「お帰りなさいませ、ロジャー様」
いつもの様に仕事を終えて帰宅した彼を迎えたのは、彼の忠実なる執事だけだった。
仏頂面ながらも、とりあえずは帰りを迎えてくれていた筈のアンドロイドの少女の姿が、今日は彼の隣になかった。
「ドロシーは、外出しているのか?」
「いいえ、ビッグオーの所でございます」
「ビッグオーの?」
コートを渡しかけた手が止まる。
この所ビッグオーを動かす騒動は起こっていない。
「何故?」
「お世話になっているお礼がしたいと申しておりましたが」
返答に納得がいかない。
礼がしたいのは分かる。たとえ、あのアンドロイドが持つ感情としては至極珍しいものであるとしても。しかし・・・
「それで何故ビッグオーのところに居るんだ」
「一日かけて丁寧に拭いておりましたよ。もちろん、家の用事を済ませてからでございましたが。」
驚きに目を見張った。
が、それも一瞬のことで、すぐに相好が崩れていくのが彼自身にも分かった。
思わず顔が綻んでいくのを止めることが出来なかった。
「余りに熱心な様子でしたのが、なにやら微笑ましゅうございましたな」
普段と変わらぬ穏やかな表情で、楽しそうな口調でノーマンに告げられ、緩んだ表情をごまかすように、ひとつ咳払いをして口元を引き締めた。
「しかし、礼がビッグオーの掃除とは・・・」
呆れを含んだ声を出そうとして完全に失敗する。
どう聞いても、苦笑というよりも、脂下がった締まりのない声にしか聞こえなかった。
いつも不機嫌そうな顔をしたアンドロイドの少女が、そんな殊勝なことを考えていたのかと思うと、せっかく引き締めた筈の口元が緩んでくる。
再度綻び始めた表情を自覚して、取り繕うことを諦めた。
見た目は、完璧な美少女。その表情の乏しさと、感情の乏しさとを除けば・・・
そう思っていた。
感情に乏しい彼女に、それでも確かに感情が存在することを彼は知っていて・・・
現し方が更に乏しいことも知っていて・・・
ある意味不器用な彼女の、彼女なりの感謝を、彼自身にではなく、彼の乗るメガデウスへの奉仕といった形で現したのかと思うと、確かに微笑ましさを感じる。
実は密かな照れ隠しでもある様に思えて・・・
常よりも穏やかな心情を抱えて、邸の主人は自室へと消えた。
頭頂部まで綺麗に磨き終えた彼女は、軽やかに「彼」の首元へ降り立ち、そっと、その鋼の身体に触れる。
「いつも、助けてくれるのね。ビッグオー」
そう言って、かつて彼女の「父」であったウェインライト博士にしか向けられることのなかった優しい顔を「彼」へ向け、触れた手が優しく撫でた。
・END・
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