鮮 彩









「ばかじゃないの」

容赦の無いきつい口調で告げる言葉を発したわりには、不思議なほど優しげに笑っている。






ああ、夢だ。

ひょっとしたら幻かもしれない。
少なくとも現実でないことだけは分った。





たまには違うものを見たいと思っても、厭味なほどに他で現れてくることは無い。
てんでいい加減で、どうでもいいような態度と性格なくせに、こんな所でばかり徹底しているのが忌々しい。
かわいくない女だと、今でも本気で思う。















「聞いているのか」

 上の空の彼の相棒に顔をしかめて厳しい声で言う。
 不思議と最近成績が良いとはいえ、余裕があるほどの生活には至っていない。
 相変わらず、子供は成長期に相応しい食欲を示すし、愛犬もかつての食糧事情のために、えさは食べられるときに食べておく主義で。
 嘗てからは考えられないくらいの成績を上げている相棒も、破壊量が目立って減っているわけでもなかった。ただ、ものは壊す、獲物は逃す、といった踏んだり蹴ったりではなく、とりあえず赤字にならない程度では実績を上げるようになっただけ。

 暫く小物が続いた後で、
 割のいい話を入手したところで、
 財布を握っている彼からしてみれば、どうしても失敗はしたくない仕事だった。
 気にしているかどうかはともかく、そんなことは承知している筈の相方が上の空なのが気に入らない。
 普段は、聞いていなくても適当に生返事を返してくるのに、今は何の反応も返してこなかった。

「スパイク」

 苛立ちをいくらか含んだ声が名を呼べば、やっと呆けたような間抜け面を彼らに向けた。
 焦点の定まっていないような瞳を向けたままで固まってしまった彼に、少し、怯む。

「スパイク」

 ついに壊れたかと、今度は気遣わしげに呼びかける。


 目が合うと、はっきりジェットを認めて、誤るでもなく、続きを促すでもなく、全く関係の無いことを口に上らせた。


「ま、あれだ、俺は自分で思ってるよりもずっとあいつにイカレてたって訳だ」


 少しきまり悪そうに苦笑する。

 そんな彼を子供と犬は不思議そうに見つめ、相棒はわざとらしいほど深い溜息をついた。
 きっと彼は、会話がかみ合っていない事に気づいていない。嫌になるほどそれが分かる。今までもないことはなかったが、最近頓に増えてきた。

 原因だか、きっかけだかは知らないが、何かは2人とも知っている。


 壊れてしまえばいい。いっそ。

 何度かそんなことを考え、同じだけ、そんなことはごめんだと、思った。


「しょうがない馬鹿だな」
 手にした資料で額をつつきながら、ひっそりと横を向く。
 自分の表情に自信が無かった。子供や犬に見せられない顔をしている気がしていた。
 苦笑している彼が、穏やかに幸せそうにしているのに水を差すようで気に入らなかった。

 何より、そんな彼を見てもいたくなかった。
















夢かと思っていたら、どうやら幻を見たらしい。
てっきり夢だと思ったから、らしくも無く、ガラにも無くノロケてみたってのに。

嫌そうに顔を背けられるのは気分のいいものじゃない。


夢か幻か現実か、はっきり区別がつけば煩わしさも減る。
前は区別がついていたから楽なもんだった。
今はいつでも霞んで見える。
実際ジェットの顔を認めたのに、夢だと思う始末だ。

思い出がセピア色だなんて言ってたのは何処のどいつだよ。
夢や幻ならそれらしく色あせて出てくればいいものを。

ホントに可愛くない女だな。


おかげでこの瞬間が夢か現か分からない。


今思えば、覚めない夢を見ているだけ、だなんてよくもまあ平気で言えてたもんだと思う。
覚めない夢、だなんて夢だと分かってるからまだましじゃねえか。

今切実にそう思う。


区別のつかない煩わしさは嫌がらせか?
案外そうかもな。

おかげで現実だと認識できるのは1つだけだ。



















あの女は死んでる。









今、もう生きちゃいない。

夢の中だろうと幻だろうと現実だろうと。


















現実だと分かってることが1つでもあるのが救いだとでも言うつもりだろうか?

ありえる。

なんにしてもあの女のことだから、しれっとして当然のような口調で自信たっぷりに言い切るに違いない。





















・END・






あー楽しかった(満足)
お嫌いな方はご覧になってない筈なのでいいですよね。
寧ろ「え、こんだけ!?」と言われるかも。

フェイフェイの死にネタはある方の話読んでめっちゃ満たされてて気は済んでたんですけど
同じ方に、つい先ごろ、背中を突き飛ばされたから。
その方の為に(せいで?)書いたっていうか、突然落ちてきたので
CBも更新して無いし、丁度いいかなって。
のわりにはへぼへぼへたれなのは、まあ、いつものことよ。


2004・8・26



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