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みことばの基礎的なこと


基礎的なメッセージから
2.人間の根本問題
神様のみことばは、私たちの問題の根本原因は、神様から離れ、罪を犯し、人間を滅ぼすために働いている悪魔に属するようになったことだと言われています。これは、霊的なことなので、誰も見ることもできません。しかし、聖書には「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができない」と書かれているのです(ローマ3:23)。神様の祝福を受けてこそ生きることができる人間なので、この根本問題のゆえに、何か頼るものを求め続けるのですが見つからず、不安がどうしても消えず、その結果、目に見える部分まで疲れて病気になり、すべてが崩れていくしかないのです。たとえ、一時的に満足しても、また、崩れていくしかありません。そして、未来もどうなるか不安のままですし、同じような問題が、自分の子ども達にも現れるのを見るしかありません。
だったら、神様に戻れば良いんじゃないのか、ということが答えとして出てきます。そのとおりです。神様とともにいて、祝福を受け、導かれるようになれば、それで良いわけです。しかし、人間から戻れる道はないのです。なぜなら、人間は霊的に死んでしまいました。死んでしまったので、神様を知ろうしても、知ることすらできなくなったのです。また、神様から離れたとたん、悪魔に捕まってしまったのですが、悪魔は人間よりはるかに賢くて強い存在ですから、人間が自分でその手から抜け出すことはできないのです。また、人間が離れた原因は、神様の言われることを信じず、悪魔の言うことを聞いてしまった「罪」があるので、その罪を持ったまま、神様のところに戻るわけにはいきません。
この霊的な事実を知らないので、人々は、本能的に神様を求め、何とかして会うことができないのかと努力します。いろいろな宗教をするのもそのためです。また、宗教なんて、と言っている人々は、他に何か信念があったり、学問があったり、お金があったり・・・何かよりどころを持っています。しかし、そのようなことでは、創造主なる神様に出会うことはできないのです。
聖書は、そのように努力して苦労していたニコデモという人が、イエス様に「どうすれば良いのか」を聞きに来ることが書かれています。ニコデモは、立派な人で、宗教的にもすばらしい人でした。しかし、それでは「神様に会うことはできない」から、幸せを求めてさまよってしまっていたのです。その時にイエス様は「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」と言われました。死んでしまっているので、生きるために、いのちをもらわないとだめだということです。
人間の根本問題は、人間ではどうしても解決できないところにあります。どんなに学歴を積んでも、お金を積んでも、この問題だけは解決しません。この根本問題が、事実なんだと分からなければ、何かあれば「人のせい」にしたり、「自分がした行動のせい」にしたり、次々と「目に見えるもののせい」にします。それでは、聖書のみことばのとおりではなく、自分の考えで判断しているので、最初に犯した罪「神のみことばに従わなかった」ことと同じことなのです。
根本問題のゆえに、どうしようもなく問題があり、本当にそのとおりですとなれば、離れている所は会える道を、罪は赦してもらう解放の道を、捕まえられている悪魔を打ちこわす道が必要だとわかるでしょう。
その通りなのですが、人間からはその道はありません。それで、神様自らがキリストを送って、この問題を解決されたのです。
今まで、問題があれば、何かのせいにしてきていませんか?私たちには、どうしようもない根本問題ゆえに起きているという神様のみことばを考えてみましょう。それを解決しないとどうしようもないんだということを、自分のこととして考えてみて下さい。そうすれば、キリストを送られた神様のみこころと愛を知ることができるでしょう。
 それで、キリストが来られたのですが、それは、また次に。