|
|
| 聖書からキリストを見てみよう |
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
聖書からキリストを見てみよう No.11
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
創世記からNo.9
カナンにいなければならないのに、その意味を知らずに通り過ぎて
失敗したアブラハム(その当時は、まだアブラムでした)のことを
見ました。失敗の後、アブラハムはカナンに戻って来たのですが、
まだ、アブラハムが悟っていないことがありました。それゆえ、また、
次の問題が起きてしまったのです。
神様は、キリストをアブラハムの子孫から、それも、妻のサラ(最初は
サライでした)から生まれる子の子孫と定めておられました。
しかし、アブラハムに神様が語られた時には、アブラハムの妻のサラには
子どもはいなかったし、アブラハムがカランを出た時には、すでに
75才だったと創世記12章4節に書かれているとおり、かなりの
おじいさん、おばあさん夫婦になっていたわけです。
だから、神様があなたの子孫と言われたとしても、アブラハムは、まさか
サラから生まれる子どもとは簡単に考えられず、自分の頭を使って
兄の子どもロトを連れて出て、いっしょにいました。
++++++++++++++++++++++++++++++++
アブラムといっしょに行ったロトもまた、羊の群れや牛の群れ、
天幕を所有していた。(創世記13:5)
・・・アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たち
との間に、争いが起こった。(創世記13:7)
++++++++++++++++++++++++++++++++
つまり、アブラハムは、キリストが絶対に人間に必要な方であることが
まだ分かっていなかったわけです。
神様は、人間を神のかたちに造られました。それは、神様とともにいて
神様と交わり、神様の祝福で生きるとても幸いな存在として造られた
ということです。(創世記1:27,28)
しかし、人間は、蛇の中に入った悪魔の「神のようになる」という誘惑に
負けて、神様なしでは生きられないのに、神様なしで生きられるという
選択をしてしまったのです。それゆえ、人間は神様から離れて
しまいました。その結果、神様の祝福が届かなくなり、人間は苦しみと
問題の中におぼれ、悪魔の思うとおりにされるようになってしまったのです。
人間には、そのような問題を解決することは、絶対にできません。
ですから、神様がその問題をすべて一挙に解決する方法として「キリスト」
を送ると約束されたのです。(詳しくは、メルマガの3号くらいにあります)
その意味で、絶対にキリストは人間に必要ですし、神様が送ると約束された
のですから、絶対にこの地上に生まれて来なければならないのです。
しかし、よく分からない状態で生まれたら、その人がキリストなのか、
何なのか分からないので、神様は、よく分かるように、キリストの特徴を
繰り返し、繰り返し、旧約聖書に書いてくださったのです。
その特徴の一つが、前号まで見た「キリストはカナンの地で生まれる」と
いうことでした。そして、次は「キリストは、アブラハムの子孫
(それもサラから生まれる)」ということでした。
サラから生まれるのに、ロトがいて、後継ぎになるわけにはいきません。
それで、神様は、アブラハムに気づかせて、ロトと分かれることができる
ように、アブラハムとロトの間に問題が起きるようにされました。
そこで、アブラハムは、ロトと分かれることになったのです。
ロトと分かれた後、神様は喜ばれて、アブラハムに「 わたしは、
あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに
与えよう。」(創世記13:15)とおっしゃいました。
その後、アブラハムは、ものすごく祝福されて、お金持ちにもなり、
戦いにも勝つようになるのですが、一つはっきりしていなかったのが
「サラの子ども」というポイントでした。それで、また、違う失敗を
してしまうのです。その失敗によって、今も大きな問題となる種を
蒔いてしまったのですが、そのことは、次に見ることにしましょう。
キリストの特徴、「カナンに生まれる」「アブラハムの子孫、それも
サラから生まれる」という視点で見れば、アブラハムの祝福と失敗の
意味がはっきりするのです。
☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行者:普通のクリスチャン
URL:http://www.megaegg.ne.jp/~injxmylord/
E-mail:injxmylord@yahoo.co.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
|
|
|
|