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聖書からキリストを見てみよう


創世記からNo.3
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 聖書からキリストを見てみよう No.5

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創世記からNo.3

「取って食べたら必ず死ぬ」(創世記2:17)と言われた善悪を知る木の実を
取って食べてしまったので、人間は霊的な死、つまり、いのちである神様から
離れてしまい、罪によりのろい、災いを受けるしかない運命に縛られ、
悪魔の言うことを聞いたゆえに悪魔の支配を受けるようになってしまいました。
これが、人間の持っている問題の根本にあるものです。そのようになって
しまった人間に、神様はすぐに、そこから救われる道「女の子孫」
(創世記3:15)の約束をくださいました。

この女の子孫、つまり、キリスト(旧約聖書時代はメシヤ)の約束をつかめば、
すべての問題は解決するという証拠が、旧約聖書にはたくさんあります。
今回から、それを少しずつ見ていくことにします。

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神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せて
くださった。(創世記3:21)

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神様は義なる方なので、罪ある人間とは一緒にいることはできません。
罪の報酬は死(ローマ6:23)であり、霊的ないのちがない
死の状態なので、人間の罪を動物に移して、その罪の報酬の死を、その動物を
殺して血を流すことによって支払うという方法を与えて下さいました。
動物が死んで血を流すことによって、人間の罪は、その時だけは赦される
ということです。(動物なので、永遠に赦されることはできません)

罪が一時的に赦されて、神様と出会い、神様からの祝福を受けることが
できるわけです。このように、旧約時代は、キリストの影として
「血」が何度も出てきます。

モーセに、祭壇で動物を殺して血を流すように言われた時に、
「なぜなら、肉のいのちは血の中にあるからである。わたしはあなたがたの
いのちを祭壇の上で贖うために、これをあなたがたに与えた。
いのちとして贖いをするのは血である。」(レビ17:11)とも
言われています。

(このレビ記の聖書箇所を取り上げて、エホバの証人は輸血を禁止していると
聞いたことがありますが、聖書は、キリストについて書かれているという
観点から見た時に、この箇所もキリストを意味するので、輸血がだめと
いう結論にはなりえないと考えられます)

最初に動物を殺し、アダムとエバの罪を赦し、祝福を与えて下さったのが、
上の聖書の創世記3:21の箇所です。

キリストは、私たちの罪を身代わりになって死なれ、その血を流される
ことによって私たちの罪が赦される道を開いてくださいました。
神様ご自身が「女の子孫」として来られて流される血によって、私たちの
罪は永遠に赦されます。キリストが来られるまで、その影を、動物を
殺して血を流すことから知ることができるのです。


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発行者:普通のクリスチャン
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