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みことばの基礎的なこと
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(Uコリント5:17)
  新しく造られた者について、まとめてみました。
新しく造られた者
1.救いの道
救いの道

イエス・キリストを信じ受け入れた人は、救われました。救われた人には、新しいいのちが与えられています。そして、新しい生活になっているのです。
新しいいのちを持って、新しく生活を送るには、救いの確信を持っていなければなりません。ですから、「救い」についてよく知っておくべきです。すでに知っていると思っているかも知れませんが、救われたクリスチャンが揺れたり、悩んだりする理由は「救い」に対してあいまいだからです。

なぜ人間は、救われなければならないのでしょうか。
元々、人間は「神のかたち」に創造されて、問題はなく、神様からの祝福で世界を治められる存在でした。
しかし、創世記3:1〜6にあるように、神様のみことばではなく、へびの中に入った悪魔の言うことを聞いて、神様に逆らったことにより、創世記3:16〜20にあるようにのろわれるようになり、罪を犯したので神様からの栄誉を受けることはできず(ローマ3:23)、悪魔の言うことを聞いたために、悪魔に属する者になってしまいました(ヨハネ8:44)。その結果、苦しみ、心配、悩み、ねたみ、争い、死の運命の中に生きるしかなくなったのです。
その苦しみは、死後に裁かれ(ヘブル9:27)、永遠に地獄に行く運命なので、終わることはありません。
人間は、何とかしてその苦しみからのがれようと努力をします。宗教、哲学、良い行いなどをすれば良いと思うのですが、それによって解決することはありません。
この問題を解決できるのは、ただ神様だけです。ですから、神様がキリストを送ると一方的に決めてくださって、イエスがキリストとして来られたのです。
(ローマ5:8,ヨハネ3:16,Iコリント15:3〜4,Iヨハネ3:8,ヨハネ14:6)
では、その神様の解決をどのようにすれば、私のものにできるのでしょうか。それは、イエスがキリストであるということを信じ、自分の救い主として受け入れると告白する時からです。ただ信仰によってそのことを受け入れるだけで、私の条件は、まったく必要ありません。
そして、イエスをキリストとして信じ、受け入れたとたんに、Iヨハネ5:11〜13にあるように、御子を信じる者はいのちを持つようになるのです。
ローマ8:2,ヨハネ14:16、Iコリント3:16,ヨハネ14:26〜27を自分で読んで、確認してみましょう。

この救いの事実を確信するなら、揺れたり、悩んだりする必要がなくなるはずです。みことばを読むことも、礼拝することも、祈ることも、負担ではなく、この救いの事実とその中にある祝福を味わうための、当然に「したくなる」ことです。また、この事実を確認すれば、他の人にも当然「伝えたくなる」はずです。

イエスをキリストとして受け入れたということは、どれほどすばらしいことなのか、もう一度、みことばを確認しながら、神様から教えてもらいましょう。