちゃり繁殖したがる性質の人間なので、要するに「私という人間が陰口を叩かれていない筈がない」という思考の持ち主であり、陰口の存在はつまり私が悪く云われているという厳然たる予測に直結する。 なので厭なのだ。 厭なんだけども重宝されてるんだよな。 重宝される理由は様々にあるんだろう。 仕事仲間とは職場でのみ結ばれた関係であり、職場を同じくするという点が最もたる共通点になる。 そんで仕事たれば笑顔でのみ行えるはずはなく。 そんで笑顔となれない理由の多くは、人との軋轢であるのだ。 されば自然と軋轢は蓄積され、その蓄積を話題のタネとするのは至極当然。 そうして陰口は日々生産される。 それはいい。いいんだけど。 今の世で、人が生きるってのはつまり仕事をするって事で、つまり世の中は仕事で溢れてる。 そこで必然として交わされるモノの中核が、人同士を悪く云うモノというのは。 どうなんじゃろね。 と。世の中がなんとなく不幸に見えてくるのだけど。 なんとなく気付いてみたのは、人の性根を嘆くまいて事である。 というか。嘆けないし、嘆く必要はない。 それが世間というより、俗世というものの実情なのだろう。 希望的な観測が混じるけど、世の中を生きる大多数の人は「俗」から離れたがっているはずである。 俗とは汚れ物だ。人が人と接触する際に必ず生まれる軋轢であり、欲望であり、興味である。 食事をした際に必ず生じる後片付けの必要と大体おなじモンである。 詰まるところ、俗世間ってのはゴミ捨て場だ。 もちろん世の中にはその汚れをこそ好むひとも居るだろうけれど、なんつったってゴミ捨て場だし。多くの人はなるべくそれを忌避したく思っているはずである。 あるけれど。 人と人とが会話をもって接触を図ろうとする場合、お互いにお互いの価値観を「俗」に(あえてこの表現を用いるが)貶めなければならない。 何故なら儂らはそーした俗世間という必然性の側に生きているからだ。 換言すれば。 誰もが、誰かと意思疎通を図る際には部分的にバカになる必要があるっつーことだ。 極端に例えてみれば、ノーベル賞を獲得した数学博士であっても小学生と会話をする時にゃ小学生で解るレベルにまで自分を落とす必要があるってことだ。 そうでなければ意志の交流ができないからな。 誰もが適度にバカになった空間がこそ俗世間であり、俗世間とは人の根源的な興味や欲求や必然性から成り立つモノである。と。 そう考えれば陰口というものの正体もなんとなく知れてくる。 仕事に従事する上で必然的に蓄積される不満を、俗世間とゆーゴミ捨て場まで降りてって放棄すべく行われるモノがつまり陰口なのだろう。 溜まったモノは捨てなければなりません。 そんでほとんどの場合、捨てること即ち解放や放出には快楽がともなうのです。 だから陰口はあまねく職場に溢れるし、そんでやってみればけっこー楽しいものであるし、しかし同時に厭な気分も覚えるのである。 ウンコと一緒なのだな。 流行言葉が悪口へと簡単に変容しちゃうのも、おおむね似たような理由なのだろう。 流行という形で醸造された人と人との意志の接点へ、必然的に溜まる社会的不満を乗っけて、放棄する。 社会に接している限り不満は必ず生産され続け、それが故に社会人さんはいつもその不満を捨てられる場所を探してる。 そんでまー。絶対背負わにゃならんゴミならせめて楽しく捨てたいしなー。 まあ。流行言葉なんてなー多くの場合は症状的目論見でもって濫造されるモンじゃろーからこの例に当てはまらないモノも多くあろうけどさ。 で。なんだっけ。 ああそうそう。 結論としては世の中は言うほど悪意で満ちたモンでもねーんじゃねーのというか。 悪意が必ずそこにあったとしても、そりゃお家を造るならトイレがあって当然じゃねー? 程度の話なのだろうなとか。 多分そのへん。 感化されて犯罪は殺人だけじゃないよな、というところに思い至った時、怖いというか薄気味悪い思いをしました。あー。なるほどー。 スネに傷を持たん人間なぞ世の中にゃ居らんらしいですからねー。 目に映る連中はみな犯罪者なのにそれを隠匿して過ごしてるわけだ。 社会を構成し続けるために罰が定められてそれの下に罰せらるる。 然れども、人が罪を犯すのはその社会に属しているがため。 人の世を生きれば犯罪者となる確率がバリ高く、 しかしみんなしてそれを覆い隠しつつ人の世を構成してる。 うーん。 気味が悪い。 |
管理室。
ナナドラ特設。
・ 窓辺。 |
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