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みことばの基礎的なこと
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(Uコリント5:17)
  新しく造られた者について、まとめてみました。

新しく造られた者
5.苦しみはどのようにするのか
イエス・キリストを受け入れたら、内に聖霊が住まわれて、内側から、神様の力をもって私を変え、働いてくださるということを確認してきました。まず、自分自身が変えられることを味わいましょう。
それでも、私はまだこの世に生きているので、私の回りはまったく変わっていません。ですから、以前と同じ苦しみ、問題が私にやってきます。それで、新しく生まれ変わった者は、それをどのようにすれば良いのでしょうか。今までと同じように自分で解決しようとする必要はないのです。
苦しみは、いったいどこから始まって、いつ終わるのかを再確認しておく必要があります。そうでなければ、苦しみの問題と、イエス・キリストとは、まったく関係がないかのように考えて、今までどおりに対処してしまうからです。神様が最初に人間を創造された時、苦しみなどない存在として創造されました。しかし、人間が、その神様から離れ、悪魔の言うことに聞き従って、罪を犯してしまってから、神様の恵みと祝福が人間に届かなくなって、苦しむようになったのです。その苦しみは、死後も、永遠に続きます。
つまり、苦しみも、神様から離れ(創3:1〜6)罪、のろい、運命の中で(エペソ2:1〜2)、悪魔に制せられ、滅びに向かっている(ヨハネ8:44,使徒10:38)から始まったので、どうしても、人間では解決できないのです。ですから、その問題を解決するために、悪魔のしわざをうち壊し(Iヨハネ8:3)、神様に会える道を開き(ヨハネ14:6)、罪を身代わりに死んでくださった(Iペテロ3:18)キリストによって、神様がすべて解決してくださいました。
その根本問題から発生した苦しみですから、苦しみもイエスさまが十字架で解決してくださったわけです。(イザヤ53:5〜6、マタイ8:15〜17)イエスさまをキリストとして告白して信じ受け入れた者の苦しみは、すでにイエスさまが十字架で解決してくださって、もう私たちのものではないのです。
ですから、苦しみが来た時には、「それは、すでに私のものではない」と告白しましょう。そして、その苦しみをすべて神様の前に出してしまいましょう。(Iペテロ5:7)、「神様が解決してしまわれたものです」ということを、契約としてつかんで、神様が解決されたという証拠を見せてもらいましょう。(これから解決してもらうのではなく、すでに解決されたというのが事実です)それから、私自身がいろいろ考えたり、行動したりしたくなるので、自分のその考えも十字架で解決されたのだと告白して、自分自身はもう生きているのではなく、キリストが生きておられるのだとを告白しましょう(ガラテヤ2:20)。自分が主人である人生ではなく、神様が主人である人生になるときに、その苦しみは、問題ではなく、勝利することができるようになります。
ヨハネ2:1〜11で、イエスさまが婚礼に呼ばれ、お客さんだった時には、問題が起きたのですが、イエスさまを主人として言われるとおりにした時、問題はなくなりました。私の人生の中で、神様の力を体験するために、神様にご主人になっていただきましょう。