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みことばの基礎的なこと
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(Uコリント5:17)
  新しく造られた者について、まとめてみました。

新しく造られた者
7.新しい葛藤に挑戦しよう
イスラエルの民がエジプトから出てカナンに向かった出エジプトの話は、今、イエス・キリストを信じ受け入れた私たちの人生も同じだと言えます。イスラエルの民はエジプトから出たので、もうエジプトでの奴隷生活の苦労は終わりました。私たちも、キリストによって救われて神の子どもになったので、もう悪魔に属してはいませんから、それまでの苦しい生活は終わったのです。約束の地カナンに行くまで、イスラエルの民が出会ったできごとは、カナンの地に入って、祝福を味わうために民を訓練して整えるためのものでした。救われた私たちにあるできごとも、世界福音化という大きな祝福を味わうために、私たちが信仰をもって整えられるためのものなのです。特に、何があっても全く影響を受けず祝福を味わうことができるように、私自身の内側を強くするための機会にすることを神様は願っておられます。(ピリピ4:13にあるパウロのような告白ができるように)
救われた後、回りの人々は変わらないのですが、救われた私自身が変わってしまったので、今までの周囲の人々と葛藤が起きることがあります。特に、近くにいる家族が救われていない場合の葛藤は、すぐに起きるのは確かですし、仕事場や世の中の人々との関係でも、今までにない葛藤が起きるでしょう。その時に、絶対に忘れてはならないことがあります。外側のことではなく、自分の内側を強くすることにポイントを置くということです。(嵐が来たら、弱い木は倒れてしまいますが、強い木は倒れません。問題は外の嵐ではなく、木自体の強さがどうかということです。それと同じで、私たちの内側が強ければ、外が大きく荒れても、まったく動じずに平気でいられるはずです)ですから、内側の霊的な事実をまず確認すべきです。
救われた信徒には、聖霊が内におられ、罪と死の原理から完全に解放されました(ローマ8:2)。聖霊は永遠にともにおられ(ヨハネ14:16)、私たちに平安を与えて下さいます(ヨハネ14:26〜27)。私たちは、神の神殿となりました(Iコリント3:16)。御霊によって神様から与えられた恵みを知るようになりました(Iコリント2:10〜12)。そして、神様はすべてのことを働かせて益としてくださいます(ローマ8:28)。
内側を強くするためには、自分が何かをするのではありません。自分は弱いということが事実なので、内におられる強い神様に満たしてもらうことなのです。ですから、葛藤や問題の解決は、自分で何かをしようとするのではなく、神様がともにおられるという事実を確認して、その聖霊で満たしてもらうようにすれば良いのです。聖霊は助け主として私たちとともにおられます(ヨハネ16:7)し、その聖霊に導かれて聖霊のよって生きるようになれば、葛藤も消えていきます(ガラテヤ5:16〜18)し、事実を見る目が与えられるようになり、知恵が与えられます(Iヨハネ2:20〜27)。
つまり、聖霊に満たされ、聖霊に導かれるようにするのが、信じた者の人生の歩み方なのです。そのために、使徒13:1〜4で初代教会の信徒がしたように、どんな時も聖霊の導きを受けるようにして、自分で心配するのではなく、その心配をすべて神様に知っていただく祈りの課題にしましょう(ピリピ4:6〜7)。また、祈りは自分の思いを勝手に祈るのではなく、神様のみことばによって祈るように(ヨハネ15:7)すれば、神様が答えられ、喜びが満ち満ちたものとなると約束されています(ヨハネ16:23〜24)。