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| みことばの基礎的なこと |
聖書は、単なるお話や、人間の歴史として参考にする本ではありません。聖書は、神様が人間に与えられた、神様のみことばです。人間になぜ苦しみや問題があるのかの原因について書かれていて、それを解決する神様の方法が書かれています。ラブレターが来たときに、その中にある「私はあなたを愛しています」という中心の意味を読まずに、あいさつの文章とか、書き方の順番を研究しては、書いた人の意図がまったく通じないのと同じように、神様から人間へのラブレターである聖書を、その中心の意味を見ずに読んでしまっては、まったく意味が通じなくなります。
聖書は、神様が、人間に対して、苦しみ、問題、悩み、失敗に陥っていないで、出てきなさいと出る道を語られているラブレターなのです。それを中心に読みながら、ただ参考にするだけではなく、実際にそれを事実として、自分に適応すべきでしょう。しかし、多くの場合、神様のみことばを単に参考にするだけで、世の中の話や、今までの言い伝え、人が作った学問、哲学など、よく考えてみれば、人間が考えた話しを信頼して生きているのではないでしょうか。
聖書には、人間の苦しみ、問題、不幸の原因は、このように書かれています。
人間は、神様のかたちに造られました。霊的な存在として造られて、神様と交わり、神様の力を受けて、この世を治める存在として創造されたのです。(創世記1:27,28)つまり、神様から離れては生きられない存在として創造されました。
しかし、人間が神様の言われることではなく、蛇の中に入った悪魔の言うことに従ってしまったのです。これが、人間の不幸のはじまりです。神様のみことばは、絶対にその通りになるので(創造主ですから、語られたことは、そのとおりになって当然です)、創世記2:17に「取って食べれば、必ず死ぬ」と言われたのを信じずに、悪魔の言うことにだまされて死なないと食べたとたん「死んでしまったのです」つまり、霊的に神様のかたちに造られて生きていた人間から、神様のいのちがなくなって、霊が死んでしまったわけです。エペソ2:1に「死んでいた者だった」と書か れているとおりです。不信仰の罪、その結果の死(ローマ6:23)、そのようにして、神様から離れてしまうことを選択して、悪魔の言うことを聞いたので、悪魔に属する者(ヨハネ8:44)になってしまいました。これが、人間の問題の根本原因だと聖書には書かれています。
創造の原理は、魚は水の中、木は土に根をおろして、鳥は空を飛んで生きるように造られたように、人間は、神様の中で生きる‘神様のかたち’に造られたのです。だから、水の中から出た魚がどうしようもないように、人間は神様から離れていると死んでしまって、どうしようもないのです。
それが問題の根本であり、すべての人は罪を犯した(ローマ3:23)とあるように、自分だけではなく、すべての人がそうなのです。
これが、神様のみことばなのですから、事実として実際に自分の現実にあてはめてみてください。自分は、神様なしでは生きられない存在なのだと。今、世の中の問題は、神様から離れたから起きている問題なのだと。人間関係の問題、それは相手が悪いのではなく、人間が神様からの祝福を受けることができないから起きている問題なのだと。病気、これも、神様から離れたから起きた問題だと、金銭的な問題、これも神様から離れたからだと。自然の破壊、それも、人間が神様から離れたことが根本にあるのだと。
神様から離れたことが問題、だとすれば、神様に戻れば良い。この答えが出てきます。それは、次に書きます。
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