バレンタインも過ぎ、浮かれた話題に乏しくなった頃、ホグワーツは、ひとつの話題で密かに、しかし大いに盛り上がっていた。
それは、数日前の午後、まだまだ暖かいとはお世辞にもいえない日差しの中で、突如、薬学教師の身に起こった不幸についてだった。目撃者によると、それは見事に成功した「イタズラ」と呼べる種類の不幸であったらしい。
幸運にも、目撃者は数名。
午後の散策を楽しんでいた者2名。
林に遊びに出かける途中だった者3名。
図書館の窓から偶然見下ろした者1名。
――不幸なことに、蛇寮生はその中に一人も存在していなかった。
この偉大なる成功者は、当初、この手のことに関しては右に出るものはいないと自他共に認める、双子コンビと思われていたが、そうではないことが判明している。
名だたる勇者の名が上げられては、消えていった。
一体何者が?
蛇寮生の間でさえ、密かに話題に上るほど、ホグワーツ中の注目を集めていた。
獅子寮の談話室でも、同じ話題が繰り返されている。
「本当にお前たちじゃないのか!?」
「「残念ながら」」
「でも、他に考えられないのよ」
「「そうなんだけどさあ。普通は」」
考えられる限りのイタズラの勇士諸侯の名がことごとく上げられ、ことごとく消えていった後では、やはり、グリフィンドールの誇る名ビーダー2人に戻ってくる。
「誰がやったのか一番知りたいと思っているのは僕たちなんだぜ」
「この道で我等兄弟の上を行くものがあろうとは!」
「「是非知りたい!!」」
声も、格好も見事にそろって力説する。
二人にとって何より腹立たしいのは、それを成したのが自分たちでなかったことよりも、その現場に居合わせることさえ出来なかったことだった。新たなイタズラの開発研究に余念の無い彼らにしてみれば、良い刺激になったに違いないだけに、目撃者に加われなかったことが悔やまれてならないらしい。
「何としても、名乗り出て欲しいものだ!」
「競い合えば、より高度なイタズラの数々が生み出されるに違いない!」
やや大げさな身振りで力説するものの皆頷くばかりで、誰も我こそが、と名乗りではしなかった。
「そりゃすごいことになるだろうね」
「見てみたいよね」
相槌を打ち、口々に同意する。
当然その中に、双子の弟とその親友も混ざっている。
何故か、熱心に頷くだけではなく、ニタニタと質の良くない笑いが隠し様も無く混じっているのに気付いたのは、聡明な少女だった。
同じく聡明な黒髪の少年が、彼女が訝しそうに見つめていることに気付いた。何気に視線をそらし、隣の赤毛の少年に注意を促そうと肘で少しつつくが、純朴な少年は気付かなかった。
強めにつつくと、漸くつつかれている事には気が付いた。
「何?」
「しっ!」
緩んだ表情のまま振り向いた彼の袖を引き、少女の方を軽く視線で示すと、素朴な赤毛はごまかすように咳払いをして表情を改める。あからさまな態度に黒髪の少年がこめかみを押さえていると、やはり彼女からの追求が始まった。
「あなたたち、何か知ってるわね?」
「フレッドやジョージが知らないことを僕らが知りようがないじゃないか」
「僕たちだけじゃ出来なかったことは、君が一番知ってるだろう」
完璧な表情と声音を選び少女の追及を逃れようとしたハリーの努力を、ロンがものの見事に打ち壊してゆく。
彼女の綺麗な眉が吊り上った。
「ちょっと」
にっこり笑いながら手招きする少女の瞳は笑っていなかった。少年二人は苦笑いを浮かべながら後込みする。
「来なさい」
静かな有無を言わさない口調で、普段より数段下がったトーンで言われ、逆らう気も失せた。
「あなたたちがやったのね」
寮を出て、あたりに人気がないことを確認してからハーマイオニーは、そう断定した。
「しかも私まで共犯に巻き込んだのね!」
「共犯なんて、人聞きの悪い・・・」
「魔法の練習だなんてもっともらしいこと言って協力させて!!」
もごもごと言い訳をしようとする二人に、彼女の声と怒りが上がる。
神妙な顔をして、難しい魔法書の内容の理解の手助けを求めたり、魔法を使う上での助言を求めたのも、イタズラの成功のためかと思うと腹立たしい。イタズラが気に入らないのではなくて、もっともらしい理由を並べて、目的を明かさなかったことが彼女には悔しくてならない。
もっとも、正直に打ち明けられて協力したかと言われると、必ずしもしたとは言えないのではあるが・・・
「だって、シリ・・・じゃなくて、パッドフットとルーピン先生が!」
「あの二人が何よ!」
「「協力を、仰げって・・・」」
「嘘おっしゃい!!」
「嘘じゃないよ」
迫力に気圧されながら彼らが言い訳に挙げた内容が、彼女には尚信じられない。
「嘘・・・は、言ってないよ。あの二人の忠告に従っただけなんだ・・・けど・・・・・・」
ちょっときまり悪そうに、それでもいくらか落ち着いたハリーがハーマイオニーの様子を窺いながら、おずおずと言い出したことは彼女には衝撃だった。
「な!?」
瞬間言葉に詰まって、呆けた表情を見せた彼女に彼が畳み掛けるように続ける。
「カードに、くれぐれもって添え書きしてあったんだから。自分たちの力量が足りないときは助力を請えって。傍に誰より優秀な親友がいるだろうって」
「・・・カード?」
「ほら、君がバレンタインの日に僕らに渡してくれたあの・・・」
開いた口が塞がらないとは、正にこのことだった。
在学中にかの薬学教師といざこざがあったことは知っていた。
嘗てイタズラで鳴らした面々だったことは知っていた。
何時までたっても何処か子供っぽい所がある人たちだということは知っていた。
まさか今頃になってまでこんなことをしでかすとは思いもよらなかった。
「流石、学生時代に「忍びの地図」作った人たちだけのことはあるよ」
「僕らじゃ全然分からない事だらけだったし」
「ハーマイオニーにだって分かるかどうか不安に思いながら聞いてたんだよ」
「まあ、おかげで僕らは名前も挙がらなかったんだけどね」
「絶対バレないよね」
「さすがあの二人だね」
「フレッドとジョージも真っ青さ」
「負けず嫌いの双子が次、何するか楽しみだね〜」
彼女が黙り込んだのをいい事に、黒毛と赤毛が楽しそうにのほほんと笑いあっている。
俯いて、震える拳を握り締めた彼女に気付かなかった。
「・・・・・・よ」
ぽつんと聞こえた彼女の声に振り向く。
「何考えてるのよ!!あのイヌ科二匹はーーーーー!!!!!」
可憐な少女の妙なる声で叫ばれた不穏な発言は、親友二名を慄かせただけで、幸いにしてグリフィンドール塔の外壁に砕けるに留まった。
その後、イヌ科二匹からの手紙にはきっちり彼女の検閲が入ったとか入らなかったとか・・・・・・
・END・
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